2013年10月21日

香港・マカオ2日目 聖ポール天主堂跡

2013年6月9日(日) マカオ 聖ポール天主堂跡

マカオのランドマークとも言うべき聖ポール天主堂跡


1.JPG

大人気の場所だけにすごい人。ローマのスペイン階段みたいなもんでしょうか。

観光案内所でもらった英文パンフによると、

ここは元々1602年から1640年にかけてイエズス会によって再建された、
The Church of Mater Dei(=The Church of the Mother of god/聖母教会)
だったそうな。(それより前のは火災で焼失。)

当時イエズス会はアジアを始め海外でガンガン布教していた頃で、
聖ポール天主堂は当時アジア最大のカトリック教会だったそうですが、
教会の建設時期は、家康が天下を取ってキリスト教禁止を確立させる年代とモロに合致。

(*ちなみに島原の乱は1637年)

その影響で、日本からマカオに逃れてきたキリシタンもこの教会の建設に参加したのだとか。

その後1762年にイエズス会が追放され、何十年も捨て置かれたりして紆余曲折を経た後、
最後は兵舎として使われていたようですが、1835年に火災が発生。
正面の階段とファサードを残して他は全焼してしまったのだそうな。

その時代になると、マカオは貿易中継地としての地位をすでに香港に奪われて没落していたし、
再建されることもなくそのまま打ち捨てられてしまったようです。


2.JPG

というわけでこのような姿で残った聖ポール天主堂跡
私個人としては、人の多さより後方に見える高層ビルの方がちょっと残念な気がしました。


3.JPG

バロック様式に東洋のエッセンスを加えた美しいファサードです。

ファサードは水平に5層(正確には4層と頂点の三角部分)に分かれています。

4.jpg

一番下の中央には聖母を意味するラテン語の「MATER DEI」の文字が。


5.jpg

その左右にはイエズス会の紋章が。ヨーロッパの教会でもよく見ます、これ。


6.jpg

下から2番目の層には4人の聖人が。右から2人目はフランシスコ・ザビエルです。


7.jpg

上から3番目の中央には、聖母被昇天の像と、それを取り囲む天使達。


8.jpg

聖母像のアップです。周囲には牡丹がぐるりと彫り込まれています。
この菊は日本人を表していると言われているとか。ということは牡丹は中国かな。
(この花がバラと百合だという説もあるようですが、百合には見えないけどなぁ。)


9.jpg

中央の聖母被昇天の右には、7つの頭を持つヒュドラ(ギリシャ神話の怪獣)を踏みつける聖母と、
不鮮明ですが、ヒュドラの尻尾の上あたりに「聖母踏龍頭」の文字が。

この7つの頭を持つヒュドラはキリシタンを弾圧した家康をモチーフにしているという説が
あるそうですが、誰がそう言っているのかソースが分からないので、ワタシ的にはそうかなあ~?
と思っています。(誰か詳細知ってたら教えて下さい。)

さらにその右隣には骸骨が。骸骨の足元には縦一列に「念死者無為罪」と書かれています。


10.jpg

こちらは中央の聖母被昇天の左側です。右にはポルトガルっぽい帆船が。

この帆船については、英語のパンフには
罪の苦しみの海を渡る”nau"(←船?)の形をした教会を海の星が導く
といった説明が載っているのですが、おそらくイエズス会の布教のことではないかと想像。

その帆船の左上にも小さく聖母マリア像が。

左には矢に刺さった悪魔が。足元には「鬼是誘人為惡」と縦一列に漢字で書かれています。
単純にそのまま読むと、「鬼は人を誘って悪と為す」・・・でしょうかね。


11.jpg

一番上には「聖霊」を表すがおり、上から2段目の中央には幼いキリスト像が。
キリスト像の左右には、贖罪の死のシンボルが彫られているとか。

シンボルは、イバラの冠、ムチ、金づち、釘抜き、長槍、3本の釘、葦、ローマ帝国の旗、はしご
だそうで、おそらくキリストが磔にされる時に使われた道具でしょうね。

間違いなくマカオで一番豪華なファサードで、焼け落ちてしまったのが本当に惜しまれます。


12.jpg

ちなみに、聖ポール天主堂跡から後ろを振り向くとこんな景色になります。
キンキラキンのグランド・リスボア・ホテルがチラリ。


13.jpg

ファサードの裏側に回ってみました。鉄筋部分は上ることができます。
疲れまくっていたのと、私が高い所が苦手なので上には行きませんでした。


14.jpg

ファサードの裏の身廊部分はガラーンとしていて、発掘調査の跡を見ることができます。
復元図を見ると、ヨーロッパなどでよく見られるラテン十字型の大聖堂だったことが分かります。

地下には博物館納骨堂があったようですが、とにかく疲れてしまって、残念ながら割愛。

納骨堂には、日本人キリシタンや天正遣欧少年使節に関わったヴァリニャーノなどのお骨が
収められているそうです。

聖ポール天主堂跡は、遠い日本との繋がりが感じられる貴重な場所でした。


posted by サラミ at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 13香港・マカオ | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。