2014年04月26日

ドイツ2日目 中華料理のディナー

2014年1月30日(木)中華料理の大晦日ディナー  (ウィーン・ドイツ旅行6日目)

ホテルも無事にチェックインできたところで、夕食を食べに出ることにします。

この駅前のを歩いてレストランを探した時の話は、
フランクフルト中央駅前周辺の治安 に詳しく載せました。なかなか印象的でした。

で、結局入ったレストランは翠園(JADE)という中華料理店でした。


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何度も再利用のこの地図。中華料理店とある所がそのレストランの場所です。


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ちなみに、治安が悪いと言われる中央駅周辺ですが、駅前の大通りは車が多くて賑やかです。
ホームレスの人は定住していますが、ホテル・コンチネンタルの辺りはまあ大丈夫。


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入ったレストランはこちら。場所はモーゼル通りの25だとメニューに書いてます。

いくつか目に入ったレストランの中でサラミ夫がここ!と決定したのですが、
駅前のレストランの中で、ここは大変賑わっていました。

ものすごく混んでいる中、何とか席に案内されてラッキーでした。

実は、この日は旧正月の大晦日の日にあたり、年夜飯という大晦日の食事をしに
中華系の人々がこのレストランに大勢集っていました。

おそらく、いつにも増して大変な賑わいだったのだと思います。
店内は狭いし人でギッシリなので、ちょっとカメラは向けられませんでした。


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メニューを見ると日本語もあるではないか。自動翻訳っぽいけど何とか合ってる。
しかし上海暮らしが長い私達は中国語を見てメニューを選ぶのでした。(笑)


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壁にはいろんな賞やら有名人らしき方の写真やら。割と有名なお店なのかも。


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飲み物は、意外ですがドイツに来て初めてビールを頼んでみました。3.5ユーロ也。
実はあまりビールが好きでないので、ウィーンからずっとワインを飲んでいたのでした。


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一方のサラミ夫はなぜかタイレモンティーを注文。2.5ユーロ也
しかし中華料理の食器セットドイツビールタイレモンティーってバラバラ。


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中華は一品の量が多いので、頼んだ料理は2つのみ。

こちらは干炒牛河8.8ユーロ也。すいません、日本語が分かりません。(汗)
牛肉焼きそばとでも言えばいいでしょうか。河=河粉で平たい麵のことです。

ちゃんと中華系の人が作ってるなーという味です。

私達は中国大陸から来ているので絶賛するほど美味い!とまでは思いませんが、
何しろドイツでこの味でこのお値段は安いし、久々の中華ということでホッとします。


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こちらはワンタンスープ(小)3.7ユーロ也。ちょこっとだけ欲しかったのでで十分です。
寒い時にはスープと喉越しの良いワンタンが嬉しい~。


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最後にサービスでデザートを頂きました。

中国でよくある、ほんのり甘いシロップ味に具がきくらげ棗(なつめ)の入ったヤツ。
本当にほんのりとしか甘くないので食べたことない人は不味いと思うでしょう。(笑)


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夜も遅くなってようやくお客さんも引き、静かになった店内。
図らずも、私達もフランクフルト大晦日の雰囲気を味わうことが出来ました。

しかし、あまり注文していないとはいえ合計18.5ユーロですよ。そりゃーお得です。
お1人様でも全然OKな雰囲気だし、一人旅だったらきっとここに入るなあ。

サンドイッチソーセージに疲れた人はぜひどうぞ。



posted by サラミ at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月25日

ドイツ2日目 フランクフルトのホテル

2014年1月30日(木) フランクフルトのホテル  (ウィーン・ドイツ旅行6日目)

今回フランクフルトで宿泊したのはホテル・コンチネンタルという3つ星ホテル。

場所はフランクフルト中央駅前で、駅を背にして右端に位置しています。

以前のブログ、フランクフルト中央駅前周辺の治安でも書いたように、
駅前は広い範囲で風俗街なので、色々悩んだ末に予約したホテルでした。

駅近で安全そうなホテルは、他にもインターシティとか、駅正面の左側にも
いい所がありましたが、私達はオペラを見るのが主な目的なので、
トラムの駅から近いこのホテルを選びました。

もう一度、前に作った地図を載せてみます。

FrankfurtHbf_map.jpg

宿泊ホテル」と書いているのがホテル・コンチネンタルです。
駅からは想像以上に近く、駅を出て右を見ると見えていました。

内容的には日本のビジネスホテルといった感じで、フロントやロビーも小さめ。
私達は清潔で寝られればいいという感じなので、このレベルで不満はありません。

ただ、チェックイン担当の若い兄ちゃんが相当やる気のないアホで、
やっぱり価格が安くなるとフロントのレベルも低くなるな~、という感じは受けました。

あと、旧正月のお休み時期だったので若い中国人客をよく見ました。

実は、フランクフルトのホテルを検討していた2013年の12月、急激な円安が進んで
為替相場が1日1円くらい安くなっていく有様で、日によっては1ユーロ=145円くらいに。

いつもは現地通貨建てでホテルを予約するのですが、この時ばかりは、

これでは現地に着いた時に一体ホテル代がいくらになるか検討もつかない・・・

と思ったので、初めてDeNAとか日系の旅行会社のサイトでホテル料金をチェックしまくり、
最終的にこのホテルは楽天トラベルで予約しました。

それだと円建てなので、レートがどうなろうともすぐに金額は変わりませんから。(^^;

しかし、同じ部屋タイプが2泊連続で取れませんでした。

1泊目は「Standard Double / ツインまたはダブル」で7,700円(素泊まり)
2泊目は「Standard Triple / ツインまたはダブル」で5,900円(素泊まり)

という表記で、本当の部屋タイプは何なんだ?という感じでした。(笑)
しかも、トリプルの方がダブルより安いのも謎。

しかし、この時のレートを考えると本当に安く予約することができました。

チェックインの時に印刷した予約確認書を2通見せて、1泊ずつ別々に予約していて
部屋タイプが違うんだけど出来れば同じ部屋で2連泊したい
と希望を伝えると、アホ担当者が何だか悩んでいる様子。

兄ちゃんは出稼ぎの人なのか英語もあまり上手でなく(ドイツ人は英語カンペキなので)
2泊目の予約確認書は今もらっても忘れるので明日よこせとだけ言われました。

私は昔ホテルで働いていましたが、こんなアホは日本のホテルのフロントにはいません。

2泊同じ部屋でという希望は却下されたのかと焦っていたら、たまたま隣にいた宿泊客らしき姉さんが
2泊とも同じ部屋を用意するけど、この紙は明日また持って来てということよ。」
と通訳してくれました。この姉さんがいてくれて良かった・・・。

部屋に行くエレベーターは小さくて遅いリフトが1つのみ。


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はカードキーではなく特殊な形でなかなか開きません。
これはホテルの口コミでよく言われていたことです。

ドイツにはよくある形式の鍵らしいのですが、いくらやっても開かず、ガチャガチャしてる時に、
インド人の宿泊客が後ろを通ったので、彼に助けを求めて開けてもらいました。(笑)

インド人曰く、開けるのにコツがいるのだとか。以後、サラミ夫が鍵開け係に。
私は開けられませんでした。(笑)


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外観が古いホテルなので部屋も心配していたのですが(何しろ安いし)、この通り改装済みでした。


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ベッドの足元にはデスクと椅子と、さらに肘掛け椅子まで。


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だらしなく荷物を出したままですいません。この通りスペースもありました。


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部屋から入口ドアを見た様子。ドアの左側に見える白いドアがバスルームです。


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バスルームは広くはないですがキレイでした。シャワーも可動式。シャンプーは備え付けです。



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そしてなんと、バスタブが付いてました。シャワーカーテンもちゃんとあるし。
(ヨーロッパではなぜかシャワーカーテンが付いてない所が結構あります。)


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こじんまりとトイレ。清潔だからこれで十分です。


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そして洗面台。小さいけどこれも十分です。

フロントの兄ちゃんはアホすぎましたが、いい部屋に通してもらえたので

余談ですが、このホテルは「るるぶ」に小さく載ってたのでビックリ。

るるぶを抱えた語学苦手なカワイイ日本人の女の子があのフロントに出くわしたら・・・
とか想像しちゃうと、なんかるるぶに載せるタイプではないような気もします。(笑)

ですが、アヤシイ通りもあるフランクフルトにあってこの比較的安全な立地は、
女性でも大丈夫ということで、るるぶに載っているのかも知れません。

posted by サラミ at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月24日

ドイツ2日目 列車でフランクフルトへ

2014年1月30日(木) 列車でフランクフルトへ  (ウィーン・ドイツ旅行6日目)

ペーター教会を出た後、まだ時間がほんの少しだけあったのでハウプトシュトラーセに戻り、
プファルツ選帝侯博物館に行きました。


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時間がなさすぎて焦って撮ったプファルツ選帝侯博物館の外観。いい加減にもほどがある。(汗)


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1712年に建てられたバロック様式の建物を博物館にしているとかで、
見た目にも豪華な博物館でした。(中はモダンな場所もありましたが。)

チケットは1人3ユーロ。17時前に入ったのでガラガラでした。(18時閉館)

中は写真撮影禁止だったので、荷物を預ける時に一眼レフも預けてしまい、
とっても身軽な服装で見学しました。そんなわけで写真が1枚もありません。

しかし写真がないとは恐ろしいもので、急いでパーッと見たせいもあり、
ほとんど覚えていません・・・。

館内はどうやら監視カメラが備え付けられているらしく、警備員が1人もいないものの、
誰かが隠し撮りをしているとスピーカーで注意されるという、厳しいドイツらしい博物館でした。

ハイデルベルクのこの辺りは相当古くから町があったそうで、本で読んだところでは
大昔ケルト人の町があったとか、ローマ時代の出土品がたくさん出るとかいう話でした。

そういうわけで、この博物館も考古学のコーナーが大変充実しており、
ガイドブックで紹介されているのはハイデルベルク人の化石(下顎骨)だったのですが、
急いでいたせいか、見つけることはできませんでした。

思ったよりバカでかい博物館で、考古学関係が広くてビックリした以外も、
調度品やら絵画やら、ありとあらゆる展示があって、じっくり見たら何時間かかることか。

リーメンシュナイダー作の「ヴィンツハイマー十二使徒祭壇」(1509年)が有名との
ことでしたが、これさえ記憶が曖昧で・・・。

やっぱり急ぐとダメですね。
リーメンシュナイダーという彫刻家のことを知らなかったので関心も薄かったのですが。

ドドドーっと見て、博物館を後にしました。


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外を歩いている時に、この壁に出くわしました。どこだったのか覚えていません。
1817年1月から1818年9月まで、哲学者のヘーゲルがここに住んでいたのでしょうね。

さて、今日は朝シュトゥットガルトを出てハイデルベルクで途中下車・観光しましたが、
これからフランクフルトに移動します。

観光案内所でもらった地図にはバスの路線もしっかり書かれてあってので、
それを見ながら最寄りのバス停を探し、そこからハイデルベルク中央駅に帰ることにしました。

と、バス停のすぐ近くで何かを発見!

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こんな時間にマーケットやってる~!

バス停の目と鼻の先だったので、サラミ夫をバス停に残し、30秒だけ散策。


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とても巨大なわんちゃんが、飼い主の方に連れられてサーモンを見ている図。

お行儀の良いわんちゃんでしたが何しろ生魚なので臭いが気になるらしく、
わんちゃんはもうグイグイと前のめりでサーモンに食いつきまくっていました。

しかしそこはさすがドイツ、飼い主の方がしっかりリードを握っておられました。(笑)

ゆっくり見て何か買いたかったのですが、いつバスが来るか分からないのですぐ引き返しました。


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そしてバスで無事にハイデルベルク中央駅に到着。

実は、この日はハイデルベルクが大したことなかったらシュパイヤーにも行こうと思っていたので
フランクフルト行きの切符を買っていませんでした。

結果的にハイデルベルクが楽しかったので今回シュパイヤーはパス。


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サラミ夫が窓口でフランクフルト行きのチケットを購入。18:46発のEC112です。
スーツケースがあるので、旅行前に乗り換えのない便を調べておきました。

お値段は2等で1人22ユーロでした。

待ち時間が30分以上あったので、コインロッカーの奥にあった有料トイレに行きましたが、
ヨーロッパの中央駅のトイレとは思えないくらいピカピカ。ドイツのトイレは素晴らしい~!!

見習えよ、イタリアの有料トイレ。有料のくせに便座付いてなかったよ。

コインロッカーから荷物を出して移動している時に、男女混合の酔っ払いグループに遭遇。
明らかに東洋人の私達に向かって大声で何か呼びかけてきましたが、当然ながら無視。

中央駅の酔っ払いホント多いなあ。


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待っている間、チキータのスタンドがあったので、店員さんオススメのジュースを購入。


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このジュースが、濃くてすっごく美味しかった!
上海にもチキータのお店出して欲しい~。(高級店になるだろうけど。)

その他、小腹が減ったのでホットドッグもパクリ。

列車はほぼ予定通り来ましたが、乗り込んでみると2等席はどこも予約席ばかり。

サラミ夫がスーツケースを格納している間に私が空席を探したのですが、
2人で座れる座席が全然見つからず、あたふたしているうちにどんどん席がなくなりました。

サラミ夫に向こうから「どこでもいいから座れ!」と車内で怒られ、
要らん注目を浴びてしまったどんくさいサラミであります。

椅子取りゲームのように取りあえずバラバラに座り、そのままフランクフルトまで行きました。
しかし車内が暑くて死にそうでした。


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列車は19:40にフランクフルト中央駅に到着。それほど寒くなくて少し安心。

まず、ここから歩いて予約していた駅前のホテルに移動します。


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ここもむちゃくちゃ大きな駅でした。


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駅前の広場に出て駅舎を見上げたら、ガーン!なんと・・・。

そう、フランクフルト中央駅工事中だったのです。ガーン・・・。

・・・軽くショックを受けながら、ホテルに向かうのでした。(^^;

posted by サラミ at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月23日

ドイツ2日目 ハイデルベルク大学の旧講堂と図書館

2014年1月30日(木) ハイデルベルク大学の旧講堂と図書館(ウィーン・ドイツ旅行6日目)

学生牢を見た後は、急いで旧講堂(アルテ・アウラ/ALTE AULA)を見に行きました。
あと20分しかないので駆け足での見学です。

場所は先ほどチケットを買った大学旧校舎の2階です。


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予備知識ゼロで行ったのでこんなに素晴らしいとは知らず、思わず息を飲みました。

もらったパンフレットによると、1886年に大学創立500周年を記念して建てられたとか。
19世紀に入ってからの講堂なので比較的新しいです。


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天井画には、4つの学部(神学・法学・医学・哲学)が表現されているとか。


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別アングルから。左右には長椅子があります。


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正面の壁画は知恵と芸術の守護神である女神アテネの到来が描かれているそうな。
アテネはローマ神話のミネルヴァと同じだと思うので、カール・テオドール橋の像と同じでしょう。


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入口の方を振り返った様子。

もう閉館前なので、私達以外にはバックパッカーらしき欧米人男性が1人いただけでした。
私達も男性も、しばらく座って黙って見学していました。

この日は前方にグランドピアノが設置されていました。どうやら夜にコンサートがある様子。

まだ閉館まで時間があったのですが、台湾人が大勢ドヤドヤとやってきて、
いきなりリハーサルを始めたので、煩くて雰囲気ブチ壊しになってしまい、外に出ました。

ちなみに、なぜ台湾人と分かるかというと、私達は中国に長く住んでいるため、特にサラミ夫は
中華系の人はどこの中華系かというのが言葉とか服装とか雰囲気で分かるのでした。

大学博物館も1階にありましたが、時間切れのためチラ見しただけでパス。

気を取り直して次に向かったのは、ハイデルベルク大学の図書館です。

大学図書館はとても美しい建物だというのを何かで見たか読んだかしていて、
チケットを買った時に係の人に尋ねてみたら、無料で誰でも入れるとのことでした。

もう16時を回ってしまいましたが、チラっと覗きに行きました。


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場所は大学広場から少し南に下ってすぐです。観光案内所で買った日本語ガイドには、
ドイツ及びフランス・ルネッサンスの特徴を持つユーゲント・シュティール(アール・ヌーボー)建築
とありました。(但し、私はその時このガイドは読んでいませんでしたが。)


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図書館入口です。1901年~1905年に建てられらとか。


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中に入ってすぐの所。美しい図書館で見とれてしまいました。


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私達はウィーンから移動してきているので、ガイドブックを見なくても、
ユーゲント・シュティールやん!と感動。(ウィーンでこんな建物を見たので。)


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2階に上がってみました。この空間とか天井なんてモロにユーゲント・シュティールです。


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小さな展示コーナーがあり、ここでガラスケースに収まったマネッセ写本(Codex Manesse)

ウィキペディアには、

中世盛期におけるドイツの代表的な140人の宮廷詩人(ミンゼネンガー)の詩歌(恋愛歌曲)
を収録したコデックス彩飾写本。

と説明があります。コデックスというのは、巻物に対して冊子の形をした写本を指すようです。

ま、そんな難しいことは置いといて、マネッセ写本は中世ドイツの貴重な古文書だそうで、
日本語ガイドブックにも「マネッセ写本が一番の呼び物」と書かれてありました。

この図書館には、他にもパラティーナ文書(Bibliotheca Palatina)という
超貴重な蔵書がありますが、それは見たわけでもないのでここでは割愛。


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色鮮やかでとても美しいですが、絵は何だか可愛らしくてほのぼのとしていました。

実は、サラミ夫はマネッセ写本のことはよく知らないまま、大学博物館のミュージアムショップで
マネッセ写本の細密画のマグネットを「カワイイ」と気に入って購入していました。

博物館のミュージアムショップに行けば、マネッセ写本のグッズが買えます!


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さらに拡大してみました。ドイツ語が読めれば、もっと展示内容が理解できたのですが。

このマネッセ写本というのは大昔フランスにブン取られたようで、ずっとフランスにあったものを
888年にヴィルヘルム1世やビスマルクが中心となった寄付金によりハイデルベルクが購入した。
(ウィキペディアより)とあるように、ドイツのプライドをかけて取り戻したらしいのですね。
根性だな~。

ただ、この写本って(多分)1つしかないと思うので、こんな鍵もなく誰でも入れる所に
何の警備もなく、国宝級のお宝を展示するでしょうか?

よく分かりませんが、私個人は、ひょっとしてこの写本はレプリカなのでは?と思ってます。
どなたか知ってる方がいたら教えて下さい。

ちなみに、ハイデルベルク図書館のサイトにマネッセ写本のデータベースがあって、
すべてオンラインで見ることができます。

このページだと、写本の全ページの画像が一覧で見られます。

ちなみに、サラミ夫が買ったマグネットの絵は、この内の
249v Herr Konrad von Altstetten」というヤツでした。

さて、図書館を出ると、すぐ近くに教会が見えたので、少し覗いてみました。(寄り道が多い。)
おそらく、ペーター教会だったと思います。ハイデルベルク最古の教会だとか。


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中では、夜のミサのためか、女性が美しい声で聖歌の練習中でした。
伴奏のバイオリンは少しへたっぴでしたが、これもご愛嬌。


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中までは入らず、邪魔にならないよう入口付近から祭壇を撮影させてもらい、教会をそっと出ました。

ハイデルベルク観光もそろそろ終わりに近づいてきました。
あともう少し・・・。(←まだ行くんかい!)

posted by サラミ at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月22日

ドイツ2日目 ハイデルベルク大学の学生牢

2014年1月30日(木)ハイデルベルク大学の学生牢  (ウィーン・ドイツ旅行6日目)

ビジュアル的に強烈だった学生牢

ほぼ貸し切り状態だったのでゆっくり見学できました。
実は、かなり写真失敗したのですが、面白かったのでそれでも載せまくります。

ところで、そもそも学生牢(Studentenkarzer)とは何なのか。

まず、ハイデルベルク大学は、創立当初から学生の裁判権を持っていたそうな。
それゆえ、警察に捕まった学生は、大学当局に引き渡されて処分されたのだとか。

中世のヨーロッパの大学というのは数々の特権を持っていたようで、
学生の裁判権を持っていたのも別にこの大学だけではなかったようです。

現地の説明書きに載っていた犯罪は軽微なもので、
夜中に通りで大騒ぎするとか、酔っぱらって大暴れする、とか学生同士で決闘する、などなど。

おかしかったのは、夜中に住民の豚小屋を開けて逃げた豚を追いかけ回す、というもの。
何だかほのぼのしています。(笑)

拘留期間も24時間から最長4週間と現地の説明書きに書かれていました。

学生がひもじい思いをするのは最初の2日間だけで、その間はパンのみですが、
その後は食べ物を取り寄せてもいいし、ビールも許可されていたというからさすがドイツ!

旧大学校舎と繋がっているので講義には出てもいいし、部屋の行き来も自由だし、
ストーブはあるし、毛布や布団も借りるか持参できるし、かなり快適だったのではないかと想像。

学生牢ではなく反省部屋とでも名付けた方がいいのではないでしょうか。

学生達は、学生牢に入ると箔が付くと喜んでいたとか何とか。
古き良き時代のバンカラ気質とでも言いましょうか。バンカラを通り越しているような気もしますが。

しかし、この学生牢が使われていたのが、旧大学校舎が改築された1712年から、
なんと1914年つまり第一次世界大戦まで)と言いますから、つい最近まで!と驚きます。


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では、古い階段を上っていきます。すでに落書きが。


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落書きは天井までビッシリ。


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さらに上がっていくと、柵がありました。
STUDENTENKARZER(学生牢)の文字があるので、一応ここから学生牢のようです。


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落書きというよりアートの域。猫がカワイイ。


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上り切った所から階段を見下ろしてみました。

みんな自由だなぁ。全然窮屈ではない牢屋生活。(笑)
普通の刑務所みたいなのを想像していると拍子抜けします。とても楽しそうな雰囲気。


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階段を上り切ると、中央に指揮台みたいな物が置いてあり、各言語で説明がありました。
その左側には学生牢1室だけありました。


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中は学生の横顔だらけ。簡素なベッドが2台と机と椅子。2人部屋みたいですね。

一方の右側は広いスペースがあり、学生牢は全部で4室とトイレが。
それぞれに名前が付けられていたそうです。


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入ってすぐ右手にはトイレが。玉座の間と呼ばれていたとか。
手前が階段になっているのでそう呼ばれたんでしょうかね。


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身を乗り出して必死に撮影。こんなに真剣にトイレを撮ったことはないです。(^^;
さすがにトイレの落書きは他より少な目でしたが、それでも結構ありました。


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年季の入った柱には学生の写真がはめ込まれていました。そして本人のサインも。
モノクロなのに、襟元にはがついているのが印象的でした。


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右側はわりと広い空間でしたが、部屋の外もビッシリと落書きが。
1つだけ扉が閉まっている部屋がありましたが、おそらくここは物置きか何かなのでは。

牢屋(というか個室)の名前はハッキリ分かります。


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何で分かるかというと、壁に落書きでこのように名前が書いてあるからです。(笑)

Villa-Trall」、「Solitude」、「Palais-Royal」、「Sans-Sousi」と4つありますね。


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そして部屋の入口の上にも名前が。こちらはサンスーシー(無憂宮)です。
サンスーシー宮から取ったのでしょうか。


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学生さん達は学生牢の中でよっぽどヒマだったのですね~。
白飛びしちゃってますが、木製の机の上もびっしり何かが彫り込まれていました。


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ベッドは小さくて簡素ですが、ストーブもあったといいますから冬も快適ですね。


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似たようなアングルですが、左の騎士の絵は現代のマンガに通じるタッチで素晴らしい!
なのに頭が写真に収まってなくて反省。


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昔、ドイツの大学生は学生団というものに所属していたそうで、各々の学生団の色の帽子を
被ったりしていたそうな。体育会系の雰囲気ですね。


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こちらはサンスーシーの隣、Palais-Royal のお部屋。王宮ってまた厚かましい名前だこと。


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とにかく自分の横顔やらサインやら紋章やら描きまくっています。誇らしげですね。牢屋なのに。


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こちらは一番奥にあったSolitude(孤独)というお部屋。机の上には古い学生帽が。


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この部屋にはベッドが1つ。だからソリチュードって名前なのか?
ここには珍しく、黒塗りでないフツーの横顔の絵がありました。


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最後に、これまたよく似た落書きだらけですが、VILLA-TRALL という部屋。
ベッドが2つあります。

どの部屋を見てもがあり、とっても明るいです。(冬の遅い午後なので日差しは微妙ですが。)

とにかくこの雰囲気に圧倒されました。ノスタルジーいっぱいの空間で、牢屋なのに癒されます。
ドイツ語が読めたらもっと楽しいだろうな~と思います。

冬場は16時で閉館ですが、私達は来るのも遅かったので、結局15時40分くらいまでいました。

ハイデルベルクでイチ押しの場所です。

posted by サラミ at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月21日

ドイツ2日目 ハイデルベルク大学の旧校舎と学生牢入口

2014年1月30日(木)ハイデルベルク大学の旧校舎と学生牢入口
(ウィーン・ドイツ旅行6日目)

ランチの後は、ハイデルベルク大学学生牢に向かいました。
実は、今日も時間が押してしまい、だんだん急ぎ足に。


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ハウプトシュトラーセ(メイン通り)に出ました。前方の尖塔は聖霊教会です。
左側にガイドブックに載っていたお店の看板を発見。


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黄金の羊が目印のツム・ギュルデネン・シャーフ(Zum Güldenen Schaf)は、
HIP HOTELというホテルの中に入っているようでした。


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その名もズバリ「金の子羊亭」です。歴史ある郷土料理レストランだそうな。


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地図をたよりにハウプトシュトラーセからグラーベンガッセという道に入るとすぐに、
ハイデルベルク大学旧大学校舎が見えました。の時計塔のある建物が旧校舎です。

ハイデルベルク大学は選帝侯ループレヒト1世が1386年に建てたドイツ最古の大学で、
哲学者のヘーゲルや社会学者のマックス・ウェーバーが教壇に立ったという超名門大学です。

大学校舎はあちこちに点在していますが、この旧校舎は1712年に改築されたもので、
今は中に大学博物館と豪華な旧講堂があります。そして裏には学生牢が。


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旧大学校舎を別アングルから。当たり前ですが大学生多し。ガラーンとしているのが大学広場です


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旧大学校舎の壁にはハッキリとMUSEUMの文字が見えます。

「〇〇の歩き〇'13~'14」には裏通りのアウグスティナーガッセの入口が紹介されていたので、
それに従って建物の裏側に回りました。


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ミュージアムショップと学生牢の旗みたいなのが見えました。でも扉は閉まっています。


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行くと、こんな貼り紙が。表に回れと書かれています。工事中なんでしょうかね。

結局、さっきの場所に戻って旧校舎の表側から中に入りました。


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と、なんじゃこりゃー!?とビックリ。しかし、すぐにミュージアムショップを発見。
学生牢のチケットもショップで買いました。博物館旧講堂学生牢のセットで3ユーロ

時間に追われていたので、とにかく先に学生牢に行くことに。
ショップの人に教えてもらい、旧校舎の建物の1階を奥まで突っ切って中庭に出ました。


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そしてこの看板を発見。出来れば建物表のドアの前にも置いて欲しい。(涙)

それではいざ!(^^)

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2014年04月20日

ドイツ2日目 ハイデルベルク大学の学生食堂

2014年1月30日(木) ハイデルベルク大学の学生食堂  (ウィーン・ドイツ旅行6日目)

フリードリヒ・エーベルト記念館を見た後は、ハイデルベルク大学学生食堂に向かいました。

場所はガイドブックに載っている大学広場とは別の場所にあり、
プファルツ選帝侯博物館の東隣のブロックのネッカー川沿いでした。

エーベルト記念館からも近かったので、とりあえずネッカー川に沿って西へ。


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大きな建物が見えてきました。地図とにらめっこしてみると、今自分が立っている位置は
シナゴーグ広場(Alter Synagogen Platz)のような。昔シナゴーグがあったとか。

で、この建物はホイショイアー(Heuscheuer)という「干し草納屋」だとか。
日本語ガイドには「8世紀半ば以降、市の十分の一税保管所」とあります。

十分の一税というのは、中世において農民が教会に対して負担した税だそうです。

ちなみにネッカー川は写真右手です。このまま真っ直ぐ進みます。


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この古い壁。絶対にこれがその噂の学生食堂に違いない。

というのも、ハイデルベルク大学の数ある学食のうち、ここは「Zeughaus」と呼ばれ、
観光案内所で買った日本語ガイドブックにはマーシュタル『馬屋』(Marstall)
と紹介されている古い建物なのです。

その日本語ガイドブックには、選帝侯ルートヴィヒ5世のもと1510年
建てられた旧造兵廠だと書かれてあります。ついでに厩舎もあったのでしょうか。

場所的にはネッカー川が目の前なので武器を船で運ぶのに便利だったのでしょう。

で、その建物が今やハイデルベルク大学の学生食堂として使われているわけです。
学生以外でも利用できるらしいので、私達はここでランチを頂くことにしました。


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大学とは思えない古い建物。ど真ん中は広い芝生でいい感じでしたが、
学生さん達にカメラを向けないように注意してたらこんな写真しか撮れませんでした。

さらに前へ進みます。


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これは食事が終わってから撮った写真ですが、外にもテーブル椅子が。
ランチ時には混み合っていました。寒いのにな~。

過去には厩舎および造兵廠だった建物はキレイにリノベーションされ、中はモダンな学食。
入って右が食堂のエリアで左がカフェのエリアでした。


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入口右にある食堂エリア。食事の後に撮ったので席が空いてますが、私達が行った時はほぼ満席。
この一番奥がビュッフェの食事を取ってレジで支払う所。


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入口左のカフェエリア。こちらはずーっと満席だったような。

私達はもちろん食堂エリアへ。

何しろ、ドイツ語が読めないので詳細は分かりませんでしたが、
トレーを持って自分で好きな物を取るビュッフェでした。カフェテリア方式です。

ドイツに来てからというもの、夜にオペラ鑑賞しているせいもあってロクなものを食べていません。
こちらの食堂は料理の種類が豊富なので嬉しい限りです。シーフードも野菜もあるし!

レジに並ぶと、お姉さんが現金ですか?と英語で聞いてくれました。
ここは学生以外も結構来るみたいで、私達のような部外者が来ても訝しがられたりしません。

確か、ビジター料金で支払ったと思います。重さで値段が決まる従量制でした。
誰でも利用できるみたいなので、ここに住んでいる人達も来るのではないかと思います。

席はとても混み合っていましたが、たまたま2人分席が空いたのでそこに座れました。


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サラダもシーフードもたくさん取りました。もう野菜不足だったので嬉しい限り。
ドイツ料理に限らないので嬉しい。(肉ばかりだと疲れるので。)

しかし、観光地でないところで写真を撮るのに躊躇したせいか、料理の写真も学食内の写真も
全部ブレまくりました。躊躇したので1枚ずつしか撮ってないし。


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というわけでiPhoneの写真も。こっちの方がキレイに撮れてる・・・。

料理は結構おいしかったです!ドイツに来て、これまでで一番おいしいのが学食って
なんか???という感じもしますが、まあ好みということで。

レシートを無くしちゃったので値段がよく分かりません。
ついでに1.5Lのペットボトルの水を買ったら2ユーロでしたが。


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私達が座ったところから帰り際に撮った写真です。最後まで賑わっていました。

なんだか私達も大学時代に戻ったような錯覚を覚え、この雰囲気がとても楽しかったです。


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ポツンと置いてあったプジョーの自転車。学生らしくていいな、と思った瞬間でした。

まだまだ観光は終わっていないので、後ろ髪を引かれながらこの場を後にしました。

posted by サラミ at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月19日

ドイツ2日目 フリードリヒ・エーベルト記念館

2014年1月30日(木) フリードリヒ・エーベルト記念館  (ウィーン・ドイツ旅行6日目)

聖霊教会をちょろっと見た後は、西へ。


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ハウプトシュトラーセ(メイン通り)はこちらですが、私達はこちらには行かず、
フリードリヒ・エーベルト記念館という場所に行くことにしました。

これは観光案内所で買った日本語ガイドブックに載っていたもので、
フリードリヒ・エーベルトドイツ国(ワイマール共和国)初代大統領だそうな。

珍しいからちょこっと寄ってみようということに。


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場所は先ほどの聖霊教会から近く、Pfaffengasseという小道。
カフェ・クネーゼルのある通りの1本西です。


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ここがエーベルト生家だそうで、それを記念館にしています。


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こちらが入口です。ひっそりしています。

他に観光客はいませんでした。

音声ガイドの貸出しもしていましたが、要らないと言うと、少しビックリされました。
英語のガイド聞いてたら時間かかるし、音声だけだと疲れるし。

展示はドイツ語だけですが、サクッと見るだけだしまあいいや、ということで。

エーベルトが住んでいた当時の家の中が再現されているのですが、
その辺は全然記憶になく、展示のところだけ熱心に見ました。

ところで、このフリードリヒ・エーベルト(1871-1925年)という私には全然なじみのない人ですが、

ワイマール共和国初代大統領

という肩書を見て、歴史に疎い私はこれまた「ワイマール共和国って何ですか?という
小学生のような疑問が浮かび、サラミ夫に教えてもらうことになるのでした。

要は、ドイツ帝国とナチス・ドイツの間の十数年の期間に存在した共和政の時代ですね。

自分でも調べて今回初めて知ったのですが、このドイツ帝国の成立から第二次世界大戦終戦まで、
正式な国名はずーっとドイツ国(Deutsches Reich)だったのですね。知らんかった。

ドイツ帝国とかって便宜上そう呼んでいるだけだったのか。ややこしい。


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展示はドイツ語のみなので、サラミ夫の歴史の知識と数字と知っている単語を見て
推測していくという見学方法です。(いいのかそれで。)

ドイツ 1871 と書かれているので、1871年当時のドイツの状況なのでしょう。
ちなみに1871年はドイツ統一(ヴィルヘルム1世即位)の年です。


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SPDとあるのでドイツ社会民主党だと理解。エーベルトはドイツ社民党の人なのですね。

そして第一次世界大戦の展示が。


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続いて1918年11月9日 で、ヴィルヘルム2世の退位が発表された日。


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この辺で共和政の開始でしょうか。

しかし、このエーベルトという人はエラい時に大変な仕事を引き受けたもので、
ベルサイユ条約を締結して屈辱的な多額の賠償金を約束するという・・・。


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そのため、経済ぐちゃぐちゃのドイツはハイパーインフレ。(この話は私でも知ってました。)
スゴい写真ですね。紙切れ同然の紙幣の束で遊ぶ子供達


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子供達の写真の足元にこんな展示が。パン1つ買うのにこれだけ紙幣が必要だったのでしょう。


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この表を見ると、特に1923年がすごい。

この後、激務がたたったのか、エーベルトは1925年に亡くなります。54歳という若さ。
エーベルトの最後の展示は「共和国のシンボル」ということで立派な国葬の様子で終了。

エーベルトの次の大統領はヒンデンブルク(ヒトラーを首相に任命した人)ということですから、
議会制民主主義はあっという間に終わってヒトラーが台頭していくのですね。

歴史と政治には疎い私ですが、ちょろっと見ただけですが勉強になりました。

posted by サラミ at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月18日

ドイツ2日目 聖霊教会

2014年1月30日(木) 聖霊教会@ハイデルベルク  (ウィーン・ドイツ旅行6日目)

カール・テオドール橋からの景色を眺めた後は、聖霊教会に戻りました。


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聖霊教会は歴代の選帝侯の墓所だった由緒ある教会ですが、
30年戦争とプファルツ継承戦争でフランスにさんざん破壊されたようです。


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今はプロテスタントの教会のはずなので、内部は至ってシンプル。


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上を見上げると、壁面に少しフレスコ画が描かれているようでしたが、
これがカトリックの時代のものなのかは不明。


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奥に行くとステンドグラスから光が入って明るくなりました。


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祭壇。ゴシック様式の外観を見る方が荘厳な感じがしますね。

あんまり個性のない教会だなーと思っていましたが、旅行から帰って知ったのですが、
ドイツの有名な指揮者フルトヴェングラーの葬儀が1954年にここで行われたそうな。

げ、フルトヴェングラーカラヤンの前のベルリン・フィルの常任指揮者です。
彼の墓地もハイデルベルクにあるのだそうな。

全然知らんかったー。

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2014年04月17日

ドイツ2日目 カール・テオドール橋からの景色

今回の旅行前に読んだドイツものしり紀行 (新潮文庫)という本に、

城と町の眺めがすばらしい古橋アルトブリュッケ

という紹介があり、古城と町とネッカー川を同時に眺められる景色の良い場所として、

  1. 哲学者の道
  2. ネッカー河岸のあたりの水辺
  3. アルテ・ブリュッケの上

の3つが挙げられていました。もちろん第1位は哲学者の道ですが、私達は時間がありません。
そこで、第2位のネッカー河岸のあたりの水辺まで行くことにしました。

そこでも十分素敵な景色だったので、写真でご紹介。まずは橋の上から。


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お天気が良くて日差しが強かったので、山側はこんな眩しい色に写りました。
夏ならば太陽の位置がもっと高くてこうはならなかったと思います。


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人が少ないのも真冬ならでは。


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カール・テオドール橋(=アルト・ブリュッケ)には少しですが、南京錠もありました。
きっとカップルが記念に鍵をかけていったのでしょう。夏にはもっと増えるのかな?


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橋の上から見えるハイデルベルク城


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手前の橋も入れてみました。中世そのままの風景です。


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サラミ夫がビデオカメラで撮った写真。風景画みたいでした。


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一方の橋の反対側(北側)には、蛇道/シュランゲンヴェーク(Schlangenweg)という
ジグザグの道が見えます。哲学者の道へと続きますが、ものすごくキツそう!

哲学者の道へは、これより西にもっと緩やかな坂道もあるそうです。


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橋を渡り切る手前に、河岸へ降りる階段があったので、そこから河岸へと移動しました。
ここからは特に橋がキレイに見えました。


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そのまま少し河岸を歩き、サラミ夫に記念写真を撮ってもらいました。


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河岸からよく見えたミネルヴァの像。ミネルヴァはローマ神話の女神だそうです。
なぜだか、私はもう一体あるカール・テオドール像には見向きもしなかったのでした。(^^;

時間がなかったので、私達は河岸を少し行っただけで再び橋を渡って戻りました。

哲学者の道まで行くともっと良い景色が見られると思いますが、橋を渡っただけでも十分!
ついでに言えば、本当に時間がなければ橋の上からでも十分です。





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2014年04月16日

ドイツ2日目 コルンマルクトからカール・テオドール橋へ

2014年1月30日(木) コルンマルクトからカール・テオドール橋へ 
(ウィーン・ドイツ旅行6日目)

ハイデルベルク城を見た後は、歩いてカール・テオドール橋を目指しました。
何でも地元の人はアルテ・ブリュッケ(古い橋)と呼んでいるとか。

カール・テオドールはハイデルベルク城の巨大ワイン樽を作らせた例の人です。
選帝侯としてこの街で色々な物を残したようですね。

さて、ハイデルベルク城から歩いて下りてきたらコルンマルクト(Kornmarkt)という
広場に出ました。


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この広場、あまりガイドブックには大きく紹介されてませんが、超写真スポットですよ!
振り返ってあまりの絶景にびっくりしました。

しかも、真冬のせいか、朝もや(といってもお昼前ですが)でハイデルベルク城が霞んで
ただただ美しい風景が。人もいないのでリンとした空気が漂っています。


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コルンマルクトの中央に立つバロック様式の聖母マリア像と背景にハイデルベルク城

観光案内所で買った日本語ガイドブックには、
1718年ペーター・ファン・デン・ブランデンによって造られた
とありました。

しかし、とても雰囲気の良いコルンマルクトですが・・・

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思いっきりアジア人向けに免税店という文字が。興ざめ。

とその時、ハイデルブルク城を入れた広場の写真を撮っていたら、
カメラを向けている先に中国系カップルが入る入る。(^^;

こんなに誰もいないのになぜこの中国系カップルだけがやってくる?
そしてズカズカ邪魔をする?

まあ仕方ない。彼らには少し待とうという感覚がない。
また、邪魔になっているという自覚もない。

というわけで、2人が写真を撮り終わって去るのを待つことにしました。
すると、私達に気づいた彼らがトコトコとこちらにやってきました。

写真撮影を頼まれたので、彼らの写真を撮り、ついでに私達も撮ってもらいました。


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完全防寒で2ショット。この時間になっても寒いです。

接してみると、笑顔の感じの良い若いカップルでした。
自分達の写真を確認すると、若い2人は嬉しそうに去っていきました。

うん、中国国内でもそうだけど、彼らに悪気はないのです。(それも問題だけど。)

・・・それにしても、ここまで登場人物はアジア人ばかり。免税店の文字があるワケだわ。(笑)

ここから歩いてマルクト広場まではすぐ。
市庁舎の存在を忘れていて見ずに飛ばしてしまいました。(多分目の前にあったのに。)


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マルクト広場聖霊教会。人が少ないですね~。さすが真冬。

聖霊教会は後に訪れることにして、カール・テオドール橋を目指して先を行きます。


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時間帯のせいなのでしょうが、お城の方向にカメラを向けるとものすごく美しい日差しでした。


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聖霊教会のすぐ近くに、ガイドブックに載っていたツム・リッター・ザンクト・ゲオルク
(Zum Ritter St. Georg)がありました。

観光案内書で買った日本語ガイドブックには
ハイデルベルクで1689年・1693年の大戦火を逃れた唯一の邸宅とありました。

確かに、この建物だけ一段と古い感じがします。

手持ちの本によると、フランドルから逃れてきたシャルル・ベリエという裕福な商人が
1592年に建てたそうで、一番上に聖ゲオルギオスの像があることから騎士の家と呼ばれるとか。

聖ゲオルギオスはドイツ語ではゲオルク、英語ではジョージになりますね。
悪竜退治の伝説で有名な聖人です。


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今ではガイドブックに必ず載っているホテル&レストランになっているので、
私達も一応足を止めて見物。

サラミ夫が1階のレストランに入ってみたところ、日本人団体ツアー客だらけだったとか。
おお、ここもアジア人ばかりか。


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橋に向かう途中に、これまたガイドブックに載っていたクネーゼルの前を通りました。
ハイデルベルク最古のカフェだそうな。


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ハイデルベルクのお土産として必ずガイドブックで紹介されている「ハイデルベルク学生のキス
というチョコレートは、すぐ近くのこちらの店舗で売っている様子。(お店には入っていません。)


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カール・テオドール橋が見えてきました。


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橋のふもとにはドドーンと塔門が。
西側の塔は牢獄で、東側の塔は拘置所だったとか。


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ふもとに猿の像があり、サラミ夫が記念写真。後ろにはカール・テオドール像が。


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しかし、実は猿の像の横に、とても小さなねずみの像もあったのです!
人様のブログで後で知ったのでした。こんなに小さかったら現地にいても分からない・・・。


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ネッカー川の向こう側の街並みは高級住宅地といった感じ。


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そしてお城側(南)はやはりこの日差し。幻想的です。



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実は、橋の上で写真を撮っていたら、サラミ夫の後ろを不思議な男性が通りました。


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コスプレなのか、どこかの衣装なのか。それより何より、

おじさん、素足で寒くないんですかーっ?

と聞きたかったです。真冬のギャルの制服姿を彷彿とさせましたが、真冬のドイツで素足・・・。

この人が何なのかいまだに謎です。

posted by サラミ at 19:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月14日

ドイツ2日目 ハイデルベルク城2

2014年1月30日(木) ハイデルベルク城2  (ウィーン・ドイツ旅行6日目)

テラスから城の地下の大樽棟に移動しました。

ここには世界最大級というワインの大樽があり、ガイドブックで必ず紹介されています。

プファルツ選帝侯国はワインの名産地だったらしく、年貢としてワインも受け取っていたそうな。
で、そのものすごい量のワインを貯蔵するために、巨大なワイン樽が必要だったようです。

私はワインが大好きなので、ここの訪問はとても楽しみにしていました。


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中のホールはワインバー&軽食などが頂けるレストランになっているようでした。
一目見てものすごく興奮しましたが、真冬の午前ということもあってか座っている客はほぼゼロ。

ワインはドイツの色んなワインがグラスで飲めるようでした。
時間がいっぱいあったなら、そして昼時だったなら、私もいっぱい飲みたかったー。


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入ってすぐの場所にあった巨大なワイン樽。おおー!とサラミ夫が記念撮影。

サラミ夫は長身な上に毛皮の帽子を被って厚底ブーツを履いていたので、
身長は2メートル近かったと思います。それでもワイン樽はこの大きさ。

しかし、巨大なワイン樽が複数あるとは知りませんでした。


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一番大きなワイン樽はこの大きさ。サラミ夫が豆粒のようです。

これは4番目の巨大ワイン樽で、1751年にカール・テオドールが作らせたものだそうな。。
容量は、建造時は221,726リットルとのことですが、現在はもうちょっと縮んじゃってるとか。

なんかもう一軒家みたいな大きさで、階段で上がることができます。


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そして大樽のそばにひっそりと佇む大酒飲みのペルケオの像。
彼は選帝侯カール・フィリップに仕える道化師で、この樽の監視役を務めていたそうな。

子供の頃からワインばかりを飲んでいて、10本ものワインを立て続けに飲み干すのが特技とか。
ホンマかいな。フツーそんなに飲んでたら肝硬変まっしぐらでしょうに。

しかし、晩年初めて病気をし、医者に強く勧められて水を飲んだら翌日亡くなったとか。
ホンマかいな。

ペルケオの脇に仕掛けのあるビックリ箱がありましたが、
中国人観光客が次から次から殺到して、子供がビックリしまくって大騒ぎしていました。

次に向かったのはドイツ薬事博物館です。


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入口にこんな看板が。オーディオツアーってどこで申し込むんだ?(笑)
最後まで何も分からず見て回ったサラミ夫婦です。


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中の展示はドイツ語のみなので詳細は分かりませんでしたが、展示がとても美しいです。
昔のヨーロッパの薬局は本当に美しいですね。惚れ惚れしました。


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昔のアスピリンの瓶も。この時代は化粧水の瓶のデザインが似通っていたのでは。
資生堂のオイデルミンとかこの系列のような気が。


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中世のアヤシイ風景が。空飛ぶワニとかハリセンボンとか、医学なのか魔術なのか。

最後の出口付近に小さな売店があり、石鹸とかそういうドラッグストア的なものが売られていました。
特にここでなければ買えないという物ではなかったので、何も買わずにスルー。


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外に出ると、陽も高くなって眩しいほどの日差しになっていました。


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昔の日時計もクッキリ。しかしそれでも寒い

歩き疲れたので、再び大樽棟のホールで休むことにしました。


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ホールには、「ペルケオ」の赤ワインの試飲の案内がありました。
お土産に試飲のグラスも付いてきます。お値段は3.8ユーロ

サラミ夫がお酒が苦手なので、私だけ頂くことにしました。


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お客さんはいません。やっぱり夏が一番賑やかなんでしょうね。


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こちらが頂いた試飲のワイン。看板には「5cl」だと書いてありましたが、もっとあったような。

ペルケオのワインというのは、ペルケオのパッケージのワインが大量に売っていたので、
それの試飲だったのだろうと思います。正直に言うと、私はドイツワインはの方が好きです。

でも、このグラスが小さくて可愛くて、とっても良いハイデルベルク記念のお土産になりました。
今でもこのグラスは家で良く使います。

ただし、ワインを飲んだ後、このグラスは自分で何とかしないといけないので、
私は持っていたビニール袋2枚に入れてぐるぐると包み込んでカバンに入れました。

これを目当てにしている人は、最初から包む物を持って行くことをオススメします。

ワインも試飲できて満足した所で、ハイデルベルク市内へ移動することに。

帰りもケーブルカーに乗るつもりが違う道を行ってしまって、歩道の方へ行ってしまいました。
戻るのも面倒なので、そのまま歩いて道を下って行ったらめちゃくちゃ近かった!

あっという間に、今朝ケーブルカーに乗った場所の近くに着きました。
上りは疲れるかも知れませんが、下りは歩いても大丈夫。

こうしてハイデルベルク城を後にしました。

posted by サラミ at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月13日

ドイツ2日目 ハイデルベルク城1

2014年1月30日(木) ハイデルベルク城1  (ウィーン・ドイツ旅行6日目)

ハイデルベルクはバーデン=ヴュルテンベルク州にある古城街道沿いの街で、
古い街並みが残り、日本人にも人気の観光都市です。

ガイドブックなどには、「ハイデルベルク城はこの街最大の見所」と紹介されていました。

で、ハイデルベルク城とは何なのかと思い、旅行前にウィキペディアを見てみると、

プファルツ継承戦争で破壊されるまで、この城はプファルツ選帝侯の居城であった。

とあるではないですか。

世界史の知識のない私は、プファルツ選帝侯って誰?と思い、再びウィキペディアを見ると、
ライン宮中伯のページに飛ぶ・・・。知識がないのでもう混乱。(笑)

選帝侯についてもウィキペディアで調べた次第です。

色々本も読んだのですがややこし過ぎて、ドイツで有名なヴィッテルスバッハ家のうちの
ドイツ・プファルツ地方を治めていた系列の人達がこのお城に住んでいたらしいということは
何となく理解できました。(そんなに頑張ってそれだけかい!)

何しろ、「神聖ローマ帝国はイタリアのローマにあるわけではない。」と何度サラミ夫に言われても、
それを理解できるようになるのに数年かかったくらいアホですから。

ハイデルベルク城は、元々はヴォルムス司教の持ち城だったのを、1225年
プファルツ伯ルートヴィヒ1世が買い取ったのだそうで、最初は小さなお城だったとか。

その後、拡張を続けたので色んな建築様式が混在しているのだそうです。

しかし、1618年に始まる30年戦争や、1688年からのプファルツ継承戦争で破壊され、
最後は雷が落ちて再建も諦めたとか。

というわけで、現在のハイデルベルク城はほとんど廃墟です。

徒歩でなくケーブルカーで一気に上ると城の裏側からアクセスすることになります。
いきなり城の近くに着いたので全体を見渡せず、全体像がイマイチ良く分かりませんでした。


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ケーブルカーを降りて歩いていくと、こんな亡霊が出そうな風景に出くわします。

写真の左に写る門はエリザベス門、その右奥の丸い塔がディッカー塔
その隣の廃墟はイギリス館ですが、何しろ廃墟だし真冬でこんな感じだったので近づいていません。

ちなみにエリザベスとは、フリードリヒ5世に嫁いだイギリス王女エリザベス・ステュアート
のことで、あの有名なメアリ・ステュアートの孫です。

エリザベス門の向こうにはシュトュックガルテンという大きな庭があり、
城の区画を別の角度から見ることができたようです。ちょろっと行っとけば良かったな。


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写真の右の屋根のない建物はループレヒト館で、城の中で現存する建物の中で一番古いそうな。
プファルツ選帝侯ループレヒト3世にちなんだ名前ということです。

あまりにもボロボロだったので、何も知らずにその後も通り過ぎてしまいました。(^^;


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入口の門(橋楼)を抜けるとこの城門塔(時計塔)があり、
ここも抜けるとやっと城館が見えてきます。


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城門塔をくぐってすぐ左にあるループレヒト館。(さっき外側を紹介した場所)
なんか中に絵画の展示があるな~と思って窓だけを何気なく撮影。

旅行が終わって写真を拡大して気づいたのですが、ドアの貼り紙に

Meeting Point 
Guided Tours

って書いてありました。ガイドツアー探してたのに、この貼り紙に全く気付きませんでした。
やっぱり観光客の少ない冬場はダメですね~。

そもそも、入場券やらオーディオガイドを貸し出しているチケット売り場の存在にも
気付くことなく中に入ってしまったので仕方ないか・・・。


28.jpg

ドアの上には天使の像が。
建設作業中に足場から転落して命を落とした建築家の息子をモデルにしたという伝承がある。
のだそうな。(ウィキペディアより)


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左がループレヒト館で、その右の奥まったボロボロの建物は、地図によると図書館棟ではないかと。
左と明らかに建築様式が違いますが、何でも図書館棟は後期ゴシック様式だとか。


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真正面にフリードリヒ館、その右横にちょこっとガラスの広間館
さらにその右はオットーハインリヒ館

それにしても、観光客がほとんど中国系なのにビックリ。しかも大声で騒ぐファミリーばかり。
カップルは静かだけどファミリーはうるさい。仕方ないけど雰囲気ブチ壊し。


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オットーハインリヒ館は張りぼてのように見えるのですが、1階には薬事博物館がありました。
ここはドイツで初めて建設されたルネサンス建築だそうな。


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再びフリードリヒ館と、左にちょこっと婦人部屋棟(王の広間)

フリードリヒ館のファサードは美しいルネサンス様式
そのファサードに並んでいる16体の像は歴代の選帝侯だそうな。


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フリードリヒ館のファサード上部だけなぜか像が5体あり(他は4体)、
中央の像は天秤を手に持っていて、どうも歴代の選帝侯ではない様子。
天秤を持っているということは正義とか公正とかのアレゴリー(寓意)なのかなーと想像。

現地で気になったので、帰ってから調べたところ、どうも正義の女神「テミス」ではないかと。
(ローマ神話ではユースティティア)

1つ勉強になりました。ってこれが正解かどうか分からないのですが。


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と、婦人部屋棟から中世から抜け出たような女性が観光客らしき人と外に出てきました。
おそらくあれはガイドツアーの最中だったのではないかと思います。

私達はチケット売り場というか、案内所みたいな有人の場所が見つけられず、
ガイドツアーをやっているかどうかも分からないまま終わってしまいました。(涙)

気を取り直し、フリードリヒ館の向こう側にあるテラスに行ってみました。


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うぉっ!いきなりの絶景!冬場ですが、この日はスカーッと晴れました。嬉しい~!


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朝もやの中、テラスからはプファルツ選帝侯の墓所だったという聖霊教会もよく見えました。


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ネッカー川に架かるカール・テオドール橋

しかし、この日のハイデルベルクはむちゃくちゃ寒く、しかも強風が吹いていました。


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朝のテラスは陽が当たらないのでこの暗さで、石造りなので骨の髄まで底冷えする寒さ。
ホンマに寒かった!1月2月に行かれる方、覚悟して下さい。

ちなみに、このテラスには「騎士の足跡」とか「間男の足跡」などと呼ばれるくぼみがあり、
選帝侯妃の浮気相手が部屋から飛び降りた跡とか色んな伝説が残っているそうです。

しかし寒すぎてそんなもの探す余裕はなく、景色を堪能した後は屋内へと退散したのでした。

ハイデルベルク城、続きは屋内です。

posted by サラミ at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月12日

ドイツ2日目 バスとケーブルカーでハイデルベルク城へ

2014年1月30日(木) バスとケーブルカーでハイデルベルク城へ
(ウィーン・ドイツ旅行6日目)

ハイデルベルク中央駅のコインロッカーで格闘していたら30分も経ち、
時刻は9時10分になってしまいました。(涙) 


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中央駅の正面を出たら、駅前広場に観光案内所があったので行ってみました。

ここで無料の地図をもらい、日本語の観光ガイドマップ(1.5ユーロ)を購入。
日本語のやつは有料ですが、とても詳細に見所が紹介されているので超オススメです。

また、観光案内所でバスのチケットハイデルベルク城の入場券も売っていました。

私達は中央駅の往復以外は歩いて観光したかったので、バスの切符を往復分だけ
買うことにしました。1回チケットは一人1.2ユーロでした。それを4枚購入。

ハイデルベルク城は、城までのケーブルカーの往復と入場料がセットになったコンビチケット
買いました。こちらはガイドブックには5ユーロとありましたが、3ユーロと格安でした。
オフシーズンのディスカウント料金だったのではないかと思います。

ちょこっとお土産も売っていたので、趣味で集めているマグネットもついでに購入。

ハイデルベルク城に上るケーブルカー乗り場までは市バス33番で行けると教えてもらい、
観光案内所の裏にある駅前バス乗り場から乗ることに。


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中央駅前の周辺は新市街で、バス停もシンプル。


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電光掲示板も分かりやすい表示です。あと〇分で到着という表示とかキッチリしてるな~。


4.jpg

しかし中央駅前はモダンです。

ハイデルベルクと言えば「古城街道」で知られる昔ながらの古い街並みというイメージですが、
ここは新市街なので全くの別世界です。イメージと違うのでびっくりしました。


5.jpg

33番のバスが来たので乗り込みました。切符の刻印は忘れません!!


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そして、降りたのがここ、「Rathaus-Bergbahn」です。
写真右に写っている茶色い建物の1階のガラスのドアがケーブルカー乗り場の入口です。

ところが、まさか入口がこんな目の前だと思っていなかった私達は、バスの進行方向ばかり
見ていて、なんとここを通り過ぎてしまい、しばらく迷ってしまいました。
いつもながらアホすぎる・・・。


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5分くらい周囲をウロウロしてバス停に戻ってきたら、ありました、入口が。(^^;
この入口のすぐ前に立っていたのに気付かなかった私達って一体・・・。


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私達が乗っていくのはSchloss(Castle/城)までですが、ケーブルカーはもっと上まで行くのですね。


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自動改札に切符を入れて通ります。立派なケーブルカーです。

しかし、こんなオフシーズンでガラガラのはずが、私達の前に英語ガイドを連れた中国人家族が。
ガキと母親が大声でうるさい。上海からここまで来てこの状況はイヤです。(涙)


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タイミング的に中国人家族と一緒にケーブルカーに乗りました。
いい場所はガキに取られてしまいました。ま、子供だからね。


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たった数分でケーブルカーは目的地に到着しました。
係の女性の視線が厳しい・・・。ドイツは優しい人とキツイ人が入り混じるなあ。


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ケーブルカーはかなり傾斜が急なんだな~と実感。


13.jpg

外に出て少し歩くとすぐにお城の建物が見えてきました。

それではまず、ハイデルベルク城から観光を始めます。

posted by サラミ at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月11日

ドイツ2日目 ハイデルベルク中央駅のコインロッカー

2014年1月30日(木) ハイデルベルク中央駅のコインロッカー
(ウィーン・ドイツ旅行6日目)

今日は、ホテルをチェックアウトしてハイデルベルク(Heidelberg)に行きます。
そして一日観光した後、フランクフルトに移動します。

ドイツの列車は満席の時が多いという口コミを良く見ました。というわけで、
この日の朝の移動は、ラッシュ時で不安だったので旅行前にネット購入していました。

チケットはドイツ国鉄のサイトから購入でき、チケットのPDFファイルをA4の紙に印刷すればOK。
乗る時は、購入の時に使ったクレジットカードが要ります。(車内検札の時に駅員さんに見せます。)


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ホテルを7時頃チェックアウトしてすぐ目の前のシュトゥットガルト中央駅へ。
この時期のこの時間は当然ながらまだ暗いです。

思えば、シュトゥットガルトは州立劇場にオペラを見に行っただけで、
町の中心には全く寄り付きもしませんでした。また機会があったら・・・。

駅の構内で水や食べ物を買い、ホームへ移動。


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列車はグライフスヴァルト(Greifswald)行きのIC2216です。
シュトゥットガルト07:37発、ハイデルベルク08:23着で、所要時間は46分でした。


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予約したけど空いていました。なんか拍子抜け。切符は2等車で、2人で29ユーロでした。
ドイツ国鉄はキレイなので2等車で十分です。


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ヨーロッパの鉄道なのに全く遅れず、ピッタリ08:23ハイデルベルク中央駅に到着。

今日の最終目的地はフランクフルトなので、ここで一旦荷物をコインロッカーに預けることに。
この駅にコインロッカーがあることは事前に調べていました。

ハイデルベルク中央駅はそれほど大きな駅ではありませんでしたが、
それでも小さなスーパーなどはありました。

コインロッカーは、構内のほとんど端っこの方で、目立たない場所にあります。


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一番奥が有料トイレで、その手前がコインロッカーです。かなりの数があります。


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ここは、お金を入れる場所が中央1ヶ所に集積されている形式です。

1.ロッカーに荷物を入れてドアを閉め、お金を「Pay here」と書かれているスロットに入れます。
2.すると、自動販売機みたいに大きめの「Chip」というコインみたいなものが出てきます。
3.取り出す時は、お金を入れたスロットの右上にある大き目のスロットにそのChipを入れます。

が、私達の時は、荷物を預けた時点で、いくらやっても入れたお金が返ってくる・・・。(汗)

あーでもない、こーでもない、とやっていたら、地元の女性がやってきて荷物を預けました。
そこで、その女性に聞いてみたところ、親切に手伝ってくれたのですが、やはりお金が返ってきます。

きっと壊れているのでは?

という女性の忠告を聞いて一番大きなロッカーは諦めました。

2番目に大きいロッカーにスーツケースを入れ(←ギリギリのサイズでした)、
入らなかった小さな荷物をまた別の小さなロッカーに分割して入れることになりました。

おかげで余計にお金がかかってしまいました。(怒)


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この荷物を預けるドタバタで30分もかかってしまいました。
あまりに苦労したので、成功した時には嬉しさのあまり記念写真を撮ってしまったほど。(笑)

例え厳格なドイツとはいえ、コインロッカーは壊れている時がある
ということを肝に銘じておきましょう。(^^;

posted by サラミ at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月10日

ドイツ1日目 シュトゥットガルトのホテル

2014年1月29日(水) シュトゥットガルトのホテル (ウィーン・ドイツ旅行5日目)

今回シュトゥットガルトで宿泊したのは、
(Novum Hotel Rieker Stuttgart Hauptbahnhof)

というホテルです。ガイドブックには「ホテル・リーカー」で載っていました。

シュタイゲンベルガー・グラフ・ツェッペリンという中央駅前の高級ホテルの
右隣りに位置し、列車で旅をする身には便利な場所です。

私達はBooking.comから予約し、1泊素泊まりで75.6ユーロでした。
予約したのはスタンダード・ルームです。そこそこお得なお値段でした。

正直、ネットの口コミなどを見ていると、部屋が相当狭いことを覚悟していたのですが、
このお値段だし1泊だけだし我慢しようと思っていました。

しかし、部屋はキレイで、そんなに狭くありませんでした。拍子抜け。


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部屋の写真はこれしかありません。

なぜかと言うと、時間がなかったのでスーツケースをドバーっと開けて
荷物をぐちゃぐちゃに放り出したままオペラに行ってしまったからです。

とてもカメラを向けられる部屋の状態ではありませんでした・・・。(^^;


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バスルームも広くはないものの、改装したばかりなのかむちゃくちゃキレイでした。
洗面台の上の棚とか、とても機能的でした。


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全体的にはこんな配置で、トイレのすぐ横がシャワーです。キレイでなかったら少し苦手。
しかし、これだと絶対に水漏れしない作りなのが救いです。


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シャワーカーテンはこのようにグルッと囲んで閉めます。

独立したシャワーブースを設置するのではなく、シャワーカーテンでこうやって四角く囲むのは
私はここが初めてかも知れません。ま、75.6ユーロという値段を考えると十分過ぎる位ですね。

フロントの人もとても親切だったし、もし次にシュトゥットガルトに行くことがあったら、
多分またここに泊まると思います。

posted by サラミ at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月09日

ドイツ1日目 オペラ:ナクソス島のアリアドネ

2014年1月29日(水) オペラ:ナクソス島のアリアドネ (ウィーン・ドイツ旅行5日目)

29日の夜はシュトゥットガルト州立劇場でオペラ「ナクソス島のアリアドネ」を観ました。

このオペラはここシュトゥットガルト州立劇場が初演だったそうで(諸説あるそうですが)
きっと力を入れているだろうと期待していました。

このオペラはプロローグ1幕というもので、この日は19時開演で休憩なし

私達はマウルブロン修道院からシュトゥットガルトに戻ってくるのが遅れ、
本当にギリギリでホテルを出発しました。

ホテルからシュトゥットガルト州立劇場までは徒歩で12分位かかったかも知れません。
少し距離がありましたが、十分歩ける距離でした。

劇場はOberer Schloßgartenという大きな公園の中にあり、
夜なのでその公園を突っ切って行くのは危険かと思っていました。

が、意外と夜も明るく人通りもあって問題ありませんでした。


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このように、州立劇場はライトアップされているし、みんな同じ方向を目指して歩いていました。
他の人達の後を追って、公園の歩道を歩いていきました。


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どよーんとライトアップされた州立劇場です。


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大急ぎで予約確認書を見せてチケットを受け取りました。
時間がないのですぐ移動。


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急ぎ足で通り過ぎる時に、チラッと1階の平土間席の様子を脇見。

と、係員の初老の女性に「今すぐ自分の席に行って下さい。」と英語で注意されました。
私達のチケットの座席を確認もせずに。

普通、手にチケットを持った人がキョロキョロしながら近づいてきたら
チケットを拝見します」とか言って座席を確認して案内するでしょうが。(呆)

アジア人=安いチケットに決まっているという先入観があるのは明白でした。
まあ、平土間のチケット持ってる人は写真なんか撮らないと思ったのかも知れません。(笑)

でも、もしも私達のチケットが平土間だったら、あの係員は一体何と言い訳したのかねぇ。
この後もそうでしたが、ドイツでは、本当に係の人(特に年齢が上の人)がキツかったな。

この時は、私達が空いている席に勝手に移動しようとしたと係員が思い込んだようでした。

一瞬チラッと見て一瞬でパシャって1枚だけ写真撮っただけなのにねぇ~。
一瞬で撮った証拠に写真ブレてるでしょうが。(←何の自慢にもならない。)

ちゃんとサラミ夫はスーツで私はワンピース。
それでもアジア人はどこまでもアウェイなのですね。

でも、アウェイ感丸出しだったのは認めます。(^^;


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素敵な階段を上がっていきます。

座席に着く前に急いでコートを預け、係の人からプログラムを購入しようとしましたが、
ギリギリだったのでもう売り切れ。あらら、遅かったから仕方ないか。


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私達の席は一人20.5ユーロの最上階の席でした。上から見下ろす形です。

予約確認メールには英語で、「the 3. Balcony Row 1 Seat 108+110」とありましたが、
厳密には4階です。(平土間の階が入ってないので。)


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一番上の階からは天井がとても近く見えました。
内装はシンプルですがクラシックです。あまり大きくなくて私の好きなサイズの劇場でした。


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しかし、上の方の座席はガラガラ。
ヨーロッパの地方のオペラハウスというのは大体こんなものなのでしょうか。

そして私達の周囲の人がみんな普段着。セーターにズボン、ジャンパーに帽子、みたいな。

私達2人だけなんかちゃんとし過ぎ?という位に焦りました。
市民に親しまれている劇場なのですね。というか、ここが天井座敷と変わらないエリアなのかも。

きっと、平土間はもうちょっとフォーマルだったに違いない・・・。

さて、演奏ですが、もうビックリです。

プロローグ(序幕)から始まって1幕に進むはずが、いきなり1幕から始まりました。

なぜかよく分からないまま観ていましたが、休憩もないのでサラミ夫と感想を述べ合うスキもなく、
プロローグはどうなったんや?と思いながら鑑賞するのみ。

この日の主なキャストは、

指揮者: Michael Schønwandt
プリマドンナ(アリアドネ): Christiane Iven
テノール歌手(バッカス): Erin Caves
ツェルビネッタ: Julia Bauer
作曲家: Sophie Marilley

あと、ナヤーデ役は、Yuko Kakuta ということで日本人の方でした。

実、リヒャルト・シュトラウスはちゃんと聞くのが今回初めてで、予習の段階で、
「あ、このタイプはダメかも知れない」とちょっと苦手意識を持ってしまっていました。

不協和音が多い、音が複雑、所々ワーグナーみたい、とか色々。(私の稚拙な感想です。)
そして何より、1幕ではフツーに喋るドイツ語のセリフが多い。

さっぱり分からん・・・。

しかし、まあ何とかなるだろうと思って本番に臨んだのでした。

いきなりプロローグを飛ばして始まってしまった1幕は、喜劇と悲劇が同時進行しますが
喜劇の方は、現代のオペラによくある少しエロっぽい演出。
まあ、よくあるやつだなーと思って観ていました。

歌唱はみなさん達者で、ソツなくこなしていたように思います。
ただ、ツェルビネッタのアリアは、「まあこんなもんかな―」という感じでした。
少し過剰に期待し過ぎました。

ちょっと苦手意識が芽生えてしまったオペラだけに、素晴らしいはずの二重唱なども、
本当に何となく流して聞いてしまった・・・。

そして休憩なく次はプロローグ。話の流れが逆になってしまうので実はおかしいのですが。

こちらは現代劇になったので、みんな衣装が普通の洋服になってしまい、
しかも、歌っている人にスポットライトが当たらないので誰が誰だか分からなくなりました。(^^;

しかも、このオペラハウスには英語字幕なんて有難いものがありません。
ドイツ語のセリフは全くもって分かりません。(話の筋だけ覚えていましたが・・・)

最後、音楽教師役の人が最後のアリアを歌う時には、なんとオーケストラピットの中
飛び込んでいってしまいました!ええーっ!!

そして、指揮台から最前列の観客の前にまで飛び出し、
最後の最後には、指揮者の横で一緒に指揮を振り、ヤーッ!と拳を突き上げてフィニッシュ。

・・・マジかい???


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舞台セットはシンプルでした。プロローグは奥に舞台と、手前に観客席のイスだけでした。

これを最後にやりたかったからプロローグと1幕の順番を変えたんやな。」とサラミ夫。

とても斬新な演出で、演出としては面白いと思いました。

しかし、いくら「ナクソス島のアリアドネ」が普通より小編成のオーケストラとはいえ、
たった一人の生声だと、オーケストラピットの中では楽器の大音量にかき消されます。

実際、最後のアリアは途中からちゃんと聞こえませんでした。
指揮者はオーケストラの音量を抑えることもしないんでしょうか。うーん。

演出が斬新でも、肝心の歌を台無しにしてしまっては本末転倒だと思います。

たまに演出やり過ぎのオペラを観ることがありますが、
演出家はオペラの邪魔をしないで頂きたいと今回も思った次第です。

特に、音楽教師役の人の歌がとても良かっただけに、
最後のアリアがちゃんと聞こえなくてそこが本当に残念でした。


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中央の恰幅の良い女性がプリマドンナ(アリアドネ)でその右が音楽教師
中央左の白い大きな帽子の女性がツェルビネッタで確かその左がテノール歌手(バッカス)

確か、とつけるほど、あれ?どれが誰やったっけ?という状態になってしまいました。

ツェルビネッタはカーテンコールで、わざわざ1幕で着けていた白い帽子をかぶって登場。
あれがなかったら、1幕とプロローグで同じ人に見えない。(笑)

帰りは少し余韻に浸っていたのと、劇場内で帰る方向を間違えたため、
若い係員の女性に「帰りはこっちですよ~」と優しく教えてもらい、出るのが最後になりました。

うーん、このドイツの若い人と年配の人の態度の違いは何だろう。


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帰り際に撮った写真です。こちらはクローク。


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みんな帰りが早いですね~。誰もいません。


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今回は、「Pre-perfomance Introduction」というのを開演45分前にやっていたので、
おそらくここが会場だったのではないでしょうか。

ドイツ語のみだったので私達は行きませんでしたが。


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帰りは、駅前通りでなく一本隣の明るい繁華街の通りを歩いた方が安全かと思いましたが、
確かに明るいですが、人通りも少なくて何だか薄気味悪かったです。(笑)

結局、行きと同じ駅前通り(←十分明るいです)を歩いてホテルまで戻りました。
でも、サラミ夫がいなくて私一人なら、もっと劇場に近いホテルに泊まったでしょうね。


最後に、忘備録として、今回の私の予習CDとDVDです。

聞いていたCDカラヤン指揮、シュワルツコップ(アリアドネ)、シュトライヒ(ツェルビネッタ)
というちょっと古い音源です。




また、NHKでザルツブルク音楽祭2012の「ナクソス島のアリアドネ:1912年初演版
というのをやっていたので、それを録画したのを見ました。



我が家には日本語字幕の付いているのがこれしかなかったのですが、
一般に上演されるのと筋が全く違うのでちょっと混乱しました。

それにしても、豹柄の衣装がここまで似合うヨナス・カウフマンってすごいわ。


ジェシー・ノーマンキャスリーン・バトルのメトのDVDも持っていたので
こちらは流して観ました。




後は、エディタ・グルベローヴァのツェルビネッタをYou Tubeで観たりしていました。
しかし、彼女を基準にしたらダメですね。そんなの絶対他の人にはムリですから。(笑)

posted by サラミ at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月08日

河南省の大気汚染

清明節の休みに河南省(&ちょこっと河北省)へ行ってきました。

色々マイナーな所を回りましたが、観光と関係なく印象に残ったのは大気汚染の深刻さ


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河南省の省都・鄭州の写真です。これは朝の7時半頃。

この時、PM2.5ではなくPM10394という恐ろしい数字になっていました。

PM10というのはPM2.5より大きい物質で、この数値が大きいというのは
明らかに砂埃とかとか目に見える汚染物質が多いということなのでしょうね。

実際、上海でもPM10の数値が高い時は空が白っぽくなることが多いですが、鄭州はひどい。
太陽がまるで日食のようになってしまっていました。

この後、列車に乗りましたが、私は気管支炎持ちなので痰がからんで最後は咳が出てきました。

しかしマスクしている人が少ない。無知と慣れは本当に恐ろしい。

暖房を使わなくなってきた春先でこの空気ということは、秋と冬は一体どんな世界になるのか。

中国の内陸は春先に旅行するに限ります。秋はキツイかも知れません。
そして、この先中国はどうなってしまうのだろう、と本当にそら恐ろしくなった今回の経験でした。

シュトゥットガルト州立劇場のチケット予約

今回、私達がシュトゥットガルトに行ったのは、ウィーンからの便が安かったのもありますが、
ちょうどその時にシュトゥットガルト州立劇場で観たいオペラが上演されているからでした。

シュトゥットガルトというと、私のイメージはオペラよりバレエだったのですが、
ここのオペラはヨーロッパでは有名だそうで、人様のブログを拝見する限り、演出が斬新な様子。

今回のチケットの予約は予想外にイレギュラーな方法だったのですが、
念のために忘備録として残しておこうと思います。

チケットは、公式サイトからオンラインで予約しました。

ドイツ語のオペラハウスの公式サイトには、大体どこも「Spielplan」という項目があり、
それをクリックすれば上演スケジュールが表示されるので、それで日程を確認しました。

後で分かったことですが、私はオペラやバレエなど、上演内容すべてを網羅するサイトを見て
チケットを予約したのですが、シュトゥットガルト・オペラのみの公式サイトもありました。

どちらのサイトでも、最後の購入の画面は同じところに辿り着くような気がします。

私がチケットを購入したのは、http://www.staatstheater-stuttgart.de/ から。

日程は1月29日と決まっていて、その日の上演は「ナクソス島のアリアドネ」でした。

公演スケジュールの「ナクソス島のアリアドネ」の詳細画面にいき、
そこのTicket(Karten)のボタンをクリックすると購入に進んでいけました。

しかし、座席表が表示される段階で、システムエラーだったのかどうしても表示されず、
ひたすら「Javaをアップデートしなさい」という表示ばかり。

そのJavaのアップデート後も同じ警告が出たままでした。(ネット環境は上海からVPN利用)
日本からだと表示されるかどうか確認してもらいましたがやはり表示されず。

サイト上には、

Select your seats in the seating chart
or order the best available seats automatically by category.

と書かれていたので、その下線部分をクリックして次に進みました。

この方法は、チケット・カテゴリー(値段)を指定して自動的に先方に座席を割り当ててもらう
方法です。昔のコンサートの電話予約みたいなもので、これは座席指定が出来ません

しかし、旅程は決めてしまったし、仕方ないので、昔ながらのこの方法で頼みました。
システムエラーのせいで面倒くさい・・・。

ここで、別画面で公演詳細を見てからまでの公演グループを確認。
グループはが一番値段が高く、私達の公演はでした。

そして、サイト内の、Tickets < Seating charts and prices を見て料金座席を確認。

チケット・カテゴリー(=プライスグループ)はからまであり(9が一番安い)、
座席表を見て、私達の場合はのチケットを取ることに決定。

そして、サイトの予約フォームに従って、チケット・カテゴリーなど選択肢が出るものは
その中から選択していきます。

選択した(チケット)カテゴリーが売り切れの時はどうするか?
という質問に対しても、一つ上のカテゴリーか一つ下のカテゴリーか選べました。

また、考えもしていませんでしたが、2座席の予約を希望していたので、
並びの席が取れない時はどうするか?という質問まであり、ちゃんと、

バラバラの席でも良い
バラバラの席だったら要らない

と選択肢がありました。(ちなみに中国だったら有無を言わさずバラバラです。)
だから、あまりにもひどい!と思うような座席指定はないと思われます。

また、私が予約した時は、チケットは劇場で引き換えとのことでした。
*2015年1月追記:現在はチケットを家で印刷できるようです。

そして、住所や名前などの個人情報を入力していきますが、
クレジットカード情報の入力欄で、KPN-No.の意味が調べても分からず、

KPN-No.の意味が分からなくて予約フォームを完了できないので、
代わりにこのEメールで予約できますか?」とメールで問い合わせてみたら、

kpn-nr means it is he proof number to see if the card is correct.
you will find it on the back of you card. (3 numbers)

とすぐに返事が返ってきました。
要は、KPN-No. というのは、カード裏にあるCVCコードのことでした。

これで、再度、order the best available seats automatically by category.
のリンクから無事に予約し、確認メールをもらいました。

以下、その確認メールです。当日はこれを印刷したものを見せてチケットと引き換えました。

Dear サラミ ,

we booked for you 2 tickets for the performance Ariadne auf Naxos on 29.01.2014

We booked as requested 41 Euros from your credit card.
The ticket is deposited at the box office under your name and booking number 〇〇〇.

The ticket you have is in the 3. Balcony Row 1 Seat 108+110 (next to each other)

You can fetch your ticket from now on from mondays through fridays 10 am to 7 pm
on saturdays 10 am to 2 pm.The Performance starts at 7 pm; the box office opens at 6 pm.

Best regards

しかし、システムエラーがなかったら、こんな苦労しなくて良かったのに。
KPN-No. 以外はあんまり他の方の役に立たない情報です。(^^;

posted by サラミ at 03:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月07日

ドイツ1日目 バイエルン・ミュンヘンに遭遇

2014年1月29日(水) バイエルン・ミュンヘンに遭遇 (ウィーン・ドイツ旅行5日目)

マウルブロン修道院を後にして、帰りは16:37発のバスでミュールアッカーに戻り、
そのまま急いで16:59発の列車でシュトゥットガルトに戻りました。
予定より25分遅れです。

冬はもっと日が短いと思っていたのですが、1月末ともなると夕方は17時近くでも
周囲は明るかったので助かりました。

暗かったら修道院から最寄りのバス停までちゃんと戻れたかどうか・・・。


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外は列車に乗っている間に暗くなってきました。

シュトゥットガルト中央駅の到着予定時刻は17:39で、特に遅れもなく無事に着きました。

しかし、19時からはオペラ鑑賞です。

急いでホテルに行ってチェックインし、預けていたスーツケースを受けとり、
バタバタと部屋で着替えました。ぜーぜーぜー・・・。いつも時間ギリギリです。

シュトゥットガルト州立劇場では予約確認メールをチケットに引き換えなくてはならないので、
急いで出発しました。しかも歩いて10分~15分くらいはかかるだろうし。

と、ホテルを出ると、いきなり人だかりが。


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我々のお隣のシュタイゲンベルガー・グラフ・ツェッペリンという5つ星ホテルの正面玄関前に
何と!サッカーバイエルン・ミュンヘンのバスが~!

サッカー大好きのサラミ夫がコーフンしてズンズンと覗きに行きました。(笑)


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どうやらこの日、シュトゥットガルトで試合があるようです。(あるいはあったのか?)

そういえば、今日の昼間、中央駅でバイエルン・ミュンヘンのユニフォームを着た
サポーターみたいな人達をいっぱい見たことを思い出しました。

そうか、あれは試合の応援に行くところだったのか。

「ドイツ各都市の大きな駅はサッカーの試合があるとサポーターで溢れかえってすごいことになる」
って噂には聞いていたけど、本当にこんなにたくさんサポーターがいるのだと実感。

サラミ夫は、ひたすら「バイエルンの監督が見たい~」と言っていましたが(有名だそうな)、
オペラの時間が迫ってきていたのでとっとと諦めた模様。

オペラがなかったら絶対ここで待ってたのに~、と悔しそうでした。


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ちなみに、この場所はシュトゥットガルト中央駅のはす向かいという感じの位置です。
ものすごく急いでいたのでまともに駅の写真が撮れませんでした。


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駅を左手に歩き出しましたが、時計塔の上でゆっくりと旋回しているダイムラー社のベンツのマーク
どんぴしゃのタイミングで写すことは出来ませんでした。(悠長に待っている時間がなかった。)

なんでも、シュトゥットガルトにはベンツとかポルシェとかの本社があるんだそうな。

ベンツポルシェバイエルン・ミュンヘン!いかにもドイツですなぁ。(^^)

posted by サラミ at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月06日

ドイツ1日目 マウルブロン修道院2

2014年1月29日(水) マウルブロン修道院2 (ウィーン・ドイツ旅行5日目)

マウルブロン修道院の続きです。


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まず、音声ガイドに従って回廊の南西の角に来ました。
が、思いっきり工事中。ショック~!!

美しいはずの回廊が工事で全く美しくなく、いきなり写真撮る気が薄れました。

この修道院で一番有名な泉の小屋(噴水のある小部屋)も、外壁工事みたいで
全部外側が覆われていました。

回廊は諦めて、付属教会の内部へ。


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付属教会は、身廊と両側に側廊のある3廊式で、身廊(この写真)の天井がすごい。

下のアーチ部分は半円形で完全にロマネスクなのに天井はゴシックです。
1178年にロマネスク様式で建てられ、15世紀になって天井がゴシックに改修されたそうな。

ちなみに、祭壇の向こう側の見えない部分は聖歌隊席


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天井の曲線と装飾がとてもキレイです。


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キリストの十字架は木造かと思ったら石造なのだそうな。言われないと分かりません。
しかも、一枚岩から掘り出されたものだとか。15世紀の作です。

しばらくここで、音声ガイドでグレゴリオ聖歌を聴いていました。荘厳の一言。


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祭壇の反対側。この辺は新しいと思われます。


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祭壇の後方にあった聖歌隊席の一部分。
この辺りは増築だそうです。木造彫刻がとても精緻でした。

しかし、日の短い真冬の午後3時ともなると本当に太陽の光が入らなくて、
聖歌隊席の写真はほとんど真っ黒になってしまいました。(私がヘタという事実は棚上げ。)


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聖歌隊席の天井は色合いが素敵です。


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聖歌隊席から回廊に出て来ました。この東の回廊は1270年~1300年に改修したそうな。


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この飾り格子も完全にゴシックですね。向こうの部屋は総会室(Kapitelsaal)です。


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こちらは談話室(パルラトリウム/Parlatrium)。うっすらと聖母マリアの壁画が残っていました。
この部屋も天井が美しいですが、やはり全体的に薄暗くて写真がうまく撮れませんでした。

しかし、シトー会というと、絵も含めて装飾は一切なしというイメージでしたが、
ここは意外と派手めなのかも知れません。あるいは、シトー会以後のものかも。

修道士達は、この談話室以外では会話禁止だったそうな。どんだけ静かだったんでしょうか。

この後、暖房室(カレファクトリウム/Kalefaktorium)という部屋も見ました。
(真っ暗で写真が撮れず。)

修道院の中はそこ以外は一切暖房がなかったそうですが、南国ならいざ知らず、
このマイナス気温の中でダウンジャケット着るでもなく、本当に想像するだけでツライ・・・。


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そして外観が絶賛工事中だった泉の小屋(Brunnenhaus)の噴水
この噴水が一番有名ですね。小説「車輪の下」にも出てくるとか。(読んでないけど。)

冬だからなのか、水は出ていませんでした。

この3層の噴水は一番下だけがオリジナルなのだそうです。
こうしてみると、一番上だけ青銅だったのですね。


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この小屋もゴシックでいい雰囲気ですが、何しろ工事中なもので、足組みの鉄の棒が邪魔。


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天井もいい雰囲気ですが、結構古い感じもしました。


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こちらは修道士の食堂(Herrenrefektorium)です。

ものすごく天井が高いです。ここで修道士は平然とマウルタッシェンを食べてたんだな。(笑)
あと、修道院ではワイン作りもしていたので、質素な食事ながらワインも飲んでいたようです。

こんな広々とした場所ですが、食事中も喋ってはいけないので、きっと修道士のみなさんは
黙々と食事をしていたんでしょうね。私にはムリ~。

定かではありませんが、ここも天井だけ後から直したような感じがします。


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こちらは平修道士の食堂(Laienrefektorium)。
修道士と平修道士は別々の場所で食事していたのですね。

この天井がいかにもシンプルなシトー会、ロマネスクか~!みたいな気になりましたが、
音声ガイドによると、この天井は19世紀に直したものなのだとか。あ、新しいのか。

椅子やステージがあったので、色々とイベントで使われているようです。

平修道士は肉体労働に従事していたため、食事の量は修道士より多かったそうな。
そりゃ、カロリー消費しますからね。食べなきゃ死にますよ。

そこに断食期間なんぞもあるもんだから、思い余っての隠れ肉食いというわけですね。
ひき肉を皮で包んで隠していたマウルタッシェンを作り出すとは、必要は発明の母ですね。

修道院だけならそれほど広大ではありませんが、音声ガイドを聞いていると
結構見て回るのに時間がかかりました。

最後にインフォメーションに戻り、お土産を買いました。
あの有名な噴水のマグネット(2.95ユーロ)と、シトー会修道院の本


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この本はフランス語と英語の併記です。(シトー会修道院はフランスが一番多い。)
お値段は17.5ユーロでした。

しかし、数あるシトー会修道院の中で、マウルブロン修道院の噴水が表紙ですよ!
それだけこの噴水は有名なのですね。

この表紙を見たら、花の咲き乱れる春・夏は日も差して美しいんですね~。
今回は冬の日の傾いた時間に来たので、良い写真が撮れなかったことだけが残念でした。

でも、貸し切り状態だったので、静かでシンシンと底冷えする中、
修道士の過酷な生活を追体験できた(ような気がした)のはとても興味深かったです。

ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」を読んでみようかな。

posted by サラミ at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月05日

ドイツ1日目 マウルブロン修道院1

2014年1月29日(水) マウルブロン修道院1 (ウィーン・ドイツ旅行5日目)

マウルブロン修道院(Kloster Maulbronn)にやってきました。

ここは、1147年にシトー会の修道院として設立されたのが始まりです。

宗教改革の後にプロテスタントの神学校となり、ここに通った生徒の中に、
「ケプラーの法則」のヨハネス・ケプラーやヘルマン・ヘッセがいることで有名だそうな。

ヘッセの小説「車輪の下」はここが舞台なのだとか。(読んでないので分からんが・・・)

また、アルプス以北のヨーロッパの修道院の中で、付属の建築群を含め
最も保存状態が良いのだそうで、1993年にはユネスコの世界遺産に登録されています。

しかし、私はこの「アルプス以北」というのが引っかかりました。
アルプス以南も入れると、第一位の座はイタリアとかに持っていかれちゃうのでしょうか。


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敷地内には、修道院の付属教会の脇の小道を通っていきました。教会の後ろ側が見えます。


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修道院は、何世紀にも渡って増改築を行っているため、ロマネスクからゴシック後期までの
建築様式が混ざり合っているそうです。

また、ドイツ語圏でゴシック様式が最初に使われた建築がこのマウルブロン修道院なのだとか。

パッと見はロマネスクっぽく見えますが、教会の屋根にあるフライング・バットレス(飛梁)を見ると、
やっぱりゴシック入ってるんだな~という感じです。


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中庭まで来ると、なんだか可愛らしくもドイツらしい建物群が。中世かここは。

シトー会は農業などに携わって自給自足で生活していたので、
これらの建物は貯蔵庫だったり作業所だったりしたようです。

それにしても、人がいません。やはりこんな極寒の中ノコノコやってくる人は少ないのでしょう。
観光客は私達以外には1組くらいしか見ませんでした。ほぼ貸切状態です。


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右のピンク色の建物は市庁舎(Rathaus)で、左は現在レストランです

シュヴァーベン地方(この辺り)にはマウルタッシェンという大きな餃子みたいな郷土料理があり、
時間があったら、マウルタッシェンを食べてみたかったのですが、時間がなくて断念。(涙)

マウルタッシェンはマウルブロン修道院で作り出された料理なのだそうで、
お肉を食べてはいけない修道士が、皮で包んでひき肉を隠し、知らんぷりして食べたのだとか。

シトー会というのはめちゃくちゃ厳格なところだと思っていましたが、
中世のここの修道士さんは、何だか人間らしくて可愛いですね。


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向こうの方にマウルブロンの門が見えます。門のそばには雑貨店やお土産屋さんなどが
並ぶようですが、このオフシーズンは全然営業していないようで、門は閉まったまま。


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インフォメーションでまずチケットを購入。1人7ユーロでした。

着ている防寒着が重いので預けようかと思ったのですが、係の女性に
修道院の中はすっごく寒いのでそのまましっかり着ていった方がよい。」と言われました。

日本語音声ガイドがあったので2人分借りました。
(確か2ユーロ位払ったような。)


map.jpg

こんな日本語の順路案内まで頂きました。

トイレの場所を聞くと、外にあるから、とボールペンで矢印を書いてルートを教えてくれました。


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まず、インフォメーションに隣接した部屋で、修道院の模型を見ながら音声ガイドの説明を聞きます。
敷地は見学できない部分も含めて、とても広いことが分かります。

そして、「修道士」の他に「平修道士」がいることを音声ガイドで知って驚きました。

修道士は読み書きが出来てラテン語も操るエリート、一方の平修道士肉体労働

何となく私の頭の中のイメージは、修道士が大学院卒で平修道士が学校行ってない・・・みたいな。
しかも、確か、平修道士が修道士になることはない、と言っていたと思うのです。(ちょっと曖昧)

修道院の中にそんな身分の違いがあるなんて。しかも出世のチャンスもないなんて。
と、あくまでも、サラリーマンみたいな世界を想像して修道士が上司だと思い込むサラミです。


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外に出て教えてもらったトイレに向かう途中、仏像やら色んな像を発見。
どうも雑貨屋さんみたいなのですが、ここも閉まっていました。

ここのトイレは外気と気温が同じです。とにかくむちゃくちゃ寒い。そしてむちゃくちゃ清潔です。

中はキレイに改装されていて、普通の洋式トイレです。
しかし、この真冬のマイナス気温の中、便座がステンレス

・・・座った瞬間死ぬかと思いました。冬に訪問する女性の方は覚悟して下さい。


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それでは、見学順路に従って修道院に向かいます。
一番右が修道院付属教会で、左端には平修道士の食堂の窓が見えています。

余談ですが、写真の左側に青っぽいモノが写っていますが、それが噴水であることを、
この写真を見て初めて気づきました。夏しか水が出ていないのですね。



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違うアングルから。右の教会の入り口部分は少し出っ張っていますが、この玄関ホールは増築で、
パラディース(Paradise)と呼ばれている有名な部分です。


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パラディースは北フランスの初期ゴシック様式の影響が見られるのだとか。
ロマネスクから初期ゴシックの混合という感じで、確かに外観のアーチの装飾はゴシックっぽいです。


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ここに中の見取り図がありました。増築して複雑になったようです。


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修道院内部への入口はえらく現代的でした。それではこれから内部に入ります。

posted by サラミ at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月04日

ドイツ1日目 マウルブロン修道院への行き方

2014年1月29日(水) マウルブロン修道院への行き方 (ウィーン・ドイツ旅行5日目)

マウルブロン修道院へは、列車バスを乗り継いで行きました。

シュトゥットガルトからの行き方は、「地球の〇〇方」に書いてある通りでした。

私達はミュールアッカー(Mühlacker)まで列車で行き、そこから700番のバスに乗り換えて
Altes Stadtbad, Maulbronnで下車し、そこから前方に10分ほど歩きました。

が、ネットの口コミによると、同じ700番のバスで、それより先のAlte Post, Maulbronnで下車し
そこから来た道を歩いて戻った人もいるようでした。

私達の場合は、乗った700番バスの運転手さんが「ここだよ」と教えてくれたバス停も
ガイドブックと同じAltes Stadtbad, Maulbronnでした。

ま、どちらのバス停で下りるにしろ、少し歩かなくてはなりません。

列車とバスの時刻表はドイツ国鉄のサイトで全部調べられます。
特に、700番のバスは本数が少ないので、時間が限られる私達は事前にチェックしました。

あと、マウルブロン修道院のサイトのHOW TO FIND USという部分に
地図と交通情報が載っていたので、私はそれも印刷して持っていきました。(英語)


5月~10月の日曜・祝日は「Klosterstadt-Express」という列車が近くに停まると
載っていましたが、私達の訪問時期は1月末だったので、この情報は真っ先に除外。


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シュトゥットガルトからミュールアッカーへは、12:19発のRE19506に乗りました。

行先は列車によってハイデルベルクだったりカールスルーエだったりしますが、
この列車はハイデルベルク行きでした。所要時間は39分です。


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到着時間予定の12:58頃、「ミュールアッカ~」と見えたような、聞こえたような・・・。
で、慌ててここで降りました。が、何だか様子がおかしい・・・。


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駅名が、Mühlackerではなく、Mühlacker-Rößleswegになっている・・・。ガーン!

そこに、中国系の留学生みたいな若い男性がミュールアッカーは次の駅だと教えてくれました。

そうです。あと2分で到着だったというのに、1つ手前の無人駅で降りてしまったのです。
タクシーを呼ぶにも、あまりにも何もない駅でショックを受ける私達二人・・・。(←アホ)


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時刻表を見てみると、次のミュールアッカー行きは13:30まで来ないので、
仕方なくホームで30分待ちました。時間ないのに30分のロスは痛い・・・。


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しかも、この日は寒くて風もあったのに、風を避けられる場所もないこの作り。
サラミ夫は、手荷物の中に入れていた裏起毛のオーバーパンツを履きました。


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30分寒さに耐え、ついに列車がやって来ました。普通のSバーンでした。


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が、ミュールアッカーまでの所要時間がたったの1分だったので、乗り込んですぐ降りるハメに。
ウィーンで買った毛皮の防寒用帽子をガッツリと被ってグッタリするサラミ夫。(笑)


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本物のミュールアッカーの駅は小さいとはいえ、これ位の規模がありました。


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ミュールアッカーは「Mühlacker」です!!間違えたアホ夫婦がここに。


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30分予定より遅れてミュールアッカーの駅前に出ると「Busbahnhof」の標識が。
これに従って左に進みます。


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バスターミナルの手前に時刻表があるので次の700番バスをチェック。

予定では、13:08発のバスに乗る予定でしたが乗り遅れてしまい、
次のバスの13:48発に乗りました。これで予定より40分遅れ。(涙)

700番バスの行き先は「Bretten Bahnhof」です。

切符は乗る時に運転手さんから買いました。一人2.2ユーロ

もう下りる所を間違えたくないので、「マウルブロン!」と連呼して修道院に行くことをアピール。
バスは結構空いていたので、運転手さんの真後ろに座りました。

運転手さんに日本人だと英語で言うと、

「プライム・ミニスター(首相)はアベだね。」

と言われ、???安倍さんドイツで何か話題に上るようなことしたっけ???と
疑問に思っていると、なーんと、運転手さんはイスタンブール出身のトルコ人でした。

す、すごい。親日のトルコ人は日本の総理大臣の名前も知ってるのか。


12.jpg

バスはのどかな風景の中を走っていきますが、お天気は雲が多くて微妙。
所要13分で最寄りのバス停に着きました。

降りる前には運転手さんが声をかけてくれ、サラミ夫がトルコ語で「ありがとう」と言って
お互い笑顔で別れるという、何ともほのぼのしたムードでした。


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しかし、降りたAltes Stadtbadというバス停はこんな何もない所にあります。

ここからバスの進行方向に向かって道なりに歩いていけば修道院が見えてきますが、
事前に地図をチェックするとかしないと、方向が分からないと思います。


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向かいには帰りのミュールアッカー行きのバス停があるので、まずは帰りのバスをチェック。
一応事前に調べてはいたのですが、変更があると困るので再確認しました。


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ちょっと大きく載せてみました。マウルブロン修道院近くのAltes Stadtbadからの時刻表です。

到着した今の時間が14時過ぎなので、15時台のバスはキツイです。
遅くても16:37発に乗らなければ、今夜のオペラには間に合いません。
(しかし余りにもギリギリ。)


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帰りのバスルートのアップです。Alte Postで降りるとバスに乗る時間が2~3分長くなります。
でも、修道院を通り過ぎてから停まるので、場所は発見しやすいと思います。

間に「Schefenacker」というバス停がありますが、修道院の近くにバス停はないという話なので、
このバス停は(バス停のくせに)停まらないんじゃないかと想像しています。(想像ですけど。)


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私達はバス停からひたすら道なりに歩きましたが、全く修道院が見えてきません。
しかし、周囲はドイツの田舎町と言う感じで可愛らしいです。これで天気が良ければなぁ。


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最後に、修道院の屋根がこんな形でうっすらと木に隠れて見えてきました!

行ってから分かったことですが、手前のバス停(Altes Stadtbad)で降りると、
修道院の正門ではなく、後ろ側からアクセスすることになります。

しかし、運転手さんもこっちのバス停を示してくれたし、まあこれでいいのでは、と思います。
修道院の看板などは、修道院の間近まで来ないと一切ありません。

正面の門から入りたい方は、さらに前方に歩くか、やっぱりAlte Postで降りた方がいいかも。
Alte Postのバス停はこの目で見ていないので、距離感とか分かりませんが。

バス停から10分ほど歩いたので、私達が修道院に着いた時刻はもう14:20くらいでした。

それでは、急いでマウルブロン修道院を見学します。(涙)

posted by サラミ at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月03日

ドイツ1日目 空港からシュトゥットガルト中央駅へ

2014年1月29日(水) 空港からシュトゥットガルト中央駅へ (ウィーン・ドイツ旅行5日目)

ここから本格的なドイツ旅行の始まりです。

まずシュトゥットガルトに入り、ドイツ国鉄であちこち立ち寄りながら、
最終的にハンブルクまで行き、そこからエミレーツ航空で帰るという旅程です。

観光しながら夜はオペラも観るので、時間的にも体力的にもキツイです。


Germany_map.jpg

シュトゥットガルト(マウルブロン修道院) → ハイデルベルク → フランクフルト
→ ハノーファー(ツェレ・ゴスラー・ヒスデスハイム) → ブレーメン → ハンブルク

と北上しながら観光する予定です。

シュトゥットガルトではオペラを見ます。歌劇場はシュトゥットガルト中央駅から
歩いていける距離なので、列車の移動が多い今回は中央駅近くに宿を取りました。

ということで、まずは空港から中央駅まで行かなければなりませんが、
郊外列車のSバーン27分で移動できます。

空港では急いでいたので1枚も写真を撮っていないのですが、コンパクトで
とても分かりやすい空港で、空港内のドイツ国鉄の駅もすぐに分かりました。

緑に白抜きのSマークがドドーンと表示してあるので、それに従って下の階に下りると
スムーズにSバーンに乗れるという便利さ。

また、目に付く場所に列車やバスの時刻表があるので、それを見ながら動けます。

とはいえ、こんなに便利だとは知らなかったので、私達は事前にドイツ国鉄(DB)のサイトで
時刻を全部調べて印刷して持っていきました。

From : Flughafen Stuttgart
To : Stuttgart Hauptbahnhof

で検索したら出てきました。空港は、Flughafen/Messe という候補が出ました。

このドイツ国鉄のサイトもすごいです。プラットフォームの番号まで出てきます!
さすがドイツ!仕事がキッチリしています。ラテンの国とは大違い。

しかし、ドイツ全般の話ですが、調べるとエンドレスに細かい情報が全部出てくるので、
ドイツ旅行の事前準備では、逆に情報が多すぎてキリがなくて大変でした。(笑)

さて、空港駅に向かって下の階に行くと、ドイツ国鉄の有人窓口があったので、
そこで中央駅までのチケットを購入。一人3.7ユーロでした。

予定していた列車の時刻が迫っていたので急いで乗車。
でも乗る前の刻印は忘れません!(罰金取られるのイヤだし。)

中央駅に行く列車はS2S3で、私達は11:08発のS2に乗りました。


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車内はガラガラでした。そしてとてもキレイで暖かかったです。


2.jpg

が、外はむちゃくちゃ寒そうな雪景色です。
そりゃ、ウィーンより緯度高いんだし、絶対ドイツの方が寒いよな・・・。

外の気温に怯えつつ、予定通り11時半過ぎシュトゥットガルト中央駅に到着しました。


3.jpg

初めてドイツの鉄道駅に降り立ちましたが、シュトゥットガルト中央駅は巨大でした。

マクドナルドとかノルトゼーとかお馴染みのお店以外にもミニスーパーとかスタンドがたくさん。
食べ物関係はここで買えば困らないな~、とざっと見ての感想です。(今日も夜はオペラだし。)

さて、今日の予定は、今からホテルにスーツケースを預けに行き、近郊のマウルブロン修道院
見学してまたシュトゥットガルトに戻ってチェックインして、夜は19時からオペラ鑑賞です。

マウルブロン修道院へは、鉄道バスを乗り継いで行かなければならないので時間がかかり、
今日の日程はかなりギリギリです。時間を気にして動かなければオペラに間に合いません。

まずは、急いで駅前のホテルへ。

ホテルは、駅の向かいにシュタイゲンベルガー・グラフ・ツェッペリンという5つ星ホテルが
という長い名前のホテルを予約していました。

駅からは、まずその巨大な5つ星ホテルの方を目印にして(目の前に見えてます)、
そのホテルの右端まで行けば、少し奥まった所にホテルがあります。

まだ早くてチェックインできなかったので、とりあえず荷物を預かってもらいました。

フロントの男性がものすごく愛想よく親切で、話の流れで修道院に行くと言ったら、
わざわざ調べてくれたのですが、すぐには分からないようでした。

いやいや、ここから列車に乗ればいいことは分かってるから大丈夫です、ありがとう~!
と丁寧にお礼を言い、急いで中央駅に戻りました。


4.jpg

有人窓口は駅の東(右側)の端にありました。


5.jpg

ここは銀行みたいに番号札を取って並ぶ方式で、座って待っていられるし機能的でした。
でも、たまたまなのか待ち時間ゼロで、さっそく切符を買うサラミ夫。

サラミ夫曰く、係の男性はとても丁寧で親切だったそうです。

しかし、切符はA4の紙で、下3分の1が切符で、上3分の2は時刻表などの詳細でした。
いちいちデカくてびっくりしました。

列車に乗り込むまで時間がなかったのですが、この日は列車の中でしか昼食を取れないので、
ドイツ国鉄の有人窓口のすぐ左にあったマツキヨみたいなお店でまずを購入。


6.jpg

これは夜に撮った写真ですが、このお店で買ったミネラルウォーターが、
今回のドイツ旅行で一番安かったです。(しかし肝心の値段を忘れた・・・)

さらに、ミニスーパーみたいな所でドイツ初のホットドッグと、
ノルトゼーサンドウィッチを買い、サラミ夫が靴擦れのため薬局で色々と購入。


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ホットドッグはこの潔さ。パンに長~いソーセージを挟んだだけ。

オーストリアとは違い、「ケチャップかけるか?マスタードは?」と尋ねてくれたので、
全部断ったらこうなりました。でもソーセージがスパイス効いてて濃いので十分です。

ドイツでは、駅でホットドッグを立ち食いしている人も多く、
立食用のテーブルもあったりしたので、私達もその場でバクバク頂きました。
うん!見たまんまの味!(笑)でもソーセージは日本のよりかなり塩気が強め。

そして、12時19分発の列車に飛び乗りました。いやー、忙しい~~!!

それではマウルブロン修道院へ向けて出発です。

posted by サラミ at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする

2014年04月02日

ドイツ1日目 ジャーマンウイングスでシュトゥットガルトへ

2014年1月29日(水) ウィーンからシュトゥットガルトへ (ウィーン・ドイツ旅行5日目)

今日はドイツシュトゥットガルトへ移動します。

シュツットガルトを選んだ理由は単純でした。

サラミ夫がウィーンからドイツのどこかへ飛ぶ航空会社を比較検討したところ、
ジャーマンウイングス(Germanwings)のシュトゥットガルト行きが比較的安かったから。

とはいえ、ジャーマンウイングスはドイツの格安航空会社(LCC)ではあるものの、
少し高級な感じなので、ライアンエアーなどのむちゃくちゃ安いところよりは高価です。

まずは、6時半頃ホテルをチェックアウトし、Uバーン(地下鉄)でウィーン・ミッテ駅へ。
ここまでは24時間チケットを利用していました。

ここからウィーン空港までは、来た時と同様にSバーンで向かうつもりだったので、
地下鉄を出たら、そこで空港までの切符を買うつもりでいました。

しかし、Uバーンがウィーン・ミッテ駅に到着した時、一体どこのホームに着いたのか
サッパリ分からないような、ガラーンとした屋外に到着してしまいました。

どうも、このままSバーンに乗り換えられるような雰囲気が・・・。

事前に調べていた空港行きの列車の時間も迫っていたので、私が荷物番になり、
サラミ夫が駅の階段を駆け上がって、有人窓口で空港までの切符を買って戻って来ました。
切符は一人2.1ユーロ

そして何とか乗車。・・・改札がないので仕組みがよく分からん・・・。

しかし何とかウィーン空港までは無事に到着しました。

ジャーマンウイングスのチェックインカウンターを探しつつ、
同時に免税手続きのカウンターも探していました。

ウィーンではアウトレットで買い物したので免税手続きを、と思っていましたが、
次の行き先がEUのドイツなので、ここでの手続きは不要でした。

EU加盟国の「最後の滞在国」を出国する前に免税手続きをする

という原則がすっかり頭から抜け落ちていました。

インフォメーションカウンターがあったので、そこの男性に丁寧に教えてもらいました。
といっても、文章1文だけで終わる説明ですけど。(^^;

おバカな私達は、商品を税関で見せなければいけないと思い込んで、
スーツケースとは別のデカバッグに入れて持って来てしまいました。

これから荷物チェックの厳しいLCCに乗るというのに。

しかし、心配する私をよそに、サラミ夫は何とかなるだろうとあくまで楽天的。
ま、サラミ夫がアウトレットでを買い過ぎて、どうせスーツケースには入らないのですが。


1.jpg

私達が乗るのは8時55分発の4U2759便ですが、4Uという航空会社コードがありません。
同じ時刻でOS8735というのがありますが、どうもオーストリア航空と共同運航のような。

ジャーマンウイングスはルフトハンザ航空の子会社で、この時はルフトハンザの国内線を
順次ジャーマンウイングスの運行に切り替えていっている最中でした。

ということで、ルフトハンザとオーストリア航空の共同運航という位置付けだったのかも。

ジャーマンウイングスの搭乗手続きは自動チェックイン機でやりました。

やり方は、予約番号か、パスポートか、あるいはもう一つの何か(すいません忘れました)
のどれかで身元確認。すると、すぐにチケットがピラ~っと出ます。

その後、カウンターで預託手荷物を預けます。


2.jpg

カウンターはオーストリア航空のカウンターでした。早朝のせいか空いていました。

ジャーマンウイングスはLCCだけあってサービスの違いで料金が3種類あり、
私達は一番安いベーシック(Basic)という料金でオンライン予約しました。

機内食預託手荷物座席指定も有料なので、預託手荷物(23キロまで)だけ
追加で2つ分予約しました。この時は1つ12.5ユーロでした。

その他、この予約に対して手数料(Transaction Fee)が9.9ユーロかかりました。

トータルで、この時は一人107.88ユーロ。激安というわけではありません。

座席指定はしなかったので、自動チェックイン機から出てきたチケットには
勝手に割り当てられたバラバラの座席番号が載っていました。

が、スーツケースを預ける時、親切なカウンターの係員の女性がチケットを見て、
一緒に座りますか?」と気を効かして隣同士の座席で発券し直してくれました。

さすがウィーン!気が利くわ~。

1時間20分のフライトなので、バラバラでも我慢しようと思っていたのですが、
これで一緒に座れることになり、感謝感激です。

しかし、デカバッグを持って立ち去ろうとする私達を見て女性が一言。

機内持ち込みの手荷物は一人1つだけですよ。

ギクッ!!そうです。私達はそれぞれ一つバッグを持っていて、
それとは別のこのデカバッグ・・・。

OK~!」 と明るく返事をしたものの、このままでは絶対に飛行機に乗れないと思い、
デカバッグから中身を全部出してバラしました。

バッグはレスポだったので畳んでしまい、どこにも入らない靴箱は、
2人ともごっついダウンコートを手に持っていたので、そこにくるんで機内へ。

フライト中は靴箱を前の座席の下にカバンと一緒に置いていました。

まあ、規定のカバン1個以外に靴箱を手に・・・というヘンな状態でしたが、
何とか迷惑をかけないように頑張ったつもりです。

しかし、やっぱり、ショッピングしまくる旅程の時はLCCはムリがありました。
反省しております。というか、サラミ夫の買い過ぎ。(^^;

なんだかんだ問題はありましたが、セキュリティを通って出国です。
セキュリティはキッチリしていました。みなさん真面目で手を抜くことがありません。
国民性かなあ・・・。


3.jpg

そして免税店。ザッハトルテが売っている!!
欲しいけど、食べたいけど、私達は今から家に帰るわけじゃないので泣く泣く断念。

その後、フライトは予定通りに出発。乗り込む時も殺到するわけでもなく普通でした。


4.jpg

機材はA319で小さいものの、乗り心地も広さも思った以上に普通でした。
中国の春秋航空などにありがちな、むちゃくちゃ狭い!という感じもありません。


5.jpg

乗客も普通です。男性が多いような気がしました。仕事でしょうか。


6.jpg

写真がブレてしまいましたが、前の座席のこんな所に機内誌などがありました。

機内では、有料で飲み物を頼む人は結構いましたが、食事する人は少ないようで、
私達は、前の日に作ったサンドウィッチがあったので、それを食べました。

フライトは予定通り、10:15シュトゥットガルトに到着。
時差もないし、言葉も同じドイツ語だし、なんだかものすごく近い感じがします。(実際近い!)


7.jpg

飛行機を降りてから撮ったジャーマンウイングスの機材。至って普通です。

乗ってみたらレガシーキャリアに近いLCCという感じでした。(荷物のチェック以外)
サービスの有料・無料など仕組みが分かっていれば、全く問題なく乗れると思います。

こうしてついに、ドイツシュトゥットガルトに上陸しました。

posted by サラミ at 01:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 14ウィーン・ドイツ | 更新情報をチェックする
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