2013年07月16日

アルバニア1日目 ベラットの城塞1

2012年10月5日(金) ベラットの城塞 (バルカン旅行7日目)

それでは、やっと城塞の中に入ります。料金は1人100レクでした。


1.JPG

ここが入口の門です。

城塞が現在の形になったのは13世紀とのことですが、基礎は紀元前4世紀のものだそうな。
元々アルバニアには、古代イリリア人という人達が住んでいたそうです。古い。

入り口の所には城塞全体の地図がありました。これ紙で配って欲しいなあ。
ここで覚えて回るのはハッキリ言って不可能です。


2map.jpg

上の地図を右クリック開くと別ウィンドウで大きな画像が出ます。
(普通にクリックすると小さいのが出ます。さらにクリックで元サイズの画像)

この地図、実は上が西北は右側です。


3.JPG

城塞の中に入ってみると、何と普通の村でした。人住んでるやん。


4.JPG

洗濯物かと思ったら、刺繍の土産物でした。


5.JPG

城塞に住んでいる人ともよくすれ違いました。この風景だけ見ているとただの街中といった趣です。


6.JPG

が、確かに建物は古く、崩れたままの家屋もチラホラ。あのアンテナはもうめっきり見なくなった形。


7.JPG

これらの家も古そうです。

この2階から上が白壁で張り出している形の家はマケドニアでも見ましたが、
オスマン様式の建物だそうです。2階から上は窓が多い印象です。


8.JPG

途中でお母さんに抱っこされた赤ちゃんに出会いました。顔つきはかなりヨーロッパと違う感じ。


9.JPG

夕方なのでお土産屋さんやその他のお店もほとんど閉まっていて、かなりひっそりとしていました。


10.jpg

かなり端まで歩いてきました。入口の地図にあった10番の教会の所です。(地図の左側)
看板のSHEN GJERGJIとは、地図のSt.Georgeのアルバニア語です。


11.JPG

ここがその地図10番のChurch of St.George聖ゲオルギ教会でいいのかな。
最近まで教会として使われていた形跡はあるのですが、今や窓も割られて廃墟に。

この次、すぐ近くにある地図11番Gellery Wallという所へ行ったのですが、
ギャラリーというわりに木々が生い茂って景色はその隙間からしか見えず。残念。


12.jpg

とっとと移動して地図9番レッド・モスク(Red Mosque)へ。
モスクのミナレット(搭)と土台しか残っていませんでしたが、確かにレンガ作りなので赤いです。

1417年のオスマン・トルコによるベラット城の征服のすぐ後に出来たらしく、
別名を「征服のモスク」と言うのだと、その場にあった説明に書いてありました。

さて、いい加減暑くて疲れてフラフラになってきた私達。喉が乾いた・・・。

前にオフリドで出会ったアメリカ人旅行者に、城塞の中に美味しいレストランがある」
と教えてもらっていたのですが、それがどこなのかサッパリ分かりません。

彼もレストランの名前は忘れたと言っていたので、ちょっと諦め気分。
でも、私達は今日は移動ばかりで、朝食の後はまともに食べていません。


13.JPG

と、Kafe(カフェ)の文字を発見!レストランではないけど、まあいいか。


14.JPG

しかし、すぐにこんな標識も。FORTESAってのは英語のFORTRESS(要塞)かな?
ちなみに、後で分かったことですが、一番下は地図7番ホワイト・モスクでした。

カフェと同じ方向のようなので、この標識に従って右に行くことにしました。

見所がよく分からない城塞、次に続きます・・・。


posted by サラミ at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 12アルバニア | 更新情報をチェックする
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