2016年01月06日

ニューヨークに行く前に読んだ本

最後に、ニューヨークに行く前に読んで参考になった本を紹介します。


岩波新書「ニューヨーク」 by 亀井俊介


私はアメリカにはあまり関心がなかったので、ニューヨークについても
マンハッタンって島?」と質問する位なーんにも知りませんでした。

そこで、単純な旅行ガイドブックではなく、ニューヨークの歴史が分かる本を探しました。
新書ですが読みやすく、各エリアの成り立ちや歴史が分かり易く書かれています。

マンハッタンは南から北に発展していったらしく、南から順番に紹介されています。
ウォール・ストリートがなぜそう呼ばれるのか、とか、移民にまつわる話とか、
大変興味深く読みました。

ただ、この本にも挿絵で地図が載っているのですが、小さくてあまり詳細ではありません。

そこで・・・


ご存じ「地球の歩き方 ニューヨーク」です。

この本には、別冊でかなり詳しい地図(の冊子)が付いてきます。

私は、上に挙げた新書の「ニューヨーク」で紹介されているストリートやエリアを、
この付属の地図で確認しながら読み進めていきました。スムーズに理解するのに
この地図はとても役に立ちます。

あと、地図には自分で調べたお店などをいっぱい書き込んで現地に持っていきました。

地球の歩き方本体については、何やかんや言ってもやはりガイドブックとして
役に立ちました。とはいえ、私の一押しはこの別冊の地図です。(笑)

そして私のオススメは、岩波新書「ニューヨーク」とこの別冊の地図のセット読みですが、
ニューヨークの詳しい地図を持っているという人はその地図でも良いと思います。


そしてこちらはおまけですが、旅行から戻ってきて読んだ本です。


「錯乱のニューヨーク」 by レム・コールハース

どなたかの評価で、岩波新書「ニューヨーク」と併せて読むことを薦められていたので、
こちらも読んでみました。

レム・コールハースは建築家で、ニューヨークの建築を通して都市の変容について書いています。

これを読むと、なぜあんなに摩天楼がそびえ立つようになったのか、
なぜニューヨークの高層ビルがあんな先の尖った形になっているのかが分かります。

しかし、抽象的でものすごく難しい本で、私はおそらく3割ほどしか理解できていません。

ですが、分からないのにものすごく食いつき、アマゾンのカスタマーレビューの文章や解説を
参考書代わりにして本書を読んでいきました。(笑)

ニューヨークは刺激的で好きな街ですが、同時に、新自由主義が極端なまでに肥大した部分は
嫌悪感を感じるところもあり、それは、やはり現地でも感じたことでした。

ニューヨークでは、超富裕層向けの高級アパートメントの入口にいる100年前みたいなベルボーイと
貧しい出稼ぎ労働者の両方を見て、やはり何とも言えない嫌悪感を感じました。

この本を読んで、なぜ私が嫌悪感を感じたのか分かるような気がしました。
かなり批判的な本ですが、私は同時にニューヨークのモダニズム建築にも関心を持ちました。

私は上海に住んでいるので、上海にも残っている戦前のモダニズム建築にも目を留めるように
なりました。今まではその歴史的重要性などはよく分かっていませんでした。

本書の内容の説明文は、

理論のユートピア=摩天楼、理想主義の断片=ロックフェラー・センター、
予想外の突然変異=ラジオシティ・ミュージックホール

といった感じで、凡人の私には哲学書みたいな本でしたが、それでも興味がある方はぜひ。

ただし、私は文庫本を買いましたが、興味深い挿絵がかなり小さくて見づらかったです。
その点では単行本の方が良いと思いますが、値段が高いです。




posted by サラミ at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2016年01月04日

NY最終日+1:上海へ帰還

2015年10月9日(金) 上海へ帰還

いよいよ上海に帰ります。

ニューアーク空港に着いたのは8日の深夜で正式には9日、フライトは早朝5時
すでに日付も変わっているので「最終日+1」としました。

帰りのフライトは、

2015年10月9日(金) AA1458 05:00 ニューアーク発 → 07:52 ダラス着      
                AA127 10:15 ダラス発 → 翌日14:55 上海着

ということで、帰りはダラス経由で帰りました。


フライトについては、すでに、 


に載せたので割愛しますが、ニューアーク空港夜中に着いて大変だったのでその記録を。

まず、私達は夜中の1時22分NJトランジットニューアーク空港駅に到着しました。
そこからは、エアトレインと呼ばれるモノレールみたいな乗り物でターミナルを移動します。(無料)

エアトレインについてはこちらに英文の説明と路線図があります。

エアトレインは、空港駅 → P4 → ターミナルC → ターミナルB → ターミナルA

という順番でターミナルを移動します。(ちなみにP4はホテルがシャトルバスを停車させる所)

エアトレインのホームで荷物のカートを探していた時、係員なのかよく分からない男性が寄ってきて、
不愛想に何も言わず私達のスーツケースを勝手にカートに載せて乗り場まで移動してくれました。

要らん要らん!と言っても勝手にやってくれたので焦りました。

そして、私がターミナルAに行くといったら、ターミナルAは3:30にオープンする
とだけ言ってスーッといなくなってしまいました。

チップ稼ぎのアヤシイ人かと思っていたので、本当に係員だったと分かってちょっと拍子抜け。
制服らしきものは着ていたけど、もう少し態度をどうにか出来ないものでしょうか。

そこにやってきたエアトレインに乗ったのですが、なぜか次の駅のP4ではドアが開かず
(どうも壊れていたらしい)、そしてその次のターミナルCでみんな降りて行きました。

それをボーッと見つめていたのですが、気が付いた時にはなぜかエアトレイン逆戻り

えー!ひょっとして3:30までターミナルAはオープンしないから行かないってこと?
じゃ、さっきの係員は何で教えてくれなかったのか?と車内で大騒ぎ。

結局、乗ってきたニューアーク空港駅まで戻ってしまいました。
すると今度はしばらくエアトレインが来ません。(夜中は15分おきらしい。)

ずーっと待ってると、別の係員らしき人が来て、
ターミナルAに行くのか?じゃあターミナルCで乗り換えだと教えてくれました。

私達はたまたまエアトレインの端っこに乗ったので、ターミナルCで待機していた係員が
私達に気づかず、教え損なってしまったらしい。

そんなヘンな人件費をかけるより、看板を一枚立てたら終わりではないか。
ま、雇用創出とか色々あるのかも知れませんが。

というわけで、空港駅からターミナルAに行くのにおそらく30分以上かかってしまいました。
時間があったので良かったですが。

やっとエアトレインが来てターミナルCまで行き(この時はP4でもドアが開きました)、
一旦降りて向かいのホームから別のエアトレインに乗ってターミナルAまで行きました。あーしんど。

ものすごく夜中ニューアーク空港を利用する方は注意して下さい。
エアトレインは24時間運行していますが、落とし穴があります。

余談ですが、ターミナルAでトイレに行って歯を磨いていた時、若い黒人女性が入って来て
一番入口から近い個室に入ったのが鏡越しに見えました。

しかしドアを開けたまま。座っているらしいことは鏡越しに見えていたのですが、
ちょうど死角で中で何をしてるのかは見えません。

他に人もいないので、私のことを待ち伏せしているのかと思って鏡を見つめていましたが、
その女性は突然ジャーと水を流し、そのまま外に出て行ってしまったという・・・。

ラリッてたのか何なのか分かりませんが、トイレのドアを開けたまま用を足す人なんて
中国人以外で初めて見てビックリ。(笑)アメリカも本当に色んな人がいるなぁ。

しかし、人の少ない場所では用心した方が良さそうです。

その後、ダラス行きの飛行機は予定通りに飛び、3時間半のフライトを経て
無事ダラス・フォートワース空港に到着。

ダラスでは国際線のターミナルに着いてからも時間があり、ここで食事をすることに。
ダラスまでの早朝便では機内食が出なかったしお腹が空いたのでした。


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ここはテキサスなのでテキサスっぽいお店を探して朝食セットを食べました。
サイコロステーキ入りのブリートを1つと紅茶を1杯。

絶対に量が多いと思ったので一つだけ注文したのですが、やはり正解でした。多い!


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ブリートは、中に玉葱と赤パプリカと味を付けて炒めたステーキと卵焼きが巻かれていて、
割とさっぱりしていました。付け合わせの味の濃いフライドポテトとカリカリトーストがアメリカっぽい。

他の人の様子を見ると、女性一人でペロリと全部食べていました。
(だからあんなに太るんちゃうかと思うけど。)

ここでしっかり食べ、最後の上海行きのフライトは地獄の15時間40分
狭いエコノミーの座席にも耐え、ほぼ予定通り上海に到着した時は次の日の午後3時。

長いフライトはちょっとキツかったけど、ニューヨークの旅は楽しかったです。

また機会があればオペラを見に行きたいし、それにまた買物したいです。

posted by サラミ at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月30日

NY最終日:タクシーとNJトランジットで空港へ

2015年10月8日(木) タクシーとNJトランジットでニューアーク空港へ

オペラ終演は23時半くらいになり、急いでアパートに荷物を取りに戻りました。

私はロングフライトに備え、靴をスニーカーに履き替え、ズボンを楽なものに履き替え、
鍵を所定の場所に返し、アパートの部屋を全部確認して出ました。

アパートからは、夜中ということもあり、当初タクシーで空港まで行くつもりでしたが、
毎晩オペラに出かけていて、思ったより夜も明るくて人通りも多く安全だったので、
NYペン・ステーションまでタクシーに乗り、そこからNJトランジットに乗って空港まで行くことに。

列車は、平日ダイヤで最終便の1本前が夜中の1:00、最終便が1:22だったので、
安全策を取って1:00を目指しました。(ダメなら最終で。)

旅行前に一番心配していたのは、夜中12時に住宅街でタクシーがいるかどうか
でしたが、アパートは(道の名前の)ブロードウェイにもコロンバス・アベニューにも近く、
夜中でもタクシーがブンブン走っていました。さすが眠らない街ニューヨーク。

ホテルと違って、アパートだとタクシーを呼んだりしてもらえませんからね。

いそいそとタクシーが走っている方向にスーツケースをゴロゴロと押し始めると、
なんとすぐ近くで誰かがタクシーから降りたではないか!ラッキー!

こんなワケで、ほとんど歩かずそのタクシーに乗り、NYペンステーションまで行ってもらいました。

ドライバーさんに駅のどっち側?みたいなことを聞かれ、よく分からないので
NJトランジットでニューアーク空港に行く。」と言ったらOK!と理解してくれました。

途中、タクシーで今日必死で歩いたタイムズスクエア辺りを通りました。
びっくりするくらいネオンギラギラで人もまだまだいっぱい。ススキノのネオン負けたな~。

夜遅いので道が空いていて、NYペン・ステーションにはすんなり到着。
本当にNJトランジットの入口に停めてくれたので助かりました。

買物し過ぎて荷物も多かったし、すんなり乗れてこのタクシーにはとても感謝していたので、
多めに払いました。20ドル渡すと、ドライバーさんが「え、こんなにくれるの?」と笑顔。
いや、ホンマに助かったんです。何しろ、2人なのに大型スーツケース3つとレスポのバッグですから。

駅に入るとすぐ地下に降りるのですが、下りのエスカレーターが止まっていました。
しかし、時刻が1:00に迫ってきて急いでいて、私もサラミ夫もその事に気付いていませんでした。

サラミ夫はスーツケース2つ、私は1つと他の荷物を持ってエスカレーターで降りようとしたら、
前を歩いていた顔がちょっと白くて口がちょっと赤い若い男性が振り返って、サラミ夫に、
「手伝おうか?エスカレーター止まってるよ。」と言ってくれました。

その人の顔はいわばバットマンのジョーカーみたいな感じで、多分大道芸人で仕事を終えて、
適当にメイクを落とした中途半端な状態だったのだと思います。

ありがたくお願いして1個サラミ夫がスーツケースを渡したら、その彼は持って歩き出してすぐ
振り向いて、わざと大げさな表情で「重~い!」と言うので大爆笑してしまいました。

確かに、20キロ以上あったと思うので重かったはず。
でもそのまま下まで持って降りてくれました。本当にアメリカの人は親切です。

それから近くの有人窓口でサラミ夫がチケットを購入。片道料金で一人13ドル
空港まで全部タクシーで行くより安く済みました。時間は1:00前です。急がねば。

急いでホームの番号を探し、また上に上がる時に、前にいた人に空港に行くか必死で聞いたら、
その人も急いでいたのに足を止めて電光掲示板をチェックして、「行くよー。」と教えてくれました。

この人もまた親切だこと。なんでみんなこんなに親切なんでしょう。

こうして、1:00の列車に何とか乗れました。空港までは22分です。

乗ってみると、席は空いていましたが乗客はむちゃくちゃ多かったです。
しかも車両も死ぬほど明るいし、これなら夜でも治安は大丈夫だな。


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これは、前に載せたのと同じ画像ですが、車内の様子です。夜中でも明るいです。

こうして、列車は1:22にニューアーク空港に到着しました。

以上、空港まで行っただけのお話なのですが、人の親切さがとても印象に残りました。


posted by サラミ at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月28日

NY最終日:オペラ)タンホイザー

2015年10月8日(木) オペラ タンホイザー

今回の旅行で最後のオペラはワーグナーの「タンホイザー」。

この日が一番ギリギリで歌劇場に到着しました。(笑)
というのも、この日は19時の開演で、それまでより30分早かったのでした。

ワーグナーのオペラはやたら長いので、大体どこでも開演が早いですね。
この日の予定は、開演が19時ちょうどで終演が23:20。うげー。

オペラそのものは3時間10分ですが、35分の休憩が2回も入るので、
全部で4時間20分。休憩を少し削ってもっと早く帰らせて欲しい・・・。

というのは小市民の意見で、実際は幕間にお食事される人々もいるので、
まあこんなもんなんでしょうね。とはいえ、メトは休憩が少し長い気がします。

ところで、我が家はサラミ夫がNHKなどのオペラを録画しまくっているわけですが、
タンホイザー」に限っては、2014年バイロイト音楽祭の録画しかありませんでした。



しかし、日本語字幕で見たいしこの録画を見たわけですが、とんだヘンテコな演出で、
何が何なのか全然ワケ分からん舞台でした。

というわけで、予習はテキトーに流し、ひたすらCDを聞くことに。


こちらはドミンゴが歌うタンホイザーです。指揮はシノーポリ。


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さて、この日の座席は最上階のファミリー・サークルのサイドのボックス席です。
27ドルという今回一番安い席でした。


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この通り、天井スレスレで舞台からも近いので、かなり上から見下ろす形です。


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しかし、高すぎてコワイ。高所恐怖症の人はダメですよ~。
とはいえ、楽しみにしていたジェームズ・レヴァインの指揮は良く見えました。

ちなみに、座席については、「メトロポリタン歌劇場の座席いろいろ」にも載せています。

タンホイザー」は、今回唯一長~い序曲が聞けるオペラだし、
サラミ夫婦どちらもワーグナーは得意でないので、美しい管弦楽を楽しんで聞きました。

安い席だし、たまに寝てもいいや、くらい気楽な気持ちで。(実際に時々寝てました。)

ちなみに、ここは空調の風が来て寒かったです。この日が一番寒かったかも。
あまりの寒さに思わず太腿をスリスリとさすってしまったので服の布の音がしたかも。
(前の席の人すいません。)


今回のキャストその他は・・・

指揮 : ジェームズ・レヴァイン
演出 : オットー・シェンク                             
タンホイザー : ヨハン・ボータ
ヴォルフラム : ペーター・マッテイ
エリーザベト : エヴァ=マリア・ヴェストブルック
ヴェーヌス : ミシェル・デ・ヤング
ヘルマン : ギュンター・グロイスベック


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指揮者のレヴァインは足が悪いのでずっと車椅子みたいで、見下ろすと開演前にはすでに
指揮者席にいたので、上から様子を見ていました。

レヴァインといえば相当な巨体のイメージだったのですが、上から見えた両太腿は、
体の割には細かったです。かなりの期間歩いていないのではないかと思われます。

舞台が始まると、普通は指揮者が歩いて出てきますが、彼の場合は最初からそこにいて、
補助の人が車椅子を回転させて観客の方に向け、そのまま挨拶。

よく病気から復活したなあ、とその姿を見てしみじみ。

しかしビックリ。座った中でここが一番音響が良く、オーケストラの音が上まで伸びてきました。

メトのオーケストラが別物かと思うくらい、レヴァインが指揮したこの時はものすごく音が美しかった!
そして合唱も凄い。オケも合唱も盛り上がる所では凄い迫力で、荘厳な響きに圧倒されました。

レヴァインがすごいのかワーグナーがすごいのか。
他の指揮者で聴いたことがないから分からないのですが。

ヒトラーが感銘を受けてワーグナーを利用しようと思ったのも少し分かる気が。
(まずは、きっとワーグナーが凄いのでしょう。人間的には嫌いだけど。)

長い序曲では、バレエダンサーが妖艶な踊りを披露していてとても美しかったです。

おそらくここのバレエ団だからニューヨーク・シティ・バレエ団の人達だと思うのですが、
それはそれは優雅で感動~。バレエのミニチュア版を見せてもらった感じでした。

舞台の見え方はこの日はどうでもいいと思っていたけど、
やはりこのバレエは正面からじっくり見たかったと思いました。

このオットー・シェンクの演出はとてもオーソドックスで豪華で、そしてとても素敵でした。
あんなバイロイト音楽祭のヘンテコな演出でなく、これを予習で見たかった。(爆)

歌手はみんな良かったです。途中あちこち寝ていたので偉そうなこと言えませんが。

主役のヨハン・ボータはさすがのワーグナー歌いで、声も通るし美声だし、さすが!の一言。

ただ、竪琴を弾きながら歌うシーンでのボータさんの弾く演技がヘッタクソで思わず笑いそうに。
演技がヘタという噂は本当だったんだな。でもそれを吹き飛ばす位に歌が素晴らしい。


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こちらはカーテンコールのボータさん。
ちょっと痩せたら美男だと思うのですが、きっとこれ位の体格でないとあの声が出ないのかも。

女性歌手2人もさすがのワーグナーソプラノとメゾ。見た目も結構美しくて優雅。
この凄まじい(←褒めてます)歌唱を聞きながらウトウト眠るとは何と贅沢なんでしょう。


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こちらは華があってエリーザベトにぴったりのエヴァ=マリア・ヴェストブルック


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そしてボータさんの横で微笑むミシェル・デ・ヤング。こちらも美しい方でした。

ヴォルフラム役のペーター・マッテイというバリトンの人もすごく良くて、
夕星の歌」は惚れ惚れ。ミュージカルでもいけそうな聴きやすい伸びやかな歌唱でした。

また、この日はヘルマン役で我らが「ルサルカのお父さん(ウィーンでこの役を聴いたので)」こと
ギュンター・グロイスベックが再び出ていて、今回は一部分長く歌うところがあり、
「お父さん上手いな~。」とサラミ夫と2人して満足。

しかし、やっぱり一番の感動は、演奏と合唱
有名な行進曲はもちろん、最後なんてもう感動で涙が出そうになりました。

ウトウト寝ていたところ、オーケストラの音の凄さでだんだん目が覚めていって、
最後の方は、昨日までの演奏は音のボリューム押さえてたんか?と思うくらいの迫力。

座席の関係もあったのでしょうか。
しかし、こんなに指揮者に感動したのは初めてでした。

上半身だけでよくもあんな凄い指揮ができるもんだわ。

この日は最後の曲の迫力が凄かったので、フライングで拍手する人は少な目。よしよし。


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カーテンコールも盛り上がりました。
予習もテキトーで今回は気楽に聴きに来たつもりが、予想外に感動しまくって大満足でした。

しかし、この日は最後のメトでのオペラ。


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最後の最後にシャガールの絵を眺めて、惜しみつつ歌劇場を後にしました。


*追記:ヨハン・ボータさんは、2016年9月8日、癌のため51歳の若さで逝去されました。
    ここに謹んでお悔やみ申し上げます。
posted by サラミ at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月26日

NY最終日:タイムズスクエア

2015年10月8日(木) タイムズスクエアを通り抜け

ステーキを食べ終えたらもうすっかり夕方です。
今夜もオペラを見に行くのでもう時間がありません。

ギャラガーズ・ステーキハウスの最寄りの地下鉄駅は50丁目駅でしたが、
私はどうしてもタイムズスクエアに行ってみたかったので、帰りはさらに南下して42丁目の
タイムズスクエア駅まで行って地下鉄に乗ることに。

お店を出てすぐ近くの所にお土産屋さんがあり、サラミ夫が、
「お土産をちょこっと見るから、その間ラジオシティ・ミュージックホールの写真でも撮ってきたら?」
と提案してくれました。

「じゃ、すぐ写真を撮って18時にまたお店に戻って来る~!」と言って歩いていったら、
意外と距離があり(2ブロック)、元々時間ギリギリだったので結局10分くらい遅れてしまいました。

しかも、方向音痴の私は1ブロック間違うという痛恨のミス!

サラミ夫が入っていったお土産屋さんはブロードウェイと西48丁目の近くでしたが、
私は7番街と西48丁目の近くのお土産屋さんに行ってしまいました。(アホ)

お土産屋さんの人に聞いても知らないと言われ、サラミ夫に電話しても繋がらず、
ヘタに動いたら会えなくなると思ってじっとしていたのでえらく時間をロス。

最後にサラミ夫から電話が来て、そこで初めて私が場所を間違えていることに気付き、
慌ててブロードウェイまで行くというアホな有様で・・・。

これで、ものすごく時間がギリギリになってしまいました。

でもどうしてもタイムズスクエアが諦めきれず、早歩きでブロードウェイを歩き、
写真を撮りながら根性でタイムズスクエア駅まで行きました。

せっかくニューヨークまで来たのに、テレビでよく見るあのネオンぎらぎらの街の様子を見ずに
帰ってしまうなんて、なんだか勿体ない~。

というわけで、早歩きでササッと撮った写真を、思い出にここに載せます。


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まずは、ラジオシティ・ミュージックホール。ピンボケですが。
サタデー・ナイト・ライブが好きだった私にとってニューヨークといえばここ!


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歩いているうちに日が暮れてきました。だんだんネオンが明るくなってきました。


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そしてタイムズスクエア歩行者天国。観光客だらけで人がいっぱい。
ここでゆっくりできなくて残念です。(ま、私の希望でゆっくりステーキ食べてたんですが。)


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そしてお馴染みの東芝の電光掲示板。正式には東芝ビジョンと言うらしい。
しかし、よく見ると下の方にはSONYの文字も。

この辺りの人混みは凄まじかったです。さすが世界のニューヨーク。
これからミュージカルを見に行くという人達もたくさんいたことでしょう。

ちゃんと立ち止まって撮れた写真はラジオシティ・ミュージックホールだけ。
立ち止まっても歩いていても、撮影の良し悪しに変化がないところがド素人です。(涙)

そして、大急ぎでタイムズスクエア駅から地下鉄1線に乗り、
メトロポリタン歌劇場のある66丁目-リンカーンセンター駅へ直行。

今日はオペラを見た後、宿泊はせず空港に直行するので普段着なのです。
着替えないのでまっすぐ歌劇場に行けました。(でなければ遅刻していました。トホホ)

こうしてニューヨーク最後の夜も、時間に余裕なくバタバタ過ごして終わりました。(^^;

posted by サラミ at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月23日

NY最終日:ギャラガーズ・ステーキハウスへ

2015年10月8日(木) ギャラガーズ・ステーキハウスへ

センチュリー21で夢中で爆買いしていた私達はランチがまだでした。

思えば、ニューヨークではお店でちゃんと食事をしたのが2回だけ。
後は、ハンバーガーやサンドイッチをテイクアウトしてはアパートで食べていました。

最後くらいは何かニューヨークらしい物を食べたいと思い、
荷物をアパートに置きに帰ると、急いでステーキハウスへ行くことに。

もう15時半位になっていたし、地下鉄1本で行けるので、ギャラガーズ・ステーキハウスへ。

このお店は1927年創業と歴史が古く、その禁酒法の時代にスピークイージーとして
オープンしたと公式サイトに書いてあります。

その後、禁酒法が無くなった後ステーキハウスになったとか。

一度、評判も落ちて閉店したようですが、今回はその雰囲気と場所の便利さで、
再オープンしたこちらを選んで行くことにしました。


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地下鉄72丁目駅の脇にあるヴェルディ・スクエア
英語発音だとヴェルディではなく「ヴァーディ・スクエア」になるのだとか。

ニューヨークまでオペラを見に来たくせに、このオペラ作曲家の像をまじまじと眺めることなく
毎日通り過ぎていたので、最終日の今日は立ち止まって写真撮影。


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ずっとお世話になった地下鉄72丁目駅。(1・2・3線)
最後まで、裏側(北側)の写真ばっかり。表はもっとカワイイです。

ここから地下鉄1線に乗り、50丁目駅で降り、そこからは徒歩ですぐでした。


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南を見ると、タイムズスクエアの電光掲示板が見えました。

駅を出たら、ブロードウェイを2ブロック北上します。


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日曜日に来たタイムズスクエア教会をまた通り過ぎました。
ここからギャラガーズ・ステーキハウスはすぐです。


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ありました~!場所は西52丁目通り(W. 52nd St.)でブロードウェイとの交差点から西にすぐ。
近くにはジャージー・ボーイズを上演する劇場がありました。

お店には16:15位に入りました。この時間までランチ抜きでしたが、朝食の時間も遅かったので、
根性でこの時間まで持ちこたえました。


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入口の脇にショーウインドウがあり、熟成させたブロック肉がズラリ。
メニューも貼り出してあるし、事前に値段も分かって良心的だと思います。


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入口からガラス張りの熟成肉の専用冷蔵庫の脇を通って店内へ。
時間も時間だったので店内はガラガラでした。


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案内された席はこちら。内装はいかにも歴史あるステーキハウスという感じ。

あまりにもガラガラだったので、お店の方に断りを入れてから
店内の写真を撮らせてもらいました。


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私達が案内された窓に近いエリア。野球選手の写真や絵やサインがたくさんありました。


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こちらには昔の俳優やら政治家やらの写真がズラリと。こちらも雰囲気があります。


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ショーン・ペンのサインもありますよ~。


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まず若いウエイターさんがドリンクの注文を聞きに来られて、
お酒の飲めないサラミ夫はコーラ(3.5ドル)、私はブルックリンIPA(8ドル)を注文。

ビールは、ブルックリンラガーブルックリンIPAがあり、IPAはペールエールだと
言っていたのでそっちにしてみたのですが、苦過ぎず、飲みやすくて美味しかったです。
(よく考えたら、IPAのPAってペール・エールの略ですな。)

ドリンクが運ばれてきた後、今度は年配のウエイターさんが注文を取りに来られ、
オススメのステーキを尋ねるとやはりポーターハウスが良いとのこと。

というわけで、ポーターハウス(一人49×2人=98ドル)とハッシュブラウン(10ドル)を注文。
食べきれないと思ったので、用心してサラダはやめました。


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こちらは付け合わせのパン。でもお腹が膨れるのであまり手を付けませんでした。


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ハッシュブラウンは恐ろしい量!これ、お皿が相当大きいのです。
外側がカリカリで味も濃いめ。ものすごーく美味しい悪魔の味。(笑)

しかし残念ながら半分くらいでリタイヤ。美味しいけどバターの風味のおかげで重くて、
途中からバターのダメなサラミ夫も投げ出しました。

胃の丈夫な人ならいけるんじゃないでしょうか。味はとても美味しいです。

さて、ポーターハウスはカートに乗せられてゴトゴトとやってきました。
先ほど注文を聞いてくれたウエイターさんと、サーブする別のウエイターさんの2人です。


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このように、ウエイターさんがそれぞれのお皿にお肉を取り分けてくれます。

お皿は、ガイドブックの他のお店の写真で見たような、お皿の下の片側にもうう一枚お皿を敷いて、
傾けて肉汁をお皿の片隅に溜めることはしていませんでした。フツーに1枚のお皿。

ステーキをサーブしてくれた人はイタリアかどこかの人みたいで、こっちが何も言ってないのに
「ピクチャー!ピクチャー!」と言い出して写真を撮るように勧めてくれました。

でも一眼レフを構えるのは仰々しくて恥ずかしかったので、スマホで撮影。

横にいた、注文を聞いてくれたウエイターさんはスマートな感じでそんなことは言わないのですが、
このイタリアおじさんに促され、OK!とこちらが頼んでもいないのに、サラミ夫と2人で記念写真

こちらは特にウエイターさんと記念写真を撮りたいと思っていたわけではないのですが、
まあ撮ってくれるというので。写真を撮りたがる観光客が多いんでしょうか。


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ウエイターさんが、サーロインとフィレの部分を切り分けて説明してくれました。


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イタリアおじさんが、まず最初にこれだけお皿に乗せてくれて、食べ比べてみろ、と。
手前のひと固まりがサーロインで、奥の2つがフィレ

フィレが、びっくりするほど柔らかかった~。溶けるかと思ったくらい。


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その後はどうぞご自由に、ということで、もちろん自分達で頂きました。

実は、ポーターハウスは熱々のお皿で出て来ませんでした。
熱々のお皿でどんどん焼けて行くと思ったのでミディアムレアにしたのですが、
逆に途中から冷めてきてしまいました。(切り分けてもらってることもあるので。)

というわけで、急いでお肉を食べました。
量は、サラミ夫がステーキを見て、「これ位やったら食べれるで。」と始めから勝利宣言。

確かネットで見たところではフィレの部分が多いのがポーターハウスだと理解していましたが、
ここのポーターハウスはサーロインの方が多かったような気がしました。

確かに美味しいのですが、ステーキソースがアメリカンな感じで(←そりゃ当たり前)、
サラミ夫はダメだったようですが、私は付けた方がサッパリしたので付けて食べていました。

フィレはものすごく柔らかくて絶賛ものでした。
サーロインも確かに美味しいのですが、逆流性食道炎の身にはが後半辛かったです。
(だったら食うなという話ですが。)

熟成肉を初めて食べて、独特の肉のにおいを感じて、なるほどーと思いながら食べました。
すごく納得したので、次からは迷わずフィレステーキを頼むと思います。

やっぱり私の胃にはもうサーロインは無理だということがよく分かりました。


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とか何とか言って、サラミ夫のおかげでアッサリと完食。

余談ですが、隣の席の年配客2人とウエイターの方がビックリする位ずーっと喋り続けていました。

会話でも客を楽しませるというのは、こういうお店では大事なサービスだというのは分かるのですが、
どこでもそうですが、アメリカ人はよ~喋るな~~。

思ったこともよく独り言で声に出したりしているし、アメリカ人って何だか凄い。
なぜあんなに喋るのか。(笑)

お会計は税金を入れて130.11ドル
チップのオススメは、ここでは15%、18%、20%で、18%から始まる他の店より良心的かも。

本場ニューヨークでポーターハウスを食べ、こういうもんか~、と納得してお店を後にしました。


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2015年12月22日

NY最終日:センチュリー21 リンカーンスクエア店へ

2015年10月8日(木) センチュリー21 リンカーンスクエア店へ

今日はついに最終日。早朝に用事はなかったので少しゆっくり目に起きて荷造り。

実は、フライトは明日なのですが、7時52分発という早朝便なので、
今夜オペラを見た後、直接タクシーで空港に向かい、空港で待機しようということに。

もっと早く寝られるならもう一泊するのですが、オペラの終演が夜中12時前なので、
数時間しかゆっくりできないし、それならもう行ってしまおう、と。

私は荷造りだけでなく、キッチンを片づけたりゴミを捨てたり、冷蔵庫を確認したり、
アパートなので色々と気を遣って時間がかかりました。元の状態に戻さないとね。

ただ、この日もゆっくりリビングを使わせてもらえたのは有り難かったです。


1.jpg

時間節約のため、サラミ夫が近所に行って朝食を買ってきてくれました。

まず、前に行ったクッキーが有名なルヴァン・ベーカリーでまたクッキーを。

今回は、オートミール・レーズンダークチョコレート・ピーナツバターチップ
再びダークチョコレート・チョコレートチップ

巨大なので全部は食べきれず、チョコチップは上海に持って帰りました。
でも驚くほど日持ちするので、帰って来てからも美味しく食べられました。

もう1つはレンウィッチ(Lenwich)の朝食で、エッグサンドエッグ&ハムサンド
2つで6.6ドルほどで安いです。

それに昨日のオレンジジュースヨーグルト
今日じゃなくて前に買ったクッキーがまだ残ってたのでそれも無理やり消費。

この後、センチュリー21リンカーンスクエア店スーツケースがあるか見に行くことに。
アパートにはまた戻って来るので、鍵は持ったまま荷物をリビングに置いて出ました。

72丁目駅のすぐ横にノースフェイスがあったのでちょっと見てみましたが、
気に入った服がなくてすぐお店を出ました。

地下鉄1線で66丁目(リンカーンセンター)駅で下車。そこからセンチュリー21はすぐです。

こちらの店舗は、ダウンタウン店の目の回るほど巨大な店舗と比べると小さめですが、
それでも地下から1階から地上4階まであり、真剣に見て回ると十分広いです。

4階にバッグ売場があったので先に見に行くと、スーツケースもありました!
でも、サラミ夫が先日ダウンタウン店で見つけたのと同じやつはありませんでした。

サラミ夫はWTC近くにあるセンチュリー21のダウンタウン店に行きたいと言い出しましたが、
あっちは店舗が巨大で、行ってしまうとそれで一日終わってしまうので私が却下。(笑)

そこで、集合時間を決めて、この店をそれぞれ分かれて見ることに。

結果的に、リンカーンスクエア店はそこまで広過ぎないので、
短時間で見て回るにはこれぐらいで良かったのではないかと思います。

私は一応自分のカバンに入る範囲で物を選んだつもりでしたが、
サラミ夫は中国人みたいに買いまくり。どうやって持って帰るんでしょうか。(^^;


3.jpg

前の画像の使い回しですが、私が買ったのは、ナインウエストのショートブーツ
ノーブランドで冬の部屋履き、カルバン・クラインのダウンコート2着、ケイト・スペードのサングラス
(その他の小物はアウトレットにて。)

ダウンコートは1着100ドル切るくらいで本当に安かったです。(ダウンの質もそこそこですが。)


4.jpg

右のダウンコートは正にユニクロではないかというほど機能的に似ています。
こうやって袋に収納できるし、小さくなるので旅行の時にも活躍しました。

暖かさも、極寒でない日はこれで十分です。気に入ってよく着ています。
ただ、10℃を下回るとちょっと中が薄着ではムリな感じ。

寒い日用に左のダウンコートを買いましたが、着てみるとフードがカワイイ。

ただ、失敗したのは、タグの表示に「○○度」までと書かれていたので、それを参考に
適応温度がダブらないように買ったつもりなのですが、それが華氏だということを忘れていました。

後で気付いて摂氏に直してみると、両方とも大して差がなかったという。(笑)

ここでは、ゴディバのチョコレートも安く売っていました。
なぜアメリカでの価格がヨーロッパで売っている価格より安いんでしょうか。

フランスで売っている値段より安かったです。
というわけで、ここでもゴディバのチョコを買いました。


2.jpg

しかし、ものすごい量になってしまいました。

レジでの清算が終わって、どう考えてもこれでは持って帰れないということで、
本来欲しかったヤツではないですが、スーツケースを1つ追加で購入。


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DELSEYというフランスのメーカーの物です。おそらく昔の型なんでしょうね。

このスーツケースに買い物袋を詰め込んで店を出ようとしたら、タグの取り忘れか何かで
1階のドアの所で警報器がなり、警備員のチェックを受けることに。

万引きしたわけではないけど、1つ万引きしてもバレない位たくさん買ったので、
スーツケースの中を見た警備員の黒人さんが「Gees!」って呟いてました。

疑いは晴れ、15時10分くらいにそのまま店の外に出て、流しのタクシーでアパートに戻りました。

今思い返しても、お店の人々は私達を爆買いの中国人だと思ったことでしょう。

センチュリー21はホント安かったですね~。
ハイエンド・ブランドではなく、そこそこの物を安く買いたい人にはオススメです。

posted by サラミ at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月20日

NY6日目:オペラ)イル・トロヴァトーレ

2015年10月7日(水) オペラ イル・トロヴァトーレ

今回もギリギリでメトロポリタン歌劇場へ到着。(毎度間に合っているのがすごい。)
19:20頃に入場したので、今までで一番遅かったかと。

この日の演目は、前回と同じくヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」。
今回の旅行で一番楽しみにしていた演目でした。


17.jpg

余談ですが、どうも緞帳がトロヴァトーレの上演日だけゴアの絵になるような気が。
他の日は緞帳に柄はなかったような。(記憶違いか?)

今日は堂々の平土間のF列。前から6番目の一番右側。右でも舞台はよく見えました。

この日は、スター歌手を間近で見たいというミーハー根性で平土間の前方にしたのでした。

ただ、「メトロポリタン歌劇場の座席いろいろ」にも書きましたが、右端のせいか、
音響はこの日が一番悪く、音が反響してオーケストラの音にズレが出ました。

しかし歌手はよく見えました。まあ、見える席を選んだのでその点は満足でした。

さて、今回のキャストその他は・・・

指揮 : マルコ・アルミリアート
演出 : デイヴィッド・マクヴィカー
レオノーラ : アンナ・ネトレプコ
マンリーコ : ヨンフン・リー
ルーナ伯爵 : Vitaliy Bilyy (ディミトリ・ホロストフスキーの代役)
アズチェーナ : ドローラ・ザジック
フェルランド : ステファン・コツァン

指揮のマルコ・アルミリアートは先日見た「アンナ・ボレーナ」に引き続いて2回目。
ヴェルディのオペラが十八番だとかで、指揮も違和感なく全体的に良かったです。

残念なことに、一番見たかったディミトリ・ホロストフスキー休演でした。

でも、オンラインでチケットを買った時(8月下旬)には出演者はホロストフスキーになっていて、
当日貰ったプログラムを後でチェックしたら、もう代役の人になっていました。

いつキャンセルを発表したんだろう?と疑問に思って旅行から戻ってチェックしたら、
どうやら9月初めに発表したようです。全然知らずに当日を迎えていたのでした。

というか、ホロストフスキーが脳腫瘍で2015年の夏は治療に専念していた事さえ
全く知らなかった私としては、もう舞台に別人が出てきた時点で頭が真っ白。(笑)

ホロストフスキーが出演すると思い込んでいた私は、ルーナ伯爵が舞台に出てきた時、
茶髪を見て、トレードマークの銀髪を染めたのかな?と思い、その顔を見て、
えらく舞台メイクで顔が変わる人なんやな~と思っていました。(←アホ)

しかし決定的に声が違うので、いや、別人では・・・とやっと気付くに至り、
サラミ夫とお互いに双眼鏡を覗いて「???」ってなりました。(笑)

予想だにしない展開に、アンタ歌うまいけど誰?という感じでしばらくパニックでした。
(急いで席に着いてすぐ開演になったので、プログラムを見ていませんでした。)

実は、この代役の人も良かったのです。サラミ夫はこの人のアリアで大拍手。
でもやっぱりホロストフスキーが見たかった。(涙)


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こちらは、その代役の方のカーテンコールの様子です。
Vitaliy Bilyyって名前はどう発音するのでしょうか。ウクライナの方だそうな。


2.jpg

お顔をアップにしてみました。どう見てもホロストフスキーではない。(笑)

お馴染みアンナ・ネトレプコは、びっくりする位DVDCDなどで見たり聞いたりするのと同じでした。

あまりにも同じなので大きな感動はなかったのですが、堂々の安定感という感じで、
あんな脇役はもったいないと思いました。もっとたくさん歌う役の方がいいな。


3.JPG

それにしても、生で見るとものすごく太ったな~と実感。昔はあんなに可愛かったのに。
子供を産むとやっぱり太るのかな。てか、ロシア女性はみんなこうなるのかな。

マンリーコ役の韓国人テノール、ヨンフン・リーはとても強靭な声で期待以上でした。
声でオーケストラの音をかき消す人なんて初めて。

アジア人でオペラの主役をこんな有名なオペラハウスで歌い続けているという事は、
きっとそれだけの実力があるからだと思っていましたが、聴いて納得しました。

背が高くて顔が小さいので舞台栄えするし、真摯な歌い方で役に合っていました。

表情や演技が固いと言う人もいるでしょうが、東洋人は顔にハンデを背負っているのでしゃーない。
この役やカルメンのホセとかをやればいいわけで。

聞く前は、歌が上手でもネトレプコの迫力に負けて印象が霞むんだろうなーと思っていたのですが、
全然そんなことありませんでした。もっとこの人有名になっても良いのでは。


4.jpg

日本ではオペラ界のヨン様とか呼ばれているらしいヨンフン・リー
見た目は地味ですが、生で歌を聴くとそんな印象はぶっ飛びます。

このまま、声を潰すことなく長く歌い続けて欲しいです。

そういえば、今回も観客にガッカリ。

あのマンリーコの有名なアリア、第3幕最後の「見よ、恐ろしき炎!」の時、
最後の高音を伸ばすか?伸ばすか?とワクワクしながら待っていた時です。

リーさんは期待通り、最後の高音をむちゃくちゃ長く伸ばしてさすがの歌唱力だったのですが、
伸ばした途中からウォ~!歓声拍手がすごくて声がかき消されて最後聞こえませんでした。

メトではミュージカルのように鑑賞するのでしょうが、歌はちゃんと聞かせてもらいたい。
この雰囲気が好きだという人もいると思いますが、私はあまりにうるさいのは我慢できません。

(だったらメトに来るなという話ですが・・・。)

しかし、やはり圧巻はアズチェーナ役のドローラ・ザジックでした。

私は予習の時にパヴァロッティが歌う昔のメトの舞台のヤツを見ていました。
(いつものごとく、テレビ録画ですが。)


ヴェルディ:歌劇《トロヴァトーレ》全曲 [DVD]

このDVDは1988年の舞台のもので、この時すでにドローラ・ザジックは若手のホープとして
アズチェーナ役を歌っていました。

・・・あれからもう27年。えっ、まだ歌ってんの?

というわけで、キャスト表を見た時にサラミ夫がビックリしていました。

もっと声が出なくなってるのかな、と思っていたたのですが、全然まだまだいける!
さすがにこの役をずっと歌い続けてるだけあります。迫力がすごい!

さすがに、若い頃そのままの声というわけにはいきませんが、
年を重ねた分、凄みは増してるし母親らしさも増してるし、他者の追随を許さない域に。


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体形的にも貫禄を増した圧巻のドローラ・ザジック。カーテンコールも堂々としたものでした。

というわけで、合唱ももちろん良かったし、演出もオーソドックスで分かりやすく、
音響がイマイチだったことを考えても、全体的には出演者のレベルが高くて満足でした。

・・・ただ、ルーナ伯爵が別人だったこと以外は。

ホント、彼が見たかったのでかなり落胆が大きい。


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座席が平土間だとカーテンコールもよく見えます。

と言いたいところですが、私はチビなので、前の人が立ってしまって視界が遮られました。(涙)

しかし、今回初めて平土間に座って一番ビックリしたのは、この日は席が少し空いていたのですが、
休憩の後に、勝手に前に移動する人(!)がたくさんいたことです。

他のオペラハウスなら、係員が誘導して移動することはあるかも知れませんが、
メトでは誰も注意しないんですね。本当にびっくりしました。

平土間は、後ろの方は料金も安くなるし、同じ料金の席から移動した人もいたでしょうが、
安い席から高い席に移った人もかなりいたと思います。

この200ドルを超える座席は、さすがに移動はちょっと遠慮したら?と思ってしまいました。

そして、もっとビックリしたのは、カーテンコールの時に、一気にドドド~っと
人がいっぱい前に詰めかけてきたことです。

いや、横の通路に人がドドド~っと来て立っていたのはいいのです。
他の人に邪魔にならないように、と通路に立っていたのだから。

そんな中、信じられなかったのは、私の数列前(多分前から3列目とか)の空いていた
平土間の席(しかも中央寄り)に割り入ってバシバシと写真を撮り出した人がいたのです。

それがなんとボサーっとした服装の中年日本人オバハン2人組!

なんか、氷川きよしのコンサートと勘違いしてないか。節度を守れよ、オバハン。
日本人(しかも若くない人)だけがそんなことしていて恥ずかしかったです。

さて、この日は、帰りにちょこっとショップに立ち寄ってお土産を購入。
サラミ夫がなぜかTシャツとかを買っていました。劇場スタッフみたい。(笑)

そして、劇場の外から、改めてシャガールの壁画をまじまじと眺めました。


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絵は左右にあり、こちらはを基調とした「音楽の起源」。


7.jpg

こちらはを基調とした「音楽の勝利」。

シャガールはやっぱりがいいかな。

この帰り、私はまたお腹が空いたので72丁目駅近くのお店でヨーグルトやオレンジジュースを
買い、さらに別のお店でカップヌードルも購入。深夜もお店が開いてて便利です。

アパートに戻り、私一人でひっそりとヨーグルトカップヌードルと昨日の残りのサラダを食べました。
この生活が続くと確実に太るな~。


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しかしこのカップヌードルは美味しくなかったわ。

posted by サラミ at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月19日

NY6日目:セントラルパークでリキシャに乗る

2015年10月7日(水) セントラルパークでリキシャに乗る 

メトロポリタン美術館を出たのは17時半くらいでした。

もっと早く出て、セントラルパークを散歩がてら横断してみようという計画だったのですが、
ちょっと時間が迫ってきました。これからの予定は19時半から再びオペラ鑑賞です。

どうしようか悩みましたが、私達はセントラルパークの東から西の77丁目に行きたかったので、
このまま真横に横断したら近いところに行けるだろうと考え、急いで歩いて行く決断をしました。

真横に進めば20分もあれば西の端に辿り着けると思ったのです。(地図を見て判断)

思えばこれが間違いで、最初のうちは良かったのですが、歩き出したら
道がむちゃくちゃ曲がっていて、違う道に入ってしまいました。


1.JPG

最初はこのようにセントラルパークの中を気分良く歩いていきました。


2.JPG

思っていたより起伏が激しく、あら橋もかかってるね~なんて写真を撮る余裕があったこの時。(笑)

ところが、いつの間にか脇の細道に入ってしまったらしく、西に向かって歩いていたつもりが、
地図で確認すると、ものすごく南下してしまっていました。げげ。このままではマズイ・・・。

オペラまで時間がなくなったので、目の前にいた黒人の方のリキシャをお願いすることにしました。

それにしても、ニューヨークにリキシャがいるとは知らんかった。
でも、見渡す限りタクシーなんて走ってないし、頼めそうなのはこのリキシャしかいなかった・・・。


3.JPG

リキシャには1分3ドルと大きく表示が。

どう考えても高くつくとは思ったのですが、他に方法がないので覚悟して乗車。


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このようにライセンスもちゃんと貼りつけてあります。


5.JPG

スッキリとしたデザインの現代のリキシャですな。

ところがトラブルが発生。

乗った瞬間にリキシャの運転手が捕まりました・・・。


6.JPG

公園の管理の人Paks Enformentと書いた車で巡回)に捕まってしまって時間が経過。
運転手の黒人さんはあれやこれやと尋問を受けていて、全然解放される様子なし。

オペラの開演時間が迫っているので焦って凍り付く私達・・・。

と、制服を着た管理の男性が「君たちは大丈夫だから。」と笑顔で和ませてくれたけど、
私達の顔が固まっているのはビビッているのではなく時間がないからです。

この日は一番高いチケットでオペラを見るので遅刻なんて有り得ないのだ~!

結局ものすごい時間ロス。歩いた方が早かったかも。(涙)

私達も運転手さんも待たされている間に少し質問してみると、彼はアフリカマリ出身で、
出稼ぎでニューヨークに来ているので、どうも監視が厳しいらしい。

リキシャの駐車場所で違反したとかで罰金か何かを取られた様子。ちょっと前に出ていたとか。


7.JPG

ミーハーな性分なもので、待たされている間に記念写真を撮りました。心は焦ってたけど。

本当に時間がなかったので他のリキシャに乗り換えたかったのですが、
なぜか周辺にはこのリキシャしかおらず、選択肢がなく・・・。(涙)


8.JPG

すんごい待たされた後、やっと出発しました。時間制なのでストップウォッチを作動して出発。

しかし、1分3ドルのこのリキシャ、ギヤをわざと一番軽くしていて、どれだけ漕いでも進みません。

サラミ夫が「やっぱりやられた~!」と言いつつ、時間がないので「Hurry up!」と言ったら
運転手さんは立ち漕ぎを始めました。それでもまだまだ遅い。(^^;


9.JPG

パーク内にはリキシャが点在していました。でもハッキリとした乗り場はよく分からず。
君たち、必要な時にもっと近くにいて欲しかったわ~。(もう遅いけど。)


10.JPG

もいました。セントラルパークを巡回しているのか観光用なのか。

そして、リキシャはなぜかものすごく南下してセントラルパークの外に出ました。
この辺もうリンカーン・センター(オペラをやる所)の近くやん!とビックリ。


11.JPG

外に出ると、セントラルパーク・ウエスト(という道)をまた北上して77丁目を目指して行きました。

しかし、普通の道路を走ってOKなんですね、このリキシャ。トロいから迷惑でしょうなぁ。


12.JPG

72丁目ダコタ・ハウスの横を通り過ぎました。やっぱり思いっきり外壁工事中。


13.JPG

セントラルパーク・ウエストと77丁目通りの交差点に来ました。
ここを左折してコロンバス・アベニューまで行ったのですが、この左折が怖かった!(トロいから)

思わず、南インドでサイクルリキシャに乗った時のことを思い出してしまいました。
しかし、ニューヨークなのに何でオートリキシャじゃなくてサイクルリキシャなのか。(論点がヘンか。)


14.JPG

そして目的地のコロンバス・アベニューと77丁目通りの交差点に到着。
ここで降りたのは、またシェイク・シャックのハンバーガーをテイクアウトするためです。

結局すごく時間かかったので、ものすごい金額になってしまいました。

まあ、ちゃんと私達に見せてストップウォッチをつけて走っていたから、
時間はごまかしたりしていなかったと思いますが、何しろトロかったので・・・。

遠回りしたやろ~とサラミ夫が言うと、あれは一方通行だと言い訳していました。

サラミ夫が、「めっちゃ遅いし遠回りしてるし、30ドルでいいやろ。」、と終始日本語で言いつつ
30ドルを渡すと、多分ニュアンスで分かったのか、運転手の兄ちゃんは30ドルを貰って
うんうんと頷いていました。足りないとか文句を言ってくることもありませんでした。(笑)

こんな距離で30ドル!とサラミ夫は息巻いていましたが、まあ勉強代ということで。
本当は散歩でセントラルパークを巡りたかったのですが、これで達成できたことにしようっと。

それと、マリからの出稼ぎの人の様子が見られたのは興味深かったです。

でも、結局またギリギリの時間になってしまいました。

再びシェイク・シャックでテイクアウトを頼みましたが、レジを打った時刻は18:08
オペラは19:30開演。あのアパートの立地でなければ絶対に遅刻していたと思います。

余りに急いでいたので、この時はもう写真も撮っていませんが・・・

今回は、前回パテがシングルで物足りなかったので、シャック・バーガーダブルで注文。($7・99)
それと前回と同じスモーク・シャック($6.69)をシングルで。あとフレンチフライ($2.95)も。
これに税金を入れて合計19.19ドル

今回も出来上がるまでウェイティングエリアで座って待ちました。

受け取って急いでアパートに戻り、またドドドーっと食べました。
シャック・バーガーはやはりダブルの方が断トツで美味しかったです!

リキシャの洗礼を受けて急いで夕食を済ませた後は、いざメトロポリタン歌劇場へ!

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2015年12月18日

NY6日目:メトロポリタン美術館 19・20世紀初期絵画3

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 19・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻3

しつこく引っ張っていますが、19世紀・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻の続きです。


1.JPG

マティスもたくさんあります。こちらは「Nono Lebasque」。
マティスの画家友達アンリ・ルバスクの8歳の娘のポートレイトです。

余談ですが、この画像は歪んでいると思うのですが、マティスの絵もなんか歪んでいるので、
どこがどう歪んでいるのか考えても全然分からない。(笑)


2.JPG

こちらもマティスで「ライラック」。1914年の作品で優しい雰囲気。


3.JPG

同じ部屋にはアンドレ・ドランの「Fishing Boats, Collioureも。

ドランはマティスの友人で共にフォービズム(野獣派)の旗手であることから、
美術館ではよく同じ部屋で見かけますが、この頃のドランの絵の色の強烈さは凄まじい。

ちなみに、Collioureは「コリウール」と読み、ドランがマティスと1905年に訪れて
ひたすら絵を描いた地中海沿岸の町の名前だそうな。その他の画家も色々訪れているそうな。


4.JPG

まだまだマティスの絵がずらり。


5.JPG

こちらは「帽子をかぶったマルグリット」。マルグリットはマティスの娘です。
マルグリットが結婚するまで、マティスはよく彼女をモデルにして絵を描いたとか。


6.JPG

そしてマティスお馴染みの「金魚鉢」。金魚がカワイイ~。鮭の切り身にも見える。(笑)

と冗談はさておき、右から入ってくる太陽の光とか、おしゃれな壁紙の柄とか、
とっても素敵な絵。これはニースにあったマティスのアパートの一室なのだとか。

やっぱり南仏の強い日差しは画家にとっては魅力的なんでしょうね。


7.JPG

The Three O'Clock Sitting」。先ほどと同じ壁紙の柄です。
これもニースのアパートで描かれたそうな。いわゆるニース時代というやつです。

何でも、マティスは1917年から冬の数か月を南仏で過ごすようになったとか。
窓の向こうにヤシの木地中海が見えるところに南仏を感じさせられますね。

・・・てか、ニースにはヤシの木があるのか。知らんかった。


8.JPG

Seated Odalisque」。タイトルそのまんま、座るオダリスクです。
思うに、マティスは柄物がお好きなようですね。ニースの壁紙しかり、中近東の布地しかり。


9.JPG

こちらは「Reclining Odalisque」。横たわるオダリスクです。

マティスは2度モロッコに旅行したことがあるそうで、これは後年(1926年)その時のことを
思い出しながら描いたのだそうですが、異国情緒エロチシズムが混在したオダリスクの存在に
えらく惹かれたようです。

ま、こんな色と柄の世界を見たら(しかも裸だし)脳裏から離れないでしょうね。


10.JPG

そして有名な「ナスタチウムと”ダンス”」。英語では「ダンスⅠ」になってます。

ナスタチウムというのは中央右寄りのこの植物のことだそうな。

マティスはよく絵の中に別の自分の作品などを描きいれますが、これは大胆にも背景が大きく「ダンスⅠ」。

だけどその平面である絵立体である3脚の後ろ脚が突っ込んでるのはなぜ?
とか考えると、どこが平面でどこが立体なのか分からん。すごいわー。


11.JPG

まだありました。マティスのサントロペのサン・ジョセフ教会」。こんな絵も描いてたのか。

いやー、マティスだらけでした。


12.JPG

ドガの部屋に来ました。こちらの彫刻は「小さな14歳の踊り子」。

晩年ドガは目が悪くなったせいもあり彫刻作品を多く残したとか。
これはオリジナルではなくて1922年に鋳造したものだそうですが、オリジナルは17億円だとか。

ドガといえばバレエの絵が有名ですが、なんでかなーと思っていたら、ドガ本人が
パリ・オペラ座の定期会員だったそうな。お父さんが銀行家でお金持ちだったらしい。


13.jpg

こちらは「バーで練習する踊り子たち」。

構図がとても印象的です。とってもスカスカな感じが私は日本画チックだと思いました。
ドガも他の印象派と同様に日本画の影響を受けているので、そういうこともあるかも、と想像。

現地の解説によると、ドガは左側にじょうろを置き、その姿を右のバレリーナのポーズに
似せたとかで、構図的にバランスを取ったのでしょう。

ちなみにじょうろというのは、踊る前に埃が舞ったりしないように床に水を撒くのが普通だそうで、
当時はバレエ・スタジオにじょうろがあるのは当たり前だったのだとか。


14.JPG

こちらは「ダンス教室」。これもやっぱり構図が面白い。

24人のバレリーナとその母親が、アチチュードのポーズを審査されるのを待っている
様子だとか。一番前の女の子とか緊張感がすごい。

こういう普段のレッスン風景が描けるというのは、比較的色んな場所に出入り自由だった
オペラ座の定期会員ならではですね。


15.JPG

なんとこれもドガの絵です。思いっきり日本画の影響を受けているではないか。

上の黒いのが「The Ballet」、下の茶色っぽいのが「Ballet Girls」というタイトルでした。

この画像だと絵の内容が全然写っていないのですが、上の絵には中央あたりに金色の線で
バレリーナが描かれていました。解説によると、やっぱり日本の漆塗りの光沢のイメージだとか。

下の茶色っぽい絵は、下のラインぎりぎりの所にバレリーナが描かれています。
なんか、色合いも渋いし、このまま着物の柄にできそうな感じ。

ドガの絵も色んなのがあるなあ。


16.JPG

私の好きなロートレックズラリ。ただもう最後の最後なので疲れがピークに。(笑)
それでも頑張って見ました。ロートレックだし。


17.JPG

Madame Thadée Natanson (Misia Godebska, 1872–1950) at the Theater」。
タイトルが長い。

この習作は、以前2枚に切られて左の女性の部分のみ額装されていたらしいのですが、(右は??)
今は修復されてこのように元通りです。でも、よく見ると左と右で色が違います。


18.JPG

こちらは「Émilie」。エミーユって誰?と思いましたが今もって不明だとか。

ロートレックは競馬場での絵もたくさん描きましたが、これは女性を手前に、
競走馬と騎手をえらく遠くに描いていますね。


19.JPG

見学も終わりかけた頃に、この絵に出くわしました。

この絵は「メトロポリタン美術館ガイド 日本語版」の表紙です。


こちらはその本の表紙の画像。

この絵は、ジャン=レオン・ジェロームという画家の「バシボズク」という作品。
ジェロームという人を全く知りませんでしたが、フランスの新古典主義の画家だそうな。

生存されていたのが1824年~1904年ということですが、この絵の雰囲気からいって、
現代の画家なのかと思い込んでいました。

ジェロームは大変な東洋趣味の画家で、特にエジプトには11回も行ったそうな。

この絵のタイトル「バシボズク(Bashi-Bazouk)」というのは、トルコ語でリーダー不在
意味するそうで、「オスマン軍の残虐な非正規兵が連想される」という説明でした。

ガイドブックには、「ジェロームがレバント地方から持ち帰った織物をモデルに着せている
とありますが、レバント地方ってどこ?と、ヘンな所で引っかかってしまいました。

とはいえ、こんな美しい服で戦うなんて有り得ないわけで。

とにかく、写真かと思うくらいの繊細な描写力ですごいのですが、ジェローム本人は
写真が大好きで(確かこの時代は絵を描く道具として写真を使っていたと記憶しています)、
絵を描く際にも必ず写真を撮って正確に描写していたとか。細かい。

これでも相当絞って画像を載せたのですが、他にもミレーなんかもあったし、
ロダンの彫刻はトイレに行く途中に歩きながら流し見したりしました。(見たと言えるのか?)

でも、やっぱり多い。展示数が圧倒的に多い。

これで、サラミ家の見たい所は見終わりました。頑張りました。


20.JPG

向こうに見えるのはアラブ・トルコ・イラン・中央アジア・後期南アジア美術のエリア。
奥の方にモスクの美しいミフラーブが見えましたが、涙を飲んで諦めました。

モスクはイランやトルコで見たから今回はいいのだ・・・と自分に言い聞かせて。

あまりに多くてやっぱり急いで見るのは無理でしたが、それでも急いで見て、終わったのは16時
閉館まであと1.5時間頑張る気力も体力も残されていませんでした。それに夜も予定があるし。


21.JPG

大階段を下りて1階へ。抜け殻になってしまったので、写真ももういい加減です。

朝は、今日こそニューヨーク・ステーキを、なんて言ってたけどやっぱり時間的に無理でした。(笑)

帰りに再びミュージアム・ショップへ。

一周しましたが、METショップって世界中にあるのと大体同じで、ちょっとデザインが変わっている
というか、モネの傘とかクリムトのスカーフとか、特殊なものが多くて私の好みに合わず。

本当は、博物館のマスコットであるカバのウイリアム君の置物が欲しかったのですが、
なんと65ドルもしたので諦め、ウイリアム君のマグネットだけにしました。

サラミ夫はお土産をいろいろ吟味していて時間がかかっていたので、
疲れた私は椅子に座ってしばらく死んだように休んでいました。(半分寝ていたかも。)

サラミ夫は、なぜかメトロポリタン・ミュージアムとロゴが入った折り畳み傘(25ドル)を
買ってきましたが、旅行後に家で傘を開いたら子供用か!みたいな相当小さな傘でした。

大人だったら絶対に両肩が濡れます。傘にはご注意下さい。

こうしてブログにだらだら書き続ける位、メトロポリタン美術館は壮大な所でした。

posted by サラミ at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする
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