2015年12月30日

NY最終日:タクシーとNJトランジットで空港へ

2015年10月8日(木) タクシーとNJトランジットでニューアーク空港へ

オペラ終演は23時半くらいになり、急いでアパートに荷物を取りに戻りました。

私はロングフライトに備え、靴をスニーカーに履き替え、ズボンを楽なものに履き替え、
鍵を所定の場所に返し、アパートの部屋を全部確認して出ました。

アパートからは、夜中ということもあり、当初タクシーで空港まで行くつもりでしたが、
毎晩オペラに出かけていて、思ったより夜も明るくて人通りも多く安全だったので、
NYペン・ステーションまでタクシーに乗り、そこからNJトランジットに乗って空港まで行くことに。

列車は、平日ダイヤで最終便の1本前が夜中の1:00、最終便が1:22だったので、
安全策を取って1:00を目指しました。(ダメなら最終で。)

旅行前に一番心配していたのは、夜中12時に住宅街でタクシーがいるかどうか
でしたが、アパートは(道の名前の)ブロードウェイにもコロンバス・アベニューにも近く、
夜中でもタクシーがブンブン走っていました。さすが眠らない街ニューヨーク。

ホテルと違って、アパートだとタクシーを呼んだりしてもらえませんからね。

いそいそとタクシーが走っている方向にスーツケースをゴロゴロと押し始めると、
なんとすぐ近くで誰かがタクシーから降りたではないか!ラッキー!

こんなワケで、ほとんど歩かずそのタクシーに乗り、NYペンステーションまで行ってもらいました。

ドライバーさんに駅のどっち側?みたいなことを聞かれ、よく分からないので
NJトランジットでニューアーク空港に行く。」と言ったらOK!と理解してくれました。

途中、タクシーで今日必死で歩いたタイムズスクエア辺りを通りました。
びっくりするくらいネオンギラギラで人もまだまだいっぱい。ススキノのネオン負けたな~。

夜遅いので道が空いていて、NYペン・ステーションにはすんなり到着。
本当にNJトランジットの入口に停めてくれたので助かりました。

買物し過ぎて荷物も多かったし、すんなり乗れてこのタクシーにはとても感謝していたので、
多めに払いました。20ドル渡すと、ドライバーさんが「え、こんなにくれるの?」と笑顔。
いや、ホンマに助かったんです。何しろ、2人なのに大型スーツケース3つとレスポのバッグですから。

駅に入るとすぐ地下に降りるのですが、下りのエスカレーターが止まっていました。
しかし、時刻が1:00に迫ってきて急いでいて、私もサラミ夫もその事に気付いていませんでした。

サラミ夫はスーツケース2つ、私は1つと他の荷物を持ってエスカレーターで降りようとしたら、
前を歩いていた顔がちょっと白くて口がちょっと赤い若い男性が振り返って、サラミ夫に、
「手伝おうか?エスカレーター止まってるよ。」と言ってくれました。

その人の顔はいわばバットマンのジョーカーみたいな感じで、多分大道芸人で仕事を終えて、
適当にメイクを落とした中途半端な状態だったのだと思います。

ありがたくお願いして1個サラミ夫がスーツケースを渡したら、その彼は持って歩き出してすぐ
振り向いて、わざと大げさな表情で「重~い!」と言うので大爆笑してしまいました。

確かに、20キロ以上あったと思うので重かったはず。
でもそのまま下まで持って降りてくれました。本当にアメリカの人は親切です。

それから近くの有人窓口でサラミ夫がチケットを購入。片道料金で一人13ドル
空港まで全部タクシーで行くより安く済みました。時間は1:00前です。急がねば。

急いでホームの番号を探し、また上に上がる時に、前にいた人に空港に行くか必死で聞いたら、
その人も急いでいたのに足を止めて電光掲示板をチェックして、「行くよー。」と教えてくれました。

この人もまた親切だこと。なんでみんなこんなに親切なんでしょう。

こうして、1:00の列車に何とか乗れました。空港までは22分です。

乗ってみると、席は空いていましたが乗客はむちゃくちゃ多かったです。
しかも車両も死ぬほど明るいし、これなら夜でも治安は大丈夫だな。


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これは、前に載せたのと同じ画像ですが、車内の様子です。夜中でも明るいです。

こうして、列車は1:22にニューアーク空港に到着しました。

以上、空港まで行っただけのお話なのですが、人の親切さがとても印象に残りました。




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2015年12月28日

NY最終日:オペラ)タンホイザー

2015年10月8日(木) オペラ タンホイザー

今回の旅行で最後のオペラはワーグナーの「タンホイザー」。

この日が一番ギリギリで歌劇場に到着しました。(笑)
というのも、この日は19時の開演で、それまでより30分早かったのでした。

ワーグナーのオペラはやたら長いので、大体どこでも開演が早いですね。
この日の予定は、開演が19時ちょうどで終演が23:20。うげー。

オペラそのものは3時間10分ですが、35分の休憩が2回も入るので、
全部で4時間20分。休憩を少し削ってもっと早く帰らせて欲しい・・・。

というのは小市民の意見で、実際は幕間にお食事される人々もいるので、
まあこんなもんなんでしょうね。とはいえ、メトは休憩が少し長い気がします。

ところで、我が家はサラミ夫がNHKなどのオペラを録画しまくっているわけですが、
タンホイザー」に限っては、2014年バイロイト音楽祭の録画しかありませんでした。



しかし、日本語字幕で見たいしこの録画を見たわけですが、とんだヘンテコな演出で、
何が何なのか全然ワケ分からん舞台でした。

というわけで、予習はテキトーに流し、ひたすらCDを聞くことに。


こちらはドミンゴが歌うタンホイザーです。指揮はシノーポリ。


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さて、この日の座席は最上階のファミリー・サークルのサイドのボックス席です。
27ドルという今回一番安い席でした。


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この通り、天井スレスレで舞台からも近いので、かなり上から見下ろす形です。


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しかし、高すぎてコワイ。高所恐怖症の人はダメですよ~。
とはいえ、楽しみにしていたジェームズ・レヴァインの指揮は良く見えました。

ちなみに、座席については、「メトロポリタン歌劇場の座席いろいろ」にも載せています。

タンホイザー」は、今回唯一長~い序曲が聞けるオペラだし、
サラミ夫婦どちらもワーグナーは得意でないので、美しい管弦楽を楽しんで聞きました。

安い席だし、たまに寝てもいいや、くらい気楽な気持ちで。(実際に時々寝てました。)

ちなみに、ここは空調の風が来て寒かったです。この日が一番寒かったかも。
あまりの寒さに思わず太腿をスリスリとさすってしまったので服の布の音がしたかも。
(前の席の人すいません。)


今回のキャストその他は・・・

指揮 : ジェームズ・レヴァイン
演出 : オットー・シェンク                             
タンホイザー : ヨハン・ボータ
ヴォルフラム : ペーター・マッテイ
エリーザベト : エヴァ=マリア・ヴェストブルック
ヴェーヌス : ミシェル・デ・ヤング
ヘルマン : ギュンター・グロイスベック


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指揮者のレヴァインは足が悪いのでずっと車椅子みたいで、見下ろすと開演前にはすでに
指揮者席にいたので、上から様子を見ていました。

レヴァインといえば相当な巨体のイメージだったのですが、上から見えた両太腿は、
体の割には細かったです。かなりの期間歩いていないのではないかと思われます。

舞台が始まると、普通は指揮者が歩いて出てきますが、彼の場合は最初からそこにいて、
補助の人が車椅子を回転させて観客の方に向け、そのまま挨拶。

よく病気から復活したなあ、とその姿を見てしみじみ。

しかしビックリ。座った中でここが一番音響が良く、オーケストラの音が上まで伸びてきました。

メトのオーケストラが別物かと思うくらい、レヴァインが指揮したこの時はものすごく音が美しかった!
そして合唱も凄い。オケも合唱も盛り上がる所では凄い迫力で、荘厳な響きに圧倒されました。

レヴァインがすごいのかワーグナーがすごいのか。
他の指揮者で聴いたことがないから分からないのですが。

ヒトラーが感銘を受けてワーグナーを利用しようと思ったのも少し分かる気が。
(まずは、きっとワーグナーが凄いのでしょう。人間的には嫌いだけど。)

長い序曲では、バレエダンサーが妖艶な踊りを披露していてとても美しかったです。

おそらくここのバレエ団だからニューヨーク・シティ・バレエ団の人達だと思うのですが、
それはそれは優雅で感動~。バレエのミニチュア版を見せてもらった感じでした。

舞台の見え方はこの日はどうでもいいと思っていたけど、
やはりこのバレエは正面からじっくり見たかったと思いました。

このオットー・シェンクの演出はとてもオーソドックスで豪華で、そしてとても素敵でした。
あんなバイロイト音楽祭のヘンテコな演出でなく、これを予習で見たかった。(爆)

歌手はみんな良かったです。途中あちこち寝ていたので偉そうなこと言えませんが。

主役のヨハン・ボータはさすがのワーグナー歌いで、声も通るし美声だし、さすが!の一言。

ただ、竪琴を弾きながら歌うシーンでのボータさんの弾く演技がヘッタクソで思わず笑いそうに。
演技がヘタという噂は本当だったんだな。でもそれを吹き飛ばす位に歌が素晴らしい。


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こちらはカーテンコールのボータさん。
ちょっと痩せたら美男だと思うのですが、きっとこれ位の体格でないとあの声が出ないのかも。

女性歌手2人もさすがのワーグナーソプラノとメゾ。見た目も結構美しくて優雅。
この凄まじい(←褒めてます)歌唱を聞きながらウトウト眠るとは何と贅沢なんでしょう。


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こちらは華があってエリーザベトにぴったりのエヴァ=マリア・ヴェストブルック


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そしてボータさんの横で微笑むミシェル・デ・ヤング。こちらも美しい方でした。

ヴォルフラム役のペーター・マッテイというバリトンの人もすごく良くて、
夕星の歌」は惚れ惚れ。ミュージカルでもいけそうな聴きやすい伸びやかな歌唱でした。

また、この日はヘルマン役で我らが「ルサルカのお父さん(ウィーンでこの役を聴いたので)」こと
ギュンター・グロイスベックが再び出ていて、今回は一部分長く歌うところがあり、
「お父さん上手いな~。」とサラミ夫と2人して満足。

しかし、やっぱり一番の感動は、演奏と合唱
有名な行進曲はもちろん、最後なんてもう感動で涙が出そうになりました。

ウトウト寝ていたところ、オーケストラの音の凄さでだんだん目が覚めていって、
最後の方は、昨日までの演奏は音のボリューム押さえてたんか?と思うくらいの迫力。

座席の関係もあったのでしょうか。
しかし、こんなに指揮者に感動したのは初めてでした。

上半身だけでよくもあんな凄い指揮ができるもんだわ。

この日は最後の曲の迫力が凄かったので、フライングで拍手する人は少な目。よしよし。


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カーテンコールも盛り上がりました。
予習もテキトーで今回は気楽に聴きに来たつもりが、予想外に感動しまくって大満足でした。

しかし、この日は最後のメトでのオペラ。


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最後の最後にシャガールの絵を眺めて、惜しみつつ歌劇場を後にしました。


*追記:ヨハン・ボータさんは、2016年9月8日、癌のため51歳の若さで逝去されました。
    ここに謹んでお悔やみ申し上げます。
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2015年12月26日

NY最終日:タイムズスクエア

2015年10月8日(木) タイムズスクエアを通り抜け

ステーキを食べ終えたらもうすっかり夕方です。
今夜もオペラを見に行くのでもう時間がありません。

ギャラガーズ・ステーキハウスの最寄りの地下鉄駅は50丁目駅でしたが、
私はどうしてもタイムズスクエアに行ってみたかったので、帰りはさらに南下して42丁目の
タイムズスクエア駅まで行って地下鉄に乗ることに。

お店を出てすぐ近くの所にお土産屋さんがあり、サラミ夫が、
「お土産をちょこっと見るから、その間ラジオシティ・ミュージックホールの写真でも撮ってきたら?」
と提案してくれました。

「じゃ、すぐ写真を撮って18時にまたお店に戻って来る~!」と言って歩いていったら、
意外と距離があり(2ブロック)、元々時間ギリギリだったので結局10分くらい遅れてしまいました。

しかも、方向音痴の私は1ブロック間違うという痛恨のミス!

サラミ夫が入っていったお土産屋さんはブロードウェイと西48丁目の近くでしたが、
私は7番街と西48丁目の近くのお土産屋さんに行ってしまいました。(アホ)

お土産屋さんの人に聞いても知らないと言われ、サラミ夫に電話しても繋がらず、
ヘタに動いたら会えなくなると思ってじっとしていたのでえらく時間をロス。

最後にサラミ夫から電話が来て、そこで初めて私が場所を間違えていることに気付き、
慌ててブロードウェイまで行くというアホな有様で・・・。

これで、ものすごく時間がギリギリになってしまいました。

でもどうしてもタイムズスクエアが諦めきれず、早歩きでブロードウェイを歩き、
写真を撮りながら根性でタイムズスクエア駅まで行きました。

せっかくニューヨークまで来たのに、テレビでよく見るあのネオンぎらぎらの街の様子を見ずに
帰ってしまうなんて、なんだか勿体ない~。

というわけで、早歩きでササッと撮った写真を、思い出にここに載せます。


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まずは、ラジオシティ・ミュージックホール。ピンボケですが。
サタデー・ナイト・ライブが好きだった私にとってニューヨークといえばここ!


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歩いているうちに日が暮れてきました。だんだんネオンが明るくなってきました。


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そしてタイムズスクエア歩行者天国。観光客だらけで人がいっぱい。
ここでゆっくりできなくて残念です。(ま、私の希望でゆっくりステーキ食べてたんですが。)


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そしてお馴染みの東芝の電光掲示板。正式には東芝ビジョンと言うらしい。
しかし、よく見ると下の方にはSONYの文字も。

この辺りの人混みは凄まじかったです。さすが世界のニューヨーク。
これからミュージカルを見に行くという人達もたくさんいたことでしょう。

ちゃんと立ち止まって撮れた写真はラジオシティ・ミュージックホールだけ。
立ち止まっても歩いていても、撮影の良し悪しに変化がないところがド素人です。(涙)

そして、大急ぎでタイムズスクエア駅から地下鉄1線に乗り、
メトロポリタン歌劇場のある66丁目-リンカーンセンター駅へ直行。

今日はオペラを見た後、宿泊はせず空港に直行するので普段着なのです。
着替えないのでまっすぐ歌劇場に行けました。(でなければ遅刻していました。トホホ)

こうしてニューヨーク最後の夜も、時間に余裕なくバタバタ過ごして終わりました。(^^;

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2015年12月23日

NY最終日:ギャラガーズ・ステーキハウスへ

2015年10月8日(木) ギャラガーズ・ステーキハウスへ

センチュリー21で夢中で爆買いしていた私達はランチがまだでした。

思えば、ニューヨークではお店でちゃんと食事をしたのが2回だけ。
後は、ハンバーガーやサンドイッチをテイクアウトしてはアパートで食べていました。

最後くらいは何かニューヨークらしい物を食べたいと思い、
荷物をアパートに置きに帰ると、急いでステーキハウスへ行くことに。

もう15時半位になっていたし、地下鉄1本で行けるので、ギャラガーズ・ステーキハウスへ。

このお店は1927年創業と歴史が古く、その禁酒法の時代にスピークイージーとして
オープンしたと公式サイトに書いてあります。

その後、禁酒法が無くなった後ステーキハウスになったとか。

一度、評判も落ちて閉店したようですが、今回はその雰囲気と場所の便利さで、
再オープンしたこちらを選んで行くことにしました。


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地下鉄72丁目駅の脇にあるヴェルディ・スクエア
英語発音だとヴェルディではなく「ヴァーディ・スクエア」になるのだとか。

ニューヨークまでオペラを見に来たくせに、このオペラ作曲家の像をまじまじと眺めることなく
毎日通り過ぎていたので、最終日の今日は立ち止まって写真撮影。


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ずっとお世話になった地下鉄72丁目駅。(1・2・3線)
最後まで、裏側(北側)の写真ばっかり。表はもっとカワイイです。

ここから地下鉄1線に乗り、50丁目駅で降り、そこからは徒歩ですぐでした。


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南を見ると、タイムズスクエアの電光掲示板が見えました。

駅を出たら、ブロードウェイを2ブロック北上します。


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日曜日に来たタイムズスクエア教会をまた通り過ぎました。
ここからギャラガーズ・ステーキハウスはすぐです。


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ありました~!場所は西52丁目通り(W. 52nd St.)でブロードウェイとの交差点から西にすぐ。
近くにはジャージー・ボーイズを上演する劇場がありました。

お店には16:15位に入りました。この時間までランチ抜きでしたが、朝食の時間も遅かったので、
根性でこの時間まで持ちこたえました。


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入口の脇にショーウインドウがあり、熟成させたブロック肉がズラリ。
メニューも貼り出してあるし、事前に値段も分かって良心的だと思います。


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入口からガラス張りの熟成肉の専用冷蔵庫の脇を通って店内へ。
時間も時間だったので店内はガラガラでした。


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案内された席はこちら。内装はいかにも歴史あるステーキハウスという感じ。

あまりにもガラガラだったので、お店の方に断りを入れてから
店内の写真を撮らせてもらいました。


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私達が案内された窓に近いエリア。野球選手の写真や絵やサインがたくさんありました。


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こちらには昔の俳優やら政治家やらの写真がズラリと。こちらも雰囲気があります。


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ショーン・ペンのサインもありますよ~。


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まず若いウエイターさんがドリンクの注文を聞きに来られて、
お酒の飲めないサラミ夫はコーラ(3.5ドル)、私はブルックリンIPA(8ドル)を注文。

ビールは、ブルックリンラガーブルックリンIPAがあり、IPAはペールエールだと
言っていたのでそっちにしてみたのですが、苦過ぎず、飲みやすくて美味しかったです。
(よく考えたら、IPAのPAってペール・エールの略ですな。)

ドリンクが運ばれてきた後、今度は年配のウエイターさんが注文を取りに来られ、
オススメのステーキを尋ねるとやはりポーターハウスが良いとのこと。

というわけで、ポーターハウス(一人49×2人=98ドル)とハッシュブラウン(10ドル)を注文。
食べきれないと思ったので、用心してサラダはやめました。


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こちらは付け合わせのパン。でもお腹が膨れるのであまり手を付けませんでした。


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ハッシュブラウンは恐ろしい量!これ、お皿が相当大きいのです。
外側がカリカリで味も濃いめ。ものすごーく美味しい悪魔の味。(笑)

しかし残念ながら半分くらいでリタイヤ。美味しいけどバターの風味のおかげで重くて、
途中からバターのダメなサラミ夫も投げ出しました。

胃の丈夫な人ならいけるんじゃないでしょうか。味はとても美味しいです。

さて、ポーターハウスはカートに乗せられてゴトゴトとやってきました。
先ほど注文を聞いてくれたウエイターさんと、サーブする別のウエイターさんの2人です。


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このように、ウエイターさんがそれぞれのお皿にお肉を取り分けてくれます。

お皿は、ガイドブックの他のお店の写真で見たような、お皿の下の片側にもうう一枚お皿を敷いて、
傾けて肉汁をお皿の片隅に溜めることはしていませんでした。フツーに1枚のお皿。

ステーキをサーブしてくれた人はイタリアかどこかの人みたいで、こっちが何も言ってないのに
「ピクチャー!ピクチャー!」と言い出して写真を撮るように勧めてくれました。

でも一眼レフを構えるのは仰々しくて恥ずかしかったので、スマホで撮影。

横にいた、注文を聞いてくれたウエイターさんはスマートな感じでそんなことは言わないのですが、
このイタリアおじさんに促され、OK!とこちらが頼んでもいないのに、サラミ夫と2人で記念写真

こちらは特にウエイターさんと記念写真を撮りたいと思っていたわけではないのですが、
まあ撮ってくれるというので。写真を撮りたがる観光客が多いんでしょうか。


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ウエイターさんが、サーロインとフィレの部分を切り分けて説明してくれました。


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イタリアおじさんが、まず最初にこれだけお皿に乗せてくれて、食べ比べてみろ、と。
手前のひと固まりがサーロインで、奥の2つがフィレ

フィレが、びっくりするほど柔らかかった~。溶けるかと思ったくらい。


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その後はどうぞご自由に、ということで、もちろん自分達で頂きました。

実は、ポーターハウスは熱々のお皿で出て来ませんでした。
熱々のお皿でどんどん焼けて行くと思ったのでミディアムレアにしたのですが、
逆に途中から冷めてきてしまいました。(切り分けてもらってることもあるので。)

というわけで、急いでお肉を食べました。
量は、サラミ夫がステーキを見て、「これ位やったら食べれるで。」と始めから勝利宣言。

確かネットで見たところではフィレの部分が多いのがポーターハウスだと理解していましたが、
ここのポーターハウスはサーロインの方が多かったような気がしました。

確かに美味しいのですが、ステーキソースがアメリカンな感じで(←そりゃ当たり前)、
サラミ夫はダメだったようですが、私は付けた方がサッパリしたので付けて食べていました。

フィレはものすごく柔らかくて絶賛ものでした。
サーロインも確かに美味しいのですが、逆流性食道炎の身にはが後半辛かったです。
(だったら食うなという話ですが。)

熟成肉を初めて食べて、独特の肉のにおいを感じて、なるほどーと思いながら食べました。
すごく納得したので、次からは迷わずフィレステーキを頼むと思います。

やっぱり私の胃にはもうサーロインは無理だということがよく分かりました。


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とか何とか言って、サラミ夫のおかげでアッサリと完食。

余談ですが、隣の席の年配客2人とウエイターの方がビックリする位ずーっと喋り続けていました。

会話でも客を楽しませるというのは、こういうお店では大事なサービスだというのは分かるのですが、
どこでもそうですが、アメリカ人はよ~喋るな~~。

思ったこともよく独り言で声に出したりしているし、アメリカ人って何だか凄い。
なぜあんなに喋るのか。(笑)

お会計は税金を入れて130.11ドル
チップのオススメは、ここでは15%、18%、20%で、18%から始まる他の店より良心的かも。

本場ニューヨークでポーターハウスを食べ、こういうもんか~、と納得してお店を後にしました。


posted by サラミ at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月22日

NY最終日:センチュリー21 リンカーンスクエア店へ

2015年10月8日(木) センチュリー21 リンカーンスクエア店へ

今日はついに最終日。早朝に用事はなかったので少しゆっくり目に起きて荷造り。

実は、フライトは明日なのですが、7時52分発という早朝便なので、
今夜オペラを見た後、直接タクシーで空港に向かい、空港で待機しようということに。

もっと早く寝られるならもう一泊するのですが、オペラの終演が夜中12時前なので、
数時間しかゆっくりできないし、それならもう行ってしまおう、と。

私は荷造りだけでなく、キッチンを片づけたりゴミを捨てたり、冷蔵庫を確認したり、
アパートなので色々と気を遣って時間がかかりました。元の状態に戻さないとね。

ただ、この日もゆっくりリビングを使わせてもらえたのは有り難かったです。


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時間節約のため、サラミ夫が近所に行って朝食を買ってきてくれました。

まず、前に行ったクッキーが有名なルヴァン・ベーカリーでまたクッキーを。

今回は、オートミール・レーズンダークチョコレート・ピーナツバターチップ
再びダークチョコレート・チョコレートチップ

巨大なので全部は食べきれず、チョコチップは上海に持って帰りました。
でも驚くほど日持ちするので、帰って来てからも美味しく食べられました。

もう1つはレンウィッチ(Lenwich)の朝食で、エッグサンドエッグ&ハムサンド
2つで6.6ドルほどで安いです。

それに昨日のオレンジジュースヨーグルト
今日じゃなくて前に買ったクッキーがまだ残ってたのでそれも無理やり消費。

この後、センチュリー21リンカーンスクエア店スーツケースがあるか見に行くことに。
アパートにはまた戻って来るので、鍵は持ったまま荷物をリビングに置いて出ました。

72丁目駅のすぐ横にノースフェイスがあったのでちょっと見てみましたが、
気に入った服がなくてすぐお店を出ました。

地下鉄1線で66丁目(リンカーンセンター)駅で下車。そこからセンチュリー21はすぐです。

こちらの店舗は、ダウンタウン店の目の回るほど巨大な店舗と比べると小さめですが、
それでも地下から1階から地上4階まであり、真剣に見て回ると十分広いです。

4階にバッグ売場があったので先に見に行くと、スーツケースもありました!
でも、サラミ夫が先日ダウンタウン店で見つけたのと同じやつはありませんでした。

サラミ夫はWTC近くにあるセンチュリー21のダウンタウン店に行きたいと言い出しましたが、
あっちは店舗が巨大で、行ってしまうとそれで一日終わってしまうので私が却下。(笑)

そこで、集合時間を決めて、この店をそれぞれ分かれて見ることに。

結果的に、リンカーンスクエア店はそこまで広過ぎないので、
短時間で見て回るにはこれぐらいで良かったのではないかと思います。

私は一応自分のカバンに入る範囲で物を選んだつもりでしたが、
サラミ夫は中国人みたいに買いまくり。どうやって持って帰るんでしょうか。(^^;


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前の画像の使い回しですが、私が買ったのは、ナインウエストのショートブーツ
ノーブランドで冬の部屋履き、カルバン・クラインのダウンコート2着、ケイト・スペードのサングラス
(その他の小物はアウトレットにて。)

ダウンコートは1着100ドル切るくらいで本当に安かったです。(ダウンの質もそこそこですが。)


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右のダウンコートは正にユニクロではないかというほど機能的に似ています。
こうやって袋に収納できるし、小さくなるので旅行の時にも活躍しました。

暖かさも、極寒でない日はこれで十分です。気に入ってよく着ています。
ただ、10℃を下回るとちょっと中が薄着ではムリな感じ。

寒い日用に左のダウンコートを買いましたが、着てみるとフードがカワイイ。

ただ、失敗したのは、タグの表示に「○○度」までと書かれていたので、それを参考に
適応温度がダブらないように買ったつもりなのですが、それが華氏だということを忘れていました。

後で気付いて摂氏に直してみると、両方とも大して差がなかったという。(笑)

ここでは、ゴディバのチョコレートも安く売っていました。
なぜアメリカでの価格がヨーロッパで売っている価格より安いんでしょうか。

フランスで売っている値段より安かったです。
というわけで、ここでもゴディバのチョコを買いました。


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しかし、ものすごい量になってしまいました。

レジでの清算が終わって、どう考えてもこれでは持って帰れないということで、
本来欲しかったヤツではないですが、スーツケースを1つ追加で購入。


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DELSEYというフランスのメーカーの物です。おそらく昔の型なんでしょうね。

このスーツケースに買い物袋を詰め込んで店を出ようとしたら、タグの取り忘れか何かで
1階のドアの所で警報器がなり、警備員のチェックを受けることに。

万引きしたわけではないけど、1つ万引きしてもバレない位たくさん買ったので、
スーツケースの中を見た警備員の黒人さんが「Gees!」って呟いてました。

疑いは晴れ、15時10分くらいにそのまま店の外に出て、流しのタクシーでアパートに戻りました。

今思い返しても、お店の人々は私達を爆買いの中国人だと思ったことでしょう。

センチュリー21はホント安かったですね~。
ハイエンド・ブランドではなく、そこそこの物を安く買いたい人にはオススメです。

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2015年12月20日

NY6日目:オペラ)イル・トロヴァトーレ

2015年10月7日(水) オペラ イル・トロヴァトーレ

今回もギリギリでメトロポリタン歌劇場へ到着。(毎度間に合っているのがすごい。)
19:20頃に入場したので、今までで一番遅かったかと。

この日の演目は、前回と同じくヴェルディの「イル・トロヴァトーレ」。
今回の旅行で一番楽しみにしていた演目でした。


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余談ですが、どうも緞帳がトロヴァトーレの上演日だけゴアの絵になるような気が。
他の日は緞帳に柄はなかったような。(記憶違いか?)

今日は堂々の平土間のF列。前から6番目の一番右側。右でも舞台はよく見えました。

この日は、スター歌手を間近で見たいというミーハー根性で平土間の前方にしたのでした。

ただ、「メトロポリタン歌劇場の座席いろいろ」にも書きましたが、右端のせいか、
音響はこの日が一番悪く、音が反響してオーケストラの音にズレが出ました。

しかし歌手はよく見えました。まあ、見える席を選んだのでその点は満足でした。

さて、今回のキャストその他は・・・

指揮 : マルコ・アルミリアート
演出 : デイヴィッド・マクヴィカー
レオノーラ : アンナ・ネトレプコ
マンリーコ : ヨンフン・リー
ルーナ伯爵 : Vitaliy Bilyy (ディミトリ・ホロストフスキーの代役)
アズチェーナ : ドローラ・ザジック
フェルランド : ステファン・コツァン

指揮のマルコ・アルミリアートは先日見た「アンナ・ボレーナ」に引き続いて2回目。
ヴェルディのオペラが十八番だとかで、指揮も違和感なく全体的に良かったです。

残念なことに、一番見たかったディミトリ・ホロストフスキー休演でした。

でも、オンラインでチケットを買った時(8月下旬)には出演者はホロストフスキーになっていて、
当日貰ったプログラムを後でチェックしたら、もう代役の人になっていました。

いつキャンセルを発表したんだろう?と疑問に思って旅行から戻ってチェックしたら、
どうやら9月初めに発表したようです。全然知らずに当日を迎えていたのでした。

というか、ホロストフスキーが脳腫瘍で2015年の夏は治療に専念していた事さえ
全く知らなかった私としては、もう舞台に別人が出てきた時点で頭が真っ白。(笑)

ホロストフスキーが出演すると思い込んでいた私は、ルーナ伯爵が舞台に出てきた時、
茶髪を見て、トレードマークの銀髪を染めたのかな?と思い、その顔を見て、
えらく舞台メイクで顔が変わる人なんやな~と思っていました。(←アホ)

しかし決定的に声が違うので、いや、別人では・・・とやっと気付くに至り、
サラミ夫とお互いに双眼鏡を覗いて「???」ってなりました。(笑)

予想だにしない展開に、アンタ歌うまいけど誰?という感じでしばらくパニックでした。
(急いで席に着いてすぐ開演になったので、プログラムを見ていませんでした。)

実は、この代役の人も良かったのです。サラミ夫はこの人のアリアで大拍手。
でもやっぱりホロストフスキーが見たかった。(涙)


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こちらは、その代役の方のカーテンコールの様子です。
Vitaliy Bilyyって名前はどう発音するのでしょうか。ウクライナの方だそうな。


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お顔をアップにしてみました。どう見てもホロストフスキーではない。(笑)

お馴染みアンナ・ネトレプコは、びっくりする位DVDCDなどで見たり聞いたりするのと同じでした。

あまりにも同じなので大きな感動はなかったのですが、堂々の安定感という感じで、
あんな脇役はもったいないと思いました。もっとたくさん歌う役の方がいいな。


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それにしても、生で見るとものすごく太ったな~と実感。昔はあんなに可愛かったのに。
子供を産むとやっぱり太るのかな。てか、ロシア女性はみんなこうなるのかな。

マンリーコ役の韓国人テノール、ヨンフン・リーはとても強靭な声で期待以上でした。
声でオーケストラの音をかき消す人なんて初めて。

アジア人でオペラの主役をこんな有名なオペラハウスで歌い続けているという事は、
きっとそれだけの実力があるからだと思っていましたが、聴いて納得しました。

背が高くて顔が小さいので舞台栄えするし、真摯な歌い方で役に合っていました。

表情や演技が固いと言う人もいるでしょうが、東洋人は顔にハンデを背負っているのでしゃーない。
この役やカルメンのホセとかをやればいいわけで。

聞く前は、歌が上手でもネトレプコの迫力に負けて印象が霞むんだろうなーと思っていたのですが、
全然そんなことありませんでした。もっとこの人有名になっても良いのでは。


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日本ではオペラ界のヨン様とか呼ばれているらしいヨンフン・リー
見た目は地味ですが、生で歌を聴くとそんな印象はぶっ飛びます。

このまま、声を潰すことなく長く歌い続けて欲しいです。

そういえば、今回も観客にガッカリ。

あのマンリーコの有名なアリア、第3幕最後の「見よ、恐ろしき炎!」の時、
最後の高音を伸ばすか?伸ばすか?とワクワクしながら待っていた時です。

リーさんは期待通り、最後の高音をむちゃくちゃ長く伸ばしてさすがの歌唱力だったのですが、
伸ばした途中からウォ~!歓声拍手がすごくて声がかき消されて最後聞こえませんでした。

メトではミュージカルのように鑑賞するのでしょうが、歌はちゃんと聞かせてもらいたい。
この雰囲気が好きだという人もいると思いますが、私はあまりにうるさいのは我慢できません。

(だったらメトに来るなという話ですが・・・。)

しかし、やはり圧巻はアズチェーナ役のドローラ・ザジックでした。

私は予習の時にパヴァロッティが歌う昔のメトの舞台のヤツを見ていました。
(いつものごとく、テレビ録画ですが。)


ヴェルディ:歌劇《トロヴァトーレ》全曲 [DVD]

このDVDは1988年の舞台のもので、この時すでにドローラ・ザジックは若手のホープとして
アズチェーナ役を歌っていました。

・・・あれからもう27年。えっ、まだ歌ってんの?

というわけで、キャスト表を見た時にサラミ夫がビックリしていました。

もっと声が出なくなってるのかな、と思っていたたのですが、全然まだまだいける!
さすがにこの役をずっと歌い続けてるだけあります。迫力がすごい!

さすがに、若い頃そのままの声というわけにはいきませんが、
年を重ねた分、凄みは増してるし母親らしさも増してるし、他者の追随を許さない域に。


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体形的にも貫禄を増した圧巻のドローラ・ザジック。カーテンコールも堂々としたものでした。

というわけで、合唱ももちろん良かったし、演出もオーソドックスで分かりやすく、
音響がイマイチだったことを考えても、全体的には出演者のレベルが高くて満足でした。

・・・ただ、ルーナ伯爵が別人だったこと以外は。

ホント、彼が見たかったのでかなり落胆が大きい。


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座席が平土間だとカーテンコールもよく見えます。

と言いたいところですが、私はチビなので、前の人が立ってしまって視界が遮られました。(涙)

しかし、今回初めて平土間に座って一番ビックリしたのは、この日は席が少し空いていたのですが、
休憩の後に、勝手に前に移動する人(!)がたくさんいたことです。

他のオペラハウスなら、係員が誘導して移動することはあるかも知れませんが、
メトでは誰も注意しないんですね。本当にびっくりしました。

平土間は、後ろの方は料金も安くなるし、同じ料金の席から移動した人もいたでしょうが、
安い席から高い席に移った人もかなりいたと思います。

この200ドルを超える座席は、さすがに移動はちょっと遠慮したら?と思ってしまいました。

そして、もっとビックリしたのは、カーテンコールの時に、一気にドドド~っと
人がいっぱい前に詰めかけてきたことです。

いや、横の通路に人がドドド~っと来て立っていたのはいいのです。
他の人に邪魔にならないように、と通路に立っていたのだから。

そんな中、信じられなかったのは、私の数列前(多分前から3列目とか)の空いていた
平土間の席(しかも中央寄り)に割り入ってバシバシと写真を撮り出した人がいたのです。

それがなんとボサーっとした服装の中年日本人オバハン2人組!

なんか、氷川きよしのコンサートと勘違いしてないか。節度を守れよ、オバハン。
日本人(しかも若くない人)だけがそんなことしていて恥ずかしかったです。

さて、この日は、帰りにちょこっとショップに立ち寄ってお土産を購入。
サラミ夫がなぜかTシャツとかを買っていました。劇場スタッフみたい。(笑)

そして、劇場の外から、改めてシャガールの壁画をまじまじと眺めました。


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絵は左右にあり、こちらはを基調とした「音楽の起源」。


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こちらはを基調とした「音楽の勝利」。

シャガールはやっぱりがいいかな。

この帰り、私はまたお腹が空いたので72丁目駅近くのお店でヨーグルトやオレンジジュースを
買い、さらに別のお店でカップヌードルも購入。深夜もお店が開いてて便利です。

アパートに戻り、私一人でひっそりとヨーグルトカップヌードルと昨日の残りのサラダを食べました。
この生活が続くと確実に太るな~。


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しかしこのカップヌードルは美味しくなかったわ。

posted by サラミ at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月19日

NY6日目:セントラルパークでリキシャに乗る

2015年10月7日(水) セントラルパークでリキシャに乗る 

メトロポリタン美術館を出たのは17時半くらいでした。

もっと早く出て、セントラルパークを散歩がてら横断してみようという計画だったのですが、
ちょっと時間が迫ってきました。これからの予定は19時半から再びオペラ鑑賞です。

どうしようか悩みましたが、私達はセントラルパークの東から西の77丁目に行きたかったので、
このまま真横に横断したら近いところに行けるだろうと考え、急いで歩いて行く決断をしました。

真横に進めば20分もあれば西の端に辿り着けると思ったのです。(地図を見て判断)

思えばこれが間違いで、最初のうちは良かったのですが、歩き出したら
道がむちゃくちゃ曲がっていて、違う道に入ってしまいました。


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最初はこのようにセントラルパークの中を気分良く歩いていきました。


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思っていたより起伏が激しく、あら橋もかかってるね~なんて写真を撮る余裕があったこの時。(笑)

ところが、いつの間にか脇の細道に入ってしまったらしく、西に向かって歩いていたつもりが、
地図で確認すると、ものすごく南下してしまっていました。げげ。このままではマズイ・・・。

オペラまで時間がなくなったので、目の前にいた黒人の方のリキシャをお願いすることにしました。

それにしても、ニューヨークにリキシャがいるとは知らんかった。
でも、見渡す限りタクシーなんて走ってないし、頼めそうなのはこのリキシャしかいなかった・・・。


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リキシャには1分3ドルと大きく表示が。

どう考えても高くつくとは思ったのですが、他に方法がないので覚悟して乗車。


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このようにライセンスもちゃんと貼りつけてあります。


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スッキリとしたデザインの現代のリキシャですな。

ところがトラブルが発生。

乗った瞬間にリキシャの運転手が捕まりました・・・。


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公園の管理の人Paks Enformentと書いた車で巡回)に捕まってしまって時間が経過。
運転手の黒人さんはあれやこれやと尋問を受けていて、全然解放される様子なし。

オペラの開演時間が迫っているので焦って凍り付く私達・・・。

と、制服を着た管理の男性が「君たちは大丈夫だから。」と笑顔で和ませてくれたけど、
私達の顔が固まっているのはビビッているのではなく時間がないからです。

この日は一番高いチケットでオペラを見るので遅刻なんて有り得ないのだ~!

結局ものすごい時間ロス。歩いた方が早かったかも。(涙)

私達も運転手さんも待たされている間に少し質問してみると、彼はアフリカマリ出身で、
出稼ぎでニューヨークに来ているので、どうも監視が厳しいらしい。

リキシャの駐車場所で違反したとかで罰金か何かを取られた様子。ちょっと前に出ていたとか。


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ミーハーな性分なもので、待たされている間に記念写真を撮りました。心は焦ってたけど。

本当に時間がなかったので他のリキシャに乗り換えたかったのですが、
なぜか周辺にはこのリキシャしかおらず、選択肢がなく・・・。(涙)


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すんごい待たされた後、やっと出発しました。時間制なのでストップウォッチを作動して出発。

しかし、1分3ドルのこのリキシャ、ギヤをわざと一番軽くしていて、どれだけ漕いでも進みません。

サラミ夫が「やっぱりやられた~!」と言いつつ、時間がないので「Hurry up!」と言ったら
運転手さんは立ち漕ぎを始めました。それでもまだまだ遅い。(^^;


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パーク内にはリキシャが点在していました。でもハッキリとした乗り場はよく分からず。
君たち、必要な時にもっと近くにいて欲しかったわ~。(もう遅いけど。)


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もいました。セントラルパークを巡回しているのか観光用なのか。

そして、リキシャはなぜかものすごく南下してセントラルパークの外に出ました。
この辺もうリンカーン・センター(オペラをやる所)の近くやん!とビックリ。


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外に出ると、セントラルパーク・ウエスト(という道)をまた北上して77丁目を目指して行きました。

しかし、普通の道路を走ってOKなんですね、このリキシャ。トロいから迷惑でしょうなぁ。


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72丁目ダコタ・ハウスの横を通り過ぎました。やっぱり思いっきり外壁工事中。


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セントラルパーク・ウエストと77丁目通りの交差点に来ました。
ここを左折してコロンバス・アベニューまで行ったのですが、この左折が怖かった!(トロいから)

思わず、南インドでサイクルリキシャに乗った時のことを思い出してしまいました。
しかし、ニューヨークなのに何でオートリキシャじゃなくてサイクルリキシャなのか。(論点がヘンか。)


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そして目的地のコロンバス・アベニューと77丁目通りの交差点に到着。
ここで降りたのは、またシェイク・シャックのハンバーガーをテイクアウトするためです。

結局すごく時間かかったので、ものすごい金額になってしまいました。

まあ、ちゃんと私達に見せてストップウォッチをつけて走っていたから、
時間はごまかしたりしていなかったと思いますが、何しろトロかったので・・・。

遠回りしたやろ~とサラミ夫が言うと、あれは一方通行だと言い訳していました。

サラミ夫が、「めっちゃ遅いし遠回りしてるし、30ドルでいいやろ。」、と終始日本語で言いつつ
30ドルを渡すと、多分ニュアンスで分かったのか、運転手の兄ちゃんは30ドルを貰って
うんうんと頷いていました。足りないとか文句を言ってくることもありませんでした。(笑)

こんな距離で30ドル!とサラミ夫は息巻いていましたが、まあ勉強代ということで。
本当は散歩でセントラルパークを巡りたかったのですが、これで達成できたことにしようっと。

それと、マリからの出稼ぎの人の様子が見られたのは興味深かったです。

でも、結局またギリギリの時間になってしまいました。

再びシェイク・シャックでテイクアウトを頼みましたが、レジを打った時刻は18:08
オペラは19:30開演。あのアパートの立地でなければ絶対に遅刻していたと思います。

余りに急いでいたので、この時はもう写真も撮っていませんが・・・

今回は、前回パテがシングルで物足りなかったので、シャック・バーガーダブルで注文。($7・99)
それと前回と同じスモーク・シャック($6.69)をシングルで。あとフレンチフライ($2.95)も。
これに税金を入れて合計19.19ドル

今回も出来上がるまでウェイティングエリアで座って待ちました。

受け取って急いでアパートに戻り、またドドドーっと食べました。
シャック・バーガーはやはりダブルの方が断トツで美味しかったです!

リキシャの洗礼を受けて急いで夕食を済ませた後は、いざメトロポリタン歌劇場へ!

posted by サラミ at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月18日

NY6日目:メトロポリタン美術館 19・20世紀初期絵画3

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 19・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻3

しつこく引っ張っていますが、19世紀・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻の続きです。


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マティスもたくさんあります。こちらは「Nono Lebasque」。
マティスの画家友達アンリ・ルバスクの8歳の娘のポートレイトです。

余談ですが、この画像は歪んでいると思うのですが、マティスの絵もなんか歪んでいるので、
どこがどう歪んでいるのか考えても全然分からない。(笑)


2.JPG

こちらもマティスで「ライラック」。1914年の作品で優しい雰囲気。


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同じ部屋にはアンドレ・ドランの「Fishing Boats, Collioureも。

ドランはマティスの友人で共にフォービズム(野獣派)の旗手であることから、
美術館ではよく同じ部屋で見かけますが、この頃のドランの絵の色の強烈さは凄まじい。

ちなみに、Collioureは「コリウール」と読み、ドランがマティスと1905年に訪れて
ひたすら絵を描いた地中海沿岸の町の名前だそうな。その他の画家も色々訪れているそうな。


4.JPG

まだまだマティスの絵がずらり。


5.JPG

こちらは「帽子をかぶったマルグリット」。マルグリットはマティスの娘です。
マルグリットが結婚するまで、マティスはよく彼女をモデルにして絵を描いたとか。


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そしてマティスお馴染みの「金魚鉢」。金魚がカワイイ~。鮭の切り身にも見える。(笑)

と冗談はさておき、右から入ってくる太陽の光とか、おしゃれな壁紙の柄とか、
とっても素敵な絵。これはニースにあったマティスのアパートの一室なのだとか。

やっぱり南仏の強い日差しは画家にとっては魅力的なんでしょうね。


7.JPG

The Three O'Clock Sitting」。先ほどと同じ壁紙の柄です。
これもニースのアパートで描かれたそうな。いわゆるニース時代というやつです。

何でも、マティスは1917年から冬の数か月を南仏で過ごすようになったとか。
窓の向こうにヤシの木地中海が見えるところに南仏を感じさせられますね。

・・・てか、ニースにはヤシの木があるのか。知らんかった。


8.JPG

Seated Odalisque」。タイトルそのまんま、座るオダリスクです。
思うに、マティスは柄物がお好きなようですね。ニースの壁紙しかり、中近東の布地しかり。


9.JPG

こちらは「Reclining Odalisque」。横たわるオダリスクです。

マティスは2度モロッコに旅行したことがあるそうで、これは後年(1926年)その時のことを
思い出しながら描いたのだそうですが、異国情緒エロチシズムが混在したオダリスクの存在に
えらく惹かれたようです。

ま、こんな色と柄の世界を見たら(しかも裸だし)脳裏から離れないでしょうね。


10.JPG

そして有名な「ナスタチウムと”ダンス”」。英語では「ダンスⅠ」になってます。

ナスタチウムというのは中央右寄りのこの植物のことだそうな。

マティスはよく絵の中に別の自分の作品などを描きいれますが、これは大胆にも背景が大きく「ダンスⅠ」。

だけどその平面である絵立体である3脚の後ろ脚が突っ込んでるのはなぜ?
とか考えると、どこが平面でどこが立体なのか分からん。すごいわー。


11.JPG

まだありました。マティスのサントロペのサン・ジョセフ教会」。こんな絵も描いてたのか。

いやー、マティスだらけでした。


12.JPG

ドガの部屋に来ました。こちらの彫刻は「小さな14歳の踊り子」。

晩年ドガは目が悪くなったせいもあり彫刻作品を多く残したとか。
これはオリジナルではなくて1922年に鋳造したものだそうですが、オリジナルは17億円だとか。

ドガといえばバレエの絵が有名ですが、なんでかなーと思っていたら、ドガ本人が
パリ・オペラ座の定期会員だったそうな。お父さんが銀行家でお金持ちだったらしい。


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こちらは「バーで練習する踊り子たち」。

構図がとても印象的です。とってもスカスカな感じが私は日本画チックだと思いました。
ドガも他の印象派と同様に日本画の影響を受けているので、そういうこともあるかも、と想像。

現地の解説によると、ドガは左側にじょうろを置き、その姿を右のバレリーナのポーズに
似せたとかで、構図的にバランスを取ったのでしょう。

ちなみにじょうろというのは、踊る前に埃が舞ったりしないように床に水を撒くのが普通だそうで、
当時はバレエ・スタジオにじょうろがあるのは当たり前だったのだとか。


14.JPG

こちらは「ダンス教室」。これもやっぱり構図が面白い。

24人のバレリーナとその母親が、アチチュードのポーズを審査されるのを待っている
様子だとか。一番前の女の子とか緊張感がすごい。

こういう普段のレッスン風景が描けるというのは、比較的色んな場所に出入り自由だった
オペラ座の定期会員ならではですね。


15.JPG

なんとこれもドガの絵です。思いっきり日本画の影響を受けているではないか。

上の黒いのが「The Ballet」、下の茶色っぽいのが「Ballet Girls」というタイトルでした。

この画像だと絵の内容が全然写っていないのですが、上の絵には中央あたりに金色の線で
バレリーナが描かれていました。解説によると、やっぱり日本の漆塗りの光沢のイメージだとか。

下の茶色っぽい絵は、下のラインぎりぎりの所にバレリーナが描かれています。
なんか、色合いも渋いし、このまま着物の柄にできそうな感じ。

ドガの絵も色んなのがあるなあ。


16.JPG

私の好きなロートレックズラリ。ただもう最後の最後なので疲れがピークに。(笑)
それでも頑張って見ました。ロートレックだし。


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Madame Thadée Natanson (Misia Godebska, 1872–1950) at the Theater」。
タイトルが長い。

この習作は、以前2枚に切られて左の女性の部分のみ額装されていたらしいのですが、(右は??)
今は修復されてこのように元通りです。でも、よく見ると左と右で色が違います。


18.JPG

こちらは「Émilie」。エミーユって誰?と思いましたが今もって不明だとか。

ロートレックは競馬場での絵もたくさん描きましたが、これは女性を手前に、
競走馬と騎手をえらく遠くに描いていますね。


19.JPG

見学も終わりかけた頃に、この絵に出くわしました。

この絵は「メトロポリタン美術館ガイド 日本語版」の表紙です。


こちらはその本の表紙の画像。

この絵は、ジャン=レオン・ジェロームという画家の「バシボズク」という作品。
ジェロームという人を全く知りませんでしたが、フランスの新古典主義の画家だそうな。

生存されていたのが1824年~1904年ということですが、この絵の雰囲気からいって、
現代の画家なのかと思い込んでいました。

ジェロームは大変な東洋趣味の画家で、特にエジプトには11回も行ったそうな。

この絵のタイトル「バシボズク(Bashi-Bazouk)」というのは、トルコ語でリーダー不在
意味するそうで、「オスマン軍の残虐な非正規兵が連想される」という説明でした。

ガイドブックには、「ジェロームがレバント地方から持ち帰った織物をモデルに着せている
とありますが、レバント地方ってどこ?と、ヘンな所で引っかかってしまいました。

とはいえ、こんな美しい服で戦うなんて有り得ないわけで。

とにかく、写真かと思うくらいの繊細な描写力ですごいのですが、ジェローム本人は
写真が大好きで(確かこの時代は絵を描く道具として写真を使っていたと記憶しています)、
絵を描く際にも必ず写真を撮って正確に描写していたとか。細かい。

これでも相当絞って画像を載せたのですが、他にもミレーなんかもあったし、
ロダンの彫刻はトイレに行く途中に歩きながら流し見したりしました。(見たと言えるのか?)

でも、やっぱり多い。展示数が圧倒的に多い。

これで、サラミ家の見たい所は見終わりました。頑張りました。


20.JPG

向こうに見えるのはアラブ・トルコ・イラン・中央アジア・後期南アジア美術のエリア。
奥の方にモスクの美しいミフラーブが見えましたが、涙を飲んで諦めました。

モスクはイランやトルコで見たから今回はいいのだ・・・と自分に言い聞かせて。

あまりに多くてやっぱり急いで見るのは無理でしたが、それでも急いで見て、終わったのは16時
閉館まであと1.5時間頑張る気力も体力も残されていませんでした。それに夜も予定があるし。


21.JPG

大階段を下りて1階へ。抜け殻になってしまったので、写真ももういい加減です。

朝は、今日こそニューヨーク・ステーキを、なんて言ってたけどやっぱり時間的に無理でした。(笑)

帰りに再びミュージアム・ショップへ。

一周しましたが、METショップって世界中にあるのと大体同じで、ちょっとデザインが変わっている
というか、モネの傘とかクリムトのスカーフとか、特殊なものが多くて私の好みに合わず。

本当は、博物館のマスコットであるカバのウイリアム君の置物が欲しかったのですが、
なんと65ドルもしたので諦め、ウイリアム君のマグネットだけにしました。

サラミ夫はお土産をいろいろ吟味していて時間がかかっていたので、
疲れた私は椅子に座ってしばらく死んだように休んでいました。(半分寝ていたかも。)

サラミ夫は、なぜかメトロポリタン・ミュージアムとロゴが入った折り畳み傘(25ドル)を
買ってきましたが、旅行後に家で傘を開いたら子供用か!みたいな相当小さな傘でした。

大人だったら絶対に両肩が濡れます。傘にはご注意下さい。

こうしてブログにだらだら書き続ける位、メトロポリタン美術館は壮大な所でした。

posted by サラミ at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月17日

NY6日目:メトロポリタン美術館 19・20世紀初期絵画2

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 19・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻2

19世紀・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻の続きです。


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次はセザンヌの絵がずらり。私は静物画はあまり興味がなくて、人物画の方が好きです。
左の「椅子に座った農夫」も良かったのですが、疲れていたので少し見る程度でした。


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じっと見たのは、「僧侶としてのドミニク叔父の肖像」。

これは、1866年に描かれたので、初期の作品です。
印象派の時代よりも前なので輪郭も力強いです。


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セザンヌお馴染みの「サント・ヴィクトワール山」。エクサン・プロヴァンスにある山です。
これはもう20世紀に入ってから。筆のタッチが大胆ですね。


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ひび割れの家」。エクサン・プロヴァンス郊外の風景ですね。


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まだまだセザンヌの絵がいっぱい!セザンヌ夫人の肖像画もありました。


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こちらは「カード遊びをする人々」。全部で5枚描かれたうちのおそらく最初の1枚だとか。

色合いが素敵で、カード遊びをする人達の服装がパリッとしていると思ったのですが、
この人達は全員が農民だそうな。フランスの農民というのはこんなにお洒落なんでしょうか。

セザンヌはその後、どんどん無駄を省いて最後の3枚はたった2人の農民で同じ絵を
描いていますが、おそらくそちらの方が有名なんじゃないでしょうか。(パリに絵があるし。)

とても日常的な淡々とした風俗画で気に入りました。


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これまた「ドミニク叔父の肖像」。1866年に何枚もこの叔父さんの絵を描いたとか。


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壺、カップと林檎のある静物」。セザンヌとしてばやはり静物画

これは1877年の絵ですが、1870年代はセザンヌは静物画を多く描いたとか。

この絵の中央の白い布は、ガイドブックの説明によると、セザンヌ地元のサント・ヴィクトワール山
逆さにして表したものだということです。ホンマか?

でも、セザンヌの静物画って何かビシッとしてない感じがします。
超絶技巧の本物ソックリ画じゃないからかな。この絵も何か歪んでる気がするし。
でもまあ、セザンヌが目指したのは写実主義じゃなくその先の何かなんですね。分からんけど。

セザンヌが特に大好きというわけでもなかったのに、結構色々見てしまいました。(^^;


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再びルノワール出現。「ジョルジュ・シャンパンティエ夫人と子供たち」。
当時の上流階級の幸せな日常が分かる作品ですね。やっぱりルノワールらしい。

夫人は当時流行のデザイナーの服を着ているのだそうで、ココ・シャネルが毛嫌いしそう。(笑)
ビックリしたのは、真ん中の子供は息子のポールだそうな。かこれー!?

ガイドブックには、

当時の流行に従い、3歳になる息子ポールはまだ髪を切られておらず・・・

とあります。パリも色んな流行があったのですね。


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こちらも言わずもがなルノワールの「海辺に座る女」。

これは、ルノワールの未来の奥様をモデルに描いたとか。
よく見ると、顔だけタッチが違って印象派のベタ塗り(素人ですいません)ではないような気が。

うーん、セザンヌの描く農夫とは別世界です。


11.JPG

ガラッと毛色の違う部屋に来ました。おそらく世紀末ウィーンの美術を集めた部屋。
こちらはウィーン工房ヨーゼフ・ホフマンとその生徒だったカール・クラウスの花瓶。


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クリムトの「メーダ・プリマヴェージの肖像」。

メーダの父はウィーン工房のパトロンだった銀行家で、お嬢様の気の強さが出ている気が。
ガイドブックには9歳の少女のはつらつさ・・・とありますが、いや、気の強さやな。(^^;

この絵は金箔が使われていないので初期の作品なのかと思ったら1912年の作でした。
晩年のクリムトは、初期の作風に回帰していったとか。


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同じくクリムトの「セレナ・ピュリッツァー・レーデラの肖像
私が持っているクリムトの画集では「純白の婦人」と紹介されていました。

先ほどの少女とは打って変わって優しい表情の女性が。
クリムトが女性を描くと本当にキレイですね。感動。


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ここからはまたピカソで、これは役者」。立ち姿の猫背がいい感じ~!

しかし、この頭の小ささ細すぎる手足って、現実にあり得るのでしょうか。

と思ったら、やっぱり説明のところに、「痩せ細った体と極端な手の動きが、エル・グレコに
インスパイアされた青の時代のマニエリスムを思い起こさせる。」とありました。やっぱりそうか。

余談ですが、この絵は2010年に一般客が転倒した際に15センチほど破れたそうですが、
私が見た時は修復されていて全く分かりませんでした。(当たり前か。)

やはり、絵を見る時は細心の注意を払わねば。


15.JPG

同じくピカソで「白い服の女」。

これは1923年の作でキュビズムの後の新古典主義の時代です。
結婚して子供も生まれて、この時期はピカソも落ち着いていたのかなーなんて想像しちゃいます。


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これもピカソ髪結い」。

顔に表情がないし省略されてるし、手鏡には何も映ってないし、無機質です。

英文の説明によると、この絵ではエロチシズムを抑えて描いており、
ダヴィンチの絵「聖アンナと聖母子」の対位法的変化だとか何とか。難しいっ!

聖性を表すためのこの無機質さなのでしょうか。

ちなみにこれは1906年の作品で、次の1907年にはあのキュビズムの衝撃作
アヴィニョンの娘たち」を制作しているので、その過渡期的な感じなのかも。

ただ、キュビズムへのあの変化はビックリしますね。(笑)

19世紀・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻はあともう少しだけ続きます。

posted by サラミ at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月16日

NY6日目:メトロポリタン美術館 19・20世紀初期絵画1

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 19・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻1

もうすでにお腹いっぱいな感じですが、最後の力を振り絞って、
19世紀・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻のエリアにやってきました。


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まず、マネの「死せるキリストと天使たち」が目に入りました。

真正面から死んだキリストに見つめられる構図なのでギョッとします。
おそらく、見慣れた宗教画よりも生々しいのでギョッとしたのだと思います。

この絵を見て、マンテーニャの「死せるキリスト」という絵を思い出したのですが、
あれは完全に横たわっているのでこちらを向いていません。

この絵は、キリストの胸の傷の位置が左右逆であることや、聖なるキリストをリアルに
(つまり人間ぽく)描いたことなどからバッシングを受けまくったとか。

ボードレールから胸の傷が逆だと中傷されながらも、マネは最後まで修正しなかったらしい。
絵がすごかったら傷の位置なんて気にしないけど・・・と思うのは私が日本人だからでしょうね。


2.JPG

ルノワールの「カツレ・メンデスの娘、ハグヘッテ、クラウディーヌ、ヘリョーネ」。
堂々とこんな感じで展示されていました。ガイドブックでよく紹介されている絵です。

しかし私はルノワールの絵がそれほど好きではない、というか苦手です。
そもそも、少女達の顔色が過ぎる。貧血やないかい!と突っ込みたくなります。

ついでに言うなら、現地で購入した「メトロポリタン美術館ガイド 日本語版」では、
この絵は紹介されていませんでした。

必見作品」というのは、一体どんな基準で紹介しているんでしょうかね。


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まだまだ続くルノワールの甘い作品群。
左の絵を見てもうビックリです。ルノワールは男を描いてもこうなるのか。


4.JPG

同じくルノワールの「Reclining Nude」。
アングルの「グランド・オダリスク」という絵へのオマージュだとか。

ただし、高級娼婦の女性は少女になっているし、場所も屋外で怪しい雰囲気はありません。
ルノワールって後期になると裸婦の絵も結構あるのですね。しかし赤毛も好きですな。


5.JPG

こちらはモネの「サンタドレスのテラス」。2つの旗と赤い色に目がいきました。
モネにしてはえらく輪郭がクッキリしてるなあ、と思いました。(感想が単純すぎる・・・。)

この絵はおそらくモネが所有していた北斎の版画から発想を得ただろうと
ガイドブックに書いてありました。

私はモネもあまり得意でなくて、他にも「睡蓮」とかいっぱいあったのですが、
ほとんどチラ見で終わった中、これだけは立ち止まって見ました。


6.JPG

次はゴーギャンの「Still Life with Teapot and Fruit」。

ゴーギャンがこんな静物画も描いているとは知りませんでした。
説明によると、ゴーギャンが所有していたセザンヌの静物画を模写したとか。

ただし、リンゴの代わりにマンゴーを置き、タヒチ風の柄物のクロスを描いたのが
何ともゴーギャンらしい。


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同じくゴーギャンの「シエスタ(昼寝)」。ものすごく構図が面白いです。

昼寝とはいえ、何てことのない女性の井戸端会議的な風景だと思うのですが、
ゴーギャンはこの光景にえらく心惹かれたようですね。

手前の女性のスカートの色を変えたり、描いていた犬をカゴに置き換えたり、と
あちこち変えて随分と時間をかけて完成させた作品だそうな。


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これまたゴーギャン2人の女性」。


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ひたすらゴーギャンが続きます。「3人のタヒチの女性」。(タヒチ女という言い方は嫌いです。)

よっぽどヨーロッパ的でない色合いや日差しなどが好きだったのでしょうか。
色もグラデーションとかなくてハッキリしているし、独特です。

それにしても、ゴーギャン白人でない女性が好きだったのでしょうか。

彼の伝記を読むと、タヒチで13~14歳の少女を何人か妊娠させていて(妻となっていますが)、
ちょっとその感覚にはドン引きしてしまいますが、当時の価値観はそんなものだったのかも。


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ここで突然のマティス。「Odalisque with Gray Trousers」。
1927年の作品なので結構最近です。

題名にある「オダリスク」とは、オスマン帝国(トルコ)のハーレムに仕える女奴隷だとか。
マティスは作り物でないヌードを描きたくてわざわざオダリスクを描いたのだそうな。


11.JPG

ゴッホの部屋に来ました。


12.JPG

筆遣いがいかにもゴッホ。

素人の考えですが、ゴッホって絵の具の減りも早かったでしょうね。
確か、弟の援助で高価な絵の具を使っていたと思いますが。


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こちらはゴッホの「子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人」。

先ほどロバート・リーマン・コレクションのところで見たゴッホの赤ちゃんの絵は、
この女性の子供です。あの絵の中では女性の顔は省略されていましたが、これは主役。

赤と緑の平面的な色のキレイなことと、後ろの壁紙(?)の花柄の斬新さが目を引きました。

同じタイトルの絵があと4枚あるとかで、ネットで見比べてみると、それぞれ同じ絵なのに、
後ろの壁紙の色や花が違っていて面白いです。

ゴッホは日本画が好きだったので、この絵も影響があるのでしょうね。

しかし、説明には、ゴッホはこの絵をアルルで例の耳を切り落とす事件の直前に描いたとあり、
この頃の彼はどういう精神状態だったのだろう、と思わずにはいられませんでした。


14.JPG

同じくゴッホの「オリーブ摘み」。3人の女性がせっせとオリーブを摘んでいます。


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ゴッホの「糸杉のある麦畑」。

またしても渦巻くような空がすごい。実際にプロヴァンスに旅行に行ったら、
とても深く青い空の色でしたが、ゴッホはあの空をこういう風に表現したかったのですね。

糸杉の木の緑色も、実際の絵はとてもキレイな緑色でした。


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ゴッホの「オリーブの木」。ゴッホって点描もやっていたのですね。なんか点が大きくてカワイイ。


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ゴッホが終わって今度はロートレックの「The Streetwalker」という作品。

私は勝手に、これは軍服か制服を着ている少年かと思い込んでいました。
帽子が大昔のドイツ軍のヘルメットみたいだったので。(笑)

しかし、説明を読むと女性だとあります。改めて顔を見るとなるほどと思いましたが、
この帽子がウィッグだと書いてあったのには驚きました。これ、どんな頭だったのでしょう?

と、大好きなロートレックの絵なのにヘンなところにばかり気を取られてしまいました。


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ここでピカソが1点。「At the Lapin Agile」。

これは、モンマルトルのキャバレー、ラパン・アジルの装飾用に描かれたそうで、
ロートレックのポスターの要素を取り入れているらしいです。

女性の雰囲気とか、ロートレックっぽい。
というか、キャバレーなので扮装が同じという話ですが。

この男性の服の色といい、とてもキレイな配色で雰囲気もお洒落。
さすがパリを描くとこうなるのかー。

ちなみに、現地の英語の説明によると、この男性はピカソ自身を道化(アルルカン)
として描き、その横の女性は当時の恋人(というか愛人?)のジェルメーヌだとか。

しかしこのジェルメーヌという女性は、この絵を描く数年前にピカソの大親友を自殺
追いやった女性で、それがきっかけでピカソの暗ーい青の時代が始まったというのに、
そんな女性とそういう関係になるかー???

・・・いや、ピカソならあり得るか。なにかこの女性には魅力があったのでしょう。
ピカソの中で何か踏ん切りがついたのでしょう。青の時代も終わってるし。

ついでに、ラパン・アジル(Lapin Agile)というのは、パリのモンマルトルにある
シャンソン酒場で、当時ピカソユトリロなど若い画家が集まっていた場所なのだとか。

今もサクレ・クール寺院の裏で営業している有名店だそうな。
さらに、フランス映画「アメリ」にも出てくるそうな。

英語の説明ではこのお店はキャバレーになっていましたが、
キャバレーの定義がよく理解できていないのでその辺はスルー。(笑)

19世紀・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻のエリアはまだまだ続きます。(^^;

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2015年12月14日

NY6日目:メトロポリタン美術館 ヨーロッパ絵画2

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 ヨーロッパ絵画2

ヨーロッパ絵画1250年~1800年のエリアの続きです。


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次に入った部屋はレンブラントフランス・ハルスの肖像画がいっぱい。
フランス・ハルスはよく知らなかったので、レンブラントの絵を中心に見ました。


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こちらはレンブラントの「自画像」。あら、こんなおっさんだったんですね。

しかし、なんで自画像なんて描くんでしょうか。私だったら照れるわー。
と思ったら、どうやら絵の研究のために自画像を描きまくっていたらしいですね。


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同じくレンブラントの「ホメロスの胸像を見つめるアリストテレス」。

この部屋が明るくてレンブラントの絵が暗いので、撮影すると絵が光ってしまい、
この通り白飛びしまくり。この絵もこの写真だと全然分かりません。

しかし、地味に見えてもアリストテレスの表情が何とも言えません。

手元のガイドブックには、「アリストテレスが世俗的な成功に対し、精神的なものの価値
熟考している場面だと考えられている」とあります。

金の鎖には教え子だったアレキサンダー大王のメダイヨンがぶら下がっているそうで、
思うに、そのメダイヨンが世俗的成功、ホメロスの胸像が精神的なものを表している
のかなーと思います。

光の明暗でその辺をアリストテレスの表情に出して表しているのは凄い。


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もう一つレンブラントの「Portrait of a Man」。本当は楕円形の絵ですがその抜粋。
写真かというほどのリアルさでその超絶技巧たるや気が遠くなりそうです。

しかし、リアルだけど個性的だと思うのです。いや、リアルだから個性的なのか。


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この男性の毛の細さが存分に伝わってくるこの筆遣い。産毛シワまできっちり。


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別の部屋に来たら200年ほど時代が遡りました。
ペトルス・クリストゥスの「カルトゥジオ会修道士の肖像」。

北方ルネサンスの画家だそうな。今回初めて知りました。
この髭の縮れ具合にびっくりして見入ってしまったのでした。

この絵、よく見ると絵の下に額縁か欄干のような物が描かれていて、
何とそこにハエがとまっているのです。だまし絵の技法だそうな。


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ここまで拡大すると絵だと分かります。遊び心いっぱいです。

後で知りましたが、澁澤龍彦がこの画家の絵に関心があるそうで思いっきり納得しました。


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さらに昔の絵になりました。ドゥッチョの「聖母子」。1300年頃の絵です。

額縁は当時のものだそうで、蝋燭の火で下の方は燃えちゃっているとか。

ドゥッチョというのはイタリア・シエナの画家で、シエナ派の祖と言われているそうな。
シエナの大聖堂を訪れた時、大聖堂付属美術館でドゥッチョの絵を見たので強烈に覚えています。

というか、この平面的なルネサンス直前の宗教画は、何枚も見ると結構キョーレツです。

しかし、ドゥッチョは単なる形式的な絵ではなく、もっと内面をリアルに描こうとしています。

現地の解説によると、聖母マリアの悲しみの表情は、我が子イエスの磔の未来が分かっているから
なのだとか。・・・不機嫌にしか見えなかったけど、当時にしては衝撃の内面描写です。

メトロポリタン美術館はシエナ派のコレクションが多いらしく、他にもいっぱいあったのですが、
昔シエナでさんざん見たので適度にスルー。


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こちらはラファエロの「玉座の聖母子と5聖人(コロンナの祭壇画)」。

この祭壇画はペルージャの女子修道院のために描かれたとかで、ラファエロ初期の作品だとか。
依頼者の意向で幼子イエスはを着せられています。それもかなりガッツリと。

ちなみに、額は古いもののオリジナルではないそうな。


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アップにすると、ラファエロの絵だなあというのがさらによく分かります。
ちなみに、画像右下の男の子は洗礼者聖ヨハネだそうな。

しかし、イエスの服も洗礼者聖ヨハネの服も今時の子供みたいに見えるのは私だけ?
女子修道院というのは神経質なんですねぇ。

さらに余談ですが、「コロンナの祭壇画」という別名は、1689年以降、ローマのコロンナ家が
この祭壇画を買い取ったので、その名で呼ばれているらしいです。(ホンマに余談ですが。)


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そしてもう一枚ラファエロ。「Agony in the Garden」というこちらは随分と小さな絵。

・・・と思ったら、これは先ほど見たラファエロの絵の基底部を飾るプレデュラの一部だとか。
プレデュラというのは美術用語で、英語では単にBASEになっています。

こういう小さい絵が何枚か横に帯状になって連なっていたようです。その1枚ですね。

Agony in the Garden」というのは新約聖書の一場面で、ユダの裏切りに遭い、
捕らえられて十字架にかけられる前にゲッセマネ(オリーブ山)でイエスが祈った時の話です。

この場面では、弟子達はイエスに何度言われても疲れて眠りこけてしまいます。
ここに描かれている弟子達は、最初何をしてるんだろうと思ったのですが、寝ていたのです。

おーい、みんなー!お師匠さんは明日十字架に磔になるんやでー!


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別の部屋に行くと再びエル・グレコ。この頃になると疲れてきて写真が適当。
左から「エル・グレコの自画像」、「枢機卿ニーニョ・デ・ゲバラの肖像」「羊飼いの礼拝」。


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さらにエル・グレコの「聖ヨハネの幻視」。別名は「解かれた第5の封印」など色々。
この絵は現代アートじゃないのか、みたいなぶっ飛んだ感じが衝撃的。

あまりにもこの絵に釘付けになってしまい、真横に展示していた「トレド眺望」という
これまたエル・グレコの有名な絵を見逃しました。(笑)

この絵はヨハネの黙示録七つの封印の話を題材にしているそうです。

第5の封印が解かれて殉教者が現れ、復讐を求める場面。(第6章)
この絵の左の人物は聖ヨハネで、その他は殉教者の魂です。あと上に天使も。

最後の審判が下る少し前の緊張感のある瞬間の絵ということで、
構図の大胆さとか空の強烈な色とか、すごく見入ってしまいました。

何でも、ニューヨーク近代美術館にあるピカソの「アヴィニョンの娘たち」は
この絵の影響を受けているとか。確かに殉教者とアヴィニョンの娘のポーズが似ているかも。


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数日前にニューヨーク近代美術館で見た「アヴィニョンの娘たち」。
裸で布を纏っているのは確かにエル・グレコの絵と同じです。


19.JPG

次はベラスケスの「フアン・デ・パレーハ」。彼の工房の助手を描いたものだとか。

全体的に暗めの色調で、パッとモデルの助手さんの顔に目がいきますね。

しかし、ガイドブックの説明を読んでビックリしたのは、この助手はムーア人で、
ベラスケスの奴隷だったということ。奴隷助手だったそうな。

えー、ベラスケスって奴隷使ってたのーーー?!
ま、しかし、当時のスペインは宮廷に道化とか特殊な身分の人もいたもんね。

この助手は後にベラスケスにより奴隷の身から解放されたそうな。
しかし、解放しなかったらどうなったんでしょうか。

とはいえ、この肖像画を見るとフアン・デ・パレーハという彼は誇り高い表情で、
とても奴隷とは思えません。

ベラスケスと彼の関係が単なる奴隷と主人以上であったと想像される絵でした。


20.JPG

同じくベラスケスの「マリア・テレサ(マリー・テレーズ)」。

マリア・テレサ王女はフェリペ4世の娘で後にフランスのルイ14世に嫁ぎました。
しかし私は有名なマルガリータ王女と勘違いしてこの絵を見ていました。(笑)

とはいえ、マリア・テレサとマルガリータは異母姉妹なので、似ていてもおかしくないのです。
ちなみに、お父さんのフェリペ4世の肖像画もありました。


21.JPG

こちらはアメリカらしくベンジャミン・フランクリンの肖像画。

ジョゼフ・デュプレシというあまり知らないフランス人画家の絵なのですが、
この画家の絵が100ドル札の図柄なのだそうです!といってもこれではないですが。


22.JPG

見ても見てもまだ終わりません。そろそろ死にそうです。


23.JPG

また15世紀の絵の部屋に来ました。順番がどうなっているのかよく分からん。
中央はフィリッポ・リッピの「開き窓の男女の肖像」。あ、よく見ると男女二人。

しかし、私はまたしても勘違い。フィリッピーノ・リッピの絵だと思っていたのです。
が、名前で想像つくように、フィリッピーノはフィリッポの息子でした。そうだったのか。


24.JPG

ベリーニもありました。「聖母子」。ジョットの「聖母子」とは随分と変わりましたね。
この画像ではあまり見えませんが、聖母マリアの後光なんかを描くだけです。

素晴らしい初期ルネサンスの作品ではありますが、サクッと見て終わり。
いいのだ、この辺は前にイタリアでじっくり見たし。


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最後の方になってカラヴァッジョ発見。「聖ペテロの否認」。写真ブレてしまいました。(涙)
この絵はカラヴァッジョが死ぬ数か月前に描かれたそうで、明暗の描写もさらに激しいです。

これは真ん中の女性が兵士に聖ペテロがイエスの使徒であることを告げ口する場面。

これも新約聖書に出てくるお話です。イエスに従うと固く誓った聖ペテロが
あんな人(イエス)のことなど知らない。と必死で3回否定するという。

聖ペテロを指している女性の指1本と兵士の指2本は、ペテロへの追及とペテロが否認した
3回という数字を暗示しているのだと解説にありました。

この後、聖ペテロは磔刑にされます。

死刑を宣告されていたカラヴァッジョならではの本物の緊張感。
聖書の話なのにリアルです。絵を描く度に命が縮まっていったような気がしますね。


26.JPG

もう1枚カラヴァッジョの「音楽家たち」。年代は遡って1595年だとか。
この頃の絵には、まだ死を感じさせるような鬼気迫る感じはありません。

現地の解説によると、少年は音楽の寓意なのだそうな。一番左はがあるので天使で、
右から2人目の振り返っている少年はカラヴァッジョの自画像だとか。

中央は誰かモデルでもいたのでしょうか。他の絵でもこれに似た顔をよく見ますね。
あと、カラヴァッジョの描く美少年の表情が毎度ながら艶めかしいです。

たまたまとはいえ、最後にカラヴァッジョを見たのが惜しまれます。
もう少し最初に見ていれば、もっと丁寧に見学していたのに。

すんごい量でしたが、とりあえず、ヨーロッパ絵画1250年~1800年のエリアは見終わりました。

次は、19世紀・20世紀初期ヨーロッパ絵画・彫刻のエリアへ向かいます。もうヘロヘロ。

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2015年12月13日

NY6日目:メトロポリタン美術館 ヨーロッパ絵画1

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 ヨーロッパ絵画1

すっかりお昼を過ぎました。が、この日は朝パンケーキを死ぬほど食べて
あまりお腹が空いていなかったのと時間がなかったのとで、お昼は抜きで2階へ。

次はヨーロッパ絵画1250年~1800年のエリアを巡りました。


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ルーベンスの「ルーベンスと妻エレーヌ・フールマンと息子」。
自分も含めた家族の肖像画です。

奥さん若いな~と思ったのですが、この女性は2番目の妻で、その年の差なんと37歳

手元のガイドブックによると、2人は1630年に結婚したそうですが、
エレーヌは1614年生まれなので結婚した時はなんと16歳!ルーベンス53歳・・・。

この絵は1630年代半ばの作だそうで、エレーヌは20歳を過ぎたところですね。
そりゃー、ルーベンスもデレデレするはずだわ。と、この絵を見て思いました。

ルーベンスは1640年に亡くなりますから、これは晩年の幸せな絵です。

それにしても、どこの美術館に行ってもルーベンスの絵があるなぁ。
工房で助手に絵を描かせてたから枚数も多くなるわな。

ここにも、ルーベンス工房の絵がありました。


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こちらはヴァン・ダイクの「Lucas van Uffel」。この画家もルーベンスの弟子ですね。

フランドルの画家はこんな絵が多い~。


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フェルメールの部屋に来ました。この美術館にはフェルメールの作品が5点あります。

こちらは「リュートを調弦する女」。保存状態も悪かったらしく、色褪せも見られるような。
左側から光が入ってくるのはいつものパターンですが、ちょっと地味な印象を受けました。


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同じくフェルメールの「少女」。いわゆる典型的な美少女でないところが面白い。

「フェルメールが目指したのは肖像画ではなく個性表情の表現だ」とガイドブックにありましたが、
今の時代と何ら変わらん目のつけ方やな~、と感心しました。

ルノワールの美少女の絵より、こっちの方がよっぽど興味を掻き立てられますな。


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こちらもフェルメールの「眠る女」。

「テーブルの上にグラスが2つあり、おめかししたメイドの女性が
客をもてなした後に居眠りしているところだ」と英文の説明にありました。

そうなんです。邦題は「眠る女」ですが、英語ではメイド(Maid)とありました。

後ろのドアが開いていて向こうの部屋まで見えるとか、空間の描き方が面白いですね。

さらには、X線検査で分かったことだそうですが、向こうの部屋には男性
描かれていたものを、フェルメールはそれらを消して、壁にかかるキューピッドの絵に
置き換えて、好色(amorous)なテーマを曖昧にした、とか何とか。

その場では、何が好色なのか分からなかったのですが、ウィキペディアのこの絵の説明には
犬は性的なものを表すと書いてあり、英語の説明はそういうことを示唆してたのか、と納得。

でも、この絵をパッと見た限りでは、全然そんなこと分かりません。
しかも、なんで犬が性的なシンボルになるのか理解に苦しむのでした。分からん。(^^;

しかし、メイドがなぜかおめかししている、となると、もてなした相手は男性だったのかな。


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フェルメールの4枚目は「信仰の寓意」。その名の通り寓意画です。

邦題では「信仰」となっていますが、英文では「Catholic faith」です。

まず、なんでこの女性はこんな不自然なポーズを取っているのかと思いました。
他のフェルメール作品では有りえない仰々しさ。

しかし、この絵は風俗画ではなく宗教画なので、写実的な絵を描くフェルメールも、
この時ばかりはバロック絵画の手法を取り入れて劇的表現を試みたのだろう、

・・・ってどこかの評論か何かで読みました。どこだったか忘れた・・・。

とにかく、寓意画なので、この女性も生身の女性ではなく信仰を表すのだそうです。

寓意についてはリンゴ程度しか分からないので、なぜ女性が地球儀
踏んづけているのか、とか、ガラスの球体は何なのか、とか謎だらけでした。

その辺についてはウィキペディアに載ってました。→ウィキペディア「信仰の寓意

現地の英文の説明には、

公式にはプロテスタントだったネーデルラントで、結婚のためにカトリックに改宗した
フェルメールは、タペストリーの後ろにカトリック信者が礼拝する「隠された教会
というものを表したのだろう、

とも書かれていました。

全然分からないながらも思ったのは、青い色が鮮やかで美しかったことと、
左手前のタペストリーの柄が重厚でやはりフェルメールらしいな、ということでした。

ま、でも、後で意味を知るとなるほどーと思うものの、一発目は女性の不自然さ
どうしても気になってしまう作品でした。(笑)

そして、フェルメールのラスト、5つ目の作品は・・・

7.jpg

衝撃の日本に貸し出し中。

フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展」てヤツですわ。

しかし、はるばるニューヨークまで来て「水差しを持つ若い」が見られないなんてショック。
フェルメールの中でもこの絵を一番楽しみにしていたのに。

よりによって日本に行っているというのがますますショック。(涙)

悲しみに打ちひしがれたので一旦ここまで。

ヨーロッパ絵画1250年~1800年のエリアはまだ続きます。

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2015年12月12日

NY6日目:メトロポリタン美術館 Robert Lehman Collection

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 ロバート・リーマン・コレクション

これまでさんざん見てきましたが、まだ1階3分の1ほどしか見ていません。

次はロバート・リーマン・コレクションを見に行こうと思いましたが、武器・甲冑のエリアとの間に、
巨大なヨーロッパ彫刻・装飾美術のエリアがあったので、そこを通り抜けて行くことにしました。


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ヨーロッパ彫刻・装飾美術のエリアはこんな感じで、家具や大きな彫像とかタペストリーとか、
果てはヨーロッパの宮殿みたいなバロック調の部屋をまるまる移設展示していたりと巨大です。

私達は本当にすっ飛ばさなければヨーロッパ絵画に辿り着けない
と危機感を覚えたので、通り抜けた所しか見ていません。写真もほとんど撮っていません。


2.JPG

すごいテーブルのそばを通ったので思わず撮りました。

ローマのファルネーゼ宮のテーブルだそうな。大理石の色とデザインがいかにもイタリア


3.JPG

これは、ガイドブックに一発目に大きく紹介されていたのでしっかり見ました。
妖精(Winged Child)」とあり、噴水の上にあったということで、ここでもえらく高い所に。

私は勝手にこの作者がドナテッロだと思っていたのですが、ガイドブックをよく見ると、

ドナテッロ(ドナート・ディ・ニッコロ・ディ・ベット・バルディ)の同僚

と書かれていました。の同僚って何ーーーっ!?

しかも、「の同僚」だけフォントが小さいんですよ!騙されたー!
とはいえ、ドナテッロによく似てますわ。


4.JPG

一瞬だけ中世美術のエリアを通りましたが、ここは完全にスルーしました。

ここからいよいよロバート・リーマン・コレクションです。

ところで、ロバート・リーマンて誰やねんと思ったら、
あのリーマン・ショックでお馴染みの、リーマン・ブラザーズの昔の社長だそうな。

その先代から集めに集めた美術品は多岐にわたり、絵画のみならず置物タペストリーまで。

あまりに趣味が広範囲すぎて、どこに集中して見たらいいのか困りました。
しかも、個人のコレクションのくせにエリアも広いです。

これらの美術品を寄贈した時には、まさか自分の会社が倒産するなんて
夢にも思わなかったに違いない。


5.JPG

まずは絵画から。マティスの「コリウールのオリーブの木」。



6.JPG

こちらもマティス。「Spanish Woman: Harmony in Blue」。
分かりやすくていいなあ。


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ゴーギャンの「タヒチの女性の入浴」。


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こちらはゴッホの「ルーラン夫人と赤ん坊」。
ゴッホが赤ちゃんを描くとこうなるのか~、と妙な感動を覚えました。優しさが出ている気がします。


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ユトリロの「40, Rue Ravignan」。ユトリロって材料にも使ってるんですね。知らんかった。


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別の部屋に来るとシックな壁紙の色にエル・グレコの絵がマッチしていました。
こちらは、「学者の姿をした聖ヒエロニムス」。


11.JPG

サラミ夫のビデオカメラによるズーム。頭頂部の髪が薄い!芸が細かいです。


12.JPG

さらにズーム。アップで見ると髭の1本1本まで繊細です。


13.JPG

こちらもエル・グレコで「十字架を担うキリスト」。
どうも、この時代の人にしては、古典的な絵画というより劇画チックなのだなぁ。

このような素晴らしい作品を見て何なのですが、少女漫画家の青池保子の絵を思い出しました。
面長のせいかなぁ。面長といえば阿部寛にも似てる気が。あの人も劇画チックやもんな~。

やっぱり、えらく頭が小さいとか顔が細長いとか、現実離れした感じ(マニエリスムのせい?)が
劇画チックな雰囲気になるんでしょうか。ついでに色の強烈さも。


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こちらはアングルの「ド・ブロイ侯爵夫人」です。大きな作品でした。

ドレスや椅子の生地の質感とかレースや肌の色とか、緻密で凄いのですが、
でも、ぶっ飛んだ感じエル・グレコを見てからこの絵を見ると、ひどく大人しく感じてしまいますね。


15.JPG

中世の美術品も多く、こちらは「アリストテレスとフィリスの広口水差し」だそうな。

哲学者アリストテレスが若く美しい侍女フィリスに魅了され、言われるがままこんな姿になり
嘲りを受ける・・・という、見た印象そのまんまのストーリーを題材にした物だそうな。

この水差しを使うって何だか悪趣味だと思ってしまうのですが、あまりにもMな感じに
目が釘付けになったのでここに載せます。


16.JPG

これが一番見たかったボッティチェリの「受胎告知」。まさかここまで小さい絵だとは。
ガラスケースに入っていて、照明が反射して光ってしまいます。これ板絵だし。

でも、ボッティチェリだと素人でも分かる絵です。


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サラミ夫のビデオカメラの画像です。こっちでもやっぱり少し光ってます。
ビデオカメラの方は色が褪せて映りますね。


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あまりにも反射して絵が写らないので、斜めから撮ってみました。(意味あるのか、これ。)


19.JPG

別室に移動し、こちらはセザンヌの「Trees and Houses Near the Jas de Bouffan」。

ジャ・ド・ブッファン(Jas de Bouffan)はエクサン・プロヴァンス近郊の場所。
セザンヌは本当に地元愛いっぱいでこんな風景画をよく描きましたね。


20.JPG

最後にルノワールの「ピアノに向かう二人の若い娘」。

色が暖かくてとてもキレイで癒し系。でもルノワールの少女の絵は私の好みではありません。
大昔の少女漫画の世界のような気がするのは私だけ?

でも、ルノワールはこういう美少女とかが好きなんだなー、と今回しみじみ思いました。

何かふくよかで透き通るほど青白い肌で、長い髪で家庭的でほんわかとした雰囲気。
ロリコンてことはないでしょうけど、女性の好みはハッキリ出てますわな。(笑)

ともあれ、多くの人から愛されている絵画なのは確かです。

1階にはまだ「ギリシャ・ローマ美術」と「アフリカ、オセアニア、南北アメリカ美術」もありましたが、
今回は飛ばしました。またいつか機会があれば、ということで、ヨーロッパ美術を目指します。

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2015年12月11日

NY6日目:メトロポリタン美術館 武器・甲冑

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 武器・甲冑

次は、アメリカン・ウィングの広場に隣接している「武器・甲冑」の部屋へ。
こちらは他と比べるとこじんまりしていました。(それでも多いけど。)

前にも言いましたが、私達の主な目的はヨーロッパ美術だったので、
すぐ横だからちょろっと覗いていこうか位の気持ちで見に行きました。

もちろん、ここに日本の鎧兜などが多数展示されていることも知らずに行きました。


1.JPG

中に入ると、いきなりのこの展示。結局、食いついて見てしまいました。(笑)

それにしても、人間だけでなく馬まで死ぬほど重そう~!

しかし、千住博さんが寄稿された「CREA Traveller 2015 Autumn 華麗なるニューヨーク
の記事によると、西洋の甲冑には実戦用だけでなくパレード用ってのもあるらしいのです。

従って、この甲冑もパレード用が含まれているみたいです。
説明を読んでないので詳細不明ですが。

実戦で、馬がこんな重装備で走れたのかどうか気になります。
逆に、パレードでこんな重装備が必要だったのかという疑問も浮かびます。

この中庭の周囲に部屋があり、またまたガイドブックに載っていた物を中心に見学しました。


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中世の騎士道の世界が広がります。


3.JPG

その中で目を引いたのはこちら。フランス王のアンリ2世の甲冑です。

アンリ2世って誰だっけ?と思ったら、あのカトリーヌ・ド・メディシスの旦那さんでした。

カトリーヌはメディチ家出身で、彼女のお嫁入りに際して、フィレンツェの
サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局が香水を調合したのが「オーデコロン」の元祖ですね。

店名と同じ「サンタ・マリア・ノヴェッラ」という名前で今でもその香水が売られていることで、
フィレンツェに行ったことのある女性なら結構みんな彼女のことは知っているのでは。

しかも、今はサンタ・マリア・ノヴェッラは日本にも店舗があるし。

というわけで、アンリ2世はその女性の旦那さんです。時代は16世紀


4.JPG

頭の先からものすごい装飾です。


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これもパレード用の甲冑だそうです。だからここまで絢爛豪華なのですね。


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これは型押しらしいのですが、図案はパリで活躍していた著名な画家だそうで、
さすがに国王の甲冑ともなると、それ自体が美術品ですね。


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もちろん、このようなシンプルな甲冑も展示されていました。
それにしても、股間は守らなくていいのでしょうか。


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こちらはイタリアの1400~1450年頃と想定される甲冑。

説明によると、これは元々1体の完全な甲冑ではなく、別々のパーツを集めて組み立てて
このように完成させたのだそうな。頭部に至っては別の土地から出土した物だとか。

1400年代となると、完全な状態の甲冑は見つからないらしく、
どうにかして1体の甲冑として展示できないかと意図してやったらしい。

多少のウソが混じっているとしても、こう展示されると雰囲気も分かって見応えもあります。
さすがメトロポリタン美術館は展示方法も工夫してます。

そして、モデルばりのポーズも素敵。何より笑顔ではないか。


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鼻の高いヘルメットのデザインが個性的。やっぱり笑ってるやん。(笑)
強烈にデフォルメしたお稲荷様(キツネ)にも見えなくもない。耳があったら完璧かと。


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夥しい数のもあります。


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そしても。ここまで必要なのかという位ものすごい装飾。


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こちらはガラスの映り込みがひどい写真になってしまいましたが、コルト銃です。
「Colt Third Model Dragoon Percussion Revolver」というもので1853年作だとか。

Dragoonって何かと思ったら「竜騎兵」だそうです。火器を持った騎兵と理解しようっと。

ちなみに、今まで考えたこともなかったのですが、コルトというのは人の名前だということを、
ここにあった説明を読んで初めて知りました。そういや、カラシニコフも人の名前でしたな。

これは標準のモデルに豪華な金の象嵌細工を施したデラックスモデルだそうで、
現存するコルト銃の最高傑作に数えられる、とガイドブックにありました。

この銃は一対になっていて、もう一方はロシア皇帝ニコライ1世に献上され、
今はエルミタージュ美術館にあるそうな。そんなすごい銃なのか、これ。

この他にも、ルイ13世の銃とか神聖ローマ皇帝カール5世の銃とか、
歴史の教科書か!みたいな人の物がありますが、スケールがデカ過ぎてワケ分からん。


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こんなユーモア溢れるも。1460年~1480年のイタリアのものだそうな。

ヘラクレスがネメアの獅子を退治してその生皮をマントと被り物にしたという神話を
モチーフにしているそうで、ヘルメットを二重にしているから3.6キロもあるそうです。

ルネッサンス時代の金工職人の傑作だそうですが、しかしノホホンとして見えますな。
タイガーマスクはこれを着けて戦えるでしょうか。

一方、東洋の甲冑も見逃せません。

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こちらは、何か日本と違うと思ったら、場所が「Dali Kingdom, Present-day Yunnan Province
という事ですから、今の中国雲南省の大理ですね。昔大理国という国がありました。

時期は12~13世紀ということですが、この初期の形の甲冑は現存しているのが2体のみで、
これはその1つなのだとかで、むちゃくちゃ貴重だそうです。


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もちろん日本の甲冑や武器もズラリ。ものすごい膨大なコレクションでビックリ。

アップでは撮っていませんが、写真中央の錆びた金属の塊みたいなのは、
なんと古墳時代の甲冑なんだそうな。そんな時代の甲冑なんて想像もしたことありませんでした。


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甲冑だけでなく、こんなものまで。背中はもちろん銃にまで家紋が入ってますな。


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しかし、よくこれだけ揃えたなと思うと同時に、よくこれだけ上手く展示できるな~。
といっても、左と右の甲冑は時代も違うし、本当は関連性はないのですが。

ちなみに、日本の甲冑などに添えられた英文の説明非常にシンプルで妙に感心しました。

例えば、左の甲冑は「Armor (Tatami Gusoku)」とあり、タタミグソクって何?と思ったら
英文説明では「フォールディング(=タタミ)タイプのヨロイ」とあってすぐ理解できました。

ちなみに、「グソク」というのは具足と書くそうな。

折り畳んで箱に入れて一人で持ち歩けるから通常はランクの低い侍が使用するが、
この場合は装飾が豪華なので、仙台の伊達家に仕える侍のものだろう、とのこと。ほぅ。

一方の右の甲冑は、ランクの高いオフィサーのものだそうで、この英文を読んだ人が
想像するのは、現代の軍隊の指揮官とか将校あたりの人って感じでしょうかね。


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のコレクションも素晴らしい!またこれが美しくて状態も良いのです。
一番右の兜はうさぎのデザインでした。うさぎは多いらしいですね。


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こちらはなすびです。何でなすび?縁起がいいってことか。

西洋の兜が強そうなヘラクレスなのに対し、日本のそれはうさぎとかなすびとか。

千住博さんは、「武士の人柄や平和な村の雰囲気、残るアニミズムの気配」といったことを
述べられていますが、この辺が何とな~く表れるんでしょうね。

説明にはSaotome Iyetada」の名前があり、これを被っていた人の名前かと思ったのですが、
後で調べたら、おそらく「早乙女家忠」ではないかと。作った人の名前でしたね。

何でも、早乙女家は甲冑師の名家だとかで、他にも英文の説明では「Myochin(明珍)」
というのも見ました。こちらも甲冑師でした。一つ勉強になりました。


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甲冑大集合の巻。せっかくの写真なのにブレブレ。(涙)
全体的に照明が暗くて、ほぼ全部といっていい位ここでの写真はブレました。

フラッシュ撮影は禁止なので、スマホで撮影とかは暗くて難しいかも知れません。

ちなみに、日本の甲冑は西洋の物とは違い、実戦用しかないそうな。
実戦用でここまで美しい甲冑を着るんだなー、日本の将軍は。


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こちらはお面ばかり。戦争用というよりも祭儀用みたいに見えるほど何だか神秘的。
日本では、西洋のように頭からすっぽり被る鉄仮面のような物は存在しないのですね。

それにしても、夜間に見学に来たら、ここも含めて日本甲冑のコーナーは怖いだろうなぁ。


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こちらはのコーナー。 長い日本刀だけでなく、小刀とか脇差しとか、鍔(つば)までも。

そういや、昔バンクーバーの博物館で、ひたすら日本刀の鍔(つば)のコレクションを
見たことがあり、こんなコレクションがあるのか~と感心したことを思い出しました。

欧米人のマニアも多いと見た。


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素晴らしく状態が良くてピカピカです。


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その中でも、ひときわ輝く刀があり、彫り込まれているの模様も美しかったので、
思わず惚れ惚れして眺めてしまいました。

説明を見ると、2004年の作で現代刀匠の作品でした。通りで輝きが違うわけですわ。
どうでもいいけど、刀匠はswordsmithというらしい。やっぱりスミスなのか~。

刀匠のお名前は「Gassan Sadatoshi and Gassan Ichiro」とあり、
よく見ると、刃の根本の方に「月山貞利」と「月山一郎」というお名前が彫られていました。

日本刀はシンプルで美しいですね。桂離宮と同じ感じ。

うーん、甲冑とか日本刀を収集する人の気持ちが分かるな~。
ちょっとハマりかけました。(収集はしないけど。)

他にも、オスマン・トルコインドの物もありましたが、やっぱり日本の武器・甲冑に釘付け。

どこの美術館でもそうかも知れませんが、メトロポリタン美術館の武器・甲冑部門のスタッフは
物凄いオタクなのではないかという印象を持って、この場を後にしました。(笑)

posted by サラミ at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

NY6日目:メトロポリタン美術館 アメリカン・ウイング

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 アメリカン・ウィング

サラミ夫がトイレにゆっくり行くというので、待ち合わせ場所を決めて、
私1人でエジプト美術エリア近くのアメリカン・ウィングを見て回りました。

とはいえ、サラミ夫がトイレに行っている間なので、10~15分と短時間。
まあ、昔のアメリカ美術には興味がないので、この程度で良かったのですが。

ちなみに、ガイドブックによると、このアメリカン・ウィングには
主に1920年以前に制作されたアメリカ美術が展示されているそうな。

噂通り、メトロポリタン美術館にはスゴイ物も多いけどガラクタも多く、
アメリカン・ウィングはその極致のような気がしました。(笑)

意外と私にとってはツッコミ所が多くて面白かったので、チラ見しただけですがご紹介を。


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まず、椅子なら椅子ばかり、とか、肖像画なら肖像画ばかり、とか、とにかくばかり物凄い。
そして見学者はほとんどいません。


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こちらはガラス食器のコーナー。

1920年より前の物ということなので、ファイヤーキングはここにはないはずですが、
デザイン的にはシンプルですでにそんな感じ。しかし展示方法が巨大倉庫みたいですな。


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一方、ベースボール・カード・コレクションという昔の野球カードのコレクションもあり、
これはもっと別の場所に展示したら脚光を浴びるのになあ、と何だか勿体ない気がしました。


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大リーグ好きな方は必見です。私は見ても誰が誰だか分からんけど。


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また、植民地時代の17世紀頃からの立派な家具なども堂々と展示されていました。
この辺りの方が当時の様子も想像し易く見学もし易かったです。それでも見学者は少な目。

アメリカでも東洋趣味が流行ったらしく、東洋の漆塗りを真似た家具などもありました。
ただし、この分野は技術が稚拙でアジアのボロ勝ちかと。(←強調してみる。)


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こちらは、ガイドブックにも紹介されていた18世紀ボストンの家にあったハイチェストです。
東洋の漆塗りを模倣した仕上げが施されています。

英文の説明にはJapanningという言葉が出ていましたが、ジャパニングという技術で
使われるのは漆ではありません。なので、あくまでも東洋の漆塗りの模倣ですね。

何でも、ヨーロッパで生み出された技術なのだとか。


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しかし、漆の黒塗りを模した部分も滑らかさがないし、日本人の目から見ると微妙。


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何より、で描いている人物や植物の筆遣いが荒すぎて精緻さがありません。
しかし、シノワズリであることは分かります。

ま、ボストンの上流家庭とはいえ、当時はこんな程度だったのかも知れません。
ヨーロッパの宮殿にある「中国の間」位のレベルを求めるのは酷というもの。(あれも微妙ですが。)

ガイドブックには「植民地時代のニューイングランドの国際性と洗練性を表す典型的な作品
とありますが、日本人的には「洗練性」ってか?と思ったりするわけです。

本物を知らないからそういう事になるのかなー、と興味深く感じました。


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絵画コーナーでは、有名な「デラウェア川を渡るワシントン」という絵も見ました。
これは大きな絵で、一室の壁一面に掛けられているので嫌でも目に入ります。

これは独立戦争の時の絵だそうで、愛国心に訴えますね~。アメリカ人が好きそう。

ワシントンを題材にする絵は本当に多くて、肖像画も数点ありました。
さすがアメリカ。リビングに飾ってたんでしょうかね。


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巨大な展示棟からは明るい広場が見渡せました。
この広場も立派な展示室で、番号は700番。奥のステンドグラスのある所は多分701番。

サラミ夫はまだ待ち合わせ場所に戻ってきていなかったので、もう少し見学を続行。
吹き抜けの広場の上(中2階)にも展示品があったので、グルッと回ってみました。


11.JPG

アメリカ国旗の柄入りの食器!信じられないダサさ!(すいません。)
昔アメリカの家庭で使われていた当時は、これが当たり前だったのでしょうか。

日本人の感覚では、日の丸を食器の柄に入れようとは思わへんもんな~。
ヨーロッパとは決定的に違う田舎臭さアメリカっぽさにウケました。


12.JPG

見下ろすと、広場の彫刻などがよく見えます。この広さは日本の美術館では無理だな。

余談ですが、色んな所で紹介されているティファニー・スタジオのステンドグラス
このアメリカン・ウイングのどこにあるのかなーと思っていたのですが、実はこの広場にありました。

しかも、ガイドブックで紹介されるのは「秋景」という題のものだけですが、他にも数点あります。
そんなことも知らず、その他数点だけボーっと見学し、肝心の「秋景」は見落としました。(笑)

どうしても見たかったら事前に展示スペースの番号まで調べておくべきです。(面倒ですが。)

あと、私の好きなフランク・ロイド・ライトの部屋も見つかりませんでした。
というか、そんな部屋が存在することも知りませんでした。

ミュージアムショップで購入した「メトロポリタン美術館ガイド 日本語版」を見て
初めてその部屋のことを知ったのでした。残念ですが広すぎるので仕方ない・・・。


13.JPG

広場(=The Charles Engelhard Court)に来ました。彫刻群はザッと見て終わり。
後は、他の人々同様、ちょっとベンチに腰かけて休みました。

しかし、この画像をパソコン画面で見ていて気付きましたが、手前の噴水の中に立つ
明石屋さんまパーデンネンに見えてしまうのは関西人の悲しい性というもの。


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思わず画像を引き伸ばしてみました。ちゃんと右足上げてるし、どう見てもさんまやん。
「アホちゃいまんねん、パーでんねん!」

すいません、美術を冒涜してしまいました・・・。

サラミ夫と合流して次に急ぎます。

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2015年12月09日

NY6日目:メトロポリタン美術館 エジプト美術

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 エジプト美術

メトロポリタン美術館は巨大です。


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遠くからでも一発で分かる大きな建物。

館内案内図を見ても迷路のようです。ちなみに、館内案内図はこちら(英語)。

私達はまず、1階の正面玄関を入って右にあるエジプト美術から見学しました。

しかし、全部見ていたら多すぎるので、先ほど買ったばかりの
メトロポリタン美術館ガイド 日本語版」に掲載されているものと、

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のような音声ガイドのマークのある所を見て回りました。

しかしすごい。のっけからすごい。

いきなり古代エジプトの墳墓まるまる展示されていました。


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これがその内部です。ガラス張りで、そのガラスの上に説明が載っています。
101番の部屋で、ガイドブックによるとぺルネブの墓(Tomb of Perneb)だそうな。

ぺルネブというのは国王に仕える宮廷の役人の名前で、
この墳墓は古代エジプトのサッカラにあるジェセル王の階段ピラミッドの北側にあったのだそうな。

むむー。エジプト旅行を治安の悪化やその他の事情で2回キャンセルしたサラミ家にとって、
階段ピラミッドはぜひともこの目で見てみたかった遺跡。ここでそのご近所さんでも出会えて感動。

ちなみに、ぺルネブのお墓はマスタバと呼ばれる墳墓でピラミッドではありません。


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ちゃちゃっと見ていこうと思っていたのに、一発目から見入ってしまいました。

しかし多い。展示品も多いし見学者も多い。そして、実は音声ガイドのマークも多い。


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音声ガイドのマークに注目して見学すると、こんなヤツ(失礼!)まで見ることに。
Young Lion」とありました。紀元前3300~3000年だそうな。


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もうすでに諦めモード。膨大なコレクションです。


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こちらは「歩く男性像」。ガイドブックのエジプト美術の中で真っ先に紹介されていたのに人気なし。
何でも、上半身の逞しさから「重量級の運動選手」だと分かるのだとか。

こんな古代でも運動選手っていたんですね。古代ローマにもいたんだし、当然といえば当然か。


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ほのぼのとした2人の像も。
The Royal Acquaintances Memi and Sabu」とありました。

何となく、メミサブという名前を見て男性の方がサブだと思い込んでしまう日本人サラミ。
しかし、サブちゃんアカンやろ。左手をなんちゅー位置に置いてんのアンタは!


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こちらはメケトレの墓から出土した船の模型。お墓から出土ってことなので埋葬品でしょうな。
場所は「テーベ、アサシフ南部」とあります。

メケトレってのは、エジプト第12王朝の初代王アメンエムハト1世に仕える高官の名前だとか。
それにしても、とてもリアルな出来具合です。


10.jpg

他にも、こんな牛小屋の模型もあります。細部に渡って手を抜かないこの作り!
何だかシルバニア・ファミリーの域に達しているようにも見えて興味深いです。


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それにしても、エジプトが全然終わりません。この先にもまだまだある~!


12.JPG

アメンホテプ3世のスフィンクス」。小さいです。青い陶器の色が鮮やかでレプリカみたい!
ちなみに、アメンホテプ3世ルクソール神殿を建てたファラオだそうな。


13.JPG

こちらは口の部分しかなくて逆に目を引いた「女王頭像断片」。

ガイドブックにはアクエンアテンの治世とありますが、これが誰なのかはいまだ謎だそうな。
碧玉というとても固い石で出来ていて、職人さんが磨いてここまで光沢を出しているとか。

とても厚い唇はとてもリアル。唇しかないって逆に官能的なんだなーと妙に感心しました。


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カノプス壺」。なんと王家の谷の墓から発掘されたものだそうな。

壺の表面に名前があったようですが削り取られており、解読した結果、
アクエンアテン(=アメンホテプ4世)の妻キヤのものだと判明しているとか。

カノプス壺というのはミイラの内臓を入れる壺だそうで、内臓も防腐処理をしていたことを
今回初めて知りました。そりゃ、そのまま入れたら最終的には腐敗して消滅しそうだもんね。


15.JPG

猛々しいこちらのレリーフのタイトルは「異国人」。
「右の2人はヌビア人で左の2人はリビア人だと思われる」とガイドブックにはあります。

アメンホテプ4世の時代は、外国人がエジプトで兵として働いていたのだそうな。
現地の説明をちゃんと読んでいないので、どうやって人種を見分けてるのかが気になります。
髪の縮れ具合でしょうかね。


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まだまだあります。英語では「Chalic」とありますが、「」です。儀式用だそうな。

ファラオの誕生とかナイル川の氾濫などの図柄だそうですが、
紀元前の大昔にここまでの美しい浮彫りができるなんて信じられないですね。

しかも、このファイアンスという陶器の青い色が本当にキレイです。


17.JPG

しかし感動も束の間。棺桶だらけのエリアに差し掛かってあまりの数にクラッとしました。(笑)
棺桶だけでどんだけあるねん!どんだけニューヨークに持って来たんやー!


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ガイドブックに大きく紹介されていた「ヘネトタウィの棺」。色鮮やかです。
今ググってみると、「アメン・ラー神の歌い手ヘネトタウィの人型内棺」でヒットしました。

棺の脇にあった説明には、

ヘネトタウィはアメン・ラー神の儀式で歌い手を務めていたが21歳で亡くなった。

と書かれていました。

歌い手といっても英語の解説では「Chantress」とあり「Singer」ではないので、
歌というより詠唱とか呪文でしょうな。

棺にはエジプトの守護神が描かれていますが、足元だけ絵が上下逆さまです。
これは、ヘネトタゥイの頭部のマスクから見られるように、ということだそうな。なるほど。


19.JPG

見たら本当に小さかった「アムン神の小像」。しかし純金です。1キロ近くあるらしい。
アムン神=アメン神だったよな?とあいまいな知識しかありません。

これも儀式用だとかで、後ろに輪っかが付いているのだとか。
1キロだと吊り下げるにしても重いよなぁ。1キロ近い純金てお値段は一体・・・。(←俗物)

ちなみに、鎌状の剣を持つアムン神は「戦いの勝利を保証する守護神」なのだとか。


20.JPG

これもガイドブックに紹介されていました。「神聖なるステラ(Magical Stela)」。
ステラというのは石碑のようです。

これはネクタネボ2世の時代ということで紀元前4世紀のものなので、ここでは新しめでしょう。
ちなみにこのネクタネボ2世というのは最後のエジプト人ファラオなんだそうな。

真ん中はホルス神がワニやサソリなどを退治する様子です。

ホルスって頭が(正しくは隼)なんじゃなかったっけ?と思いましたが、
時代が経つにつれ人間の姿になったらしいです。

私の写真がブレているので分かりにくいですが、ものすごく精緻な彫刻です。
思わず拓本を取りたくなりますな。

最後の最後にいきなり明るくて広いエリアに出ました。
案内図にはサックラー・ウィングとありました。


21.JPG

一番の見所「デンドゥール神殿」。一体どうやって運んで来たんや~!と驚いてしまう規模です。

この神殿はアメリカヌビア遺跡の保護を支援したお礼としてエジプトから寄贈されたのだとか。

アスワン・ハイ・ダムの建設に伴ってヌビアの遺跡群を移築したのは有名な話ですね。
しかし神殿1個プレゼントって太っ腹やなー。

ここは明るいし広いだけあって混み合っていないので、一休みするのにも良いのでは。


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この神殿は紀元前15年頃のローマ時代のものだそうで、
建てたのは初代ローマ皇帝アウグストゥスです。

しかし、頭では分かっていても、エジプトのローマ属領時代がピンと来ません。
それ位古代エジプト文明の印象が強烈なんですな。

でもまあ、これがローマ神殿だと最初に言われればそうかとも思いますが。


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壁画を見ても、ローマの神殿とは思えません。ま、場所がエジプトですからね。


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神殿のそばに、「ハトシェプスト女王のスフィンクス」が置かれていました。大きい像です。
この女王も有名ですね。

ガイドブックによると、女王の死後、トトメス3世の指示で他の女王の彫像と共に破壊されて
採石場に捨てられていたものを、1920年代メトロポリタン美術館の発掘チーム
発見・復元したのだとか。

これを読むと「あーそうですか」で終わりそうですが、当時は各国が争って発掘を行っていた時代。
発掘品の50%をエジプト側に渡せば、なんと残りは持ち出して良かったんだそうな。

盗掘じゃないのかと思ってしまいますが、エジプト政府がそれでOKを出していたので、
ちゃんとした品と言えばそうなのです。エジプト政府はアホではないか。国の宝を。

しかし、エジプトの治安が悪化してしまった今となると、ここニューヨークにあるからこそ
キチンと保存され、状態良く展示されているという面もあり、ちょっと気持ちは複雑です。

いや、ちゃんと鑑賞できれば所有者が誰でもいいのですよ、見物人としては。

さて、エジプト美術コレクションをこれでも流し見してヘトヘトになりましたが、
肝心のウイリアム君はいませんでした。


26.jpg

ウイリアム君というのはこのカバです。美術館のマスコットキャラなのです。

こいつの実物が、エジプト美術エリアのどこかに展示されていたはずなのですが、
展示品が死ぬほど多かったので、探しながら見学しましたが見つけられませんでした。

しかし、係員に聞くほどでもなかったので、あっさりと諦めました。
こだわっていたら時間のロスになるし。

そして、ガイドブックや音声マークにこだわる事もないと思います。

さらに言うと、ヨーロッパ美術に絞って時間を割きたい人は、エジプト美術は
棺桶の部屋とデンドゥール神殿あたりを見てとっとと次に行くべきです。

素晴らしいコレクションと展示方法でしたが、ものすごく時間を食ってしまいました。反省。





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2015年12月08日

NY6日目:メトロポリタン美術館 見学した所

2015年10月7日(水) メトロポリタン美術館 見学した所

朝食を食べた後は、いそいそとメトロポリタン美術館に向かいました。

美術館はアッパー・イーストサイドにあり、私達はその時、セントラルパークを挟んで
反対側のアッパー・ウエストサイドのさらに北のモーニングサイド・ハイツにいました。

セントラルパークより少し上の場所にいたので、そのままバスタクシー
東西の道(Street)をギューンと東に行ってセントラルパークより東の5番街に出て、
そこから南下すれば、美術館はアッサリ到着できたはずです。

が、バスの路線がよく分からないし、元気な時はタクシーはもったいない。
というわけで、NY初心者らしく、地下鉄で遠回りして行くことにしました。

地下鉄1線でタイムズ・スクエア駅まで南下して7線に乗り換え、そこからは東に進んで
グランドセントラル駅まで行き、そこでまた4・5・6線緑のライン)に乗り換えて86丁目駅まで北上。

セントラルパークにも地下鉄通して欲しい。(^^;

遠回りでしたが、タイムズスクエアまでが結構すぐだったので、
時間は距離の割には思ったほどかかりませんでした。

サラミ夫は、午後3時位まで美術館を見た後、ディスカウントストアの
センチュリー21リンカーン・スクエア店に行きたがっていました。

が、私は時間が足りなくて無理だと思っていました。
実際、メトロポリタン美術館巨大過ぎて、省略しまくっても全然見られませんでした。

というわけで、ランチも抜きで、夕方までずーっと美術鑑賞にいそしんだ1日でした。
特大パンケーキを死ぬほど食べてから来て良かったです。(笑)

美術館に到着したのは10時半を回った頃でしたが、
チケット売り場は混み合っていなかった様子。(私は座って待っていました。)

その後、まず1階のミュージアムショップに直行し、



こんな表紙の分厚い本です。

他の人は、みんなスマホに美術館の無料ガイドアプリを入れて見学しているか、
オーディオガイドを借りて見ているので、こんな本を持っている人なんか皆無でした。(笑)

しかし、サラミ家は必ず記念にガイドブックを買うので、それなら先に買ってから見よう
ということになり、持って歩きました。アナログだけど説明が日本語だしね。

リュックなどは預けないといけないのでロッカーで預け、できるだけ軽装にしましたが、
本だけがずっしり。頑張るぞー。

さっそく、サラミ夫が貰ってきた日本語館内案内図を参考に、
見て回る場所と順序を決めました。

日本画家の千住博さんの「ニューヨーク美術案内 (光文社新書)」という本には
ここは展示数が多いので「何を見るか」を決めることが重要だとあります。

また、傑作も多いけど駄作も多いという評判もネットでチラホラ見かけたので、
行きたかったけど時間的にムリそうなエリアはバッサリ切り捨てました。

私達はやはりヨーロッパ美術を優先的に見たいと思いました。
それにコレクションの多いエジプト美術も。

そんなわけで、

アジア美術」、「古代中近東美術」、「アラブ・トルコ・イラン・中央アジア・後期南アジア美術」、
ギリシャ・ローマ美術」、「アフリカ・オセアニア・南北アメリカ美術」「写真」、「楽器」、「素描・版画
(ヨーロッパ)中世美術」「近代・現代美術

これだけ全部飛ばしました。

・・・飛ばしたエリアよりも見学したエリアを列挙した方が少なかったか。(笑)

ホント、もったいないですが、東京ドーム4個分くらいの面積があるらしいので、
1日で全部見ようなんて時間的にも体力的にも無理です。

人が多かったのでカフェにも立ち入っていません。ホンマ見学者が多いわー。

その後、旅行を終えてから「CREA Traveller 2015 Autumn 華麗なるニューヨーク
という雑誌を読んだのですが、ここでも千住博さんが寄稿されていました。

内容は「メトロポリタン美術館、5つのおすすめエリア」でした!

千住さんのおすすめはズバリ、

その一 日本美術
その二 武具 
その三 イスラム美術
その四 中国美術
その五 アメリカ美術

でした。

ガーン!「武具」以外見ていない・・・。
(実は、サラミ夫がゆっくりトイレに行っている間に私だけアメリカ美術をチラ見していたりする。)

千住さんのおすすめにはヨーロッパ美術が全然入っていませんが、
記事を読むとなるほどなーと思う内容でした。

でもまあ、行ったからにはミーハーにゴッホとかフェルメールとか有名絵画を見たいので、
初回はこれで良かったかなーと思っています。

また訪れる機会があれば、次こそは千住さんおすすめのコーナーを。

posted by サラミ at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月06日

NY6日目:パンケーキ@コミュニティ・フード&ジュース

2015年10月7日(水) 朝食パンケーキ@コミュニティ・フード&ジュース

ニューヨーク6日目の朝を迎えました。

旅行前、サラミ夫がガイドブックの大きなパンケーキの写真を見て、
どうしても有名店のニューヨーク・パンケーキが食べてみたいと言い出しました。

甘い物に興味のない私は「ただのホットケーキやで。」制止忠告しましたが、
やはり一度食べてみたいと言って聞きません。

ガイドブックには、クリントン・ストリート・ベーキング・カンパニー&レストランという
東京にもあるお店が紹介されていましたが、私達の宿はアッパー・ウエストサイド。遠い。

そこで、姉妹店だというコミュニティ・フード&ジュースの方が行きやすいので、そちらまで行くことに。
目指すは朝食のパンケーキ・スペシャルです。

平日の朝8時から9時まで、パンケーキミニジュースコーヒー12ドルという
お得セットのため、9時までに行けたら行こうとゆるーく計画していました。

連日夜が遅く、睡眠不足で疲れているため、朝辛くて起きられなかったら、
単品を普通に食べようということにしていました。パンケーキ単品だと13ドルです。

しかし、意外にも朝すんなり起きられたので、間に合うと判断して地下鉄1線で北上!


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最寄り駅の地下鉄1・2・3線の72丁目駅の脇にはヴェルディ・スクエアという公園があります。
これはオペラを数多く作曲したヴェルディにちなんだ公園で、ヴェルディの像もあります。

毎日その横を通っていたのですが、真正面からじっくり見ることがなく、
この日もヴェルディ像を後ろから激写!

さて、お店はモーニングサイド・ハイツにあり、最寄り駅はカテドラル・パークウェイ(110St.)駅。
ここは各駅停車の地下鉄1線しか停まりません。72丁目駅からは駅5つ北上するだけです。

カテドラル・パークウェイ駅では、地上に出て北に2ブロック歩くとすぐお店を発見。

ニューヨークの地下鉄は、各出口に通りの名前や建物名だけでなく、NW(北西)とかSW(南西)
とか方角が必ず書いてあるので、私のような方向音痴には有難いです。

私達が歩いて行く時に、観光客らしき韓国人か中国人の若い女の子とすれ違ったので、
結構アジアの観光客も来ると予想。


2.JPG

お店には8時45分~50分頃着きました。店は割りと空いていて、待つことなく着席。


3.JPG

店内でカメラを構えると人に向いてしまうので、店内の写真はこの1枚のみ。
他にも韓国人らしき4人組の観光客もいたけど、地元らしき人の方が多かったです。

お店は広くて座席数も多いので、人気店ながら平日の朝はゆったりできました。

しかし、着いたテーブルは足がガタガタで、隣のテーブルもガタガタ
だから空いていたのか?この辺のいい加減さがアメリカか。(笑)

メニューを一応全部見ましたが、はるばる来たからにはペロっといこうと思い、
果敢にもパンケーキ・スペシャル2つ注文。


4.JPG

先にオレンジジュースコーヒーが来ました。コーヒーはカフェオレ・ボウルかっちゅー位デカい。


5.JPG

が、テーブルがガタガタなので、いきなりコーヒーがこぼれまくり。
紙ナプキンもっと下さいと通りすがりの店員の兄ちゃんに頼んで終わりました。

ニューヨークで今までコーヒーを全然飲んでいなかったけど、
ここのコーヒーは美味しかったです。

私の頭の中には大昔の「アメリカン」の薄い味の記憶しかないのですが、
昔のとは違いちゃんとした味なんだな~。ニューヨークのコーヒーって激変したのですね。

ちなみに、私の記憶というのは30年位前のホームステイした時の古いものです。古すぎる・・・


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スモール・オレンジジュースということですが、コーヒーもあるしこれで十分です。
このジュースも濃くて美味しかったです。さすが店名にジュースと付けているだけあるな。


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そしてブルーベリー・パンケーキ。食感がフワフワで、確かに家で作れる感じではない!
「ただのホットケーキ」と思っていたけど、ホットケーキ・ミックスとは大違いでした。

そして、付いてくる温かいメープルバターをかけると、これまたコクがあって美味しい。
美味しくて体に悪そうカロリー高そうで、いかにもアメリカが得意とする悪の誘惑の味。(笑)

しかし、ガイドブックの写真はブルーベリーと共にブルーベリー・ソース
かかっていたと思うのですが、ここのは生のブルーベリーがゴロゴロ。中にもゴロゴロ。

甘すぎるのは苦手なので、この方がサッパリして良いと思います。
メープルバターがあるのでサッパリといっても濃いですが。(笑)

しかし巨大です。上の写真ではあまり大きさは分からないと思いますが・・・

8.JPG

大柄なサラミ夫の体と比較してみて下さい。まずお皿がデカい。よってパンケーキもデカい。
パンケーキは3枚重ねで、星乃珈琲のスフレパンケーキよりさらにボリュームが。

私はガッツリ食べようと覚悟して来たので、最後の一口ほどを残しただけで頑張りました。
が、逆流性食道炎というハンデを背負っているので、メープルバターは後から結構きました。

サラミ夫は、甘いのもあって途中で飽き、2人で1つで良かったとずっと愚痴っていました。(笑)
どうも期待が大きかったらしく、「男が食べるもんじゃない。」と連発。

だから「ただのホットケーキやで。」とさんざん忠告したのに。(笑)

しかし、あのサラベスでパンケーキとコーヒーを頼むと25ドルらしいので、ここのは安い。
(てか、サラベスが高い。)

世間が喜ぶ味を実際に食べてみて納得した朝食でした。

並んでまで食べたいとは思わない人は、クリントン・ストリート・ベーキング・カンパニー&レストラン
よりもこちらの店舗に来られることをおススメします。


9.JPG

お店を出て地下鉄駅に戻る途中、可愛らしいお店の前を通りました。
映画なんかに出てくるような、いかにもアメリカっぽいお店。


10.JPG

世界中のコカ・コーラの瓶がディスプレイされています。

クジも売ってるし、ドリンクとかあってキオスク的なお店なのは分かりますが、
朝食も出してる」って看板があったけど、どんな朝食なんでしょうか。パンとコーヒーか?

場所は112丁目辺りということで、もう少し行けばハーレムという位置ですが、
ここモーニングサイド・ハイツコロンビア大学もあり、高級住宅地なので雰囲気は良いです。

次は、この場所からメトロポリタン美術館に向かいます。

posted by サラミ at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月05日

NY5日目:オペラ)オテロ

2015年10月6日(火) オペラ オテロ

今回もギリギリで間に合いましたー!

メトロポリタン歌劇場にオペラを見に来るのもこれで3回目
こう連チャンで同じ場所に来ていると、だんだん慣れてくるというもの。

この日のオペラの演目はヴェルディ作曲の「オテロです。
ご存じシェイクスピア原作のオペラ化。

ヴェルディの晩年のオペラは、ワーグナーを意識したのか或いはつられたのか、
はっきりとしたアリアらしいアリアがなくなり、序曲もなくなり・・・

というわけで、しっかりと聞きこまないと全然メロディが頭に入ってこないので、
予習は日本語字幕のついた(テレビ録画の)DVDを繰り返しガッツリ見ました。

(まあ、メロディが入ってこないとは言ってもワーグナーほどではないですが。)

主に見たのはこちら。


英国ロイヤル・オペラ ヴェルディ:歌劇《オテロ》 [DVD] です。

オテロを十八番にしているドミンゴキリ・テ・カナワのコンビ。

指揮はサー・ゲオルグ・ショルティで、彼の80歳記念の特別公演だとか。
どう見ても80歳には見えないビシッとした紳士な指揮姿でした。

余談ですが、これは1992年の公演なのですが、カーテンコールの時に
ロイヤルボックスにおられるチャールズ皇太子ダイアナ元妃が映ります。

ああ、ダイアナ妃~!とオペラ以外のところで何だかしんみりしました。

このDVDの見どころは、悩めるオテロを演じるドミンゴや清廉なカナワはもちろん、
ヤーゴ役を歌ったセルゲイ・レイフェルクスの演技力ではないでしょうか。
ま~この人の演じるヤーゴの醜悪でいやらしいこと。

それはもう、闇の奥底から湧き出るようなおぞましさがあります。
これは映像のあるDVDでないと分からないことです。

演出もオーソドックスで分かりやすいです。
ただし、ヤーゴ役はこのイメージが強烈に残ってしまいました。

その他、



というものすごい形相のマリオ・デル・モナコのどえらく古いやつも見ました。
1959年2月に東京で行われた公演で、古ーい日本語字幕が付いているのです。

音質とか画質とか、ハッキリ言って見られたものではないですが、
ただただ、デル・モナコ輝かしい声に圧倒されました。(そりゃこの顔ですもの。)

黄金のトランペット」とは彼の異名だそうですが、その名前が本当にぴったり。
演技はアンタ歌舞伎役者か!とツッコミ入れたくなりますが、何をおいてもデル・モナコの声!

偶然にも持っていたCDもデル・モナコのものでした。



こちらはカラヤン指揮のウィーン・フィルのもの。

専業主婦サラミとしては、夕食の支度をしている時など、ひたすらこれを流していましたが、
やはり一番に耳に入るのはデル・モナコの声でした。女性にモテたやろうなぁ・・・。


さて、座席はバルコニーの一番前のA列で、120ドルという今回2番目に高い席でした。


13.jpg

前の画像の使い回しです。バルコニーはこんな上ですが、数日前に「トゥーランドット」を見た
ファミリーサークルよりも随分前に出ているため、舞台はだいぶ近くなります。
多分この辺」とあるところが今回座った座席で、かなり左寄りでした。


1.jpg

ここからは天井のスワロフスキーのシャンデリアがよく見えました。

座席については、「メトロポリタン歌劇場の座席いろいろ」にも載せています。

今回観たヴェルディのオテロ新演出だったそうで、今シーズンのメトの一押しだった様子。
無料で頂けるプログラムの表紙が、全部このオテロ役のアントネンコの顔でした。

今回のキャストその他は・・・

指揮 : ヤニック・ネゼ=セガン
演出 : バートレット・シャー                              
オテロ : アレクサンドルス・アントネンコ
イアーゴ : ジェリコ・ルチッチ
デズデモナ : ソニア・ヨンチェーヴァ
カッシオ : ディミトリー・ピタス
ロドヴィーコ : ギュンター・グロイスベック

ブログなどではオテロ役のアントネンコの評判が良かったし、
ヨンチェーヴァはオペラリア(←コンクール)の優勝者ということでちょっと期待していました。

ジェリコ・ルチッチは前にどこかで見たと思ったら、この人が題名役を歌う
リゴレット」をテレビの録画DVDで見たことがあったのでした。

ブレゲンツ音楽祭でも「トロヴァトーレ」のルーナ伯爵を歌っていたけど、
聴いた感じは真面目な歌い方なのでちょっと地味かなーと予想していました。

オテロの新演出はとてもシンプルで、オペラを邪魔するものでなかったので良かったと思います。
透明の舞台装置が効果的に形を変えて動いていくのがとてもセンスが良かったなーと。

後で知りましたが、演出のバートレット・シャーという人は、オペラ以外にも
渡辺謙主演のミュージカル「王様と私」とか色々ミュージカルの演出も手掛けているのですね。
その辺はやはりニューヨークだな~。

肝心の内容ですが、オテロ自体がハデハデなアリアだらけのオペラというわけでないので、
今日も所々眠くて意識が飛んでしまいました。(^^;

でも、第1幕の始まりは演奏の迫力でうぉ~!と嬉しくなりました。(←単純)

今回の座席も、ウィーン国立歌劇場に比べるとあまり音響の良さは感じられませんでした。
やっぱりホールが大き過ぎて音がボワーっと拡散するのかな。

ただし、舞台はよく見えました。ま、120ドルだし安くはないですわな。
そしてメトは拍手のタイミングがやっぱり早い。「トゥーランドット」を観た時よりマシでしたが。

歌手は、アントネンコオテロは最初硬かった!あんまりパッとしなかったです。
しかし、中盤から声がよく出るようになって、伸び伸びして最後は良くなりました。

サラミ夫曰く、世界に名だたるメト一押しの新演出の主役で、プログラムの表紙も飾る。
そりゃー、ありえないほどのプレッシャーがかかってるんじゃないかと。

そうかも知れません。しかもメトは大掛かりに映像も配信するし、
このシーズンのオープニングもこのオテロだったらしいし。

この人結構な巨体なので、演技で倒れたりする時はバタッと倒れるのではなく、
ダルマのようにゴロンといくのがご愛嬌。デカいので仕方ないけど、重そうでした。(笑)

あと、いい声の人だし、もっとハッキリしたアリアのあるオペラでこの人の歌を
聞いてみたいなーと思いました。

なんかオテロになるとヴェルディでもかなり音楽劇という感じだし。

デズデモナを歌ったヨンチェーヴァはキレイな人で華がありました。
声も役にピッタリだし可憐ながら迫力もあるし、メトは女性歌手がいい人いっぱい~。

そして、地味かもと予想していたイアーゴ役のジェリコ・ルチッチは、
声が通らないので所々演奏にかき消されました。

一番の聴きどころの「クレド」(というアリア)もやっぱり最後の最後、全く聞こえず。
やっぱりこの人には癖のある役どころは向いていないのかも。歌い方もおとなしいです。
顔つきはゴツいのにねぇ。

やはり予習DVDのロシア人歌手の強烈なのが基準になってしまい、
あんなすごいのを期待してもムリだとは思っていましたが、でもちょっと残念。

あと、ロドヴィーコという脇役のギュンター・グロイスベックは出番が少しだけでしたが、
ウィーンで観た「ルサルカ」の水の精(水のお父さん)の役で聴いたことがあります。

サラミ家では以来この歌手を「お父さん」と呼んでおり、ウィーンで観た以来だったので
懐かしい~!と思ったけど、出番少なかったのであんまり印象がありません。(笑)

しかし、全体的に私が良かったと思うのはメトの合唱です。
おそらく人数もかなり多いのでしょうが、まとまってるし迫力あるし感動しました。


2.jpg

さて、カーテンコールの様子です。中央がお父さんことギュンター・グロイスベック
右端はカッシオ役のディミトリー・ピタスで、左の人誰だっけ?


5.jpg

イヤーゴ役のジェリコ・ルチッチ。思うに、生真面目な人だと思うんですよね。
ビシッと真っ直ぐに立ち、後ろに下がっても前で手を組んで微動だにしませんでした。

笑顔も最後の最後だけ。セルビア出身だけに、ラテンな気質は持ち合わせていないと見た。
その生真面目さが歌い方にも表れているような気がします。


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華やかなソニア・ヨンチェーヴァ
やっぱりメトのライブ・ビューイングでアップの映像に耐えられるのはこういう歌手なんだな。


4.jpg

そしてアントネンコ。かなりの巨体で鉄人28号を思い出しました。
しかし、痩せたら声が出なくなるかも知れません。このまま頑張って欲しいです。

アントネンコのオテロは本人が上品なせいもあって、割と誠実な悩めるオテロという感じですが、
女性の私から見ると、ストーリー的には「オテロはアホちゃうか!」と責めずにはいられません。

オテロを純粋に慕って慎ましくおとなしくしていたデズデモナを疑い、嫉妬に狂って最後は殺害?
本当に、オテロ(に限らず他のオペラでも)のヒロインは可哀想でなりません。

とはいえ、ラストにオテロが死ぬシーンは、あの甘いメロディが蘇るせいで、
そんなアホオテロでもホロッと来てしまいます。これが音楽の成せる業。

まあ、ストーリー的には女性として共感できない部分はあるものの、
とても良い新演出の舞台でした。


15.jpg

そして全員でご挨拶。指揮者の方が、迫力のある指揮から想像できないほど小柄な人で意外でした。

それにしても、メトのカーテンコールはあっけない。すぐ終わります。
観客の数が多いからカーテンコールを繰り返してたらキリがないのかも知れないけど。

今日こそは~!と、私達もダラダラせず、終演後はとっととアパートに帰りました。

posted by サラミ at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月04日

NY5日目:レンウィッチのサンドイッチ

2015年10月6日(火) レンウィッチのサンドイッチ

今日も夜はオペラがありますが、地下鉄の最寄り駅で降りて、先に夕食を調達。

近所のサンドイッチ屋のレンウィッチ(Lenwich by Lenny's)
というお店へ行きました。(ガイドブックの地図にはLenny's 載っていました。)

レンウィッチはチェーン店で、私達が行ったのはアッパーウエスト店です。
場所は、コロンバス・アベニュー沿いの、74丁目通りと75丁目通りの間。


3.jpg

ここで「Lenwich Sand」というサンドイッチ(7.99ドル)フライドポテト(2.5ドル)と、
サラダ(基本4.99ドル)に自由に野菜を組み合わせられるオーダー料(3.07ドル)を足して
オリジナルのサラダを注文。

サラダにはトマトなどトッピングも何種類か有料で追加。
ドレッシングは1種類が基本料金に含まれており、ハウス・ドレッシングを選びました。

店員さんはタルそう~に仕事しているのですが意外と親切でした。

色々要求すると面倒で嫌がるかな~と思っていたのですが、あれこれトッピングを足しても
表情は変えず、とても美味しそうで巨大なサラダを作ってくれました。(笑)

ニューヨーカーはタルそうにして親切というのが特徴なのでしょうか。

作ってもらって受け取ってアパートに持って帰ったら、結局余裕のない時間になりました。(^^;

ちなみに、レンウィッチ・サンドにはパストラミビーフコンビーフスイス・チーズコールスロー
入っていて私はとても好きでしたが、サラミ夫はパストラミビーフもコンビーフも好きじゃなくて
ダメだったらしい・・・。(^^;

サラダはドレッシングが濃いかと思ったら意外とアッサリでした。
しかし、あまりにも急いでいたので肝心の写真を撮り忘れてしまいました・・・。

ワシワシと急いで食べ終わると、また急いでオペラの支度をするハメに。

余裕を持って優雅にオペラ鑑賞に出かけられる日はいつ来るのでしょうか。

posted by サラミ at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月03日

NY5日目:センチュリー21

2015年10月6日(火) センチュリー21

WTC跡地から帰る途中、気を取り直し、ディスカウントストアのセンチュリー21(Century21)を
覗きに行きました。

このお店はサラミ夫が最初にネットで発見したもので、私はてっきりケイン・コスギ
CMに出ている不動産屋だと思ったので、話を聞いても最初は「へ?」って感じでした。(笑)

まあしかし、かなりの有名店なようで、WTCから近いとなると少し気になります。
前日にウッドベリー・コモン・アウトレットに行ったばかりですが、懲りずにこちらにも。(笑)


1.jpg

店内は噂に聞く通りすごい人でした。午後の4時過ぎということもあったでしょう。
私達のように、自由の女神WTC跡地を見に行った人が立ち寄ることも多いと思います。

この時は、時間もあまりないので、店内がどんな感じなのかを見に行っただけで、
良さげだったら後日また来ようと思っていたのですが、お店が巨大で全部見るのは大変そう~!

ちゃちゃっと見ただけなので店内の写真は撮っていません。

ジャスコやイトーヨーカ堂みたいなスーパーっぽい陳列の仕方で商品も多く、
レジには長蛇の列が出来ていました。

ネットで地下お土産コーナーがあるという口コミを見ていたので地下に降りてみましたが、
お土産は大した規模で置いてあるわけでなく、ちょっと期待外れ。

そのすぐ横にはカバンコーナーがあり、スーツケースがいっぱい売っていました。

サラミ夫がトミー・ヒルフィガーのスーツケースを見つけて気に入りましたが金具が取れており、
在庫を聞くとやはりないとのこと。カルバン・クラインのスーツケースもあり、実用的な感じ。

あと、ダイアン・フォン・ファステンバーグのスーツケースも発見。
昔のトランク風のデザインで可愛かったのですが、質的にものすごくチャチかった・・・。

タグを見ると「DF STUDIO」とあったので、セカンドラインなんでしょうかね。

昔のトランク風で普通ならのバンドで補強されるところが、
このスーツケースは安いだけあって全部樹脂でした。

すぐ壊れそうだなーと思って買いませんでした。

ちなみに、センチュリー21はマンハッタンに2店舗あり、ここはダウンタウン店ですが、
リンカーンセンターの近くにももっと小規模なリンカーン・スクエア店があります。

聞くと、リンカーン・スクエア店でもカバンは売っているけど、スーツケースまであるかどうかは
分からないと言われ、とりあえずこの日は何も買わずにお店を後にしました。

・・・はずだったけど、すぐ近くに別の入り口で、別館みたいな感じで
フェラガモのセンチュリー21店が独立してありました。

後でチェックすると、ここは C21・EDITION という店舗で、ハイブランドなどが入って
サンプルセールなどをする場所のようですね。この時だけたまたまフェラガモだったみたいです。

またもサラミ夫がここに引き寄せられていきました。(笑)
そして夢中で買い物を開始。

レディーズは、ざっと見たところ靴はサイズが大き過ぎ、服も状態があまり良くないし、
予算的にもオーバーなので見るのをすぐ止めました。

この日も朝からちゃんと食べていないので、私は疲れて気分が悪くなり、
道を挟んで向かいにスタバがあったので、そこで休んでサラミ夫を待つことに。

ここでもエッグマフィンみたいなのとチャイを頼んでちょこっと食べました。

ここも人が多く、席がないので店の外の階段に座ってドリンクを飲んでいた人が大勢いて、
私も外に腰かけようとしていましたが、ちょうど良いタイミングで窓際の席が空きました。

中で休めて良かったー。


2.jpg

しばらくガラス窓からセンチュリー21の方を眺めてぼーっとしていると、
サラミ夫がフェラガモのシャツ1枚を買って戻ってきました。99ドルに下がっていたそうな。

この時すでに夕方の5時過ぎ。

本当は、この日はステーキハウスに行きたいと思っていたのですが、
全然時間がなくなったので取りやめました。

夜はオペラがあるし、ステーキがすんなりと短い時間で食べられるかどうか分からないし。

というわけで、おとなしく地下鉄で宿に向かいました。

posted by サラミ at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする

2015年12月01日

NY5日目:WTC跡地へ

2015年10月6日(火) ワールド・トレード・センター跡地へ

15時半も回ってやっと歩き出しました。

すぐ近くのように見えたワン・ワールド・トレード・センターですが、
土地勘もないし距離もあるので地下鉄を利用しました。

地下鉄1線のサウスフェリー駅を目指していたのに方向を間違い、
気が付いたら、4・5線ボウリング・グリーン(Bowling Green)駅の目の前に来ていました。


1.JPG

何とも可愛らしい駅でした。

慌てて地図を見て確認し、ここから地下鉄に乗ってフルトン通り(Fullton St.)駅まで行き、
そこからまた地図を頼りにテクテク歩いてワールド・トレード・センター跡地へ向かいました。

途中ディスカウントストアのCentury21の前を通りました。WTCからこんなに近いのか。

さて、WTCに来てみるとものすごい人で、特に9.11.メモリアル&ミュージアムは長蛇の列。

時間指定しないとチケットが買えなかったし、何時にここに来るか分からなかったので、
私達は事前にチケットを購入していませんでした。

ニューヨーク・シティパスも持っていないし、余りに待たされそうだったので今回はパス。

というわけで、外の記念碑だけ見学しました。


2.JPG

倒壊した跡地にある記念碑は高くそびえるものではなく、地中にが流れるものでした。
犠牲者の方々の名前がその四方に刻まれています。


3.JPG

見上げると、ワン・ワールド・トレード・センターが。
展望台も出来たということですが、ここでは何だかそんな気分にもなれませんでした。

ワン・ワールド・トレード・センターは高さが541mあるそうですが、
上海に住んでいる身としては、632mの上海タワーを始め、このようなガラス張りの
近未来ビルは、日常的に飽きるほど見ているので、あまり見た目的には驚きはなく。


4.JPG

それよりも記念碑です。滝の流れる涼しい音だけが響いています。

亡くなった方々の名前が刻まれていて、何とも言えませんでした。


5.JPG

日本人の名前を見つけると特に、余計に実感するというか。

こんな場所で、嬉しそうにはしゃいで記念写真を撮る観光客が大勢いました。(アジア人はゼロ)

よくこんな大勢の人が亡くなった場所で、そんな笑顔で記念写真を撮ろうという気になるなー、
と、その神経が不思議でたまりませんでした。静かに、ではなく大騒ぎしていたので。

見た感じ、アメリカ人ではない様子。どうも、中南米からの観光客ではないかという気が。
ラテンの国っぽいという意味では、ヨーロッパのどこかの人という可能性もありますが。

みんなビックリするほど無神経なんだな~、と驚きました。
遺族の方がこの騒ぎようを見たらどう思われるでしょうか。

やはり、ここは軽い観光気分で訪れる場所ではないと思います。

9.11を境に世界は一変しました。
15年経っても解決しない世界のことを思い、沈んだ気持ちで跡地を去りました。

posted by サラミ at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする
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