2013年08月19日

アルバニア2日目 ティラナの空港バス乗り場

2012年10月6日(土) ティラナの空港バス乗り場 (バルカン旅行8日目)

今夜はトルコ航空の便でイスタンブールに抜けるので、
ランチ場所の散策がてら、空港バス乗り場をチェックしに行きました。

乗り場は、ガイドブックの地図にあった通り、ミネ・ペザ通り(Rruga Mine Peza)にあります。
国立歴史博物館からもほど近い場所でした。


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このように、地面にBUSと書いてあり、空港バスの看板も立っています。


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通りの名前もすぐ分かります。アルバニアはアルファベット使用なので助かります。


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看板は斜めに傾いていますが、アルバニアなので、これがあるだけ相当マシです。


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空港バスの時刻表も載っています。1時間おきなので分かりやすいです。
RINAS」というのは空港、「TIRANE」はもちろんティラナです。

ティラナの空港はリナ・空港といいますが、マザーテレサ空港という別名もあります。

マザーテレサがマケドニア生まれのアルバニア人であることから
そう呼ばれているようです。

マケドニアコソボアルバニアと引っ張りダコのマザーテレサです。

さて、私達の今夜のフライトは20:45発。
空港までは30分で到着するということなので、最終便の18:00発に乗ることにしました。




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2013年08月18日

アルバニア2日目 エザム・ベイ・モスクと時計塔

2012年10月6日(土) エザム・ベイ・モスクと時計塔@ティラナ (バルカン旅行8日目)

次にエザム・ベイ・モスクを見学しに行くことに。


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通りには信号がなかったので、中国式に左右を見てゆっくりと渡りました。(笑)


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19世紀初頭に完成したモスクです。アルバニア語ではジャーミヤ・エトヘム・ベウト

アルバニアでは、共産主義時代にモスクや教会などは徹底的に破壊されましたが、
このモスクは価値があったと認められたらしく、奇跡的に残ったようです。


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外側の入口の上に描かれたフレスコ画。


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中に入ると、もう一つ入口が。

写真の右に写る金髪の女性に「中に入ってもいいですか?」と尋ねると、
大きなジェスチャーで「ぜひどうぞ!」と歓迎してもらいまいた。


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内側の門の上のフレスコ画。草花だけでなく昔のティラナの街並みが描かれています。

今まで見たモスクで街の風景が描かれているのは見たことがないので、
これはかなり珍しい図柄なのではないでしょうか。

中には靴を脱いで入りました。


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撮影も自由にどうぞと言われたので、サラミ夫もビデオ撮影。
中はそれほど大きくなく、こじんまりとした感じでした。


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壁にはびっしりとフレスコ画が描かれています。


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2階は女性席だそうです。よく見ると、木の部分の装飾もとてもキレイです。


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サラミ夫のビデオカメラのズームで撮った女性席の壁部分のアップ。
モスクらしき建物が描かれていました。


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天井ドームのフレスコ画。オレンジ色の玉ねぎに見えるのはざくろでしょうか。
ここを見上げていると、自分がヨーロッパにいるとは思えません。

実際、ティラナの印象は、ヨーロッパよりもっとオリエンタルで、トルコみたいな感じでした。


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正面左手にあった本棚と、丸い額に入っているのはアラビア書道かな。

ここで、地元の若い兄ちゃん達がお祈りにやってきました。

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一斉に頭を下げる兄ちゃん達。ちなみに左横の人はお祈りではなく掃除中。(^^;


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兄ちゃん達が頭を上げると、ん?なんか正座が傾いてる。
これがイスラムの座り方なのか、正座が苦手なのか、どっちなんでしょうか。

その後、モスクを後にして、隣の時計台をチラッと見にいきました。


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こちらがその時計台。上に登れるそうですが、私達はパスしました。

古いというわりにはとても新しい感じがしたのですが、
昔のティラナの写真を見ると、確かにこの時計塔は存在していました。

大体広場の辺りは見終わったので、次こそはランチへ。


posted by サラミ at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 12アルバニア | 更新情報をチェックする

2013年08月17日

アルバニア2日目 スカンデルベク広場

2012年10月6日(土) スカンデルベク広場@ティラナ (バルカン旅行8日目)

国立歴史博物館を見学した後、目の前のスカンデルベク広場を見渡します。


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さすが共産主義だった国の広場はアホほど広い。しかも何だかまとまりがない。
今でも人々の憩いの場になっているようです。


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真ん中に建つ、アルバニアの英雄スカンデルベク像アルバニア国旗

向こうの古い西洋風の建物は、首相府など政府関係の建物だそうな。
おそらく、共産主義になる前のムッソリーニのイタリア時代の建築物かと思われます。


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そびえ立つスカンデルベク像と国旗。

何でも、昔は独裁者エンヴェル・ホッジャの銅像もこの広場にあったのだそうな。
さっき歴史博物館で見たホッジャ像を倒すシーンの写真は、ひょっとしてこの広場だったのかも。


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だんだん天気が怪しくなってきて、風が出てきてアルバニア国旗がはためきます。
誰が見てもまず「悪の帝国」だと思ってしまうこの図柄。いいねぇ~。


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逆光の中、iPhoneで撮ってみました。何だかもう時代劇の世界。
(スカンデルベクは中世の武将なので確かに時代劇なのだが。)


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広場の北にある国立博物館の方から南東を見渡したところ。
オペラハウスのある文化宮殿モスクが向こうの方に見えます

このままずっと南下していくと、マザーテレサ像のあるマザーテレサ広場ティラナ大学です。
*マザーテレサはマケドニア生まれのアルバニア人。

時間がないので私達はマザーテレサ広場の方には行きませんでした。

しかし、途中ピラミッドみたいな建物があるそうで、それは、独裁者エンヴェル・ホッジャが死後、
自分のぴかぴか(新しい)にするために建てた建物だそうな。今は朽ちているようなのですが。

あと、大学近くの高級住宅街には昔のホッジャの邸宅もあるのだとか。

文化宮殿にしろピラミッドにしろホッジャの家にしろ、ガイドブックには全然載っていません。
首都ぐらいもう少し取材せーよ、地球の迷い方。下請けに丸投げも甚だしい。

知ってたら、ホッジャの廟は絶対に面白がって見に行ったと思います。


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さて、こちらは国立歴史博物館の斜め前にある文化宮殿
OPERA」と書いてあるのでてっきりオペラハウスだと思っていたのですが、複合施設だそうです。

てか、ガイドブックの地図には「Opera」としか書いてない。ひどすぎる。
しかし、グーグルの地図を詳細にチェックしなかった私も脇が甘かった点は認めます。(涙)

外から建物をチラっと見たところ、文化宮殿には本屋さんカフェなどがありました。

サラミ夫婦はオペラが好きなので、旅の前にも当日も、何かオペラを上演していないか
チェックしたのですが、この日は上演がありませんでした。

というより、ヨーロッパのオペラハウスというよりは市民会館のような雰囲気でした。

それにしても、旧共産圏に行くと文化宮殿によく出くわしますが、ネーミングがダサイ。(笑)

全くの余談ですが、アルバニアのティラナ出身の有名なソプラノ歌手がいます。
インヴァ・ムーラ(Inva Mula)という人で、偶然にも1枚、彼女のCDを持っていました。

彼女は映画「フィフス・エレメント」で宇宙人のオペラ歌手ディーバの歌の吹き替えをやっており、
それで一般の人にも有名になったそうな。

ドミンゴに見いだされ、ヨーロッパの有名オペラハウスで主役を張ってきた彼女ですが、
こう言っては何ですが、まだまだオンボロのティラナに来てみて、

こんな土地からよくぞ有名ソプラノ歌手が誕生できたもんだな

と驚かずにはいられませんでした。

あるいは、彼女はティラナでレッスンを受けたのですが、共産主義時代は音楽教育のレベルも
今よりずっと高かったのかも知れません。でも鎖国してたけどなぁ・・・。


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さて、こちらは先ほどの国立歴史博物館
共産主義時代に建てられて、昔はもちろん共産主義を讃える展示もあったそうです。


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これが、国立歴史博物館の道を挟んで隣に建つティラナ・インターナショナル・ホテル
共産主義時代からあるという老舗ホテルです。

この写真はホテル正面でなく、なぜか側面を撮ってしまいました。
立地はむちゃくちゃ良いです。


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こちらは広場の北のはずれのアルバニア大学。この建物の近くに観光案内所があったはず。


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広場の中の自転車専用道路。日本はこの点では負けている・・・。


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文化宮殿のさらに南にはエザム・ベイ・モスク(Et'hem Bay Mosque:英語)。
ちなみにアルバニア語ではジャーミヤ・エトヘム・ベウト(Xhamia Et'hem Beut)。

その傍らには19世紀に建てられた時計塔が。


そして、広場の中ではないですが、おまけ。

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サラミ夫の唱える後進国の鉄則の一つに、

後進国にはいまだにピエール・カルダンの路面店がある。

というのがありますが、ティラナもやはり・・・。

でも、ZARAもあったことだし、普通のヨーロッパの街に変化するのは時間の問題でしょう。

posted by サラミ at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 12アルバニア | 更新情報をチェックする

2013年08月15日

アルバニア2日目 国立歴史博物館

2012年10月6日(土) 国立歴史博物館@ティラナ (バルカン旅行8日目)

荷物を預けたところで、まずは目立っていた国立歴史博物館に向かいます。


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またここに戻ってきました。

ガイドブックには入館料は1人200レクとのことでしたが、
300レク払ったような気がするのですが。


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2人ともリュックを背負っていましたが、荷物は預けるように言われたので
こちらのロッカーに預けました。

中は写真撮影不可だったので、それに従い、おとなしく見学しました。
見学者は、私達以外はあと1人くらいしか見ませんでした。

ティラナはマケドニアのスコピエと同じく、私達にとっては通過するだけの都市で、
何も期待せず、ほとんど予備知識も持たずにこの博物館に来ました。

が、予想以上に展示物が多く、思っていた以上に見応えのある博物館でした。
(時々順路がよく分からなくなる時がありましたが。)

最初は、考古学的な、石器とか土器とか古代の出土品などでした。

次は、アルバニアの歴史に従っての展示でした。
アルバニアの英雄スカンデルベクについての展示や彼の巨大な像なども。

やばい。じっくり見たいけど、ここで時間を取っていると他の場所を回れなくなる・・・。
見ても見ても展示が次から次から。こんなに充実していたとは。

そして、共産主義時代の生々しい展示のエリアに来ました。
ここだけ、ガラッと変わりました。

解説はほとんどアルバニア語しかないので、写真パネルや図や展示品を見るしかないのですが、
共産主義時代の部分は、照明も明るく立派な展示ながら、その暗い歴史のせいで、
重々しい印象しか残っていません。


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驚いて思わず写真に収めてしまったこの画像。多分「1991年2月20日の14時」だと思います。
独裁者エンヴェル・ホッジャの像が民衆により倒されています。

それまで鎖国状態だったアルバニアは、1990年から開放路線に転換しましたが、
どうも国内はしばらく混乱に陥ったようです。

せっかく国が暗黒の時代から自由な民主主義の時代へと動き出したのに、
その動乱の時期には、様々な混乱から殺されてしまった人々もたくさんいたようです。

その殺された人々の写真や衣服なども展示されていました。


4.JPG

これは民衆が食料を略奪しているのか、とにかく激動の歴史を物語るパネルが並んでいました。

これでもう少し英語の解説があればなあ、と思いました。

しかし、この共産主義のエリアだけでも見る価値はあります。
サクッと見てすぐに次に行こうと思っていましたが、予想以上に興味深くて時間がかかりました。

アルバニア近・現代史がこんなに詳しく解説されている場所もないでしょう。
ティラナに行かれる方は必見の場所だと思います。


posted by サラミ at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 12アルバニア | 更新情報をチェックする

2013年08月13日

アルバニア2日目 ティラナで荷物を預ける

2012年10月6日(土) ティラナで荷物を預ける (バルカン旅行8日目)

ティラナにお昼過ぎに到着したサラミ夫婦でしたが、今日はティラナには泊まりません。
ここでは広場周辺を数時間ほど散策し、夜の便でイスタンブールに抜ける計画です。

というわけで、スーツケースを持っている身としては、数時間どこかに預けなければ。
まずは、ガイドブックに載っていた観光案内所へ行き、尋ねてみることに。


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ティラナの街の中心、スカンデルベク広場にある国立歴史博物館の正面です。
この社会主義リアリズムのモザイクがとってもアルバニアらしくて素晴らしい!!

観光案内所はこの建物の裏の通りにあります。
行ってみると、土曜日でしたが観光案内所は開いていました。

が、薄暗くガラーンとした案内所には誰もいません。
私達の呼びかけに応じて、奥から若い女性が現れました。

荷物を観光案内所で預かってもらえるか尋ねましたが、
うちではそういうことはやってません。」ということでアッサリ断られました。

元共産主義国家アルバニアにサービスを求めたらアカンわ。(笑)

私個人の印象ですが、一般のアルバニア人は底抜けに明るくて親切なのが、
仕事してるアルバニア人となると、要領悪いし頭は固いし動きはトロいし・・・

と、中国ともカブリます。共産圏の特徴なのか。

しかし、観光案内所のお姉さんは、
「Freddyというユースホステルなら預かってくれるのでは。」
と、印刷した地図を2枚くれました。国全体の地図1枚と、ティラナの地図1枚。

この地図の印刷が不鮮明すぎてヒドイ。(涙)

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あまりに不鮮明なので、思わず大きく載せてしまいました。

お姉さんは、ここは私達がいる所、フレディ・ホステルはここ、と青いボールペンで丸印を付けて
くれましたが、いかんせん、印刷が薄すぎるのですよ、お姉さん。

他にここでゲットできた情報といえば、空港行きバス乗り場の場所と時刻だけ。
それだって、事前に調べてすでに知っていた情報だったし。

結局、ティラナの観光案内所にはチラシ類もなく、私達にはあまり役立ちませんでした。
やる気あんのか、観光案内所。(ないからこうなっているのだろうけど。)

この薄い地図の印刷を手に、そのホステルを目指して歩き出しました。
印刷が薄すぎて細かい道路が消えて見えないので、えらく苦労しました。


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広場の方ではZARAアウトレットの宣伝カーを発見。ちょっと心惹かれる・・・。
ファストファッションの波がもうすでにアルバニアまで来ていたとは。

歩き出したものの、通りの名前がよく分からんな~と地図とにらめっこしていたら、
通りがかりの男性が英語で話しかけてきてくれました。

私達の地図を見て、「そのホステルは知らないけど多分あっちの方向だ」と教えてくれました。
そして笑顔で「楽しんで!」と言ってくれた優しい男性。アルバニア人、親切だな~。

思えば、コソボでも同じように地図を広げてたら話しかけてくれた兄ちゃんがいたな。
いつも思うことだけど、得体の知れない国の方が人々は優しい

てくてくと歩いていると、すぐに小さなホテルを発見したので、荷物のことを聞いてみました。

しかしホテルマンの兄ちゃんは「前例がないので・・・」と申し訳なさそうに謝ってきました。
兄ちゃんの立場ではそこまで決定することができないのでしょう。いえいえ、いいんです。

そのまま Rruga Bardhok Biba という観光案内所のお姉さんに教えてもらった道を北上し、
次に、HOTEL ARBER という小ギレイなホテルを見つけて再び荷物をもってGO!


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こちらのホテルです。

フロントで荷物のことを聞いてみると、「いいですよ。」とアッサリとOKが出ました!
しかも、お金を払うつもりでいたのに無料で預かってくれるとのこと。なんて親切な。


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かなり写真失敗しましたが、小さ目ながらロビーは新しくてキレイでした。

いや~、これでゆっくりティラナ散策に行けるというものです。
無料で預かってもらうのも申しわけないので、ロビーで飲み物を注文しました。


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ちょこっと休憩がてら、オレンジジュースを2杯。
多分3.5ユーロ位でしたが、5ユーロ渡してお釣りも差し上げました。

余談ですが、後でグーグルの地図を調べて分かったことですが、
探していたフレディ・ホステル(Freddy's Hostel)という所は、
このHOTEL ARBER よりさらに北上したところにあったようです。

休憩もそこそこに、時間もないので先を急ぎます。


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広場に戻る途中、両替屋を発見。
アルバニア・レク(通貨)がほとんど無くなったので、10ドル分だけ両替。


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土曜日は14時までという貼紙が。間に合って良かった。ちなみに日曜日はお休みのようです。

こんなわけで、首都のくせに荷物を預ける場所もないティラナでした。
バスのチケット売り場なら預かってくれるかも知れませんが、飛行機移動の人には使えません。

これから適度に環境が整うのが待たれます。

posted by サラミ at 12:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 12アルバニア | 更新情報をチェックする
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