2014年07月15日

南京1日目 美麗宮

2014年5月31日(土) 美麗宮

ついに今日の最終目的地、「美麗宮」です。

4か所の合同チケットが当日だけ有効なので、根性で回るしかありません。
この辺が中国の不親切な所なんですねぇ。せめて2日間有効にしてくれれば。(涙)

さて、現在地の明孝陵の正門「大金門」から美麗宮までは徒歩で行けます。

すぐ近くにあった明孝陵博物館はすでに閉館だったのでスルーし、
え、どっち?とちょっと迷いながらも大きな道路を歩いて美麗宮に到着しました。


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入口付近にこの大きな看板があります。

「美麗宮」というのは通称で、本当は「国民政府主席官邸旧跡」です。
時の主席の蒋介石と妻の宋美齢が滞在したことから美麗宮と呼ばれるようになったとか。

1931年から3年かかって建てられた官邸ですが、思ったほど巨大ではありませんでした。


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中洋折衷の不思議なデザイン。修復工事をしたそうで私達が訪れた時はとてもキレイでした。


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玄関前に停まっていたクラシック・カー。30年代のビュイックだそうです。

ガイドブックには「宋美齢の専用車」と載っていましたが、どこにもそんな説明はなく、
官邸専用車両」としか書かれていませんでした。

ま、実際は宋美齢が私用でガンガン乗りまくっていたであろうことは想像に難くないですが・・・。
(あくまで私の妄想ですが。)

建物は3階建てで、一番上から見ていきました。


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中央の階段を上りきると突き当たりにこんな空間があり、ここから順番に部屋を見て回りました。


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まずダイニング・ルームです。蒋介石宋美齢のプライベート・ダイニング・ルームだそうな。
政府や軍の要員も、度々ここでもてなしたとか。


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反対側から。部屋の中には入れないのでこのアングルがギリギリです。

部屋の左側には食事の配膳準備などをする部屋があるそうで、地下のキッチンとリフトで連結。
出来たてをすぐにリフトで上げて持ってくるという用意周到な設計だと説明文で絶賛しています。(笑)


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個人的にびっくりしたのはこちらの礼拝堂です。官邸の中に礼拝堂!?みたいな。
宋美齢も蒋介石もクリスチャンだったから礼拝堂を作ったのでしょう。

しかし、蒋介石は宋美齢と結婚するために洗礼を受けたと私は思っているので、
敬虔なクリスチャンとは言われていますが、心の中は本当はどうだったのでしょう。

一応、毎週日曜の午前中はここで礼拝を行っていたようです。


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壁にはこんな写真が掲げられていました。礼拝の時の写真だそうな。


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こちらは蒋介石・宋美齢夫妻の寝室。こちらは主寝室で、もう一つ寝室がありました。何でや?


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ベッドの上にあった若い頃の宋美齢の写真。

宋美齢といえば頬がこけてスレンダーな印象がありましたが、随分ふっくらしています。
まだ幼くてかわいらしいですね。(その後はドラゴン・レディという異名そのものですが。)


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広々とした寝室の左端に置かれていたクローゼット蓄音機

さすがに20世紀とあって、家具はアールデコな感じに中国家具が折衷されていて、
シンプルながらも洗練されています。このセンスの良さは宋美齢のセレクトなのでしょう。
蒋介石は軍人でしかも質素だったようなので、あんまりセンスはなかったのでは。


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もう一つの寝室。こじんまりしていますが、西洋風の暖炉付きです。


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ベッドの上には有名な蒋介石と宋美齢の結婚写真

しかし宋美齢はなぜこのウエディング・ドレスを選んだのでしょう?
ヘンだと思うのは時代のせいでしょうか。全然似合っていないのだが。

ついでにいうと、宋美齢が美人で人気があったというのがいまだに理解できません。
美人の基準がよく分かりませんが、表情の素敵な人だったのでしょうか。

一方の蒋介石はかなりのハンサムだと思うのですが、
写真の中の蒋介石はいつも目が笑ってなくて、私は冷淡な印象しか受けません。


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こちらの殺風景な場所は宋美齢がよく使った入浴化粧室だとか。

壁のタイルも床のモザイクも今見ると何の変哲もないのですが、
当時は最新の設備だったそうで、バスタブなんてイギリスから運んだらしい。

ここで宋美齢はよくミルク風呂に入ったそうです。
当時は牛乳って中国では珍しかったのではないかと想像。(みんな豆乳飲むし。)


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こちらは蒋介石の書斎。広すぎず落ち着いた佇まいです。

一階下に下りると、中階には、小さなお土産屋さんや本屋なども。


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こちらは秘書室。タイプライターなど時代を感じます。金庫の中は現金があったのでしょうか。


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蒋介石のオフィスには孫文の写真がドドーンと。記録を元にした再現だそうですが。


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そしてこちらは応接室。国民党の偉いさんやらアメリカ大使など重要人物と会見した場所。

米軍顧問のマーシャル」ともここで会っていたと解説に書かれていましたが、
そのマーシャルっておそらくマーシャル・プランで有名なあのジョージ・マーシャルでしょうね。


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そして、上の階で礼拝堂だった場所は、中階では宴会ホールになっていました。
その一部で写真のようなテーブル・セッティングが再現されています。

左奥の部屋は宋美齢の資料館でした。


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ホールの床の四隅にはこんなはめ込みがあり、はめ込み式暖気装置と書いてました。
下の階のボイラー室から来る温風で宴会ホール全体を24℃に保っていたとか。


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ホールの一角はレトロな中華民国時代風のカフェになっています。
歩き疲れたらここで休めます。

ホールから外のテラスに出てみました。

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パラソルが邪魔でヘンな写真になってしまいました。
自由に座れる椅子が置いてあるので、観光のおばちゃん達でいっぱい。

中の洋風とは裏腹に、外側は中華デザインでビッシリ。豪華です。

一番下の下階は主に使用人やここで働く人達の部屋や設備で、
キッチンやボイラ―室など、地味ながらよく出来た部屋が並んでいました。

私は昔の家などレトロなものを見るのが大好きなので、ここも楽しみにしていましたが、
想像していたよりも蒋介石・宋美齢夫妻が慎ましい暮らしをしていたのが意外でした。

ここは規模が小さいので、サーッと見て流すなら短い時間で見て回れると思います。
私達は夕方に到着したので、これでも頑張って急いで見て閉館ギリギリに出ました。

明孝陵まで来たなら、ついでにこちらもオススメです。



posted by サラミ at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 14南京 | 更新情報をチェックする
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