2013年04月10日

アルバニア1日目 アルバニアの歴史

2012年10月5日(金) アルバニアの歴史 (バルカン旅行7日目)

マケドニア・コソボ旅行からの続きです。

私達は今朝マケドニアのオフリドを出発し、オフリド→ストゥルーガ(タクシー)、
ストゥルーガ→エルバサン(ティラナ行き長距離バス)というルートで
アルバニアの世界遺産の街ベラット(ベラト/Berat)を目指しています。

エルバサンからはミニバスに乗り換える予定です。

さて、バスがアルバニアに入国すると、のどかな山の風景が広がりました。


1.JPG

アルバニアは海に面しているけど、山も多いんだな~、と実感。

と、いきなりトーチカ発見!

2.JPG

これです!このガンダムのザクの頭みたいなやつ!これは昔のトーチカの残骸です。
ちなみに、トーチカというのはただの防空壕でなく、ウィキペディアには「防御陣地」だとあります。

アルバニア全土にトーチカがまだ残っているという話でしたが、こんないきなり現れるとは。
コーフン冷めやらぬサラミ夫婦。特に夫はガンダムファンゆえに感激もひとしお。

こんな軍事的なものがまだ残っているアヤシイ国アルバニア

やっぱりここは、この国の歴史にも触れなければならないでしょう。

私が事前に予習したところによると、アルバニア人はずっと統一国家を持っていませんでした。
だから、第二次世界大戦が終わるまで、アルバニアは延々とどこかの国の一部なのでした。
(短期的にチョロッと独立したのは除いて。)

古代ギリシャの植民地から始まり、ローマ帝国、ビザンツ帝国と来て、他のバルカンの国と同様
オスマン・トルコの支配が何世紀も続きます。(←ここでアルバニア人の大半がムスリムに改宗。)

この間、アルバニアが独立していたのはスカンデルベクという中世アルバニアの英雄が
15世紀にオスマン・トルコに反旗を翻した、たった40年足らずのみ。

やっと民族意識に目覚めた19世紀、独立を宣言してもいまいちパッとせず、
ムッソリーニのイタリアに占領され、イタリアが降伏した後はナチス・ドイツに占領され・・・

と、独立するまで他国に振り回されまくってきたのがアルバニアです。

第二次大戦の時にはファシズムに対抗するため共産党とパルチザンが活躍し、
戦後の1946年に晴れて共産主義政権の独自の国が成立します。

しかし、ここからアルバニアは頑固一徹。

スターリンLOVEだったエンヴェル・ホッジャ(Enver Hoxha)という独裁者の元
アルバニアは独自の道を突き進み、ソ連と対立したユーゴスラビアと断交し、
スターリン批判をしたフルシチョフ時代にはソ連とも断交して中国と接近。

中国の文化大革命にいたく感銘を受けたホッジャは「無神国家宣言」を行って
宗教を完全に否定。(←この影響でアルバニアは無神論者も多いとか。)

仮想敵国(=ソ連)を設定し、国中に50万以上のトーチカを設置。
この後、中国がアメリカに接近して改革開放路線に転換すると中国とも断交

・・・てなわけで、星一徹のような頑固なアルバニアは、最終的に鎖国状態
最後の頼みの綱だった中国の援助もなくなってヨーロッパ一の最貧国に陥ります。

1985年に恐怖の独裁者ホッジャが死去し、そこから徐々に改革開放路線に転換。
1990年には共産党の一党独裁を放棄します。

しかし、急速な市場経済導入により国が混乱し、
国民の半数以上がネズミ講に参加

国もそれを黙認していたものの、最終的には破綻して1997年に暴動が起こったという、
ギャグみたいな結末を迎えます。(詳しくは1997年アルバニア暴動を。)

こんなわけで、アルバニアは「ヨーロッパ最後の秘境」とか「謎の国」とか言われるのです。


map.png

ま、国旗もこんなんだし。どう見ても悪の帝国やん。(^^;
でもインパクト大で結構好きです。

インフラボロボロは覚悟の上でのアルバニア入りです。
アジアの発展途上国だと思って旅を続けます。



posted by サラミ at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 12アルバニア | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。