2015年12月17日

NY6日目:メトロポリタン美術館 19・20世紀初期絵画2

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 19・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻2

19世紀・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻の続きです。


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次はセザンヌの絵がずらり。私は静物画はあまり興味がなくて、人物画の方が好きです。
左の「椅子に座った農夫」も良かったのですが、疲れていたので少し見る程度でした。


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じっと見たのは、「僧侶としてのドミニク叔父の肖像」。

これは、1866年に描かれたので、初期の作品です。
印象派の時代よりも前なので輪郭も力強いです。


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セザンヌお馴染みの「サント・ヴィクトワール山」。エクサン・プロヴァンスにある山です。
これはもう20世紀に入ってから。筆のタッチが大胆ですね。


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ひび割れの家」。エクサン・プロヴァンス郊外の風景ですね。


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まだまだセザンヌの絵がいっぱい!セザンヌ夫人の肖像画もありました。


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こちらは「カード遊びをする人々」。全部で5枚描かれたうちのおそらく最初の1枚だとか。

色合いが素敵で、カード遊びをする人達の服装がパリッとしていると思ったのですが、
この人達は全員が農民だそうな。フランスの農民というのはこんなにお洒落なんでしょうか。

セザンヌはその後、どんどん無駄を省いて最後の3枚はたった2人の農民で同じ絵を
描いていますが、おそらくそちらの方が有名なんじゃないでしょうか。(パリに絵があるし。)

とても日常的な淡々とした風俗画で気に入りました。


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これまた「ドミニク叔父の肖像」。1866年に何枚もこの叔父さんの絵を描いたとか。


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壺、カップと林檎のある静物」。セザンヌとしてばやはり静物画

これは1877年の絵ですが、1870年代はセザンヌは静物画を多く描いたとか。

この絵の中央の白い布は、ガイドブックの説明によると、セザンヌ地元のサント・ヴィクトワール山
逆さにして表したものだということです。ホンマか?

でも、セザンヌの静物画って何かビシッとしてない感じがします。
超絶技巧の本物ソックリ画じゃないからかな。この絵も何か歪んでる気がするし。
でもまあ、セザンヌが目指したのは写実主義じゃなくその先の何かなんですね。分からんけど。

セザンヌが特に大好きというわけでもなかったのに、結構色々見てしまいました。(^^;


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再びルノワール出現。「ジョルジュ・シャンパンティエ夫人と子供たち」。
当時の上流階級の幸せな日常が分かる作品ですね。やっぱりルノワールらしい。

夫人は当時流行のデザイナーの服を着ているのだそうで、ココ・シャネルが毛嫌いしそう。(笑)
ビックリしたのは、真ん中の子供は息子のポールだそうな。かこれー!?

ガイドブックには、

当時の流行に従い、3歳になる息子ポールはまだ髪を切られておらず・・・

とあります。パリも色んな流行があったのですね。


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こちらも言わずもがなルノワールの「海辺に座る女」。

これは、ルノワールの未来の奥様をモデルに描いたとか。
よく見ると、顔だけタッチが違って印象派のベタ塗り(素人ですいません)ではないような気が。

うーん、セザンヌの描く農夫とは別世界です。


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ガラッと毛色の違う部屋に来ました。おそらく世紀末ウィーンの美術を集めた部屋。
こちらはウィーン工房ヨーゼフ・ホフマンとその生徒だったカール・クラウスの花瓶。


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クリムトの「メーダ・プリマヴェージの肖像」。

メーダの父はウィーン工房のパトロンだった銀行家で、お嬢様の気の強さが出ている気が。
ガイドブックには9歳の少女のはつらつさ・・・とありますが、いや、気の強さやな。(^^;

この絵は金箔が使われていないので初期の作品なのかと思ったら1912年の作でした。
晩年のクリムトは、初期の作風に回帰していったとか。


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同じくクリムトの「セレナ・ピュリッツァー・レーデラの肖像
私が持っているクリムトの画集では「純白の婦人」と紹介されていました。

先ほどの少女とは打って変わって優しい表情の女性が。
クリムトが女性を描くと本当にキレイですね。感動。


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ここからはまたピカソで、これは役者」。立ち姿の猫背がいい感じ~!

しかし、この頭の小ささ細すぎる手足って、現実にあり得るのでしょうか。

と思ったら、やっぱり説明のところに、「痩せ細った体と極端な手の動きが、エル・グレコに
インスパイアされた青の時代のマニエリスムを思い起こさせる。」とありました。やっぱりそうか。

余談ですが、この絵は2010年に一般客が転倒した際に15センチほど破れたそうですが、
私が見た時は修復されていて全く分かりませんでした。(当たり前か。)

やはり、絵を見る時は細心の注意を払わねば。


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同じくピカソで「白い服の女」。

これは1923年の作でキュビズムの後の新古典主義の時代です。
結婚して子供も生まれて、この時期はピカソも落ち着いていたのかなーなんて想像しちゃいます。


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これもピカソ髪結い」。

顔に表情がないし省略されてるし、手鏡には何も映ってないし、無機質です。

英文の説明によると、この絵ではエロチシズムを抑えて描いており、
ダヴィンチの絵「聖アンナと聖母子」の対位法的変化だとか何とか。難しいっ!

聖性を表すためのこの無機質さなのでしょうか。

ちなみにこれは1906年の作品で、次の1907年にはあのキュビズムの衝撃作
アヴィニョンの娘たち」を制作しているので、その過渡期的な感じなのかも。

ただ、キュビズムへのあの変化はビックリしますね。(笑)

19世紀・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻はあともう少しだけ続きます。



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2015年12月16日

NY6日目:メトロポリタン美術館 19・20世紀初期絵画1

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 19・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻1

もうすでにお腹いっぱいな感じですが、最後の力を振り絞って、
19世紀・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻のエリアにやってきました。


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まず、マネの「死せるキリストと天使たち」が目に入りました。

真正面から死んだキリストに見つめられる構図なのでギョッとします。
おそらく、見慣れた宗教画よりも生々しいのでギョッとしたのだと思います。

この絵を見て、マンテーニャの「死せるキリスト」という絵を思い出したのですが、
あれは完全に横たわっているのでこちらを向いていません。

この絵は、キリストの胸の傷の位置が左右逆であることや、聖なるキリストをリアルに
(つまり人間ぽく)描いたことなどからバッシングを受けまくったとか。

ボードレールから胸の傷が逆だと中傷されながらも、マネは最後まで修正しなかったらしい。
絵がすごかったら傷の位置なんて気にしないけど・・・と思うのは私が日本人だからでしょうね。


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ルノワールの「カツレ・メンデスの娘、ハグヘッテ、クラウディーヌ、ヘリョーネ」。
堂々とこんな感じで展示されていました。ガイドブックでよく紹介されている絵です。

しかし私はルノワールの絵がそれほど好きではない、というか苦手です。
そもそも、少女達の顔色が過ぎる。貧血やないかい!と突っ込みたくなります。

ついでに言うなら、現地で購入した「メトロポリタン美術館ガイド 日本語版」では、
この絵は紹介されていませんでした。

必見作品」というのは、一体どんな基準で紹介しているんでしょうかね。


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まだまだ続くルノワールの甘い作品群。
左の絵を見てもうビックリです。ルノワールは男を描いてもこうなるのか。


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同じくルノワールの「Reclining Nude」。
アングルの「グランド・オダリスク」という絵へのオマージュだとか。

ただし、高級娼婦の女性は少女になっているし、場所も屋外で怪しい雰囲気はありません。
ルノワールって後期になると裸婦の絵も結構あるのですね。しかし赤毛も好きですな。


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こちらはモネの「サンタドレスのテラス」。2つの旗と赤い色に目がいきました。
モネにしてはえらく輪郭がクッキリしてるなあ、と思いました。(感想が単純すぎる・・・。)

この絵はおそらくモネが所有していた北斎の版画から発想を得ただろうと
ガイドブックに書いてありました。

私はモネもあまり得意でなくて、他にも「睡蓮」とかいっぱいあったのですが、
ほとんどチラ見で終わった中、これだけは立ち止まって見ました。


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次はゴーギャンの「Still Life with Teapot and Fruit」。

ゴーギャンがこんな静物画も描いているとは知りませんでした。
説明によると、ゴーギャンが所有していたセザンヌの静物画を模写したとか。

ただし、リンゴの代わりにマンゴーを置き、タヒチ風の柄物のクロスを描いたのが
何ともゴーギャンらしい。


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同じくゴーギャンの「シエスタ(昼寝)」。ものすごく構図が面白いです。

昼寝とはいえ、何てことのない女性の井戸端会議的な風景だと思うのですが、
ゴーギャンはこの光景にえらく心惹かれたようですね。

手前の女性のスカートの色を変えたり、描いていた犬をカゴに置き換えたり、と
あちこち変えて随分と時間をかけて完成させた作品だそうな。


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これまたゴーギャン2人の女性」。


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ひたすらゴーギャンが続きます。「3人のタヒチの女性」。(タヒチ女という言い方は嫌いです。)

よっぽどヨーロッパ的でない色合いや日差しなどが好きだったのでしょうか。
色もグラデーションとかなくてハッキリしているし、独特です。

それにしても、ゴーギャン白人でない女性が好きだったのでしょうか。

彼の伝記を読むと、タヒチで13~14歳の少女を何人か妊娠させていて(妻となっていますが)、
ちょっとその感覚にはドン引きしてしまいますが、当時の価値観はそんなものだったのかも。


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ここで突然のマティス。「Odalisque with Gray Trousers」。
1927年の作品なので結構最近です。

題名にある「オダリスク」とは、オスマン帝国(トルコ)のハーレムに仕える女奴隷だとか。
マティスは作り物でないヌードを描きたくてわざわざオダリスクを描いたのだそうな。


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ゴッホの部屋に来ました。


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筆遣いがいかにもゴッホ。

素人の考えですが、ゴッホって絵の具の減りも早かったでしょうね。
確か、弟の援助で高価な絵の具を使っていたと思いますが。


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こちらはゴッホの「子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人」。

先ほどロバート・リーマン・コレクションのところで見たゴッホの赤ちゃんの絵は、
この女性の子供です。あの絵の中では女性の顔は省略されていましたが、これは主役。

赤と緑の平面的な色のキレイなことと、後ろの壁紙(?)の花柄の斬新さが目を引きました。

同じタイトルの絵があと4枚あるとかで、ネットで見比べてみると、それぞれ同じ絵なのに、
後ろの壁紙の色や花が違っていて面白いです。

ゴッホは日本画が好きだったので、この絵も影響があるのでしょうね。

しかし、説明には、ゴッホはこの絵をアルルで例の耳を切り落とす事件の直前に描いたとあり、
この頃の彼はどういう精神状態だったのだろう、と思わずにはいられませんでした。


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同じくゴッホの「オリーブ摘み」。3人の女性がせっせとオリーブを摘んでいます。


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ゴッホの「糸杉のある麦畑」。

またしても渦巻くような空がすごい。実際にプロヴァンスに旅行に行ったら、
とても深く青い空の色でしたが、ゴッホはあの空をこういう風に表現したかったのですね。

糸杉の木の緑色も、実際の絵はとてもキレイな緑色でした。


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ゴッホの「オリーブの木」。ゴッホって点描もやっていたのですね。なんか点が大きくてカワイイ。


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ゴッホが終わって今度はロートレックの「The Streetwalker」という作品。

私は勝手に、これは軍服か制服を着ている少年かと思い込んでいました。
帽子が大昔のドイツ軍のヘルメットみたいだったので。(笑)

しかし、説明を読むと女性だとあります。改めて顔を見るとなるほどと思いましたが、
この帽子がウィッグだと書いてあったのには驚きました。これ、どんな頭だったのでしょう?

と、大好きなロートレックの絵なのにヘンなところにばかり気を取られてしまいました。


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ここでピカソが1点。「At the Lapin Agile」。

これは、モンマルトルのキャバレー、ラパン・アジルの装飾用に描かれたそうで、
ロートレックのポスターの要素を取り入れているらしいです。

女性の雰囲気とか、ロートレックっぽい。
というか、キャバレーなので扮装が同じという話ですが。

この男性の服の色といい、とてもキレイな配色で雰囲気もお洒落。
さすがパリを描くとこうなるのかー。

ちなみに、現地の英語の説明によると、この男性はピカソ自身を道化(アルルカン)
として描き、その横の女性は当時の恋人(というか愛人?)のジェルメーヌだとか。

しかしこのジェルメーヌという女性は、この絵を描く数年前にピカソの大親友を自殺
追いやった女性で、それがきっかけでピカソの暗ーい青の時代が始まったというのに、
そんな女性とそういう関係になるかー???

・・・いや、ピカソならあり得るか。なにかこの女性には魅力があったのでしょう。
ピカソの中で何か踏ん切りがついたのでしょう。青の時代も終わってるし。

ついでに、ラパン・アジル(Lapin Agile)というのは、パリのモンマルトルにある
シャンソン酒場で、当時ピカソユトリロなど若い画家が集まっていた場所なのだとか。

今もサクレ・クール寺院の裏で営業している有名店だそうな。
さらに、フランス映画「アメリ」にも出てくるそうな。

英語の説明ではこのお店はキャバレーになっていましたが、
キャバレーの定義がよく理解できていないのでその辺はスルー。(笑)

19世紀・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻のエリアはまだまだ続きます。(^^;

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2015年12月14日

NY6日目:メトロポリタン美術館 ヨーロッパ絵画2

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 ヨーロッパ絵画2

ヨーロッパ絵画1250年~1800年のエリアの続きです。


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次に入った部屋はレンブラントフランス・ハルスの肖像画がいっぱい。
フランス・ハルスはよく知らなかったので、レンブラントの絵を中心に見ました。


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こちらはレンブラントの「自画像」。あら、こんなおっさんだったんですね。

しかし、なんで自画像なんて描くんでしょうか。私だったら照れるわー。
と思ったら、どうやら絵の研究のために自画像を描きまくっていたらしいですね。


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同じくレンブラントの「ホメロスの胸像を見つめるアリストテレス」。

この部屋が明るくてレンブラントの絵が暗いので、撮影すると絵が光ってしまい、
この通り白飛びしまくり。この絵もこの写真だと全然分かりません。

しかし、地味に見えてもアリストテレスの表情が何とも言えません。

手元のガイドブックには、「アリストテレスが世俗的な成功に対し、精神的なものの価値
熟考している場面だと考えられている」とあります。

金の鎖には教え子だったアレキサンダー大王のメダイヨンがぶら下がっているそうで、
思うに、そのメダイヨンが世俗的成功、ホメロスの胸像が精神的なものを表している
のかなーと思います。

光の明暗でその辺をアリストテレスの表情に出して表しているのは凄い。


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もう一つレンブラントの「Portrait of a Man」。本当は楕円形の絵ですがその抜粋。
写真かというほどのリアルさでその超絶技巧たるや気が遠くなりそうです。

しかし、リアルだけど個性的だと思うのです。いや、リアルだから個性的なのか。


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この男性の毛の細さが存分に伝わってくるこの筆遣い。産毛シワまできっちり。


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別の部屋に来たら200年ほど時代が遡りました。
ペトルス・クリストゥスの「カルトゥジオ会修道士の肖像」。

北方ルネサンスの画家だそうな。今回初めて知りました。
この髭の縮れ具合にびっくりして見入ってしまったのでした。

この絵、よく見ると絵の下に額縁か欄干のような物が描かれていて、
何とそこにハエがとまっているのです。だまし絵の技法だそうな。


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ここまで拡大すると絵だと分かります。遊び心いっぱいです。

後で知りましたが、澁澤龍彦がこの画家の絵に関心があるそうで思いっきり納得しました。


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さらに昔の絵になりました。ドゥッチョの「聖母子」。1300年頃の絵です。

額縁は当時のものだそうで、蝋燭の火で下の方は燃えちゃっているとか。

ドゥッチョというのはイタリア・シエナの画家で、シエナ派の祖と言われているそうな。
シエナの大聖堂を訪れた時、大聖堂付属美術館でドゥッチョの絵を見たので強烈に覚えています。

というか、この平面的なルネサンス直前の宗教画は、何枚も見ると結構キョーレツです。

しかし、ドゥッチョは単なる形式的な絵ではなく、もっと内面をリアルに描こうとしています。

現地の解説によると、聖母マリアの悲しみの表情は、我が子イエスの磔の未来が分かっているから
なのだとか。・・・不機嫌にしか見えなかったけど、当時にしては衝撃の内面描写です。

メトロポリタン美術館はシエナ派のコレクションが多いらしく、他にもいっぱいあったのですが、
昔シエナでさんざん見たので適度にスルー。


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こちらはラファエロの「玉座の聖母子と5聖人(コロンナの祭壇画)」。

この祭壇画はペルージャの女子修道院のために描かれたとかで、ラファエロ初期の作品だとか。
依頼者の意向で幼子イエスはを着せられています。それもかなりガッツリと。

ちなみに、額は古いもののオリジナルではないそうな。


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アップにすると、ラファエロの絵だなあというのがさらによく分かります。
ちなみに、画像右下の男の子は洗礼者聖ヨハネだそうな。

しかし、イエスの服も洗礼者聖ヨハネの服も今時の子供みたいに見えるのは私だけ?
女子修道院というのは神経質なんですねぇ。

さらに余談ですが、「コロンナの祭壇画」という別名は、1689年以降、ローマのコロンナ家が
この祭壇画を買い取ったので、その名で呼ばれているらしいです。(ホンマに余談ですが。)


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そしてもう一枚ラファエロ。「Agony in the Garden」というこちらは随分と小さな絵。

・・・と思ったら、これは先ほど見たラファエロの絵の基底部を飾るプレデュラの一部だとか。
プレデュラというのは美術用語で、英語では単にBASEになっています。

こういう小さい絵が何枚か横に帯状になって連なっていたようです。その1枚ですね。

Agony in the Garden」というのは新約聖書の一場面で、ユダの裏切りに遭い、
捕らえられて十字架にかけられる前にゲッセマネ(オリーブ山)でイエスが祈った時の話です。

この場面では、弟子達はイエスに何度言われても疲れて眠りこけてしまいます。
ここに描かれている弟子達は、最初何をしてるんだろうと思ったのですが、寝ていたのです。

おーい、みんなー!お師匠さんは明日十字架に磔になるんやでー!


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別の部屋に行くと再びエル・グレコ。この頃になると疲れてきて写真が適当。
左から「エル・グレコの自画像」、「枢機卿ニーニョ・デ・ゲバラの肖像」「羊飼いの礼拝」。


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さらにエル・グレコの「聖ヨハネの幻視」。別名は「解かれた第5の封印」など色々。
この絵は現代アートじゃないのか、みたいなぶっ飛んだ感じが衝撃的。

あまりにもこの絵に釘付けになってしまい、真横に展示していた「トレド眺望」という
これまたエル・グレコの有名な絵を見逃しました。(笑)

この絵はヨハネの黙示録七つの封印の話を題材にしているそうです。

第5の封印が解かれて殉教者が現れ、復讐を求める場面。(第6章)
この絵の左の人物は聖ヨハネで、その他は殉教者の魂です。あと上に天使も。

最後の審判が下る少し前の緊張感のある瞬間の絵ということで、
構図の大胆さとか空の強烈な色とか、すごく見入ってしまいました。

何でも、ニューヨーク近代美術館にあるピカソの「アヴィニョンの娘たち」は
この絵の影響を受けているとか。確かに殉教者とアヴィニョンの娘のポーズが似ているかも。


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数日前にニューヨーク近代美術館で見た「アヴィニョンの娘たち」。
裸で布を纏っているのは確かにエル・グレコの絵と同じです。


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次はベラスケスの「フアン・デ・パレーハ」。彼の工房の助手を描いたものだとか。

全体的に暗めの色調で、パッとモデルの助手さんの顔に目がいきますね。

しかし、ガイドブックの説明を読んでビックリしたのは、この助手はムーア人で、
ベラスケスの奴隷だったということ。奴隷助手だったそうな。

えー、ベラスケスって奴隷使ってたのーーー?!
ま、しかし、当時のスペインは宮廷に道化とか特殊な身分の人もいたもんね。

この助手は後にベラスケスにより奴隷の身から解放されたそうな。
しかし、解放しなかったらどうなったんでしょうか。

とはいえ、この肖像画を見るとフアン・デ・パレーハという彼は誇り高い表情で、
とても奴隷とは思えません。

ベラスケスと彼の関係が単なる奴隷と主人以上であったと想像される絵でした。


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同じくベラスケスの「マリア・テレサ(マリー・テレーズ)」。

マリア・テレサ王女はフェリペ4世の娘で後にフランスのルイ14世に嫁ぎました。
しかし私は有名なマルガリータ王女と勘違いしてこの絵を見ていました。(笑)

とはいえ、マリア・テレサとマルガリータは異母姉妹なので、似ていてもおかしくないのです。
ちなみに、お父さんのフェリペ4世の肖像画もありました。


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こちらはアメリカらしくベンジャミン・フランクリンの肖像画。

ジョゼフ・デュプレシというあまり知らないフランス人画家の絵なのですが、
この画家の絵が100ドル札の図柄なのだそうです!といってもこれではないですが。


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見ても見てもまだ終わりません。そろそろ死にそうです。


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また15世紀の絵の部屋に来ました。順番がどうなっているのかよく分からん。
中央はフィリッポ・リッピの「開き窓の男女の肖像」。あ、よく見ると男女二人。

しかし、私はまたしても勘違い。フィリッピーノ・リッピの絵だと思っていたのです。
が、名前で想像つくように、フィリッピーノはフィリッポの息子でした。そうだったのか。


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ベリーニもありました。「聖母子」。ジョットの「聖母子」とは随分と変わりましたね。
この画像ではあまり見えませんが、聖母マリアの後光なんかを描くだけです。

素晴らしい初期ルネサンスの作品ではありますが、サクッと見て終わり。
いいのだ、この辺は前にイタリアでじっくり見たし。


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最後の方になってカラヴァッジョ発見。「聖ペテロの否認」。写真ブレてしまいました。(涙)
この絵はカラヴァッジョが死ぬ数か月前に描かれたそうで、明暗の描写もさらに激しいです。

これは真ん中の女性が兵士に聖ペテロがイエスの使徒であることを告げ口する場面。

これも新約聖書に出てくるお話です。イエスに従うと固く誓った聖ペテロが
あんな人(イエス)のことなど知らない。と必死で3回否定するという。

聖ペテロを指している女性の指1本と兵士の指2本は、ペテロへの追及とペテロが否認した
3回という数字を暗示しているのだと解説にありました。

この後、聖ペテロは磔刑にされます。

死刑を宣告されていたカラヴァッジョならではの本物の緊張感。
聖書の話なのにリアルです。絵を描く度に命が縮まっていったような気がしますね。


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もう1枚カラヴァッジョの「音楽家たち」。年代は遡って1595年だとか。
この頃の絵には、まだ死を感じさせるような鬼気迫る感じはありません。

現地の解説によると、少年は音楽の寓意なのだそうな。一番左はがあるので天使で、
右から2人目の振り返っている少年はカラヴァッジョの自画像だとか。

中央は誰かモデルでもいたのでしょうか。他の絵でもこれに似た顔をよく見ますね。
あと、カラヴァッジョの描く美少年の表情が毎度ながら艶めかしいです。

たまたまとはいえ、最後にカラヴァッジョを見たのが惜しまれます。
もう少し最初に見ていれば、もっと丁寧に見学していたのに。

すんごい量でしたが、とりあえず、ヨーロッパ絵画1250年~1800年のエリアは見終わりました。

次は、19世紀・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻のエリアへ向かいます。もうヘロヘロ。

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2015年12月13日

NY6日目:メトロポリタン美術館 ヨーロッパ絵画1

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 ヨーロッパ絵画1

すっかりお昼を過ぎました。が、この日は朝パンケーキを死ぬほど食べて
あまりお腹が空いていなかったのと時間がなかったのとで、お昼は抜きで2階へ。

次はヨーロッパ絵画1250年~1800年のエリアを巡りました。


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ルーベンスの「ルーベンスと妻エレーヌ・フールマンと息子」。
自分も含めた家族の肖像画です。

奥さん若いな~と思ったのですが、この女性は2番目の妻で、その年の差なんと37歳

手元のガイドブックによると、2人は1630年に結婚したそうですが、
エレーヌは1614年生まれなので結婚した時はなんと16歳!ルーベンス53歳・・・。

この絵は1630年代半ばの作だそうで、エレーヌは20歳を過ぎたところですね。
そりゃー、ルーベンスもデレデレするはずだわ。と、この絵を見て思いました。

ルーベンスは1640年に亡くなりますから、これは晩年の幸せな絵です。

それにしても、どこの美術館に行ってもルーベンスの絵があるなぁ。
工房で助手に絵を描かせてたから枚数も多くなるわな。

ここにも、ルーベンス工房の絵がありました。


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こちらはヴァン・ダイクの「Lucas van Uffel」。この画家もルーベンスの弟子ですね。

フランドルの画家はこんな絵が多い~。


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フェルメールの部屋に来ました。この美術館にはフェルメールの作品が5点あります。

こちらは「リュートを調弦する女」。保存状態も悪かったらしく、色褪せも見られるような。
左側から光が入ってくるのはいつものパターンですが、ちょっと地味な印象を受けました。


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同じくフェルメールの「少女」。いわゆる典型的な美少女でないところが面白い。

「フェルメールが目指したのは肖像画ではなく個性表情の表現だ」とガイドブックにありましたが、
今の時代と何ら変わらん目のつけ方やな~、と感心しました。

ルノワールの美少女の絵より、こっちの方がよっぽど興味を掻き立てられますな。


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こちらもフェルメールの「眠る女」。

「テーブルの上にグラスが2つあり、おめかししたメイドの女性が
客をもてなした後に居眠りしているところだ」と英文の説明にありました。

そうなんです。邦題は「眠る女」ですが、英語ではメイド(Maid)とありました。

後ろのドアが開いていて向こうの部屋まで見えるとか、空間の描き方が面白いですね。

さらには、X線検査で分かったことだそうですが、向こうの部屋には男性
描かれていたものを、フェルメールはそれらを消して、壁にかかるキューピッドの絵に
置き換えて、好色(amorous)なテーマを曖昧にした、とか何とか。

その場では、何が好色なのか分からなかったのですが、ウィキペディアのこの絵の説明には
犬は性的なものを表すと書いてあり、英語の説明はそういうことを示唆してたのか、と納得。

でも、この絵をパッと見た限りでは、全然そんなこと分かりません。
しかも、なんで犬が性的なシンボルになるのか理解に苦しむのでした。分からん。(^^;

しかし、メイドがなぜかおめかししている、となると、もてなした相手は男性だったのかな。


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フェルメールの4枚目は「信仰の寓意」。その名の通り寓意画です。

邦題では「信仰」となっていますが、英文では「Catholic faith」です。

まず、なんでこの女性はこんな不自然なポーズを取っているのかと思いました。
他のフェルメール作品では有りえない仰々しさ。

しかし、この絵は風俗画ではなく宗教画なので、写実的な絵を描くフェルメールも、
この時ばかりはバロック絵画の手法を取り入れて劇的表現を試みたのだろう、

・・・ってどこかの評論か何かで読みました。どこだったか忘れた・・・。

とにかく、寓意画なので、この女性も生身の女性ではなく信仰を表すのだそうです。

寓意についてはリンゴ程度しか分からないので、なぜ女性が地球儀
踏んづけているのか、とか、ガラスの球体は何なのか、とか謎だらけでした。

その辺についてはウィキペディアに載ってました。→ウィキペディア「信仰の寓意

現地の英文の説明には、

公式にはプロテスタントだったネーデルラントで、結婚のためにカトリックに改宗した
フェルメールは、タペストリーの後ろにカトリック信者が礼拝する「隠された教会
というものを表したのだろう、

とも書かれていました。

全然分からないながらも思ったのは、青い色が鮮やかで美しかったことと、
左手前のタペストリーの柄が重厚でやはりフェルメールらしいな、ということでした。

ま、でも、後で意味を知るとなるほどーと思うものの、一発目は女性の不自然さ
どうしても気になってしまう作品でした。(笑)

そして、フェルメールのラスト、5つ目の作品は・・・

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衝撃の日本に貸し出し中。

フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展」てヤツですわ。

しかし、はるばるニューヨークまで来て「水差しを持つ若い」が見られないなんてショック。
フェルメールの中でもこの絵を一番楽しみにしていたのに。

よりによって日本に行っているというのがますますショック。(涙)

悲しみに打ちひしがれたので一旦ここまで。

ヨーロッパ絵画1250年~1800年のエリアはまだ続きます。

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2015年12月12日

NY6日目:メトロポリタン美術館 Robert Lehman Collection

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 ロバート・リーマン・コレクション

これまでさんざん見てきましたが、まだ1階3分の1ほどしか見ていません。

次はロバート・リーマン・コレクションを見に行こうと思いましたが、武器・甲冑のエリアとの間に、
巨大なヨーロッパ彫刻・装飾美術のエリアがあったので、そこを通り抜けて行くことにしました。


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ヨーロッパ彫刻・装飾美術のエリアはこんな感じで、家具や大きな彫像とかタペストリーとか、
果てはヨーロッパの宮殿みたいなバロック調の部屋をまるまる移設展示していたりと巨大です。

私達は本当にすっ飛ばさなければヨーロッパ絵画に辿り着けない
と危機感を覚えたので、通り抜けた所しか見ていません。写真もほとんど撮っていません。


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すごいテーブルのそばを通ったので思わず撮りました。

ローマのファルネーゼ宮のテーブルだそうな。大理石の色とデザインがいかにもイタリア


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これは、ガイドブックに一発目に大きく紹介されていたのでしっかり見ました。
妖精(Winged Child)」とあり、噴水の上にあったということで、ここでもえらく高い所に。

私は勝手にこの作者がドナテッロだと思っていたのですが、ガイドブックをよく見ると、

ドナテッロ(ドナート・ディ・ニッコロ・ディ・ベット・バルディ)の同僚

と書かれていました。の同僚って何ーーーっ!?

しかも、「の同僚」だけフォントが小さいんですよ!騙されたー!
とはいえ、ドナテッロによく似てますわ。


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一瞬だけ中世美術のエリアを通りましたが、ここは完全にスルーしました。

ここからいよいよロバート・リーマン・コレクションです。

ところで、ロバート・リーマンて誰やねんと思ったら、
あのリーマン・ショックでお馴染みの、リーマン・ブラザーズの昔の社長だそうな。

その先代から集めに集めた美術品は多岐にわたり、絵画のみならず置物タペストリーまで。

あまりに趣味が広範囲すぎて、どこに集中して見たらいいのか困りました。
しかも、個人のコレクションのくせにエリアも広いです。

これらの美術品を寄贈した時には、まさか自分の会社が倒産するなんて
夢にも思わなかったに違いない。


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まずは絵画から。マティスの「コリウールのオリーブの木」。



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こちらもマティス。「Spanish Woman: Harmony in Blue」。
分かりやすくていいなあ。


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ゴーギャンの「タヒチの女性の入浴」。


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こちらはゴッホの「ルーラン夫人と赤ん坊」。
ゴッホが赤ちゃんを描くとこうなるのか~、と妙な感動を覚えました。優しさが出ている気がします。


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ユトリロの「40, Rue Ravignan」。ユトリロって材料にも使ってるんですね。知らんかった。


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別の部屋に来るとシックな壁紙の色にエル・グレコの絵がマッチしていました。
こちらは、「学者の姿をした聖ヒエロニムス」。


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サラミ夫のビデオカメラによるズーム。頭頂部の髪が薄い!芸が細かいです。


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さらにズーム。アップで見ると髭の1本1本まで繊細です。


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こちらもエル・グレコで「十字架を担うキリスト」。
どうも、この時代の人にしては、古典的な絵画というより劇画チックなのだなぁ。

このような素晴らしい作品を見て何なのですが、少女漫画家の青池保子の絵を思い出しました。
面長のせいかなぁ。面長といえば阿部寛にも似てる気が。あの人も劇画チックやもんな~。

やっぱり、えらく頭が小さいとか顔が細長いとか、現実離れした感じ(マニエリスムのせい?)が
劇画チックな雰囲気になるんでしょうか。ついでに色の強烈さも。


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こちらはアングルの「ド・ブロイ侯爵夫人」です。大きな作品でした。

ドレスや椅子の生地の質感とかレースや肌の色とか、緻密で凄いのですが、
でも、ぶっ飛んだ感じエル・グレコを見てからこの絵を見ると、ひどく大人しく感じてしまいますね。


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中世の美術品も多く、こちらは「アリストテレスとフィリスの広口水差し」だそうな。

哲学者アリストテレスが若く美しい侍女フィリスに魅了され、言われるがままこんな姿になり
嘲りを受ける・・・という、見た印象そのまんまのストーリーを題材にした物だそうな。

この水差しを使うって何だか悪趣味だと思ってしまうのですが、あまりにもMな感じに
目が釘付けになったのでここに載せます。


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これが一番見たかったボッティチェリの「受胎告知」。まさかここまで小さい絵だとは。
ガラスケースに入っていて、照明が反射して光ってしまいます。これ板絵だし。

でも、ボッティチェリだと素人でも分かる絵です。


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サラミ夫のビデオカメラの画像です。こっちでもやっぱり少し光ってます。
ビデオカメラの方は色が褪せて映りますね。


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あまりにも反射して絵が写らないので、斜めから撮ってみました。(意味あるのか、これ。)


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別室に移動し、こちらはセザンヌの「Trees and Houses Near the Jas de Bouffan」。

ジャ・ド・ブッファン(Jas de Bouffan)はエクサン・プロヴァンス近郊の場所。
セザンヌは本当に地元愛いっぱいでこんな風景画をよく描きましたね。


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最後にルノワールの「ピアノに向かう二人の若い娘」。

色が暖かくてとてもキレイで癒し系。でもルノワールの少女の絵は私の好みではありません。
大昔の少女漫画の世界のような気がするのは私だけ?

でも、ルノワールはこういう美少女とかが好きなんだなー、と今回しみじみ思いました。

何かふくよかで透き通るほど青白い肌で、長い髪で家庭的でほんわかとした雰囲気。
ロリコンてことはないでしょうけど、女性の好みはハッキリ出てますわな。(笑)

ともあれ、多くの人から愛されている絵画なのは確かです。

1階にはまだ「ギリシャ・ローマ美術」と「アフリカ、オセアニア、南北アメリカ美術」もありましたが、
今回は飛ばしました。またいつか機会があれば、ということで、ヨーロッパ美術を目指します。

posted by サラミ at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月11日

NY6日目:メトロポリタン美術館 武器・甲冑

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 武器・甲冑

次は、アメリカン・ウィングの広場に隣接している「武器・甲冑」の部屋へ。
こちらは他と比べるとこじんまりしていました。(それでも多いけど。)

前にも言いましたが、私達の主な目的はヨーロッパ美術だったので、
すぐ横だからちょろっと覗いていこうか位の気持ちで見に行きました。

もちろん、ここに日本の鎧兜などが多数展示されていることも知らずに行きました。


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中に入ると、いきなりのこの展示。結局、食いついて見てしまいました。(笑)

それにしても、人間だけでなく馬まで死ぬほど重そう~!

しかし、千住博さんが寄稿された「CREA Traveller 2015 Autumn 華麗なるニューヨーク
の記事によると、西洋の甲冑には実戦用だけでなくパレード用ってのもあるらしいのです。

従って、この甲冑もパレード用が含まれているみたいです。
説明を読んでないので詳細不明ですが。

実戦で、馬がこんな重装備で走れたのかどうか気になります。
逆に、パレードでこんな重装備が必要だったのかという疑問も浮かびます。

この中庭の周囲に部屋があり、またまたガイドブックに載っていた物を中心に見学しました。


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中世の騎士道の世界が広がります。


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その中で目を引いたのはこちら。フランス王のアンリ2世の甲冑です。

アンリ2世って誰だっけ?と思ったら、あのカトリーヌ・ド・メディシスの旦那さんでした。

カトリーヌはメディチ家出身で、彼女のお嫁入りに際して、フィレンツェの
サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局が香水を調合したのが「オーデコロン」の元祖ですね。

店名と同じ「サンタ・マリア・ノヴェッラ」という名前で今でもその香水が売られていることで、
フィレンツェに行ったことのある女性なら結構みんな彼女のことは知っているのでは。

しかも、今はサンタ・マリア・ノヴェッラは日本にも店舗があるし。

というわけで、アンリ2世はその女性の旦那さんです。時代は16世紀


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頭の先からものすごい装飾です。


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これもパレード用の甲冑だそうです。だからここまで絢爛豪華なのですね。


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これは型押しらしいのですが、図案はパリで活躍していた著名な画家だそうで、
さすがに国王の甲冑ともなると、それ自体が美術品ですね。


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もちろん、このようなシンプルな甲冑も展示されていました。
それにしても、股間は守らなくていいのでしょうか。


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こちらはイタリアの1400~1450年頃と想定される甲冑。

説明によると、これは元々1体の完全な甲冑ではなく、別々のパーツを集めて組み立てて
このように完成させたのだそうな。頭部に至っては別の土地から出土した物だとか。

1400年代となると、完全な状態の甲冑は見つからないらしく、
どうにかして1体の甲冑として展示できないかと意図してやったらしい。

多少のウソが混じっているとしても、こう展示されると雰囲気も分かって見応えもあります。
さすがメトロポリタン美術館は展示方法も工夫してます。

そして、モデルばりのポーズも素敵。何より笑顔ではないか。


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鼻の高いヘルメットのデザインが個性的。やっぱり笑ってるやん。(笑)
強烈にデフォルメしたお稲荷様(キツネ)にも見えなくもない。耳があったら完璧かと。


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夥しい数のもあります。


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そしても。ここまで必要なのかという位ものすごい装飾。


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こちらはガラスの映り込みがひどい写真になってしまいましたが、コルト銃です。
「Colt Third Model Dragoon Percussion Revolver」というもので1853年作だとか。

Dragoonって何かと思ったら「竜騎兵」だそうです。火器を持った騎兵と理解しようっと。

ちなみに、今まで考えたこともなかったのですが、コルトというのは人の名前だということを、
ここにあった説明を読んで初めて知りました。そういや、カラシニコフも人の名前でしたな。

これは標準のモデルに豪華な金の象嵌細工を施したデラックスモデルだそうで、
現存するコルト銃の最高傑作に数えられる、とガイドブックにありました。

この銃は一対になっていて、もう一方はロシア皇帝ニコライ1世に献上され、
今はエルミタージュ美術館にあるそうな。そんなすごい銃なのか、これ。

この他にも、ルイ13世の銃とか神聖ローマ皇帝カール5世の銃とか、
歴史の教科書か!みたいな人の物がありますが、スケールがデカ過ぎてワケ分からん。


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こんなユーモア溢れるも。1460年~1480年のイタリアのものだそうな。

ヘラクレスがネメアの獅子を退治してその生皮をマントと被り物にしたという神話を
モチーフにしているそうで、ヘルメットを二重にしているから3.6キロもあるそうです。

ルネッサンス時代の金工職人の傑作だそうですが、しかしノホホンとして見えますな。
タイガーマスクはこれを着けて戦えるでしょうか。

一方、東洋の甲冑も見逃せません。

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こちらは、何か日本と違うと思ったら、場所が「Dali Kingdom, Present-day Yunnan Province
という事ですから、今の中国雲南省の大理ですね。昔大理国という国がありました。

時期は12~13世紀ということですが、この初期の形の甲冑は現存しているのが2体のみで、
これはその1つなのだとかで、むちゃくちゃ貴重だそうです。


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もちろん日本の甲冑や武器もズラリ。ものすごい膨大なコレクションでビックリ。

アップでは撮っていませんが、写真中央の錆びた金属の塊みたいなのは、
なんと古墳時代の甲冑なんだそうな。そんな時代の甲冑なんて想像もしたことありませんでした。


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甲冑だけでなく、こんなものまで。背中はもちろん銃にまで家紋が入ってますな。


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しかし、よくこれだけ揃えたなと思うと同時に、よくこれだけ上手く展示できるな~。
といっても、左と右の甲冑は時代も違うし、本当は関連性はないのですが。

ちなみに、日本の甲冑などに添えられた英文の説明非常にシンプルで妙に感心しました。

例えば、左の甲冑は「Armor (Tatami Gusoku)」とあり、タタミグソクって何?と思ったら
英文説明では「フォールディング(=タタミ)タイプのヨロイ」とあってすぐ理解できました。

ちなみに、「グソク」というのは具足と書くそうな。

折り畳んで箱に入れて一人で持ち歩けるから通常はランクの低い侍が使用するが、
この場合は装飾が豪華なので、仙台の伊達家に仕える侍のものだろう、とのこと。ほぅ。

一方の右の甲冑は、ランクの高いオフィサーのものだそうで、この英文を読んだ人が
想像するのは、現代の軍隊の指揮官とか将校あたりの人って感じでしょうかね。


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のコレクションも素晴らしい!またこれが美しくて状態も良いのです。
一番右の兜はうさぎのデザインでした。うさぎは多いらしいですね。


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こちらはなすびです。何でなすび?縁起がいいってことか。

西洋の兜が強そうなヘラクレスなのに対し、日本のそれはうさぎとかなすびとか。

千住博さんは、「武士の人柄や平和な村の雰囲気、残るアニミズムの気配」といったことを
述べられていますが、この辺が何とな~く表れるんでしょうね。

説明にはSaotome Iyetada」の名前があり、これを被っていた人の名前かと思ったのですが、
後で調べたら、おそらく「早乙女家忠」ではないかと。作った人の名前でしたね。

何でも、早乙女家は甲冑師の名家だとかで、他にも英文の説明では「Myochin(明珍)」
というのも見ました。こちらも甲冑師でした。一つ勉強になりました。


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甲冑大集合の巻。せっかくの写真なのにブレブレ。(涙)
全体的に照明が暗くて、ほぼ全部といっていい位ここでの写真はブレました。

フラッシュ撮影は禁止なので、スマホで撮影とかは暗くて難しいかも知れません。

ちなみに、日本の甲冑は西洋の物とは違い、実戦用しかないそうな。
実戦用でここまで美しい甲冑を着るんだなー、日本の将軍は。


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こちらはお面ばかり。戦争用というよりも祭儀用みたいに見えるほど何だか神秘的。
日本では、西洋のように頭からすっぽり被る鉄仮面のような物は存在しないのですね。

それにしても、夜間に見学に来たら、ここも含めて日本甲冑のコーナーは怖いだろうなぁ。


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こちらはのコーナー。 長い日本刀だけでなく、小刀とか脇差しとか、鍔(つば)までも。

そういや、昔バンクーバーの博物館で、ひたすら日本刀の鍔(つば)のコレクションを
見たことがあり、こんなコレクションがあるのか~と感心したことを思い出しました。

欧米人のマニアも多いと見た。


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素晴らしく状態が良くてピカピカです。


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その中でも、ひときわ輝く刀があり、彫り込まれているの模様も美しかったので、
思わず惚れ惚れして眺めてしまいました。

説明を見ると、2004年の作で現代刀匠の作品でした。通りで輝きが違うわけですわ。
どうでもいいけど、刀匠はswordsmithというらしい。やっぱりスミスなのか~。

刀匠のお名前は「Gassan Sadatoshi and Gassan Ichiro」とあり、
よく見ると、刃の根本の方に「月山貞利」と「月山一郎」というお名前が彫られていました。

日本刀はシンプルで美しいですね。桂離宮と同じ感じ。

うーん、甲冑とか日本刀を収集する人の気持ちが分かるな~。
ちょっとハマりかけました。(収集はしないけど。)

他にも、オスマン・トルコインドの物もありましたが、やっぱり日本の武器・甲冑に釘付け。

どこの美術館でもそうかも知れませんが、メトロポリタン美術館の武器・甲冑部門のスタッフは
物凄いオタクなのではないかという印象を持って、この場を後にしました。(笑)

posted by サラミ at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

NY6日目:メトロポリタン美術館 アメリカン・ウイング

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 アメリカン・ウィング

サラミ夫がトイレにゆっくり行くというので、待ち合わせ場所を決めて、
私1人でエジプト美術エリア近くのアメリカン・ウィングを見て回りました。

とはいえ、サラミ夫がトイレに行っている間なので、10~15分と短時間。
まあ、昔のアメリカ美術には興味がないので、この程度で良かったのですが。

ちなみに、ガイドブックによると、このアメリカン・ウィングには
主に1920年以前に制作されたアメリカ美術が展示されているそうな。

噂通り、メトロポリタン美術館にはスゴイ物も多いけどガラクタも多く、
アメリカン・ウィングはその極致のような気がしました。(笑)

意外と私にとってはツッコミ所が多くて面白かったので、チラ見しただけですがご紹介を。


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まず、椅子なら椅子ばかり、とか、肖像画なら肖像画ばかり、とか、とにかくばかり物凄い。
そして見学者はほとんどいません。


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こちらはガラス食器のコーナー。

1920年より前の物ということなので、ファイヤーキングはここにはないはずですが、
デザイン的にはシンプルですでにそんな感じ。しかし展示方法が巨大倉庫みたいですな。


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一方、ベースボール・カード・コレクションという昔の野球カードのコレクションもあり、
これはもっと別の場所に展示したら脚光を浴びるのになあ、と何だか勿体ない気がしました。


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大リーグ好きな方は必見です。私は見ても誰が誰だか分からんけど。


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また、植民地時代の17世紀頃からの立派な家具なども堂々と展示されていました。
この辺りの方が当時の様子も想像し易く見学もし易かったです。それでも見学者は少な目。

アメリカでも東洋趣味が流行ったらしく、東洋の漆塗りを真似た家具などもありました。
ただし、この分野は技術が稚拙でアジアのボロ勝ちかと。(←強調してみる。)


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こちらは、ガイドブックにも紹介されていた18世紀ボストンの家にあったハイチェストです。
東洋の漆塗りを模倣した仕上げが施されています。

英文の説明にはJapanningという言葉が出ていましたが、ジャパニングという技術で
使われるのは漆ではありません。なので、あくまでも東洋の漆塗りの模倣ですね。

何でも、ヨーロッパで生み出された技術なのだとか。


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しかし、漆の黒塗りを模した部分も滑らかさがないし、日本人の目から見ると微妙。


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何より、で描いている人物や植物の筆遣いが荒すぎて精緻さがありません。
しかし、シノワズリであることは分かります。

ま、ボストンの上流家庭とはいえ、当時はこんな程度だったのかも知れません。
ヨーロッパの宮殿にある「中国の間」位のレベルを求めるのは酷というもの。(あれも微妙ですが。)

ガイドブックには「植民地時代のニューイングランドの国際性と洗練性を表す典型的な作品
とありますが、日本人的には「洗練性」ってか?と思ったりするわけです。

本物を知らないからそういう事になるのかなー、と興味深く感じました。


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絵画コーナーでは、有名な「デラウェア川を渡るワシントン」という絵も見ました。
これは大きな絵で、一室の壁一面に掛けられているので嫌でも目に入ります。

これは独立戦争の時の絵だそうで、愛国心に訴えますね~。アメリカ人が好きそう。

ワシントンを題材にする絵は本当に多くて、肖像画も数点ありました。
さすがアメリカ。リビングに飾ってたんでしょうかね。


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巨大な展示棟からは明るい広場が見渡せました。
この広場も立派な展示室で、番号は700番。奥のステンドグラスのある所は多分701番。

サラミ夫はまだ待ち合わせ場所に戻ってきていなかったので、もう少し見学を続行。
吹き抜けの広場の上(中2階)にも展示品があったので、グルッと回ってみました。


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アメリカ国旗の柄入りの食器!信じられないダサさ!(すいません。)
昔アメリカの家庭で使われていた当時は、これが当たり前だったのでしょうか。

日本人の感覚では、日の丸を食器の柄に入れようとは思わへんもんな~。
ヨーロッパとは決定的に違う田舎臭さアメリカっぽさにウケました。


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見下ろすと、広場の彫刻などがよく見えます。この広さは日本の美術館では無理だな。

余談ですが、色んな所で紹介されているティファニー・スタジオのステンドグラス
このアメリカン・ウイングのどこにあるのかなーと思っていたのですが、実はこの広場にありました。

しかも、ガイドブックで紹介されるのは「秋景」という題のものだけですが、他にも数点あります。
そんなことも知らず、その他数点だけボーっと見学し、肝心の「秋景」は見落としました。(笑)

どうしても見たかったら事前に展示スペースの番号まで調べておくべきです。(面倒ですが。)

あと、私の好きなフランク・ロイド・ライトの部屋も見つかりませんでした。
というか、そんな部屋が存在することも知りませんでした。

ミュージアムショップで購入した「メトロポリタン美術館ガイド 日本語版」を見て
初めてその部屋のことを知ったのでした。残念ですが広すぎるので仕方ない・・・。


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広場(=The Charles Engelhard Court)に来ました。彫刻群はザッと見て終わり。
後は、他の人々同様、ちょっとベンチに腰かけて休みました。

しかし、この画像をパソコン画面で見ていて気付きましたが、手前の噴水の中に立つ
明石屋さんまパーデンネンに見えてしまうのは関西人の悲しい性というもの。


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思わず画像を引き伸ばしてみました。ちゃんと右足上げてるし、どう見てもさんまやん。
「アホちゃいまんねん、パーでんねん!」

すいません、美術を冒涜してしまいました・・・。

サラミ夫と合流して次に急ぎます。

posted by サラミ at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月09日

NY6日目:メトロポリタン美術館 エジプト美術

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 エジプト美術

メトロポリタン美術館は巨大です。


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遠くからでも一発で分かる大きな建物。

館内案内図を見ても迷路のようです。ちなみに、館内案内図はこちら(英語)。

私達はまず、1階の正面玄関を入って右にあるエジプト美術から見学しました。

しかし、全部見ていたら多すぎるので、先ほど買ったばかりの
メトロポリタン美術館ガイド 日本語版」に掲載されているものと、

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のような音声ガイドのマークのある所を見て回りました。

しかしすごい。のっけからすごい。

いきなり古代エジプトの墳墓まるまる展示されていました。


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これがその内部です。ガラス張りで、そのガラスの上に説明が載っています。
101番の部屋で、ガイドブックによるとぺルネブの墓(Tomb of Perneb)だそうな。

ぺルネブというのは国王に仕える宮廷の役人の名前で、
この墳墓は古代エジプトのサッカラにあるジェセル王の階段ピラミッドの北側にあったのだそうな。

むむー。エジプト旅行を治安の悪化やその他の事情で2回キャンセルしたサラミ家にとって、
階段ピラミッドはぜひともこの目で見てみたかった遺跡。ここでそのご近所さんでも出会えて感動。

ちなみに、ぺルネブのお墓はマスタバと呼ばれる墳墓でピラミッドではありません。


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ちゃちゃっと見ていこうと思っていたのに、一発目から見入ってしまいました。

しかし多い。展示品も多いし見学者も多い。そして、実は音声ガイドのマークも多い。


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音声ガイドのマークに注目して見学すると、こんなヤツ(失礼!)まで見ることに。
Young Lion」とありました。紀元前3300~3000年だそうな。


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もうすでに諦めモード。膨大なコレクションです。


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こちらは「歩く男性像」。ガイドブックのエジプト美術の中で真っ先に紹介されていたのに人気なし。
何でも、上半身の逞しさから「重量級の運動選手」だと分かるのだとか。

こんな古代でも運動選手っていたんですね。古代ローマにもいたんだし、当然といえば当然か。


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ほのぼのとした2人の像も。
The Royal Acquaintances Memi and Sabu」とありました。

何となく、メミサブという名前を見て男性の方がサブだと思い込んでしまう日本人サラミ。
しかし、サブちゃんアカンやろ。左手をなんちゅー位置に置いてんのアンタは!


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こちらはメケトレの墓から出土した船の模型。お墓から出土ってことなので埋葬品でしょうな。
場所は「テーベ、アサシフ南部」とあります。

メケトレってのは、エジプト第12王朝の初代王アメンエムハト1世に仕える高官の名前だとか。
それにしても、とてもリアルな出来具合です。


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他にも、こんな牛小屋の模型もあります。細部に渡って手を抜かないこの作り!
何だかシルバニア・ファミリーの域に達しているようにも見えて興味深いです。


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それにしても、エジプトが全然終わりません。この先にもまだまだある~!


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アメンホテプ3世のスフィンクス」。小さいです。青い陶器の色が鮮やかでレプリカみたい!
ちなみに、アメンホテプ3世ルクソール神殿を建てたファラオだそうな。


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こちらは口の部分しかなくて逆に目を引いた「女王頭像断片」。

ガイドブックにはアクエンアテンの治世とありますが、これが誰なのかはいまだ謎だそうな。
碧玉というとても固い石で出来ていて、職人さんが磨いてここまで光沢を出しているとか。

とても厚い唇はとてもリアル。唇しかないって逆に官能的なんだなーと妙に感心しました。


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カノプス壺」。なんと王家の谷の墓から発掘されたものだそうな。

壺の表面に名前があったようですが削り取られており、解読した結果、
アクエンアテン(=アメンホテプ4世)の妻キヤのものだと判明しているとか。

カノプス壺というのはミイラの内臓を入れる壺だそうで、内臓も防腐処理をしていたことを
今回初めて知りました。そりゃ、そのまま入れたら最終的には腐敗して消滅しそうだもんね。


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猛々しいこちらのレリーフのタイトルは「異国人」。
「右の2人はヌビア人で左の2人はリビア人だと思われる」とガイドブックにはあります。

アメンホテプ4世の時代は、外国人がエジプトで兵として働いていたのだそうな。
現地の説明をちゃんと読んでいないので、どうやって人種を見分けてるのかが気になります。
髪の縮れ具合でしょうかね。


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まだまだあります。英語では「Chalic」とありますが、「」です。儀式用だそうな。

ファラオの誕生とかナイル川の氾濫などの図柄だそうですが、
紀元前の大昔にここまでの美しい浮彫りができるなんて信じられないですね。

しかも、このファイアンスという陶器の青い色が本当にキレイです。


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しかし感動も束の間。棺桶だらけのエリアに差し掛かってあまりの数にクラッとしました。(笑)
棺桶だけでどんだけあるねん!どんだけニューヨークに持って来たんやー!


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ガイドブックに大きく紹介されていた「ヘネトタウィの棺」。色鮮やかです。
今ググってみると、「アメン・ラー神の歌い手ヘネトタウィの人型内棺」でヒットしました。

棺の脇にあった説明には、

ヘネトタウィはアメン・ラー神の儀式で歌い手を務めていたが21歳で亡くなった。

と書かれていました。

歌い手といっても英語の解説では「Chantress」とあり「Singer」ではないので、
歌というより詠唱とか呪文でしょうな。

棺にはエジプトの守護神が描かれていますが、足元だけ絵が上下逆さまです。
これは、ヘネトタゥイの頭部のマスクから見られるように、ということだそうな。なるほど。


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見たら本当に小さかった「アムン神の小像」。しかし純金です。1キロ近くあるらしい。
アムン神=アメン神だったよな?とあいまいな知識しかありません。

これも儀式用だとかで、後ろに輪っかが付いているのだとか。
1キロだと吊り下げるにしても重いよなぁ。1キロ近い純金てお値段は一体・・・。(←俗物)

ちなみに、鎌状の剣を持つアムン神は「戦いの勝利を保証する守護神」なのだとか。


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これもガイドブックに紹介されていました。「神聖なるステラ(Magical Stela)」。
ステラというのは石碑のようです。

これはネクタネボ2世の時代ということで紀元前4世紀のものなので、ここでは新しめでしょう。
ちなみにこのネクタネボ2世というのは最後のエジプト人ファラオなんだそうな。

真ん中はホルス神がワニやサソリなどを退治する様子です。

ホルスって頭が(正しくは隼)なんじゃなかったっけ?と思いましたが、
時代が経つにつれ人間の姿になったらしいです。

私の写真がブレているので分かりにくいですが、ものすごく精緻な彫刻です。
思わず拓本を取りたくなりますな。

最後の最後にいきなり明るくて広いエリアに出ました。
案内図にはサックラー・ウィングとありました。


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一番の見所「デンドゥール神殿」。一体どうやって運んで来たんや~!と驚いてしまう規模です。

この神殿はアメリカヌビア遺跡の保護を支援したお礼としてエジプトから寄贈されたのだとか。

アスワン・ハイ・ダムの建設に伴ってヌビアの遺跡群を移築したのは有名な話ですね。
しかし神殿1個プレゼントって太っ腹やなー。

ここは明るいし広いだけあって混み合っていないので、一休みするのにも良いのでは。


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この神殿は紀元前15年頃のローマ時代のものだそうで、
建てたのは初代ローマ皇帝アウグストゥスです。

しかし、頭では分かっていても、エジプトのローマ属領時代がピンと来ません。
それ位古代エジプト文明の印象が強烈なんですな。

でもまあ、これがローマ神殿だと最初に言われればそうかとも思いますが。


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壁画を見ても、ローマの神殿とは思えません。ま、場所がエジプトですからね。


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神殿のそばに、「ハトシェプスト女王のスフィンクス」が置かれていました。大きい像です。
この女王も有名ですね。

ガイドブックによると、女王の死後、トトメス3世の指示で他の女王の彫像と共に破壊されて
採石場に捨てられていたものを、1920年代メトロポリタン美術館の発掘チーム
発見・復元したのだとか。

これを読むと「あーそうですか」で終わりそうですが、当時は各国が争って発掘を行っていた時代。
発掘品の50%をエジプト側に渡せば、なんと残りは持ち出して良かったんだそうな。

盗掘じゃないのかと思ってしまいますが、エジプト政府がそれでOKを出していたので、
ちゃんとした品と言えばそうなのです。エジプト政府はアホではないか。国の宝を。

しかし、エジプトの治安が悪化してしまった今となると、ここニューヨークにあるからこそ
キチンと保存され、状態良く展示されているという面もあり、ちょっと気持ちは複雑です。

いや、ちゃんと鑑賞できれば所有者が誰でもいいのですよ、見物人としては。

さて、エジプト美術コレクションをこれでも流し見してヘトヘトになりましたが、
肝心のウイリアム君はいませんでした。


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ウイリアム君というのはこのカバです。美術館のマスコットキャラなのです。

こいつの実物が、エジプト美術エリアのどこかに展示されていたはずなのですが、
展示品が死ぬほど多かったので、探しながら見学しましたが見つけられませんでした。

しかし、係員に聞くほどでもなかったので、あっさりと諦めました。
こだわっていたら時間のロスになるし。

そして、ガイドブックや音声マークにこだわる事もないと思います。

さらに言うと、ヨーロッパ美術に絞って時間を割きたい人は、エジプト美術は
棺桶の部屋とデンドゥール神殿あたりを見てとっとと次に行くべきです。

素晴らしいコレクションと展示方法でしたが、ものすごく時間を食ってしまいました。反省。





posted by サラミ at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月08日

NY6日目:メトロポリタン美術館 見学した所

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 見学した所

朝食を食べた後は、いそいそとメトロポリタン美術館に向かいました。

美術館はアッパー・イーストサイドにあり、私達はその時、セントラルパークを挟んで
反対側のアッパー・ウエストサイドのさらに北のモーニングサイド・ハイツにいました。

セントラルパークより少し上の場所にいたので、そのままバスタクシー
東西の道(Street)をギューンと東に行ってセントラルパークより東の5番街に出て、
そこから南下すれば、美術館はアッサリ到着できたはずです。

が、バスの路線がよく分からないし、元気な時はタクシーはもったいない。
というわけで、NY初心者らしく、地下鉄で遠回りして行くことにしました。

地下鉄1線でタイムズ・スクエア駅まで南下して7線に乗り換え、そこからは東に進んで
グランドセントラル駅まで行き、そこでまた4・5・6線緑のライン)に乗り換えて86丁目駅まで北上。

セントラルパークにも地下鉄通して欲しい。(^^;

遠回りでしたが、タイムズスクエアまでが結構すぐだったので、
時間は距離の割には思ったほどかかりませんでした。

サラミ夫は、午後3時位まで美術館を見た後、ディスカウントストアの
センチュリー21リンカーン・スクエア店に行きたがっていました。

が、私は時間が足りなくて無理だと思っていました。
実際、メトロポリタン美術館巨大過ぎて、省略しまくっても全然見られませんでした。

というわけで、ランチも抜きで、夕方までずーっと美術鑑賞にいそしんだ1日でした。
特大パンケーキを死ぬほど食べてから来て良かったです。(笑)

美術館に到着したのは10時半を回った頃でしたが、
チケット売り場は混み合っていなかった様子。(私は座って待っていました。)

その後、まず1階のミュージアムショップに直行し、



こんな表紙の分厚い本です。

他の人は、みんなスマホに美術館の無料ガイドアプリを入れて見学しているか、
オーディオガイドを借りて見ているので、こんな本を持っている人なんか皆無でした。(笑)

しかし、サラミ家は必ず記念にガイドブックを買うので、それなら先に買ってから見よう
ということになり、持って歩きました。アナログだけど説明が日本語だしね。

リュックなどは預けないといけないのでロッカーで預け、できるだけ軽装にしましたが、
本だけがずっしり。頑張るぞー。

さっそく、サラミ夫が貰ってきた日本語館内案内図を参考に、
見て回る場所と順序を決めました。

日本画家の千住博さんの「ニューヨーク美術案内 (光文社新書)」という本には
ここは展示数が多いので「何を見るか」を決めることが重要だとあります。

また、傑作も多いけど駄作も多いという評判もネットでチラホラ見かけたので、
行きたかったけど時間的にムリそうなエリアはバッサリ切り捨てました。

私達はやはりヨーロッパ美術を優先的に見たいと思いました。
それにコレクションの多いエジプト美術も。

そんなわけで、

アジア美術」、「古代中近東美術」、「アラブ・トルコ・イラン・中央アジア・後期南アジア美術」、
ギリシャ・ローマ美術」、「アフリカ・オセアニア・南北アメリカ美術」「写真」、「楽器」、「素描・版画
(ヨーロッパ)中世美術」「近代・現代美術

これだけ全部飛ばしました。

・・・飛ばしたエリアよりも見学したエリアを列挙した方が少なかったか。(笑)

ホント、もったいないですが、東京ドーム4個分くらいの面積があるらしいので、
1日で全部見ようなんて時間的にも体力的にも無理です。

人が多かったのでカフェにも立ち入っていません。ホンマ見学者が多いわー。

その後、旅行を終えてから「CREA Traveller 2015 Autumn 華麗なるニューヨーク
という雑誌を読んだのですが、ここでも千住博さんが寄稿されていました。

内容は「メトロポリタン美術館、5つのおすすめエリア」でした!

千住さんのおすすめはズバリ、

その一 日本美術
その二 武具 
その三 イスラム美術
その四 中国美術
その五 アメリカ美術

でした。

ガーン!「武具」以外見ていない・・・。
(実は、サラミ夫がゆっくりトイレに行っている間に私だけアメリカ美術をチラ見していたりする。)

千住さんのおすすめにはヨーロッパ美術が全然入っていませんが、
記事を読むとなるほどなーと思う内容でした。

でもまあ、行ったからにはミーハーにゴッホとかフェルメールとか有名絵画を見たいので、
初回はこれで良かったかなーと思っています。

また訪れる機会があれば、次こそは千住さんおすすめのコーナーを。

posted by サラミ at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月06日

NY6日目:パンケーキ@コミュニティ・フード&ジュース

2015年10月7日(水) 朝食パンケーキ@コミュニティ・フード&ジュース

ニューヨーク6日目の朝を迎えました。

旅行前、サラミ夫がガイドブックの大きなパンケーキの写真を見て、
どうしても有名店のニューヨーク・パンケーキが食べてみたいと言い出しました。

甘い物に興味のない私は「ただのホットケーキやで。」制止忠告しましたが、
やはり一度食べてみたいと言って聞きません。

ガイドブックには、クリントン・ストリート・ベーキング・カンパニー&レストランという
東京にもあるお店が紹介されていましたが、私達の宿はアッパー・ウエストサイド。遠い。

そこで、姉妹店だというコミュニティ・フード&ジュースの方が行きやすいので、そちらまで行くことに。
目指すは朝食のパンケーキ・スペシャルです。

平日の朝8時から9時まで、パンケーキミニジュースコーヒー12ドルという
お得セットのため、9時までに行けたら行こうとゆるーく計画していました。

連日夜が遅く、睡眠不足で疲れているため、朝辛くて起きられなかったら、
単品を普通に食べようということにしていました。パンケーキ単品だと13ドルです。

しかし、意外にも朝すんなり起きられたので、間に合うと判断して地下鉄1線で北上!


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最寄り駅の地下鉄1・2・3線の72丁目駅の脇にはヴェルディ・スクエアという公園があります。
これはオペラを数多く作曲したヴェルディにちなんだ公園で、ヴェルディの像もあります。

毎日その横を通っていたのですが、真正面からじっくり見ることがなく、
この日もヴェルディ像を後ろから激写!

さて、お店はモーニングサイド・ハイツにあり、最寄り駅はカテドラル・パークウェイ(110St.)駅。
ここは各駅停車の地下鉄1線しか停まりません。72丁目駅からは駅5つ北上するだけです。

カテドラル・パークウェイ駅では、地上に出て北に2ブロック歩くとすぐお店を発見。

ニューヨークの地下鉄は、各出口に通りの名前や建物名だけでなく、NW(北西)とかSW(南西)
とか方角が必ず書いてあるので、私のような方向音痴には有難いです。

私達が歩いて行く時に、観光客らしき韓国人か中国人の若い女の子とすれ違ったので、
結構アジアの観光客も来ると予想。


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お店には8時45分~50分頃着きました。店は割りと空いていて、待つことなく着席。


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店内でカメラを構えると人に向いてしまうので、店内の写真はこの1枚のみ。
他にも韓国人らしき4人組の観光客もいたけど、地元らしき人の方が多かったです。

お店は広くて座席数も多いので、人気店ながら平日の朝はゆったりできました。

しかし、着いたテーブルは足がガタガタで、隣のテーブルもガタガタ
だから空いていたのか?この辺のいい加減さがアメリカか。(笑)

メニューを一応全部見ましたが、はるばる来たからにはペロっといこうと思い、
果敢にもパンケーキ・スペシャル2つ注文。


4.JPG

先にオレンジジュースコーヒーが来ました。コーヒーはカフェオレ・ボウルかっちゅー位デカい。


5.JPG

が、テーブルがガタガタなので、いきなりコーヒーがこぼれまくり。
紙ナプキンもっと下さいと通りすがりの店員の兄ちゃんに頼んで終わりました。

ニューヨークで今までコーヒーを全然飲んでいなかったけど、
ここのコーヒーは美味しかったです。

私の頭の中には大昔の「アメリカン」の薄い味の記憶しかないのですが、
昔のとは違いちゃんとした味なんだな~。ニューヨークのコーヒーって激変したのですね。

ちなみに、私の記憶というのは30年位前のホームステイした時の古いものです。古すぎる・・・


6.JPG

スモール・オレンジジュースということですが、コーヒーもあるしこれで十分です。
このジュースも濃くて美味しかったです。さすが店名にジュースと付けているだけあるな。


7.JPG

そしてブルーベリー・パンケーキ。食感がフワフワで、確かに家で作れる感じではない!
「ただのホットケーキ」と思っていたけど、ホットケーキ・ミックスとは大違いでした。

そして、付いてくる温かいメープルバターをかけると、これまたコクがあって美味しい。
美味しくて体に悪そうカロリー高そうで、いかにもアメリカが得意とする悪の誘惑の味。(笑)

しかし、ガイドブックの写真はブルーベリーと共にブルーベリー・ソース
かかっていたと思うのですが、ここのは生のブルーベリーがゴロゴロ。中にもゴロゴロ。

甘すぎるのは苦手なので、この方がサッパリして良いと思います。
メープルバターがあるのでサッパリといっても濃いですが。(笑)

しかし巨大です。上の写真ではあまり大きさは分からないと思いますが・・・

8.JPG

大柄なサラミ夫の体と比較してみて下さい。まずお皿がデカい。よってパンケーキもデカい。
パンケーキは3枚重ねで、星乃珈琲のスフレパンケーキよりさらにボリュームが。

私はガッツリ食べようと覚悟して来たので、最後の一口ほどを残しただけで頑張りました。
が、逆流性食道炎というハンデを背負っているので、メープルバターは後から結構きました。

サラミ夫は、甘いのもあって途中で飽き、2人で1つで良かったとずっと愚痴っていました。(笑)
どうも期待が大きかったらしく、「男が食べるもんじゃない。」と連発。

だから「ただのホットケーキやで。」とさんざん忠告したのに。(笑)

しかし、あのサラベスでパンケーキとコーヒーを頼むと25ドルらしいので、ここのは安い。
(てか、サラベスが高い。)

世間が喜ぶ味を実際に食べてみて納得した朝食でした。

並んでまで食べたいとは思わない人は、クリントン・ストリート・ベーキング・カンパニー&レストラン
よりもこちらの店舗に来られることをおススメします。


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お店を出て地下鉄駅に戻る途中、可愛らしいお店の前を通りました。
映画なんかに出てくるような、いかにもアメリカっぽいお店。


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世界中のコカ・コーラの瓶がディスプレイされています。

クジも売ってるし、ドリンクとかあってキオスク的なお店なのは分かりますが、
朝食も出してる」って看板があったけど、どんな朝食なんでしょうか。パンとコーヒーか?

場所は112丁目辺りということで、もう少し行けばハーレムという位置ですが、
ここモーニングサイド・ハイツコロンビア大学もあり、高級住宅地なので雰囲気は良いです。

次は、この場所からメトロポリタン美術館に向かいます。

posted by サラミ at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする
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