2014年04月21日

ドイツ2日目 ハイデルベルク大学の旧校舎と学生牢入口

2014年1月30日(木)ハイデルベルク大学の旧校舎と学生牢入口
(ウィーン・ドイツ旅行6日目)

ランチの後は、ハイデルベルク大学学生牢に向かいました。
実は、今日も時間が押してしまい、だんだん急ぎ足に。


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ハウプトシュトラーセ(メイン通り)に出ました。前方の尖塔は聖霊教会です。
左側にガイドブックに載っていたお店の看板を発見。


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黄金の羊が目印のツム・ギュルデネン・シャーフ(Zum Güldenen Schaf)は、
HIP HOTELというホテルの中に入っているようでした。


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その名もズバリ「金の子羊亭」です。歴史ある郷土料理レストランだそうな。


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地図をたよりにハウプトシュトラーセからグラーベンガッセという道に入るとすぐに、
ハイデルベルク大学旧大学校舎が見えました。の時計塔のある建物が旧校舎です。

ハイデルベルク大学は選帝侯ループレヒト1世が1386年に建てたドイツ最古の大学で、
哲学者のヘーゲルや社会学者のマックス・ウェーバーが教壇に立ったという超名門大学です。

大学校舎はあちこちに点在していますが、この旧校舎は1712年に改築されたもので、
今は中に大学博物館と豪華な旧講堂があります。そして裏には学生牢が。


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旧大学校舎を別アングルから。当たり前ですが大学生多し。ガラーンとしているのが大学広場です


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旧大学校舎の壁にはハッキリとMUSEUMの文字が見えます。

「〇〇の歩き〇'13~'14」には裏通りのアウグスティナーガッセの入口が紹介されていたので、
それに従って建物の裏側に回りました。


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ミュージアムショップと学生牢の旗みたいなのが見えました。でも扉は閉まっています。


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行くと、こんな貼り紙が。表に回れと書かれています。工事中なんでしょうかね。

結局、さっきの場所に戻って旧校舎の表側から中に入りました。


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と、なんじゃこりゃー!?とビックリ。しかし、すぐにミュージアムショップを発見。
学生牢のチケットもショップで買いました。博物館旧講堂学生牢のセットで3ユーロ

時間に追われていたので、とにかく先に学生牢に行くことに。
ショップの人に教えてもらい、旧校舎の建物の1階を奥まで突っ切って中庭に出ました。


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そしてこの看板を発見。出来れば建物表のドアの前にも置いて欲しい。(涙)

それではいざ!(^^)



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2014年04月20日

ドイツ2日目 ハイデルベルク大学の学生食堂

2014年1月30日(木) ハイデルベルク大学の学生食堂  (ウィーン・ドイツ旅行6日目)

フリードリヒ・エーベルト記念館を見た後は、ハイデルベルク大学学生食堂に向かいました。

場所はガイドブックに載っている大学広場とは別の場所にあり、
プファルツ選帝侯博物館の東隣のブロックのネッカー川沿いでした。

エーベルト記念館からも近かったので、とりあえずネッカー川に沿って西へ。


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大きな建物が見えてきました。地図とにらめっこしてみると、今自分が立っている位置は
シナゴーグ広場(Alter Synagogen Platz)のような。昔シナゴーグがあったとか。

で、この建物はホイショイアー(Heuscheuer)という「干し草納屋」だとか。
日本語ガイドには「8世紀半ば以降、市の十分の一税保管所」とあります。

十分の一税というのは、中世において農民が教会に対して負担した税だそうです。

ちなみにネッカー川は写真右手です。このまま真っ直ぐ進みます。


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この古い壁。絶対にこれがその噂の学生食堂に違いない。

というのも、ハイデルベルク大学の数ある学食のうち、ここは「Zeughaus」と呼ばれ、
観光案内所で買った日本語ガイドブックにはマーシュタル『馬屋』(Marstall)
と紹介されている古い建物なのです。

その日本語ガイドブックには、選帝侯ルートヴィヒ5世のもと1510年
建てられた旧造兵廠だと書かれてあります。ついでに厩舎もあったのでしょうか。

場所的にはネッカー川が目の前なので武器を船で運ぶのに便利だったのでしょう。

で、その建物が今やハイデルベルク大学の学生食堂として使われているわけです。
学生以外でも利用できるらしいので、私達はここでランチを頂くことにしました。


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大学とは思えない古い建物。ど真ん中は広い芝生でいい感じでしたが、
学生さん達にカメラを向けないように注意してたらこんな写真しか撮れませんでした。

さらに前へ進みます。


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これは食事が終わってから撮った写真ですが、外にもテーブル椅子が。
ランチ時には混み合っていました。寒いのにな~。

過去には厩舎および造兵廠だった建物はキレイにリノベーションされ、中はモダンな学食。
入って右が食堂のエリアで左がカフェのエリアでした。


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入口右にある食堂エリア。食事の後に撮ったので席が空いてますが、私達が行った時はほぼ満席。
この一番奥がビュッフェの食事を取ってレジで支払う所。


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入口左のカフェエリア。こちらはずーっと満席だったような。

私達はもちろん食堂エリアへ。

何しろ、ドイツ語が読めないので詳細は分かりませんでしたが、
トレーを持って自分で好きな物を取るビュッフェでした。カフェテリア方式です。

ドイツに来てからというもの、夜にオペラ鑑賞しているせいもあってロクなものを食べていません。
こちらの食堂は料理の種類が豊富なので嬉しい限りです。シーフードも野菜もあるし!

レジに並ぶと、お姉さんが現金ですか?と英語で聞いてくれました。
ここは学生以外も結構来るみたいで、私達のような部外者が来ても訝しがられたりしません。

確か、ビジター料金で支払ったと思います。重さで値段が決まる従量制でした。
誰でも利用できるみたいなので、ここに住んでいる人達も来るのではないかと思います。

席はとても混み合っていましたが、たまたま2人分席が空いたのでそこに座れました。


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サラダもシーフードもたくさん取りました。もう野菜不足だったので嬉しい限り。
ドイツ料理に限らないので嬉しい。(肉ばかりだと疲れるので。)

しかし、観光地でないところで写真を撮るのに躊躇したせいか、料理の写真も学食内の写真も
全部ブレまくりました。躊躇したので1枚ずつしか撮ってないし。


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というわけでiPhoneの写真も。こっちの方がキレイに撮れてる・・・。

料理は結構おいしかったです!ドイツに来て、これまでで一番おいしいのが学食って
なんか???という感じもしますが、まあ好みということで。

レシートを無くしちゃったので値段がよく分かりません。
ついでに1.5Lのペットボトルの水を買ったら2ユーロでしたが。


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私達が座ったところから帰り際に撮った写真です。最後まで賑わっていました。

なんだか私達も大学時代に戻ったような錯覚を覚え、この雰囲気がとても楽しかったです。


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ポツンと置いてあったプジョーの自転車。学生らしくていいな、と思った瞬間でした。

まだまだ観光は終わっていないので、後ろ髪を引かれながらこの場を後にしました。

posted by サラミ at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月19日

ドイツ2日目 フリードリヒ・エーベルト記念館

2014年1月30日(木) フリードリヒ・エーベルト記念館  (ウィーン・ドイツ旅行6日目)

聖霊教会をちょろっと見た後は、西へ。


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ハウプトシュトラーセ(メイン通り)はこちらですが、私達はこちらには行かず、
フリードリヒ・エーベルト記念館という場所に行くことにしました。

これは観光案内所で買った日本語ガイドブックに載っていたもので、
フリードリヒ・エーベルトドイツ国(ワイマール共和国)初代大統領だそうな。

珍しいからちょこっと寄ってみようということに。


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場所は先ほどの聖霊教会から近く、Pfaffengasseという小道。
カフェ・クネーゼルのある通りの1本西です。


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ここがエーベルト生家だそうで、それを記念館にしています。


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こちらが入口です。ひっそりしています。

他に観光客はいませんでした。

音声ガイドの貸出しもしていましたが、要らないと言うと、少しビックリされました。
英語のガイド聞いてたら時間かかるし、音声だけだと疲れるし。

展示はドイツ語だけですが、サクッと見るだけだしまあいいや、ということで。

エーベルトが住んでいた当時の家の中が再現されているのですが、
その辺は全然記憶になく、展示のところだけ熱心に見ました。

ところで、このフリードリヒ・エーベルト(1871-1925年)という私には全然なじみのない人ですが、

ワイマール共和国初代大統領

という肩書を見て、歴史に疎い私はこれまた「ワイマール共和国って何ですか?という
小学生のような疑問が浮かび、サラミ夫に教えてもらうことになるのでした。

要は、ドイツ帝国とナチス・ドイツの間の十数年の期間に存在した共和政の時代ですね。

自分でも調べて今回初めて知ったのですが、このドイツ帝国の成立から第二次世界大戦終戦まで、
正式な国名はずーっとドイツ国(Deutsches Reich)だったのですね。知らんかった。

ドイツ帝国とかって便宜上そう呼んでいるだけだったのか。ややこしい。


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展示はドイツ語のみなので、サラミ夫の歴史の知識と数字と知っている単語を見て
推測していくという見学方法です。(いいのかそれで。)

ドイツ 1871 と書かれているので、1871年当時のドイツの状況なのでしょう。
ちなみに1871年はドイツ統一(ヴィルヘルム1世即位)の年です。


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SPDとあるのでドイツ社会民主党だと理解。エーベルトはドイツ社民党の人なのですね。

そして第一次世界大戦の展示が。


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続いて1918年11月9日 で、ヴィルヘルム2世の退位が発表された日。


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この辺で共和政の開始でしょうか。

しかし、このエーベルトという人はエラい時に大変な仕事を引き受けたもので、
ベルサイユ条約を締結して屈辱的な多額の賠償金を約束するという・・・。


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そのため、経済ぐちゃぐちゃのドイツはハイパーインフレ。(この話は私でも知ってました。)
スゴい写真ですね。紙切れ同然の紙幣の束で遊ぶ子供達


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子供達の写真の足元にこんな展示が。パン1つ買うのにこれだけ紙幣が必要だったのでしょう。


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この表を見ると、特に1923年がすごい。

この後、激務がたたったのか、エーベルトは1925年に亡くなります。54歳という若さ。
エーベルトの最後の展示は「共和国のシンボル」ということで立派な国葬の様子で終了。

エーベルトの次の大統領はヒンデンブルク(ヒトラーを首相に任命した人)ということですから、
議会制民主主義はあっという間に終わってヒトラーが台頭していくのですね。

歴史と政治には疎い私ですが、ちょろっと見ただけですが勉強になりました。

posted by サラミ at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月18日

ドイツ2日目 聖霊教会

2014年1月30日(木) 聖霊教会@ハイデルベルク  (ウィーン・ドイツ旅行6日目)

カール・テオドール橋からの景色を眺めた後は、聖霊教会に戻りました。


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聖霊教会は歴代の選帝侯の墓所だった由緒ある教会ですが、
30年戦争とプファルツ継承戦争でフランスにさんざん破壊されたようです。


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今はプロテスタントの教会のはずなので、内部は至ってシンプル。


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上を見上げると、壁面に少しフレスコ画が描かれているようでしたが、
これがカトリックの時代のものなのかは不明。


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奥に行くとステンドグラスから光が入って明るくなりました。


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祭壇。ゴシック様式の外観を見る方が荘厳な感じがしますね。

あんまり個性のない教会だなーと思っていましたが、旅行から帰って知ったのですが、
ドイツの有名な指揮者フルトヴェングラーの葬儀が1954年にここで行われたそうな。

げ、フルトヴェングラーカラヤンの前のベルリン・フィルの常任指揮者です。
彼の墓地もハイデルベルクにあるのだそうな。

全然知らんかったー。

posted by サラミ at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月17日

ドイツ2日目 カール・テオドール橋からの景色

今回の旅行前に読んだドイツものしり紀行 (新潮文庫)という本に、

城と町の眺めがすばらしい古橋アルトブリュッケ

という紹介があり、古城と町とネッカー川を同時に眺められる景色の良い場所として、

  1. 哲学者の道
  2. ネッカー河岸のあたりの水辺
  3. アルテ・ブリュッケの上

の3つが挙げられていました。もちろん第1位は哲学者の道ですが、私達は時間がありません。
そこで、第2位のネッカー河岸のあたりの水辺まで行くことにしました。

そこでも十分素敵な景色だったので、写真でご紹介。まずは橋の上から。


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お天気が良くて日差しが強かったので、山側はこんな眩しい色に写りました。
夏ならば太陽の位置がもっと高くてこうはならなかったと思います。


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人が少ないのも真冬ならでは。


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カール・テオドール橋(=アルト・ブリュッケ)には少しですが、南京錠もありました。
きっとカップルが記念に鍵をかけていったのでしょう。夏にはもっと増えるのかな?


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橋の上から見えるハイデルベルク城


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手前の橋も入れてみました。中世そのままの風景です。


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サラミ夫がビデオカメラで撮った写真。風景画みたいでした。


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一方の橋の反対側(北側)には、蛇道/シュランゲンヴェーク(Schlangenweg)という
ジグザグの道が見えます。哲学者の道へと続きますが、ものすごくキツそう!

哲学者の道へは、これより西にもっと緩やかな坂道もあるそうです。


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橋を渡り切る手前に、河岸へ降りる階段があったので、そこから河岸へと移動しました。
ここからは特に橋がキレイに見えました。


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そのまま少し河岸を歩き、サラミ夫に記念写真を撮ってもらいました。


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河岸からよく見えたミネルヴァの像。ミネルヴァはローマ神話の女神だそうです。
なぜだか、私はもう一体あるカール・テオドール像には見向きもしなかったのでした。(^^;

時間がなかったので、私達は河岸を少し行っただけで再び橋を渡って戻りました。

哲学者の道まで行くともっと良い景色が見られると思いますが、橋を渡っただけでも十分!
ついでに言えば、本当に時間がなければ橋の上からでも十分です。





posted by サラミ at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする
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