2011年12月16日

チェコ1日目 ヴァーツラフ広場

2011年10月1日(土) プラハ ヴァーツラフ広場からホテルまで


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ヴァーツラフ広場はチェコの歴史上とても大事な場所です。

1968年のプラハの春の際は、ここに旧ソ連率いるワルシャワ条約機構軍の戦車がズラッと並び、
1989年のビロード革命では、100万人もの人達がここに集まりました。

今ではすっかり平和でにぎやかな繁華街で、ビロード革命の時の地面が見えないほど人波に溢れた映像は
もう遠い昔のような感じです。


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プラハは第二次大戦時ほとんど爆撃を受けなかったそうで、アールヌーボー建築など美しい建物が
今も見事に残っています。

のだめカンタービレ」で撮影に使われたカフェ・エヴロパもこの建物のうちの1つ。

昔のことを思い起こさせるのは、プラハの春の際に、聖ヴァーツラフの像の前で抗議の焼身自殺をした青年に
手向けられている花束だけでした。


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先ほどとは反対側です。

ヴァーツラフ広場は札幌の大通公園のような細長い形なのですが、その南の端は、こちら国立博物館です。

私達が目指すトラム11番の停留所は、この国立博物館の裏手にあります。
脇を通っていけば、スーツケースを押して歩いてもすぐのはずだとグーグルマップを見て確信していました。

が、甘かった。

ヴァーツラフ広場は、北から南に向かって緩やかな上り坂なのです。
私達は今まさに「」に向かっていくわけです。写真をよく見てください。結構な坂です。

すぐそこだと思っていたトラムの停留所まで、スーツケースを押し上げていくことになりました。ゼーゼー・・・。


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博物館の裏手に回って来ました。ここは11番のトラムしか止まらない停留所です。


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ちょっと古いトラムが来ました。でも空いていたので大きなスーツケースも邪魔になりませんでした。

市バスと同じく低床のトラムもあるようですが、今回は乗降口にステップのあるタイプのが来ました。
背の低い私では一番大きなサイズのスーツケースを持って乗り込むのは厳しく、サラミ夫にお任せ。

トラムに乗っていたのはわずか2駅。


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降りると、ボコボコの石畳トラムの線路の二重苦が待ち構えていました。
ここは三叉路ですが信号もなく、車をよけながらスーツケースを引っ張って道を渡るのがひと苦労でした。


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しかも、渡り終わってアスファルトの歩道を歩いても、こんなにガタガタ。ホテルはこの先。

閑静な住宅地にある五つ星ホテルを選んだら、おとなしくタクシーに乗れということでしょうか。
プラハの石畳をナメてはいけません。

結論から言うと、私達のホテルは地下鉄C線のIPパヴロヴァ駅から徒歩10分でした。
プラハ本駅はすっかり新しくなっており、地下鉄C線の駅に直結のエレベーターもありました。

だから、エアポートバスでプラハ本駅まで来て地下鉄に乗り換え、IPパヴロヴァ駅から頑張って歩いた方が
まだ良かったのです。

でもまあ、こればっかりは現地に来てみないと分からない。これも個人旅行の楽しみということで。


posted by サラミ at 01:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 11チェコ・ハンガリー | 更新情報をチェックする
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