2013年09月26日

イスタンブール2日目 地下宮殿

2012年10月7日(日) 地下宮殿 (バルカン旅行9日目)

アヤソフィアを出た後、すぐ近くでサクッと見られるということで、
地下宮殿に行くことにしました。

ここも人気で、入場するのに少し並びました。チケット代は1人10リラでした。


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入っていきなりの凄い景色です。地下宮殿とは通称で、ここは東ローマ時代の貯水池だそうな。
ロクにガイドブックも読まずに入ったので、中に入った瞬間とても圧倒されました。


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斜めから見たところ。円柱は上の方に装飾がある以外は特に飾りもなくシンプルです。


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水面下ではが悠々と泳いでいました。

昔の人はこの地下宮殿の上に家を建て、地面に穴を開けて魚釣りをしていたそうですが、
この状態だと入れ食いだったでしょうね。


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一本だけ装飾のある円柱がありました。


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そしてこちらが有名な、円柱の土台にされたメドゥーサの顔。

この石の彫刻が余り物だったとか、魔力を封じ込めるためだとか、
色々と意見は分かれるようですが、土台というのが何だか不気味です。


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ここは人が殺到するので、薄暗い中でブレないで写真を撮るのは非常に難しい。


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メドゥーサの土台は2つあり、こちらは逆さま。客が自分1人だったら怖いかも。(^^;


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サラミ夫がビデオカメラで激写!なんだか呪われそうです。
どうしてもこのメドゥーサは白目剥いてるように見えちゃいます。

確かにサクッと見られて面白い場所です。しかも幻想的。

時間がないので、次へと急ぎます。


posted by サラミ at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 12トルコ)イスタンブール | 更新情報をチェックする

2013年09月25日

イスタンブール2日目 アヤソフィアその2

2012年10月7日(日) アヤソフィア その2 (バルカン旅行9日目)

アヤソフィアの2階です。


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2階へはこの石畳の通路を上がっていきます。ツルツルなので注意!


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2階に上がると1階の身廊が上から見渡せます。さらに、後陣のモザイクも間近で見られます。
それにしても、アラビア書道の額が大きい。

2階のギャラリー階では、漆喰で塗り固められていたモザイク画を見ることができます。

実は、サラミ夫は90年代にイスタンブールに来たことがあったのですが、
その当時は内部はもっとボロボロで、モザイクは修復されていなかったとのことです。


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向こうのモザイク画の前に人だかりが。


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こちらは「デイシス(Deisis:請願)」と呼ばれるモザイクで、ビザンティン美術の最高傑作だそうな。
この図柄は東方教会のイコンなどによく使われます。


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モザイクの右下に、本来はこういう絵だったんだよ、という図がありました。
何でも、最後の審判の場面なのだとか。


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中央のハリストス(=キリスト)。12世紀のモザイク(という説)なのに顔がとても立体的。
右手は祝福を表し、左手には福音書が。


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左の聖母マリアは奇跡的に顔の部分だけキレイに残っていました。
ちなみに、正教会においては「生神女マリヤ」と呼ばれますね。


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右は洗礼者ヨハネ。ハリストスに手を挙げてお願いしているヨハネです。
人間達にあまり厳しい審判を下さないように・・・と。

ベターッとした感じがビザンティン美術の印象ですが、ここのは表情も豊かだし
立体的だし、絵筆で描いたような立派な絵画だと思いました。
(てか、モザイク画も絵画なんだろうけど。)


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こちらはサラミ夫によるズーム。ここまで近づくとモザイクだということが分かります。
とても繊細な色使いです。


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「デイシス」のモザイクの向かい側には、何やら碑が。


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これは「エンリコ・ダンドロの墓碑」だということです。

私はこの人を知らなかったので、後で調べてみました。

ヴェネツィア共和国の第41代ドージェ(元首・総督)で、
第4回十字軍に大きく関わった人です。また出た!第4回十字軍!

どうもこの地で亡くなったようですね。


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こちらは「聖母子と皇帝ヨハネス2世コムネノス、皇后エイレーネー(イリニ)」
12世紀の作です。

どうでもいい話なのですが、この左のヨハネス2世ってどんな人?と思って調べたら、
狩猟の時に誤って毒矢を自分に刺して死んでしまった
という最期で、一気に気分が落ち込みました。(^^;


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こちらは中央の聖母子。心なしか聖母のお顔が一際明るい色に見えました。
しかも、左右の皇帝夫妻と比較すると、明らかに立体的なお顔です。


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こちらは「キリストと皇帝コンスタンティノス9世、皇后ゾエ」。11世紀作です。

このモザイクは、それぞれ顔が作り直されている跡があるそうです。
でも素人が見た限りは、修正の跡はそんなに分かりませんでした。

顔だけちょっと新しいかな~、くらいでしょうか。


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コンスタティノス9世。しかし、皇后ゾエは2度離婚しており、
このモザイクは最初の夫のロマノス3世が寄進したものだと言われています。

よって、夫が代わる度に顔を作り直した・・・という噂。
(前夫は2人とも死亡。)


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こちらは皇后ゾエ。最初の夫を暗殺したとも囁かれています。


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中央はもちろんハリストス(=キリスト)。


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ビデオカメラのズームで見る皇后ゾエ

50歳を過ぎて政略結婚させられ、このモザイクの時は相当の年齢だったに違いない。
・・・ところを修正させるあたり、執念のようなものを感じます。


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コンスタティノス9世のアップ。最初の顔はどんなんだったんでしょうか。


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中央のハリストスのアップ。先ほどの「デイシス」とは違って少し貧相なお顔で私はあんまり・・・。

こうして、バルカン半島で東方正教会を見て回ってきた旅も、ここでクライマックスを迎えました。
モスクも素晴らしいけど、ビザンティン美術も見れば見るほど素敵でハマります。

最後に1階にあったミュージアムショップに立ち寄りました。
アルバニアとは打って変わって、お土産も洗練されて可愛いものばかり。


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私はイズニックタイル柄のiPhoneケースを購入。30リラでした。
今でも愛用しています。


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ショップの出口に展示されていた写真集

私はこんなに上手に写真を撮れないので、思わずパシャリ。
アヤソフィアの写真集なら買っても良かったかもなあ、と今になって思ったり。

建物の外の広場にも小さなミュージアムショップがあり、
サラミ夫はそこでTシャツを購入しましたが、これが意外とヒットでした。

いやー、とにかくアヤソフィアは凄かった。
えらく長居してしまったので、予定していた他の場所は諦めることになりました。

残された時間で何とか次へ。
posted by サラミ at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 12トルコ)イスタンブール | 更新情報をチェックする

2013年09月24日

イスタンブール2日目 アヤソフィアその1

2012年10月7日(日) アヤソフィア (バルカン旅行9日目)

スルタンアフメット1世廟を見学し終えた後は、噴水のある広場を越えて、
すぐ目の前に見えるアヤソフィアを目指します。


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アヤソフィアの外観は壁に装飾もなく、色褪せた感じで地味だったのが意外でした。
元はキリスト教会ですが後にモスクに改築されたとあって、外から見た感じは完全にモスクです。


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しかしこの行列!何度も言いますが、私達は昨日アルバニアから移動してきたので、
とにかくこの観光客の多さに驚きまくりです。イスタンブールの人気の高さが伺えます。


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アヤソフィアは世界的に有名な建築物なので詳しい説明は他に譲りますが、
ここにサクっと書かれている説明を訳すと、

アヤソフィアは ユスティニアヌス1世によって537年に建てられ、 
メフメト2世によって1453年にモスクに改築された。
そして改修工事を経て1934年に公共の博物館としてオープンした。


ということです。今は宗教施設ではないのですね。

実際は、360年に最初の聖堂が建てられており、2回の焼失を経ての再建です。
今の規模の教会になったのが537年ということです。それにしても古い。

ユスティニアヌス1世といえば、イタリアはラヴェンナのサン・ヴィターレ教会で
彼のモザイクにお目見えしたことがありました。


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これがその時の写真ですが、イタリアでこのモザイクを見ている時は、
この人がそんなに偉大な皇帝だとはあんまりピンときていませんでした。

この方が、アヤソフィアを再建したのです。
しかし、トルコからイタリアまで、領土がだだっ広い東ローマ帝国です。


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さて、切符売り場に近づくと、この案内看板が目に入ります。左はトルコ語、右は英語です。

アヤソフィア」はトルコ語、一方の英語は古代ギリシャ語の「ハギア・ソフィア」を採用。
ということは、トルコ人以外と話をする時は「ハギア・ソフィア」と言わなければ通じないのかも。

入場券は1人25リラ
私達はトルコリラが不足しつつあったので、クレジットカードで購入しました。

それでは中へ。


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広場を抜けて中に入ると、まず最初にナルテックスと呼ばれる空間があります。


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ナルテックスの中央入口の天井にはモザイクがありました。
この中央入口は皇帝の典礼用にのみ使われたそうな。


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中央入口上部のモザイク、「キリストと皇帝」。

2つのメダイヨン(円)のうち左は聖母マリアで右は大天使だそうですが、
礼拝を行っている皇帝が誰なのかは不明なのだとか。


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内陣に入りました。大きさは巨大な体育館くらいあります。
観光客も相当多いのですが、これだけ広くて天井が高いと人の多さも緩和されます。


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これは後で2階から撮った写真です。2階からの方がスカッと全部見渡せます。

それにしても重厚感がすごい。そして不思議な空間です。

サラミ夫婦は今回の旅行で、あちこち東方正教会ばかりを見て回ってきたので、
ここもモスクというよりは、やはり教会に見えます。でもそこにイスラム文字。不思議~!

ちょうど真ん中あたりに金色のどこでもドアみたいなのがありますが(例えが貧弱ですいません)、
あれは後から取って付けたミフラーブ(本来はメッカの方向を示す壁の窪み)だそうで、
元々モスクでない所に付けたので方角がズレていて、少し正面より左を向いています。


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後陣の上の巨大半円ドームのさらに上両側に天使の絵がありますが、モスク改築後は
偶像崇拝禁止のため、天使の顔が塗りつぶされていました。

それが改修により、つい数年前に日の目を見るようになったのだとか。


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修復作業で顔の部分が表れた天使セラフィム。・・・あんまり可愛くないけど。


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さらに見上げると、アラビア文字の装飾が見事な中央ドームが見えます。


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ここは完全にイスラム世界。真ん中のアラビア文字の細かさに目を奪われます。


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後陣のフレスコ画アラビア書道の円形の額が妙に調和しています。
額には、左は「ムハンマド」、右には「アッラー」と書かれているのだそうな。


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後陣のフレスコ画は聖母子。モスクに改築された時は漆喰で塗り固めて隠されただけだったとか。

削り取ることもできたのに、異教の偶像を塗り固めるという手法を取ったのは情けでしょうか。
それとも、畏敬の念を持っていたからなのでしょうか。


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周囲のモザイクは一部剥がれてしまっていますが、聖母子はこの通りキレイに残っています。


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ビデオカメラによる聖母子のズーム。聖母の顔が若いなぁ。
それにしても9世紀のモザイクがこんなに残っているなんて奇跡です。


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聖母子のモザイクの斜め右上に、大天使ガブリエルのモザイクがありました。
残念ながら、対になっていた左上の大天使ミカエルのモザイクは残っていません。


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真正面を見ると、先ほどの取って付けたミフラーブです。
普通のモスクだとミフラーブは壁に埋め込んでありますが、追加したのでこの形です。


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これも息を飲むほどの美しさ。

両脇にある巨大な2基の燭台は、スレイマン1世が征服したハンガリーから持ち帰ったもの
だということですが、色合い的にピッタリで違和感ありませんね。


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ミフラーブの右側にはモスクではお馴染みのミンバルと呼ばれる説教壇も。
これも後から取って付けた感じがありありです。

ここには、方形の額のアラビア書道がたくさん掛かっていました。
どうも、歴代オスマン皇帝の作品だったらしいのですが、素通りしてしまいました。

1階の身廊を見るだけでも壮大すぎて圧倒されるアヤソフィアですが、
2階にも上がれるので、次は2階へ。
posted by サラミ at 18:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 12トルコ)イスタンブール | 更新情報をチェックする

2013年09月23日

イスタンブール2日目 スルタンアフメット1世廟

2012年10月7日(日) スルタンアフメット1世廟 (バルカン旅行9日目)

ヒッポドロームのすぐ近くにあるスルタンアフメット1世廟に来ました。

ここは、先ほど見たスルタンアフメット・ジャーミィ(ブルーモスク)を建てた
スルタンアフメット1世(在位1603-1607)の墓所だそうです。


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サラミ夫がどんどん先に行ってしまい、慌てて外観を取り忘れ。ここは入口です。


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中にはスルタンアフメット1世の一番大きな棺を中心に、家族の棺がズラリ。
これ、棺の中はどうなっているのでしょう・・・。


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ここは墓所という割りにとても明るいです。ステンドグラスもパステルカラーで何だか可愛い。



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棺の正面にはそれぞれの名前が。それにしても天井が素晴らしくキレイです。


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タイルの絵を一つ一つ合わせるのも細かい作業だったでしょうねぇ。


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展示品の中にとても美しいコーランがありました。


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19世紀というので、そんなに古いものではないようです。

後で調べたら、「Sultan Mahmud Ⅱ」というのはマフムト2世(在位:1808-1839)でした。
オスマン帝国も衰退期で大変な時期のスルタンですね。 

しかし、「Tomb(墓)」って書いてあるところを見ると、お墓はやっぱり別にあるのでしょうか。

あんまりその辺分からないまま、この場所を後にしたのでした。


posted by サラミ at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 12トルコ)イスタンブール | 更新情報をチェックする

2013年09月22日

イスタンブール2日目 ヒッポドロームと石榴ジュース

2012年10月7日(日) ヒッポドロームと石榴ジュース (バルカン旅行9日目)

スルタンアフメット・ジャーミィを出てすぐ、ヒッポドロームという所に出ました。

ヒッポドロームとはローマの大競技場跡のことで、
ウィキペディアには「コンスタンティノープル競馬場」で掲載されていました。

東ローマ帝国が栄えた時代には、ここで賑やかに戦車競技が行われていたらしく、
ウィキペディアを読む限り、歴史上とても興味深い場所です。
(もっとちゃんとした文献読めよ>自分 )

ここには有名なオベリスク3本立っていますが、何しろ時間のない私達、
ベンチで休憩しつつ、1本だけボーっと眺めることにしました。


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見た目一番キレイだったテオドシウス1世のオベリスク


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ウィキペディアには
「紀元前1490年、トトメス3世の時代にルクソールのカルナック神殿に建てられたもの」
とあります。だからヒエログリフ(象形文字)が彫り込まれているのですね。

で、それを「テオドシウス1世が取り寄せた」とガイドブックに書かれていますが、
さすが古代の皇帝はお取り寄せのレベルが違います。


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下にはテオドシウス1世が作らせたという台座の部分が。
材質の問題でしょうが、こちらの方が古く感じます。


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390年にここコンスタンティノープルに建立。

ちなみに、ここにエジプトやギリシャから持ち込まれた物があるのと同様に、
ここから持ち去られてしまった物もあります。


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私達は前に、ヴェネツィアのサンマルコ寺院でこの青銅製の4頭の馬を見ました。

元々はヒッポドロームにあったもので、第4回十字軍(1202年-1204年)の時に、
十字軍によって戦利品としてヴェネツィアに運ばれたものだそうな。

サンマルコ寺院でこの馬の像を見ていた時にはあまりピンと来なかったけど、
こちら(コンスタンチノープル)に来ると、あれはここにあったのかぁ、と実感が湧きました。


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座っている私達の目の前には生絞りざくろジュースを売るお兄さんが。

ちなみに、向こうに写っているのはコンスタンティノス7世のオベリスク ですが、
ざくろジュースに見入ってしまい、全然興味なし。


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お兄さん、ざくろを絞る時の低い体勢が素晴らしい。


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ものすごい人気です。思わずサラミ夫も買いに走りました。
お値段は250リラと、その辺のスタンドよりお高め。


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ここのジュースはものすごく濃いです!

後味に少しアクがある感じで、私はそれほどザクロが好きではないのですが、
サラミ夫は大好きで、美味しい美味しいとゴクゴク飲み干していました。

英気を養ったところで次へ出発。
posted by サラミ at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 12トルコ)イスタンブール | 更新情報をチェックする
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