2013年03月30日

マケドニア4日目 Sveti Nikola Bolnicki 教会

2012年10月4日(木) Sveti Nikola Bolnicki 教会@オフリド (バルカン旅行6日目)

実は、今回の旅行で移動がないのはこの日だけでした。
この他は、午前中観光して次の街に移動するというハードスケジュール。

今日はゆっくりとオフリドを堪能するぞ~!

という予定でいましたが、私は朝食の後、何とが上がってきてしまいました。
大丈夫か~?と心配するサラミ夫。

しかし、まだオフリドで巡りたい場所はいっぱいある・・・。
まだ微熱なので、頑張って早いうちに回れるだけ回ることにしました。


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とりあえずホテルの玄関を出たら、ホテルの半地下の部屋の窓にブサ可愛いが。
目つきが悪くて何となく森三中の大島に似ていたので、そのまんま「大島」と命名。


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ふと足元を見たら、マンホールの蓋に「ベオグラード」の文字が。
ここマケドニアは、少し前までユーゴスラビアだったんだなあ、と実感する瞬間でした。


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さて、ホテルの前のMetodi Patcev通りとCar Camoil通りが交わった辺りに来ると
ここに出ます。昨日は通り過ぎましたが、今日はまずこの標識の教会に行ってみることに。


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まずは、こちらの教会から。可愛らしい鐘楼が見えます。


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こちらはSveti Nikola Bolnicki 教会(英:St. Nicholas Bolnicki Church
というようですが、残念ながら鍵がかかっていました。


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それでは、と振り返り、もう一方へ。この写真は南側から北を向いている景色です。
右が今鍵が閉まっていたSveti Nikola Bolnicki教会で、左は、Sveta Bogorodica Bolnicka教会

この2つ、なんだか名前が似ているのです。ややこしい。


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こちら、Sveta Bogorodica Bolnicka 教会の入口。が、こちらも鍵がかかっていました。

はて?ここはいつ開くのだろう?それとも、普段は開かないのだろうか?
と、間の小道でウロウロしていたら、ちょうど見学の人らしき方々がやってきました。

3人いて、1人のおばさんが2人の男性を案内しています。男性のうち1人は黒ずくめの聖職者。
その聖職者の方がじーっと見ている私達に気づき、「カム・ウィズ・ミー」と言って下さいました。


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というわけで、私達も彼らの後に続きます。何という偶然!ラッキーです。


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入口にはイコン?写真?が飾られていました。
ここはロウワー・ゲートの近くなので、向こうの壁は昔からあるその城壁だと思います。

ここはとても小さくて、入るとまず部屋があり、全面古いフレスコ画で覆われていました。
その向こうの部屋がイコンのあるこれまた古い空間です。

手持ちのマケドニアの教会の本によると、ここは14世紀に出来たようです。

おばさんは一生懸命2人の男性に説明していますが、マケドニア語なので私達には分かりません。
でも、お坊さん相手なので熱心さがハンパではありません。おばさんは興奮した様子。

マケドニア人の信仰心の厚さを垣間見たような気がしました。

もちろんこんな中ですので、写真など撮れるはずもありませんでしたが、
見せて頂けただけでも大変ありがたかったです。しかも小さいとはいえかなり良かった!


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教会を出ると、おばさんは再び鍵を閉めました。
おそらく、オフリドの小さい教会は、誰か個人が鍵を持って管理しているのでしょうね。

これまた手持ちのマケドニアの教会の本によると、上の小さな鐘楼は、
この地方独特の形なのだとか。言われないと全然分かりませんが。

この教会を出る前、おばさんは私達にポストカードをくれました。


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これが、その頂いたポストカード。教会の中のフレスコ画の一部です。

このポストカードはお土産コーナーの所にあったもので、
多分、普通に来ていたら買わなければならなかったと思います。

しかも、後で調べたところ、英語のサイトなどでは見学料50デナール
書いているものもありましたが、私達はお金を払っていません。

聖職者の方と一緒にいたことで、ちょっと得をしました。
いや、心づけというか、寄付すべきだったか・・・。(汗)

ちなみに、この教会の名前に「Bolnicki」とあり、すぐ傍の教会は「Bolnicka」。
どちらも「Hospital」、つまり病院という意味だそうで、昔は両方とも病院だったそうな。

普段なら見られない教会が見られて良かったです。

 


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2013年03月29日

マケドニア4日目 ホテルの朝食

2012年10月4日(木) ホテルの朝食@オフリド (バルカン旅行6日目)

オフリドの朝を迎えました。

私達の宿泊ホテル、Villa Mal Sveti Kliment にはレストランがありません。
朝食は必ずルームサービスで、コンチネンタルマケドニア式の2種類から選びます。

私達は2泊するので、今日はコンチネンタルにしました。

朝8時すぎに電話で朝食をお願いすると、ほどなくスタッフの女性が運んできてくれました。


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可愛い朝食です。それにしてもバルカンのパンは巨大です。


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今日は快晴なので絶景です。
オフリド湖を眺めながらの朝食は、旅行前から楽しみにしていました。

朝食は、オレンジジュースもたっぷりで美味しいし、コールドミールとはいえ、
パンがたくさんあるし、ゆで卵まであって十分満足です。


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ただ、隣との境が擦りガラスなのだけが残念です。お隣さんのワインボトルが見えてますね。(^^;


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バルコニーに立つとこんな景色です。目の前の十字架のある建物は、Mal Sveti Kliment 教会
一時期、聖クリメントの聖遺物が置かれていたという、実は由緒ある教会です。(後で知ったけど。)


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私達が朝食を頂いたバルコニーはこんな場所にあります。旧市街なのでこじんまりとした感じ。

小さなバルコニーですが、オフリド湖を見ながら頂く朝食は別格でした。

posted by サラミ at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする

2013年03月28日

マケドニア3日目 オフリドの夕食

2012年10月3日(水) オフリドの夕食 (バルカン旅行5日目)

昼間見た聖ソフィア教会の前に戻ってきました。

リックさんが、「もし良かった一緒に夕食でも」と誘ってくれたので、
3人で食事することにしました。

ここで私は、ホテルの部屋にレストランのパンフレットが置いてあったのを思い出しました。
私達のホテルの宿泊客は10%オフの優待があったのです。

すぐ目の前にそのレストランがあったので、そこに入ることに。

店員さんに、ホテルに置いてあった10%オフのカードを持って来なかったけど
割引OKか?と聞いたらカードがなくても良いということになりました。(^^)


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入ったレストランはこちら、レストラン・スヴェタ・ソフィア(Sveta Sofija)です。

ハッキリ言ってここでの写真は全部失敗したので、最後までボケボケです。(涙)
リックさんの前でダラダラと写真を撮り続けるわけにもいかず、焦ってしまいました。


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店内はエレガントな雰囲気。でもそれほど高級というわけではありませんでした。
昼間はもっとカジュアルな感じですが、絶対夜の方が雰囲気が良いです。

私達は今日のランチが遅かったのでまだそんなにお腹は空いていないし、
リックさんもそんなにガッツリとは要らないようで、少なめに注文しました。


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セルビア風サラダ100デナール。まだ行ったことはないけど、試しに食べてみたかった。(笑)
スライスした生の唐辛子はそんなに辛くなかったです。野菜は新鮮でした。


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リックさんの好みも分からなかったので無難にソーセージ240デナール。美味しい!
バルカンでソーセージがハズれることってあるのかな。


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 こちらはPolneti Piperki英語:Stuffed Pappers)という料理。要はパプリカの肉詰めです。
パプリカとチーズとトマトと挽肉がトロトロですごく美味しいアツアツの一品。240デナール

これに、ミネラルウォーター1リットルが100デナール。安い。
途中でワインのミニボトルを頼んでみたので、それが200mlで150デナール×4本。

ワインは、前にギリシャのマケドニア地方産のワインを飲んでとても美味しかったので、
ここマケドニアのワインも期待していました。

味見して美味しかったらどこかでお土産に1本買って帰るつもりでしたが、
ここで飲んだ銘柄のは私の好みではありませんでした。(銘柄を忘れた~。)
ビールを飲んだ方が良かったかも。

頼んだのはこれだけでしたが、付け合わせのパンも食べたらお腹いっぱいで、
楽しくお喋りしながら食事をしていたら、時間はあっという間に過ぎていきました。

リックさんは長らくアジアに暮らしていて、私達なんかよりもずーっと旅の達人でした。
なんでも、1人で北朝鮮も旅したことがあるとか。すげー。

外からアメリカを見ているせいか、珍しく西洋的価値観に偏らない考えの人で、
私達よりもずっと年上なせいもあって、面白いお話をいっぱい聞かせてくれました。

しかし、彼の話で一番驚いたのは、今回は6週間の旅程だそうですが、この日が
残りあと10日で、「今回誰かと食事を共にしたのはこれが初めてだよ」と言ったことでした。

思わず夫と2人してエーッ!と声を上げてしまいました。6週間1人で食事・・・。
世界一周しているバックパッカーでもそこまで1人ではないのでは。ツワモノです。

彼はアジア生活が長いので、英語ネイティブでない人に向けて分かりやすい英語で
話をするのが飛び抜けて上手く、そのお陰で私達の英語力でも会話が成り立ちました。

私達はスコピエからオフリドに来て次にアルバニアに行きますが、彼はその逆でした。
アルバニアから来たということで、謎のアルバニア情報も教えてもらいました。

そして最後にお会計。合計1280デナールでしたが10%オフで1150デナール
50デナールをチップとし、合計1200デナールを3人で割り勘。

お互いアジアに住む身。また会いましょうと約束して別れました。

旅はこういう出会いがあるからいいですね。
posted by サラミ at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする

2013年03月27日

マケドニア3日目 夕方の聖ヨハネ・カネヨ教会

2012年10月3日(水) 夕方の聖ヨハネ・カネヨ教会@オフリド (バルカン旅行5日目)

改めて聖ヨハネ・カネヨ教会に向けて・・・と思ったのですが、私達が持っている地図では
道がよく分かりません。仕方なく、その辺の人をつかまえて聞きまくり。

ここまで一緒に来たアメリカ人男性のリックさんも、別の人達に聞きまくっていたらしく、
最後は、彼が確信を持って私達を案内してくれました。


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この道を行くらしいんだよ、というリックさん。しかしこの標識、高さ数十センチほどのミニサイズ。
おまけに草ボーボーの道なき道。こんな所が道だとは、そりゃ分からんわ。(呆)


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しかし、確かに教会はありました。でも迷いまくって時間を食ったので、すでにライトアップ開始。


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この通り、すでに太陽は沈んでしまっていました。これだけ道に迷っちゃねぇ。(涙)


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下に降りてきましたが、オフリド湖をバックにしないとこの教会の良さが出ません。
時間が遅すぎて教会はもう閉まっていたので、明日また出直すことにしました。

リックさんは今日一日しかないそうで、とても残念がっていました。


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日も暮れて景色もイマイチなので、みんなで街中に戻ることにします。
この正門から出ました。普通はこっちから来るはずですが、イレギュラーな方向から来たようで。(^^;


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とりあえず、聖ヨハネ・カネヨ教会よ、明日までさようなら。

私達は地図の通り、この教会からまっすぐ続いているKoco Racin通りを行こうと思ったのですが、
リックさんは、ロンリープラネットの地図に載っている湖岸ギリギリの道を行くそうな。

せっかくだから、と私達も彼の後を付いて行くことにしました。


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途中で通りから外れて湖の方に降りて行くと、ビーチみたいな所に出ました。おおお。

自分達の地図で確認すると、「Fisherman Settlement」と書かれています。
おおお、穴場ではないか。昼間だったら気持ち良さそうです。


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その後は、話をしながらこの木の道をひたすら歩きます。

リックさんはさすが一人旅を好む方らしく、かなりのハイペースで後ろも見ずにスタスタ。
おかげでこの写真にも入っちゃいました。(笑)


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後ろを振り返って1枚パシャ!明日はこの道を歩いてリベンジしようと思うのでした。

リックさんと出会わなかったら、この道のことを知ることもなかったでしょう。
人との出会いがあると、色んな発見があるなあ、と思ったのでした。

しかし、日が暮れたオフリドは思ったより寒く、私はこの時、かなり咳がひどくなっていました。
旅行前に風邪を引いて治りかけていたのが、ここに来てぶり返してきたようでした。

気温の大幅な変化はやはり体にきます。
半ズボンにTシャツ姿のリックさんは寒いと言いながらケロッとしていますが、なぜ?(笑)

こうして、聖ソフィア教会の前まで歩いて戻ったのでした。


posted by サラミ at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする

2013年03月26日

マケドニア3日目 聖パンテレイモン教会

2012年10月3日(水) 聖パンテレイモン教会@オフリド (バルカン旅行5日目)

サミュエル要塞を後にして最後に目指すのは、湖畔に佇む聖ヨハネ・カネヨ教会です。

が、地図を見ると、「Plaosnik」と呼ばれる聖パンテレイモン教会などがある場所を
必ず通らなければなりません。じゃ、取りあえずそちらの方向へ。


1.JPG

これがすぐ近くにあった標識です。「St. Kliment」とはガイドブックの聖パンテレイモン教会のことで、
BASILICA」とは初期キリスト教のバシリカのことです。


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実は、これはサミュエル要塞に来る前に見た別の標識です。

ここでは、聖パンテレイモン教会が、
Sts. Clemet and Pantheleimon」と表記されています。

私達は次の日に、マケドニアの教会と修道院という分厚い本を購入したのですが、そこでは
Monastery of St. Kliment of Ohrid and St. Pantelejmon
という名前になっています。

どうも、聖パンテレイモン教会は、「聖クリメント&聖パンテレイモン教会」が
本当の名前のようです。紛らわしい・・・。

私達がウロウロしていると、サミュエル要塞で出会ったアメリカ人男性もそこにいました。
どうやら行き先が同じようなので、話をしながら一緒に歩いて行きました。

彼はロンリープラネット1冊だけ持っていました。
お互いの地図とガイドブックで確かめ合いながら歩いていきました。


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そうして到着した初期キリスト教のバシリカ。5世紀のものだそうです。
この辺り一帯全部が「Plaosnik」と呼ばれるエリアみたいで、今も発掘作業の最中でした。


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どうも昔と同じように再建しているようですね。

マケドニアの教会の本の説明によると、ここ「Plasnik」には初期キリスト教のバシリカが2つあり、
1つが多分この再建中の建物で、もう一つは、今はその上に聖パンテレイモン教会が建っている
のだそうな。

この1つ目のバシリカには、オリジナルのモザイクの床洗礼場が残っているらしいのですが、
なんと某ガイドブック(〇〇の歩き方ってヤツ)にはここの説明が全く載っていないので、
場所の重要性が分からず、すっ飛ばしてしまいました。(怒)

ちなみに、2008年からの発掘調査で3つ目のバシリカらしき跡も見つかったそうですが、
詳細については今後の調査を待つ、ということらしいです。

この場所の発掘調査はまだまだ何年も続くと思われます。


5.JPG

こちらがバシリカの脇にある聖パンテレイモン教会と、なぜかカフェの看板。
どうもネットができるカフェがすぐ近くにあるようです。日本の旗も載せてくれてありがとう。


6.JPG

またまたマケドニア教会の本によると、この教会は2002年7月に再建されたのだそうな。
でも再建してから10年も経っているようには見えず、せいぜい1~2年前みたいな雰囲気。

それにしても、すでに日が落ちかけている。やばい!


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教会入口の上には聖クリメントのモザイクが。新しいです。

さて、なんでこの聖パンテレイモン教会が地元の看板で「聖クリメント教会」になるのか。

手元の本の説明では、ここは聖パンテレイモンに奉納した(dedicated)教会だと書いてあります。
で、この教会は893年頃に修道院として建てられ、建てたのは他でもない聖クリメントです。

聖クリメントはスラブ世界では大変重要な聖人です。

彼は聖ナウムと共同でキリル文字を考案し、初めてスラブ語で説教をし、著述をし、
ここPlaosnikに修道院を作り、オフリド司教になりました。

また、9世紀~10世紀にはここに最初のスラブ大学が創設されたそうな。
とはいえ、別名が文学スクールというので、今の大学機構とは違うのでしょうけど。

今はただ教会や遺構がポツンと残るだけの場所ですが、当時はこの修道院が
文化・芸術・教育の中心地であったのだそうです。

また、聖クリメント亡き後、彼の聖遺物(どうも腕らしいですが)は、
この聖パンテレイモン教会に納められたそうです。
ただし、オフリドがオスマン・トルコの手に落ちる直前まで。

14世紀後半にオスマン・トルコがやって来た後、この教会は聖ソフィア教会と同じく、
モスクに改装されてしまったのだそうな。

その後、彼の聖遺物は、何と私達が泊まっていたホテルの目の前にあった
Mal Sveti Kliment 教会に移送されたそうです。知らんかったー!

さらに再度Mal Sveti Kliment 教会から、聖クリメント教会
(現地の標識では
Church Mother of God Perivleptos)に移送。

そして2002年、聖遺物は晴れて聖パンテレイモン教会に戻されたそうな。

これだけ聖クリメントと縁のある教会なら聖クリメント教会と呼びたくなるのも
ムリもないですね。しかも聖遺物も納められてるし。

おそらく、オフリドの人は聖クリメントの聖遺物が置かれた教会を
全部「聖クリメント教会」と呼んでいた(いる?)ような気がします。


気持ちは分からんでもないけど、観光業としてはそれはどうなのか?
とギモンを感じるところでもあります。分かりづらいし。


8.JPG

誰もいなかったので一枚。中も新しいです。
古いフレスコ画がなかったので、ガイドブックに載っていないのかもなぁ。


9.JPG

教会の逆方向に回ってきました。夕日が当たってこちら側は眩しい。


10.JPG

左は聖クリメントで右は聖パンテレイモン。
聖パンテレイモンは医師だったので、片手に必ず薬箱を持った姿で描かれるとか。

実は、のうのうと後で知ったことを追加して述べましたが、この教会を見ていた時、
私はここを聖ヨハネ・カネヨ教会と勘違いしていたのです。

あんまりちゃんとガイドブックで教会の姿を確認していなかったし、地図が何より分かり難くて。
でも、湖畔とは言い難いし変だなあ、と思っていたのです。

まだ目的地に到達していなかったとは知らずにまったりしていましたが、
ここが別の場所だと知り、聖ヨハネ・カネヨ教会に向けて改めて出発しました。(^<>^;


posted by サラミ at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする
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