2015年11月28日

NY5日目:エリス島 移民博物館 その2

2015年10月6日(火) エリス島 移民博物館 その2

時間が押しているので、急いで移民局の展示に向かいました。2階と3階でした。

ここも膨大な資料と展示があり、全部真剣に見ていたら多分1日かかると思われ、
もったいないながらもサーっと流して見ました。(涙)


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2階に上がるとこの広いホールに出ます。「REGISTRY ROOM」だそうな。

映画「ゴッド・ファーザー パートⅡ」で見た移民登録のシーンはここでした!感動~!

移民はまずこのホールで並んで登録しなければなりませんでした。
一日5千人以上もの移民がやって来る日も多かったとか。


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ちょっと白飛びしちゃいましたが、当時の写真が展示されていました。
映画で見たのもこんな感じで、ごった返していました。


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こちらは当時の登録用紙です。どこから来たか、健康状態、身体的特徴、
アメリカに家族や知り合いはいるか、などなど、色々と書き込まれていました。

ホールから別の展示室へ移動すると、詳細に移民の様子が展示されていました。
部屋数も多いです。


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一番移民が多かった時期の方々と思われます。ギッシリ乗ってます。


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こちらは、移民の手続きの流れを説明したもの。

やっぱり一等船室二等船室の人は船の上で手続きをしたと書かれています。
今も昔もお金がモノを言うのは変わりません。

次に目に留まったのは識字テスト(Literacy Test)の展示。

何でも、反移民を掲げる勢力が、1880年代から識字テスト(Literacy Test)を行うよう
主張していたとか。もちろん、移民を受け入れないためです。

説明には、反移民勢力は、1917年にウィルソン大統領の拒否権を押し切って
移民法を成立させ、識字テストを導入することに成功した、と書かれています。


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展示されていたのは12か国語のテスト用紙で、これはヒンドゥスターニ語

全部で、ヒンドゥスターニ語、ロシア語、ペルシャ語、ギリシャ語、セルビア語、トルコ語、
ルーマニア語、ポーランド語、ヘブライ語、スウェーデン語、ドイツ語、イタリア語

・・・だったと思います。セルビア語がちょっと自信ない。

1917年の移民法により、16歳以上の全ての移民は40語から成る一節を
母国語で読むことを要求されたそうな。

ということは、字が読めない人は入国できなくなったのですね。

この時の移民法では、アジア移民禁止地帯(Asiatic Barred Zone)なるものも盛り込まれ、
アジアからの移民をさらに制限していきました。

すでに日本も中国も移民は規制されていましたが、どんどん反アジア的になっていきますね。

この他にも、移民の聞き取り調査をした「Hearing Room」や、両替所「Money Exchange
などの部屋がありました。食堂は結構立派でした。

興味深かったのは、「Mental Testing」という展示。 
ダイヤモンドの形を描かせて、その形で学習経験(鉛筆を持った経験)をチェックするものです。


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写真に写っている一番下の層のダイヤの形は1年以下の学校教育経験のある人達
によって描かれたものだそうで、これでも描くのが上手な方です。

学校教育経験が少なくなるにつれ、ダイヤの形は崩れていきました。
写真には写っていませんが、鉛筆を持ったことのないグループは形がぐちゃぐちゃです。


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こちらは入国できず一時エリス島に留め置かれた人が寝泊まりする「Domitory Room」。

NHKの「アメリカ・魂のふるさと」というシリーズのエリス島特集の時に、
家族の出迎えが遅れて上陸できず、このドミトリーに宿泊させられた」という
年配の女性が登場していました。

来るはずのお迎えが来ないってのも不安ですね。簡単に連絡も取れない時代だし。

本当にザザーッと見たので写真もロクに撮れていないのですが、
当時の移民の様子がよく分かる展示でした。

そして、この辺りからは、多分1階の1945年~現在の移民の展示だったと思います。


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こちらは、職業別に見る移民・非移民の割合。が非移民、が移民(外国人)。

が多い最上段は、教師弁護士医者など。最もの比率が高い「Stenographers
って何かと思ったら「速記者」だそうな。なるほどね。

一方、が多い最下段は、鉱山労働者服飾工場労働者など単純肉体労働が多く、
靴磨きパン屋なんてのも。


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そしてまた目に付いてしまった日系人差別の写真。

JAPS KEEP MOVING. THIS IS A WHITE MAN'S NEIGHBORHOOD.
(ジャップはよそへ行け、ここは白人の地域だ。)

日本とアメリカは戦争したんですから、対日感情が悪くなったのは仕方のないことですが、
この前でポーズを取っている白人女性は末代までの恥でしょうな。人種差別の証拠写真だし。

それにしても、この写真は有名なようで、「JAPS KEEP MOVING」で画像検索かけると
この写真がビックリするほど出てきました。当時の日系人は本当に大変だったな・・・。


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そしてこちらは大正時代日本のパスポート

父に呼ばれて云々という渡航の理由が書かれていますが、びっくりしたのは、
身長身体的特徴まで書かれていること。写真が貼ってないからでしょうかね。

しかし、その後の苦労が予想されるだけに、今とは違って運命の渡航だなあ、としみじみ。


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その他、移民を乗せたの展示も興味深かったです。こんなに種類あるのかー。


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このギッシリ度。こんなにギュウギュウ乗って定員オーバーじゃないんでしょうか。
こんなんだからタイタニックとか沈没したんじゃないのか?と思ってしまいます。


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今回の展示で、移民がこんな大きな船に乗っていたことを知りました。

というか、当時は貧しい移民は豪華客船の船底に乗り込んでいた感じなんでしょうか。
あくまでもタイタニックの印象なのですが。

このように何とも巨大な博物館でした。時間がなくてゆっくり見られなかったのが残念です。

最後にお土産ショップに寄り、移民の写真のブックマークを買いました。


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色んな国から民族衣装を着てやって来たかつての移民達。
これを見ると、現代の私達は随分と平均化しちゃって面白くないですね。

この他にも、この博物館の中には自分の先祖のことを調べるアーカイブコーナーがあり、
パソコンのデータベースで自分の先祖のことを調べている人達がチラホラ。

移民の国ならではだな~と思いました。

アメリカに旅行しても、ここに来ないとアメリカ移民の国だとは実感できないだろうな。
そういう意味でも、この博物館に来られて良かったです。



posted by サラミ at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 15ニューヨーク | 更新情報をチェックする
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