2014年07月11日

南京1日目 霊谷寺

2014年5月31日(土) 霊谷寺

中山陵を見学して元来た道を下り、思いっきり疲れた私達はとりあえず休憩。

中山陵のふもとには軽食や飲み物が売られていたので、
冷たい桃ジュース煮玉子を購入。

煮玉子は味が濃すぎて食べた後気持ち悪くなりました・・・。


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もち米に甘いつぶあんを挟んだおやつも買ってみました。
が、私はおはぎが嫌いなので当然ながらこれもアウトでした。(←アホ)

少しベンチで休んだ後、次は霊谷寺に行こうと最初に来たバス停に戻ったものの、
地下鉄駅に行くバスしか見当たりません。

係の人をつかまえて聞いてみると、霊谷寺行きのバスは別のバス停から出るそうな。


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この通り、中山陵には3つのバス停があり、霊谷寺行きのバスはさっき休んでいた場所のすぐ近く。
中山陵の博愛坊の近くでした。(中山陵東站)

ちなみに谷景区と書かれているところが霊谷寺のある所。

せっかく下ってきたのにまた上るのか・・・。うんざりしながらまた博愛坊の辺りまで戻りました。

そしてまた5元払ってSL電動カートで霊谷寺に到着。
ちなみに、チケットに含まれていた「音楽谷」という所はただの巨大な広場なので省略。

霊谷寺に到着した時、すでにランチ時間を過ぎていました。

この後、明孝陵美麗宮にも行きたかったので時間が厳しかったのですが、
ここで食べないとランチ抜きになって食いしん坊の私がもたないので軽く食べることに。


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バス停のすぐ近くでラーメンを。確か牛肉麺で10元。可もなく不可もなく。
どんどん伸びていく中国のラーメンです。


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さて霊谷寺です。手前に「国民革命軍陣亡将士公募」と書かれた石碑がありました。
中国革命後、敷地は国民党兵士の共同墓地になったとか。


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山門を通ってさらに碑坊を抜けると、前に建物が見えてきました。
とても広い敷地で、ここ全体が霊谷寺景区という公園のような場所になっているようです。


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最初に現れた無梁殿はガイドブックによると1381年の創建だそうですが、
現地にあった説明には「1931年に国民党兵士の共同墓地の祭堂に建て替えられた」とありました。

さらに、「辛亥革命腊像館」の看板もあるので、「辛亥革命ろう人形館」ってとこかな。


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中に入ったらいきなり現れる「国民革命烈士之霊位」の文字。薄暗い空間です。


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そして南京条約から始まる辛亥革命の流れがジオラマで展示。確かにろう人形です。


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アヘン戦争に負けた後うんぬん・・・という恨みつらみの南京条約。

これより中国は半植民地半封建社会に成り下がったという表現が、
ものすごい怨念というか屈辱を表しています。


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その他、中華民国成立とか第一次国共合作とか黄埔軍官学校の設立などなど。


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「革命未だ成らず」の言葉が有名な国父遺嘱

この他、戦死者の夥しい数の名前が壁一面に刻まれていました。

結構面白かった無梁殿でしたが、肝心のお寺もまだ見学していないので、いそいそと移動。


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ちょっと写真失敗しました。霊谷寺です。

昔は康熙帝乾隆帝も訪れた由緒あるお寺のようですが、太平天国の乱で大部分を焼失し、
多くがその後の再建だそうな。実際、とても新しいお寺でした。


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お寺の内部はそれほど広くなく、こじんまりとしています。しかも人も少なめ。


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実は、あまり期待していなかったのですが、想像以上に立派なお寺で驚きました。


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こちらは玄奘院。あの玄奘三蔵(=三蔵法師)から取られているのは明らかです。
が、この時はそのことに全く気付いていませんでした。


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ふと見上げると、こんな中国らしいモノがさりげなく。(笑)


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玄奘院の中に入ると、さらに大遍覚堂という場所が。


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この内部も荘厳で目を奪われました。気付くのが遅すぎましたが、これは玄奘三蔵の坐像です。
ここは玄奘三蔵法師の記念堂なのでした。


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坐像の左側に透明なケースに覆われた金色のものが置かれていました。


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唐玄奘三蔵法師頂骨舎利なんとか・・・と書かれています。

これを見て、このお寺に三蔵法師の頭骨が安置されていることを思い出しました。
旅行前にチェックしていたのですが、ここに来るまですっかり忘れていたのでした。

なんでも、玄奘三蔵の遺骨を南京で発見したのは日中戦争さなかの日本軍だそうな。


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玄奘三蔵の遺骨は、中でシャンパングラスのようなものに入れられていました。

ガイドブックには三蔵法師の遺骨が安置されていることは全く紹介されていませんでした。
これが本に載っていたら、もっと観光客が訪れるのではないでしょうか。

今回これがきっかけで、三蔵法師の遺骨が中国や日本のあちこちのお寺に分骨されていることや、
日本軍が南京で見つけた遺骨を、結構ムリやり日本にも分骨させた(っぽい)のを知り、複雑でした。

色んなことを思いながら、霊谷寺を出ました。


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こちらは松風閣。門は閉まっていてみんな中には入れず。


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こちらは見どころと言われる霊谷塔

でも実は新しくて、1931年~1933年に建立された国民党兵士の戦没記念塔だというので
わざわざ行って上るのはやめ、全体を見渡すだけで終わりました。

時間がないのでサクッと見て終わるはずが、思った以上に見ごたえのあった霊谷寺でした。



posted by サラミ at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 14南京 | 更新情報をチェックする
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