2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 武器・甲冑
次は、アメリカン・ウィングの広場に隣接している「武器・甲冑」の部屋へ。
こちらは他と比べるとこじんまりしていました。(それでも多いけど。)
前にも言いましたが、私達の主な目的はヨーロッパ美術だったので、
すぐ横だからちょろっと覗いていこうか位の気持ちで見に行きました。
もちろん、ここに日本の鎧兜などが多数展示されていることも知らずに行きました。
中に入ると、いきなりのこの展示。結局、食いついて見てしまいました。(笑)
それにしても、人間だけでなく馬まで死ぬほど重そう~!
しかし、千住博さんが寄稿された「CREA Traveller 2015 Autumn 華麗なるニューヨーク
」
の記事によると、西洋の甲冑には実戦用だけでなくパレード用ってのもあるらしいのです。
従って、この甲冑もパレード用が含まれているみたいです。
説明を読んでないので詳細不明ですが。
実戦で、馬がこんな重装備で走れたのかどうか気になります。
逆に、パレードでこんな重装備が必要だったのかという疑問も浮かびます。
この中庭の周囲に部屋があり、またまたガイドブックに載っていた物を中心に見学しました。
中世の騎士道の世界が広がります。
その中で目を引いたのはこちら。フランス王のアンリ2世の甲冑です。
アンリ2世って誰だっけ?と思ったら、あのカトリーヌ・ド・メディシスの旦那さんでした。
カトリーヌはメディチ家出身で、彼女のお嫁入りに際して、フィレンツェの
サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局が香水を調合したのが「オーデコロン」の元祖ですね。
店名と同じ「サンタ・マリア・ノヴェッラ」という名前で今でもその香水が売られていることで、
フィレンツェに行ったことのある女性なら結構みんな彼女のことは知っているのでは。
しかも、今はサンタ・マリア・ノヴェッラは日本にも店舗があるし。
というわけで、アンリ2世はその女性の旦那さんです。時代は16世紀。
頭の先からものすごい装飾です。
これもパレード用の甲冑だそうです。だからここまで絢爛豪華なのですね。
これは型押しらしいのですが、図案はパリで活躍していた著名な画家だそうで、
さすがに国王の甲冑ともなると、それ自体が美術品ですね。
もちろん、このようなシンプルな甲冑も展示されていました。
それにしても、股間は守らなくていいのでしょうか。
こちらはイタリアの1400~1450年頃と想定される甲冑。
説明によると、これは元々1体の完全な甲冑ではなく、別々のパーツを集めて組み立てて
このように完成させたのだそうな。頭部に至っては別の土地から出土した物だとか。
1400年代となると、完全な状態の甲冑は見つからないらしく、
どうにかして1体の甲冑として展示できないかと意図してやったらしい。
多少のウソが混じっているとしても、こう展示されると雰囲気も分かって見応えもあります。
さすがメトロポリタン美術館は展示方法も工夫してます。
そして、モデルばりのポーズも素敵。何より笑顔ではないか。
鼻の高いヘルメットのデザインが個性的。やっぱり笑ってるやん。(笑)
強烈にデフォルメしたお稲荷様(キツネ)にも見えなくもない。耳があったら完璧かと。
夥しい数の剣もあります。
そして銃も。ここまで必要なのかという位ものすごい装飾。
こちらはガラスの映り込みがひどい写真になってしまいましたが、コルト銃です。
「Colt Third Model Dragoon Percussion Revolver」というもので1853年作だとか。
Dragoonって何かと思ったら「竜騎兵」だそうです。火器を持った騎兵と理解しようっと。
ちなみに、今まで考えたこともなかったのですが、コルトというのは人の名前だということを、
ここにあった説明を読んで初めて知りました。そういや、カラシニコフも人の名前でしたな。
これは標準のモデルに豪華な金の象嵌細工を施したデラックスモデルだそうで、
現存するコルト銃の最高傑作に数えられる、とガイドブックにありました。
この銃は一対になっていて、もう一方はロシア皇帝ニコライ1世に献上され、
今はエルミタージュ美術館にあるそうな。そんなすごい銃なのか、これ。
この他にも、ルイ13世の銃とか神聖ローマ皇帝カール5世の銃とか、
歴史の教科書か!みたいな人の物がありますが、スケールがデカ過ぎてワケ分からん。
こんなユーモア溢れる兜も。1460年~1480年のイタリアのものだそうな。
ヘラクレスがネメアの獅子を退治してその生皮をマントと被り物にしたという神話を
モチーフにしているそうで、ヘルメットを二重にしているから3.6キロもあるそうです。
ルネッサンス時代の金工職人の傑作だそうですが、しかしノホホンとして見えますな。
タイガーマスクはこれを着けて戦えるでしょうか。
一方、東洋の甲冑も見逃せません。
こちらは、何か日本と違うと思ったら、場所が「Dali Kingdom, Present-day Yunnan Province」
という事ですから、今の中国雲南省の大理ですね。昔大理国という国がありました。
時期は12~13世紀ということですが、この初期の形の甲冑は現存しているのが2体のみで、
これはその1つなのだとかで、むちゃくちゃ貴重だそうです。
もちろん日本の甲冑や武器もズラリ。ものすごい膨大なコレクションでビックリ。
アップでは撮っていませんが、写真中央の錆びた金属の塊みたいなのは、
なんと古墳時代の甲冑なんだそうな。そんな時代の甲冑なんて想像もしたことありませんでした。
甲冑だけでなく、こんなものまで。背中はもちろん銃にまで家紋が入ってますな。
しかし、よくこれだけ揃えたなと思うと同時に、よくこれだけ上手く展示できるな~。
といっても、左と右の甲冑は時代も違うし、本当は関連性はないのですが。
ちなみに、日本の甲冑などに添えられた英文の説明が非常にシンプルで妙に感心しました。
例えば、左の甲冑は「Armor (Tatami Gusoku)」とあり、タタミグソクって何?と思ったら
英文説明では「フォールディング(=タタミ)タイプのヨロイ」とあってすぐ理解できました。
ちなみに、「グソク」というのは具足と書くそうな。
折り畳んで箱に入れて一人で持ち歩けるから通常はランクの低い侍が使用するが、
この場合は装飾が豪華なので、仙台の伊達家に仕える侍のものだろう、とのこと。ほぅ。
一方の右の甲冑は、ランクの高いオフィサーのものだそうで、この英文を読んだ人が
想像するのは、現代の軍隊の指揮官とか将校あたりの人って感じでしょうかね。
兜のコレクションも素晴らしい!またこれが美しくて状態も良いのです。
一番右の兜はうさぎのデザインでした。うさぎは多いらしいですね。
こちらはなすびです。何でなすび?縁起がいいってことか。
西洋の兜が強そうなヘラクレスなのに対し、日本のそれはうさぎとかなすびとか。
千住博さんは、「武士の人柄や平和な村の雰囲気、残るアニミズムの気配」といったことを
述べられていますが、この辺が何とな~く表れるんでしょうね。
説明には「Saotome Iyetada」の名前があり、これを被っていた人の名前かと思ったのですが、
後で調べたら、おそらく「早乙女家忠」ではないかと。作った人の名前でしたね。
何でも、早乙女家は甲冑師の名家だとかで、他にも英文の説明では「Myochin(明珍)」
というのも見ました。こちらも甲冑師でした。一つ勉強になりました。
甲冑大集合の巻。せっかくの写真なのにブレブレ。(涙)
全体的に照明が暗くて、ほぼ全部といっていい位ここでの写真はブレました。
フラッシュ撮影は禁止なので、スマホで撮影とかは暗くて難しいかも知れません。
ちなみに、日本の甲冑は西洋の物とは違い、実戦用しかないそうな。
実戦用でここまで美しい甲冑を着るんだなー、日本の将軍は。
こちらはお面ばかり。戦争用というよりも祭儀用みたいに見えるほど何だか神秘的。
日本では、西洋のように頭からすっぽり被る鉄仮面のような物は存在しないのですね。
それにしても、夜間に見学に来たら、ここも含めて日本甲冑のコーナーは怖いだろうなぁ。
こちらは刀のコーナー。 長い日本刀だけでなく、小刀とか脇差しとか、鍔(つば)までも。
そういや、昔バンクーバーの博物館で、ひたすら日本刀の鍔(つば)のコレクションを
見たことがあり、こんなコレクションがあるのか~と感心したことを思い出しました。
欧米人のマニアも多いと見た。
素晴らしく状態が良くてピカピカです。
その中でも、ひときわ輝く刀があり、彫り込まれている龍の模様も美しかったので、
思わず惚れ惚れして眺めてしまいました。
説明を見ると、2004年の作で現代刀匠の作品でした。通りで輝きが違うわけですわ。
どうでもいいけど、刀匠は「swordsmith」というらしい。やっぱりスミスなのか~。
刀匠のお名前は「Gassan Sadatoshi and Gassan Ichiro」とあり、
よく見ると、刃の根本の方に「月山貞利」と「月山一郎」というお名前が彫られていました。
日本刀はシンプルで美しいですね。桂離宮と同じ感じ。
うーん、甲冑とか日本刀を収集する人の気持ちが分かるな~。
ちょっとハマりかけました。(収集はしないけど。)
他にも、オスマン・トルコやインドの物もありましたが、やっぱり日本の武器・甲冑に釘付け。
どこの美術館でもそうかも知れませんが、メトロポリタン美術館の武器・甲冑部門のスタッフは
物凄いオタクなのではないかという印象を持って、この場を後にしました。(笑)