2013年04月12日

アルバニア1日目 世界遺産ベラットへ

2012年10月5日(金) 謎の地点からミニバスで世界遺産ベラットへ (バルカン旅行7日目)

自分達がどこいいるのか分からないという事態になりました。(笑)
しかし、今更どうしようもないので、ここでベラット行きのバスを待つしかありません。


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道の反対側に渡って周りを見回しても、ここの地名を表すような標識や看板はありません。

しかし、よく見ると大きな荷物を持って人が集まっているし、向こうの青い看板には
Komatas Tours」というバス会社らしき名前と、ティラナアテネなどの地名が。

さては、この辺りはバス乗り場なんだな。


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私達は焼きとうもろこし売りのお二人の横でちょこっとバスを待たせてもらうことにしました。
ベラット!」と言うと、お二人とも一緒になってベラット行きのバスを探してくれました。

アルバニアの人、いきなり親切です。

しかし、さっきまで乗って来たティラナ行きのバスを降りて、道の反対側でミニバスを待つとは、
一体どういう経路でベラットまで行くのでしょう。少し戻って南下するのでしょうか。

道端で車を見ていると、フロントガラスに手書きの行き先表示板を掲げたミニバス
かなりたくさん走っています。しかし、どれも個人で勝手にやっている様子。
営業許可とか取っているようには見えません。

何かで読んだのですが、アルバニアには国内のバスを一括管理する機関がないので、
アルバニア全土のバスのスケジュール表が存在しない、ということでした。

おそらく、〇〇というバス会社のスケジュールだけなら分かるけど、
AからBに行くバスの時刻表は(会社が混在するので)その土地に行かないと分からない。

しかも、ミニバスは(思うに)勝手に営業しているので、ちゃんとしたバスターミナルがなく、
その土地で地元の人に乗り場を聞かないと絶対に分からない。

・・・ということなのだと思います。

だから、今回のように、朝早く出発して、行き当たりばったりで聞くしかないのですね。

アルバニアにだって国土交通省みたいな官庁はあると思うんですけどね。(^^;

うーん、あまりにも遅れていて国の体を成していないではないか。
この辺り、2012年の2月に行ったミャンマーとあまり変わらないかも知れません。

ちなみに私達は旅行前、アルバニアでどのルートをミニバスが走っているのか参照するため、
こちらのサイトを見て、印刷した紙も現地に持って行きました。(気休め程度ですが。)

サイト内の「Furgon」というのはミニバスのことです。


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おお!前に「BERAT」と手書きしたミニバスが来ました。待ち時間なんと10分
何時間待つのかと覚悟していたら、むちゃくちゃ早いではないか!


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大きなスーツケースも、この通り後ろに貨物スペースがあるので大丈夫でした。

とうもろこし売りのお二人にお礼を言ってバスに乗り込みました。


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前から3列目に乗りました。バスは終点まで行く人はほとんどいなくて、途中で降りたり、
また乗って来たりの繰り返し。

写真に写る前の席右側の赤毛ウェーブの彼女はすごかった。

携帯で音楽をガンガンかけ、途中で赤ちゃんがお母さんと乗ってくると喜んで抱っこし、
その赤ちゃんにハグ&キスの嵐。赤ちゃんが嫌がっても全くやめようとしません。
最後にはとうとう赤ちゃんが泣きだしてしまいましたが、それでもキスをやめません。(笑)

他人との距離の近さというか、厚かましさというか人情に溢れた感じというか、
ガンガンくるラテンな感じというか、アジアと中南米がごちゃまぜのような気がしました。

てか、イタリアの影響もあるのか?ここヨーロッパだし。

道は悪く、ミニバスがボンボン跳ねました。
そんな中でも、手持ちの食料を時々食べたりしながら、車窓を眺めていました。


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トーチカ。


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こちらにもトーチカ2つ。


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手前にもトーチカ。確かに多いわ、トーチカの数。(笑)


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そのうち、普通の家がチラホラと見えてくるようになりました。町に入ってきたかな?

そして、ついにベラットに到着。


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ここで降ろされました。バスターミナルではなく、その南側の広場でした。
ここが一応ベラットの中心地のようです。到着時間は大体14:30

ティラナまで行ってバスを乗り換えるより、およそ2時間ほど短縮できたと思います。

私達はミニバスに乗り込んだ時にお金を払っていないので、ここで支払い。
料金は1人500レクでした。(レク=アルバニアの通貨)


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広場にはこのような地図があったのですが、北と南が逆でした。(日本語は私が追加。)

それでは、予約しているホテル・オスミ(Hotel Osumi)まで歩きます。



posted by サラミ at 14:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 12アルバニア | 更新情報をチェックする

2013年04月11日

アルバニア1日目 謎の地点で降ろされる

2012年10月5日(金) 謎の地点でバスを降ろされる (バルカン旅行7日目)

マケドニアのストゥルーガを出発したティラナ行きのバスは順調にアルバニアに入国し、
ほどなくして休憩のために停車しました。

バス会社の公式サイトのスケジュールでは「Qafë Thanë」という所で30分停車するので、
それがこの時の休憩の場所だったのではないかと思います。



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大型バスも余裕の駐車スペース。これはきっとツアーでも使われてるだろうな。


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しかし周囲は結構ボロボロ。トイレに行ったら便座がありませんでした。(^^;
そういやイタリアの公衆トイレも便座取れてたなあ。似た者同士でしょうか。


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ミニ・マーケットもありました。どこの国の商品が多いんだろう。イタリアかな?


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サラミ夫がキットカットを買ってきました。ネッスルはどこでも見ますね。

さて、私達は、ベラット(ベラト/Berat)という世界遺産の町に行くため、ティラナ行きのバスを
途中のエルバサン(Elbasan)という町で降りてミニバスに乗り換える予定でいました。

しかし、バスが再び出発した時、2人の運転手のうち運転していない方の人が私達の所に来て、

「エルバサンからは道が悪くなるから別の場所で降りろ。俺に任せろ!」

みたいなことを言われ、その通り従うことにしました。


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バスは町の中を走り始めました。なんでこんなに渋滞しているのでしょうか。


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道路標識もフツーにありました。でも距離は出ていません。

突然、「ここで降りろ」と指示されました。バスの休憩からそんなに時間は経っていません。

仲よくしてくれたマケドニア人夫婦に笑顔で手を振りつつ、慌ててバスを降りました。
道を渡って反対側でベラット行きのバスを待て」と言われたのですが・・・。


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どこやねん、ここ。(ー"ー;


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道路標識を見ると、なんか方向的にそっちじゃないでしょうという地名が。
ティラナが私達の背後にあるはずなのに、ティラナの南のフィエルとかがそっち?

アルバニアの道路が全然分からん・・・。

エルバサンよりは相当手前で降ろされた感じがします。

地図を確認すると、エルバサンより西にLibrazhdという町がありますが、
そこじゃないような気がするなあ・・・。いや、そこかなあ・・・。

てなわけで、未だにこの場所がどこなのか分からずにいます。

さすがは期待を裏切らないアルバニア。ベラットには辿り着けるんでしょうか。

posted by サラミ at 16:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 12アルバニア | 更新情報をチェックする

2013年04月10日

アルバニア1日目 アルバニアの歴史

2012年10月5日(金) アルバニアの歴史 (バルカン旅行7日目)

マケドニア・コソボ旅行からの続きです。

私達は今朝マケドニアのオフリドを出発し、オフリド→ストゥルーガ(タクシー)、
ストゥルーガ→エルバサン(ティラナ行き長距離バス)というルートで
アルバニアの世界遺産の街ベラット(ベラト/Berat)を目指しています。

エルバサンからはミニバスに乗り換える予定です。

さて、バスがアルバニアに入国すると、のどかな山の風景が広がりました。


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アルバニアは海に面しているけど、山も多いんだな~、と実感。

と、いきなりトーチカ発見!

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これです!このガンダムのザクの頭みたいなやつ!これは昔のトーチカの残骸です。
ちなみに、トーチカというのはただの防空壕でなく、ウィキペディアには「防御陣地」だとあります。

アルバニア全土にトーチカがまだ残っているという話でしたが、こんないきなり現れるとは。
コーフン冷めやらぬサラミ夫婦。特に夫はガンダムファンゆえに感激もひとしお。

こんな軍事的なものがまだ残っているアヤシイ国アルバニア

やっぱりここは、この国の歴史にも触れなければならないでしょう。

私が事前に予習したところによると、アルバニア人はずっと統一国家を持っていませんでした。
だから、第二次世界大戦が終わるまで、アルバニアは延々とどこかの国の一部なのでした。
(短期的にチョロッと独立したのは除いて。)

古代ギリシャの植民地から始まり、ローマ帝国、ビザンツ帝国と来て、他のバルカンの国と同様
オスマン・トルコの支配が何世紀も続きます。(←ここでアルバニア人の大半がムスリムに改宗。)

この間、アルバニアが独立していたのはスカンデルベクという中世アルバニアの英雄が
15世紀にオスマン・トルコに反旗を翻した、たった40年足らずのみ。

やっと民族意識に目覚めた19世紀、独立を宣言してもいまいちパッとせず、
ムッソリーニのイタリアに占領され、イタリアが降伏した後はナチス・ドイツに占領され・・・

と、独立するまで他国に振り回されまくってきたのがアルバニアです。

第二次大戦の時にはファシズムに対抗するため共産党とパルチザンが活躍し、
戦後の1946年に晴れて共産主義政権の独自の国が成立します。

しかし、ここからアルバニアは頑固一徹。

スターリンLOVEだったエンヴェル・ホッジャ(Enver Hoxha)という独裁者の元
アルバニアは独自の道を突き進み、ソ連と対立したユーゴスラビアと断交し、
スターリン批判をしたフルシチョフ時代にはソ連とも断交して中国と接近。

中国の文化大革命にいたく感銘を受けたホッジャは「無神国家宣言」を行って
宗教を完全に否定。(←この影響でアルバニアは無神論者も多いとか。)

仮想敵国(=ソ連)を設定し、国中に50万以上のトーチカを設置。
この後、中国がアメリカに接近して改革開放路線に転換すると中国とも断交

・・・てなわけで、星一徹のような頑固なアルバニアは、最終的に鎖国状態
最後の頼みの綱だった中国の援助もなくなってヨーロッパ一の最貧国に陥ります。

1985年に恐怖の独裁者ホッジャが死去し、そこから徐々に改革開放路線に転換。
1990年には共産党の一党独裁を放棄します。

しかし、急速な市場経済導入により国が混乱し、
国民の半数以上がネズミ講に参加

国もそれを黙認していたものの、最終的には破綻して1997年に暴動が起こったという、
ギャグみたいな結末を迎えます。(詳しくは1997年アルバニア暴動を。)

こんなわけで、アルバニアは「ヨーロッパ最後の秘境」とか「謎の国」とか言われるのです。


map.png

ま、国旗もこんなんだし。どう見ても悪の帝国やん。(^^;
でもインパクト大で結構好きです。

インフラボロボロは覚悟の上でのアルバニア入りです。
アジアの発展途上国だと思って旅を続けます。

posted by サラミ at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 12アルバニア | 更新情報をチェックする

2013年04月09日

マケドニア5日目 マケドニア出国

2012年10月5日(金) ストゥルーガからバスでマケドニア出国 (バルカン旅行7日目)

ストゥルーガからアルバニアのティラナ行きのバスは大型です。
ボディに「DURMO TOURS」と書いてありました。

後で調べてみると、このバス会社のサイトがありました。
DURMO TOURShttp://www.durmotours.com/index.html

ここでタイムスケジュールの一部が分かります。
(他のバス会社の事が分からないのであくまでも一部だけですが。)


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このバスの前に貼ってあった行き先表示はアルバニア語でした。

スコピエテトボゴスティバルキチェボストゥルーガドゥラスティラナ

このバスでティラナまで行く人は注意が必要です。
アルバニアに入ると、ティラナより先にドゥラスに行くのです。


map.jpg

これが現在地と今から行くアルバニアの地図です。(余談ですが、アルバニアはイタリアも近い!
私達はベラット(ベラト/Berat)に行こうとしています。

バスはティラナをすっ飛ばして先に海岸の都市ドゥラスに行き、またティラナに戻るという
よく分からない経路を辿ります。なのでティラナまで行くと、えらく遠回りで時間を食います。

となると、ベラットに行くには色んな人や本から得た情報の通り、エルバサン(Elbasan)
で降りてバスを乗り換える方が早いでしょう。

旅行前に調べた情報では、エルバサンからベラット行きのミニバスはあるようだったし、
ま、何とかなるでしょう。(どれくらいの頻度でバスがあるのか分からんのだが。)

バスには運転手が2人いました。交代で運転するようです。

サラミ夫が運転手の1人に「エルバサンで降りたい」とアピール。
(エルバサンに停まるかどうか分からなかったので。)


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そしてバスがほぼ予定通りに出発。

さっきまでお喋りしていたマケドニア人夫婦は私達より数列前の席に座り、
ご主人は時々、私達の方を振り返っては笑顔で手を振ってくれます。

1メートルほどの距離なのに、マケドニアの人って本当に暖かいなあ、としみじみ。

さて、ストゥルーガはアルバニアの国境近くの町だったので、
バスに乗ってからマケドニア出国はすぐでした。

ブルガリアからマケドニアにバスで入った時とは打って変わってチェックは緩く、
あっさりとマケドニアを出たと思ったら、よく分からない所でバスが停まりました。

みんなバスから降りたので私達も下車。

アルバニア入国前の緩衝地帯なのかな、と思っていたのですが、
サラミ夫はお店みたいな所を見つけると、「行ってくる」といなくなってしまいました。


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そして数分後、アルバニアのボロボロの紙幣を持って帰ってきました。

どうも銀行らしき所があったようで、「ここはどこですか?」と基本的かつ重要なことを聞いたら、
「ここはアルバニアだ。」と言われたそうで、さっそく50ドル分を両替してきたそうな。

というわけで、いつの間にやらアルバニアに入国していたようです。


3.JPG

周囲を見渡してもこんな場所で、向こうの掘立て小屋みたいな所にEXCHANGEという文字と
POSTAREという文字があったくらい。

さらに、POSTAREの下には「Qafe Thane」の文字がありました。
Qafë Thanëというのはアルバニア・マケドニア国境に近い峠の名前のようですが、
この国境も同じ名前が付けられているようです。


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後ろを振り返ると先ほど通過したポイントが。
あれはマケドニアを出国したのではなく、アルバニアに入国したのですね。

・・・どこが緩衝地帯だったのかサッパリ分かりませんでした。

いずれにしても、祝!アルバニア入国!

次は「2012アルバニア旅行記」に続きます。(^^)v



posted by サラミ at 14:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする

2013年04月08日

マケドニア5日目 オフリドからアルバニアを目指す

2012年10月5日(金) オフリドからアルバニアを目指す (バルカン旅行7日目)

私達は今日一日かけてアルバニアベラット(Berat)に行く予定です。
しかし、アルバニアは謎の国で、行き方が良く分かりませんでした。

大体、地理や世界史に疎い私は、今回旅行するまでアルバニアという国自体を
全く知らなかったのでした。(^^;

オフリドからはアルバニア行きのバスはなく、14キロ離れたストゥルーガ(Struga)から
アルバニアの首都ティラナ行きのバスが9:3012:30の2本出ています。

・・・と、これはオフリドのバスターミナルに着いた時に確認できたことでした。

オフリドからストゥルーガまでミニバスで行くこともできるようですが、
ストゥルーガのミニバス乗り場とアルバニア行きのバスターミナルは別の場所らしいので、
絶対に9:30のバスに乗りたかった私達はタクシーを使いました。

さて、ホテルの人に事前に頼んで予約していたタクシーは8:15に来ました。

サラミ夫がホテルからタクシーが入って来られる数十メートル先まで荷物を運び、少し遅れて出発。


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道路事情は問題ないので、ストゥルーガまでスムーズに行きました。

運転手さんに「アルバニアに行く」と言ったら、「じゃ、ニュー・バスターミナルだな。」
と言っていました。どうやら新しいのと古いのと2つあるようです。

ストゥルーガのバスターミナルには、20分ほどで到着しました。


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運転手さんは、まずはサラミ夫と一緒にアルバニア行きのバスがここから出るのか
確認に行ってくれました。私はタクシーの中で待ちます。

このバスターミナルで間違いなかったようです。運転手さんと夫が戻ってきました。


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さてここで支払いですが、ホテルの人には「7ユーロ」と聞いていたのですが、運転手さんは
普通にメーターを倒して走行し、9ユーロ位の値段になってしまいました。

私が呑気にタクシーの写真を撮っている時、その片隅でサラミ夫が焦っていました。
9ユーロは持っていないので、10ユーロを出し、お釣りを90デナールもらいました。

手元にマケドニアデナールがちょびっと残ってしまいました。


4.JPG

こちらはバスターミナルの待合室です。人気はほとんどなく、殺伐とした感じです。


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窓口でサラミ夫がベラットへの行き方を聞いてみましたが、やはり知らない様子。
「多分、エルバサン(Elbasan)で降りたらバスがあるのでは。」とのこと。

聞くと、終点のティラナまで行っても途中で降りてもバスチケットの料金は一律だというので、
とりあえず2人分ティラナまで購入しました。

バス代は1人660デナールでユーロ払いだと1人11ユーロ
支払いの貨幣は、20ユーロと残りマケドニアデナールでOKでした。

降りる場所は、こうなったら最後、ティラナ行きのバスの運転手に聞いてみることにしました
最悪、ティラナまで行けばベラット行きのバスはあるだろう・・・。


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これはバスターミナルに掲示してあった時刻表です。
アルバニア行きではないですが、役に立つかも知れないので載せておきます。


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もう一つ時刻表。上のとカブっているのもありますが、一応載せます。
ストゥルーガからイスタンブール行きって何日かかるんでしょうかね。

待合室の椅子に腰かけていたら、1人のおばさんが私に話しかけてきたので、
適当に「ティラナ」と言ったら、同じバスだというようなことを言っていました。

言葉が分からないものの、おばさんに向かって思い切って「ベラット」と言って地図を見せてみたら、
わざわざ他の人にまで聞きに行ってくれましたが、やはり分かりませんでした。

そのうち、おばさんのご主人も待合室に来て、バスに乗るまでしばし4人でおしゃべり。
ご夫婦はマケドニア人で、2年前まで7年間ニューヨークでピザ職人として働いていたとか。

マケドニアは賃金も安いので、やはり外国に出稼ぎに行った方が良いのでしょう。
またアメリカに行きたい、とアメリカが大好きな感じのご主人でした。

そろそろバス乗り場に移動しようか、とみんなでゾロゾロと移動しました。


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バス乗り場は巨大ガレージのようでした。首都でもないのでひっそりとしています。

ここで、英語を話す若い女性バックパッカーの方々がいたので、ベラットについて聞いてみた
ものの、彼女達の持つロンリー・プラネットにも「エルバサンで降りる」としか書いていないとか。

やはり、エルバサンか・・・。


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この後も、親切なマケドニア人夫婦と会話。
ご主人は長年のアメリカ生活で基本的な英会話は出来たので、色々と話しました。

英語名をトニーと名乗っていたご主人は、背の高いサラミ夫を見て「日本人に見えない」を連発。
日本人男性はやはり小さいイメージなのでしょうか。

確かにこんな柄シャツ着て都会でもない辺鄙な所を旅行している日本人なんて
あんまり見ないことでしょう。(笑)


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予定通りバスが来ました。

それでは、いざ、ヨーロッパ最後の秘境、アルバニアへ。


posted by サラミ at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする

2013年04月07日

マケドニア5日目 マケドニア式朝食

2012年10月5日(金) マケドニア式朝食 (バルカン旅行7日目)

マケドニア最後の朝を迎えました。

私の熱は少し下がり、何とかダルさも取れました。
今日は一日かけてバスで移動するので、少し楽になって良かった~。

今日の朝食はマケドニア式をお願いしました。


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今日もオフリドは快晴です。ここでの朝食は本当に気持ちいい!


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ハム・チーズ・サラミ・ゆで卵の代わりにビュレック(ビレック・ブレック・ブリックなど発音は色々)が
ここのマケドニア式の朝食です。ビュレックはバルカンやトルコなどで食べられるパイです。

そして、牛乳に見える飲み物は無糖ヨーグルトです。並々と注がれたヨーグルトは500ccくらい
ありそうで、蜂蜜を入れましたが足りないくらい多かったです。でもむちゃくちゃ美味しかった!


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ここの朝食のビュレックは2種類あり、こちらは挽肉入りのビュレックもう絶品です!!
ビュレックはお店によって当たり外れが大きいそうですが、ここの朝食は大当たり!


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こちらはチーズ入りのビュレック。チーズは塩気の多いシレネチーズ(フェタチーズ)ですが、
生地は美味しいけど、チーズだけだとちょっと物足りない感じ。やっぱり挽肉入りが一番!です。

今日はこれからストゥルーガという近郊の町からバスに乗るので、ホテルの人に頼んで
そこまでのタクシーを予約してあり、出発まで時間がありません。(朝シャワー浴びてたので・・・)


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オフリド湖もこれで見納めです。

惜しみつつ、8:15にホテルをチェックアウトしました。

ホテルも町の雰囲気も良かったし、いい場所だったな、オフリド。

posted by サラミ at 09:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする

2013年04月06日

マケドニア4日目 オフリドの夕食2

2012年10月4日(木) オフリドの夕食2 (バルカン旅行6日目)

私の熱は37.3度。何という中途半端にダルい体温なのでしょう。
というわけで、その後、私はひたすらホテルの部屋で寝ていました。

その間、サラミ夫は1人であちこち散策。
マグネットなどのお土産を買ったり、カフェでコーヒーを飲んだり。

そして、オフリドの夕日を堪能していたようです。

そういう私もふと目が覚めて、「は!サンセット!」と思い出しました。
外を見ると、キレイな夕焼けが。


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フラフラとカメラを持ちだして撮影。ちょっと遅かったか。


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本当は、湖畔でお茶でもしながらこの夕焼けを見たかったのだけど。

夕日はあっという間に沈み、私は再びベッドに潜り込みました。
微熱の他に咳がひどくて疲れるのでした。

そして、ほどなくして夫が戻ってきました。
湖畔でコーヒーを飲んでいたけど、寒くてたまらず帰ってきたそうな。

日が落ちるとガクン!と一気に寒くなるなんて、日差しの強いヨーロッパらしいな。

さて、夫は散策の時に薬局を見つけたとかで、薬を買いに行くことにしました。
この時、夫は読んでいた本に載っていたロシア式風邪治療法を実践しようと
ノリノリなのでした。


この治療法により、私はこの夜とんでもないことになってしまったのですが、
それについては、旅行から戻ってすぐに旅行記にUPしました。

 
  → ロシア式風邪治療法

もうすっかり夜だし、夕食も食べなくてはいけないし、泊まっていたホテルには
ルームサービスもレストランもないので、のそのそと出かけることにしました。

私の体調は戻っていませんでしたが、私は食べたくないとは思わない体質なのです。(^^;


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新市街の方に出てきました。(写真ブレブレなので小さく載せます。)
薬屋さんはこちらの方向。しばらく迷いましたが、見つけました。


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フラフラしつつも、カジノだけはしっかりと写真に収めました。
旧共産圏というのはそんなにカジノを渇望するものなのでしょうか。どこに行ってもあるんですが。


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お土産などを少し見た後、夕食に訪れたのは レストラン・スヴェタ・ソフィア(Sveta Sofija)。
昨日と同じレストランです。冒険してハズすより、美味しかったレストランで無難に。


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今日通された席は、見上げるとワインのディスプレイが。
マケドニアのワインをとても楽しみにしていたのに、この体調じゃ飲めないなぁ。


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注文したのは、これまたスープ。これは野菜スープ80デナール
マケドニアは、スープも種類が多くて具合の悪い身には本当に助かります。


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マケドニア・サラダ90デナール。なんか野菜のメニューがべらぼうに安い。
昨日のランチのマケドニア・サラダが一番美味しかったですが、ここのも悪くないです。

左にチョロッと写っているのは付け合わせのパンです。


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そして夫が食べたいと言ったいかフライ。フライドポテト添えで400デナール。結構なお値段。
美味しかったけど、私はほとんど食べられませんでした。ちょろっと味見だけ。

その他、ミネラルウォーターを頼んで終わりです。
私があまり食べられないので、これでも残ったくらいです。いかフライはボリュームありました。


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最後に、薬局で買った薬を飲むためにお湯をもらいました。
ちゃんとしたレストランがある土地でよかった~。

お会計は、今日も提携ホテル宿泊割引で10%引いて貰いました。(^^)v


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夕食の後、すぐ近くのミニスーパーでミネラルウォーターを買いました。
その時、お土産にワインも・・・と思ったら、この通りガッシリとがかかっていました。

またしても、スコピエの巨大スーパーの時と同じ光景が。

他にもいた観光客らしき男性が、お店の女性に鍵を開けて欲しいと訴えたところ、
「マケドニアでは夜7時以降の酒類の販売は禁止されている。」
とキッパリと断られていました。

女性によると、レストランでの酒類の提供は夜7時以降もOKだそうな。
知っていたら、昼間のうちにワインを買っておいたのに。(涙)

この日がオフリド最後、かつマケドニア最後の夜。

私の体調のこともあり、マケドニアの美味しいワインには出会うことなく
終わってしまったのでした。

明日はもう、一日がかりでアルバニアのベラットに移動します。
どうか熱が下がりますように・・・。
posted by サラミ at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする

2013年04月05日

マケドニア4日目 聖ヨハネ・カネヨ教会

2012年10月4日(木) 聖ヨハネ・カネヨ教会@オフリド (バルカン旅行6日目)

遅いランチを終えて、最後の見所、聖ヨハネ・カネヨ教会へと動き出しました。


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湖畔から坂を上ってすぐ教会が見えてきました。休み休み歩きます。


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この辺から見下ろすオフリド湖は素晴らしい色をしています。


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やはりこの教会は遠目から見るのが一番キレイです。
でも、もうちょっと遠くからの方が良かったかな。


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昨日とは違い、今日は正門から入ります。チケットは1人100デナール。結構取られます。


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聖ヨハネ・カネヨ教会(Church of St. Jovan the Theologian (Kaneo))は、
この通り小さな教会です。少なくとも1447年より前の創建だということです。

しかし、オスマン・トルコの支配下におかれたせいか、この教会は何世紀も放置されたらしく、
内部の古いフレスコなどはボロボロです。19世紀末になってやっと修復が入ったとか。

それでも、今でも古い部分はボロボロで、19世紀や20世紀に入ってから描かれた
フレスコ画などもあるようですが、こちらはあんまり新しいと雰囲気が出ません。(ワガママ)


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教会前のスペース。やはり、この教会はオフリド湖とセットの眺めが一番です。


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今歩いて来た方向。湖は夏のようでも、木の葉がやっぱり秋ですね。

いよいよ私も本当に疲れてきたので、ゆっくりホテルに戻ることにします。
取りあえず観光名所は全部見たので、もう心残りはありません。

緩やかな坂道で体がダルいので、夫に待ってもらって、ゆっくりゆっくり歩きます。


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聖ソフィア教会の前まで来ました。ここから道1本まっすぐ行けばホテルまですぐです。


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ホテルの前に戻ってきたら、またしても「大島」がデンと構えて出迎えてくれました。
別に私達を待っているわけではないのだろうけど、ホテルの前にいつもいるコイツ。(笑)

猫に癒され、この後はホテルの部屋でしばらく休みました。

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2013年04月04日

マケドニア4日目 オフリドのランチ2

2012年10月4日(木) オフリドのランチ2 (バルカン旅行6日目)

ランチのお店は適当に入りました。


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サマー・ガーデン・カネヨ」というお店のようです。


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オフリド湖が目の前に。今日は本当にお天気に恵まれ、日差しの強さも半端ではありません。


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そして、聖ヨハネ・カネヨ教会も、小さくですが向こうの方に見えます。

さて、注文したのは、

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私はとにかくお水。炭酸入りです。元気だったら絶対ビールなのに。(涙)


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そしてサラミ夫はアイス・コーヒー
マケドニアの甘い甘~いアイスコーヒーが大変気に入った様子です。


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ツナサラダ。見た通り、料理といったものではありませんが。


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フィッシュスープ。昨日のランチの時ほどの味ではありませんが、十分です。
具合の悪い時はドッシリとしたお肉なんぞ食べる気になれないので、スープは有難いです。


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そして今日もまたマケドニア・サラダ。やっぱり昨日のお店の方が美味しいけど、これも新鮮。

私の体調に合わせて、メインのないオーダーとなってしまいました。
レシートがないので値段は忘れてしまいました。

それにしても、オフリドの日差しは強い。日陰がなかったら熱中症で倒れそうです。
ここで、ボーッとオフリド湖を眺めて少し休憩も出来ました。

それでは、頑張って最後の見所、聖ヨハネ・カネヨ教会へ向かいます。

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2013年04月03日

マケドニア4日目 オフリド湖畔へ

2012年10月4日(木) オフリド湖畔へ (バルカン旅行6日目)

しばらくホテルの部屋で1人寝ていると、夫が散策から戻ってきました。

時間は午後の2時頃

何か食べないと、と私も起きて一緒にランチに出かけることにしました。
私は体調がすぐれなくても食欲が落ちることがないのです。(^。^)


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ホテルを出て何度も通ったこの場所ですが、この時になって、
これがロウワー・ゲートなのだとやっと気づきました。


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オフリド湖近くの広場にはゆったりと寛ぐ観光客が。今日は本当にいいお天気です。


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向こうにはオフリド湖クルーズの船着き場らしき場所も見えます。


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こちら側はもう新市街。色んなショップやレストランが立ち並ぶ繁華街といった感じでした。
でも、どうせならオフリド湖の見える場所で食事がしたいので、こちら側はパス。


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昨日の日暮れに歩いたオフリド湖畔の道を行くことにしました。
この先にはヨハン・カネヨ教会があります。それにしても、ここがこんな絶景だったとは!


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昨日は誰もいなかったビーチに到着。10月なのに水着の人がいっぱい!
こりゃあ、夏にヨーロッパから観光客が殺到するワケだわ。


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そして堂々のボス猫ちゃん登場。日陰でのさばっていました。

この湖畔の道沿いには、食事できるところがチラホラありました。


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スナック・バーの看板を見つけました。


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そしてもう一つ。

私はまだ熱が引いていないので、とりあえずこの辺のどこかでランチを頂くことにしました。

それでは、ランチの内容は次回に。(^^)

posted by サラミ at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする

2013年04月02日

マケドニア4日目 聖クリメント教会(聖マリア教会)

2012年10月4日(木) 聖クリメント教会(聖マリア教会)@オフリド (バルカン旅行6日目)

オフリド旧市街の丘の上の方に、ガイドブックで一番最初に紹介されている
聖クリメント教会があります。

現地で手に入れた地図を見ると、聖クリメント教会への道中にあと2つ教会があるようなので、
そこを経由して聖クリメント教会を目指すことにしました。


1.JPG

ほどなくして看板が見つかりました。教会が3つ

左から、

・Sveta Bogorodica 教会
 (Church of The Holy Mother of God Chelnichka 又は Church Virgin Mary Chelnica)
・Sveti Kuzma i Damjan 教会 (The Church of St. Cosmas and Damian)
・Sveti Konstantin i Elena 教会 (The church of St. Constantine and Helena)

3つでした。(英語が複数ある上にスペルも違ったりしてホンマに紛らわしい!)


2.JPG

少し歩いていくと、先ほどの看板の一番左のSveta Bogorodica 教会が見えました。
手元の地図には「Church Virgin Mary Chelnica」の名前で載っていました。
日本語だと「聖マリア教会」です。ややこしいなあ・・・。

しかし、入口が分かりません。通りがかった現地のおばさんに入口の場所を尋ねたら、
言葉が通じないので、わざわざ歩いて連れていって下さいました。オフリドの人は親切だ~。

しかし、残念ながらここは鍵がかかっていました。14世紀半ばの教会だとか。

ここから次の教会を目指し、ゆっくり坂を上っていきます。(何しろ微熱があるもんで。)


3.JPG

手持ちの地図に載っていたSveti Konstantin i Elena 教会(聖コンスタンチン&ヘレナ教会) 
The church of St. Constantine and Helena)に着きました。

が、ここも閉まっていました。オフリドの小さい教会は基本閉まってるんですね。
こちらは14世紀後半の教会です。中のフレスコ画が見たかったな。

教会の後ろの建物は、(マケドニアの)デバル&キチェボ教区の建物だそうな。

元々は19世紀の創建で、長いことスラブ文学博物館だったようですが、
2011年からはマケドニア正教会の所有になり、今は教区の事務所だとか。


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教会が閉まっていたのでそのまま道を行くと、小学校の構内に出てきてしまいました。
地図には学校なんて載っていないので、私達は今どこにいるのだ?と謎。

いや、印刷していたグーグルの地図にはキリル文字で載っていました。


5.JPG

聖クリメントの像がありました。ちょっとここで休憩。


6.JPG

先ほど入れなかった聖コンスタンチン&ヘレナ教会。オフリド湖をバックにとてもいい眺めです。

重い腰を上げて、とうとう聖クリメント教会へ辿り着きました。
とは言っても、目と鼻の先だったのだけど。


7.JPG

聖クリメント教会は修理中で、外観が全く美しくありませんでした。
ちなみに、教会は13世紀末の創建だそうです。オフリドの教会はどれも古い。

聖ソフィア教会と聖パンテレイモン教会がオスマン・トルコによってモスクに改築された後、
オフリド大司教の座に着いたということで、ある意味棚ぼたでしょうか。

ここで注意すべきは、聖クリメント教会は、本当は「聖マリア教会」らしいのです。

というのは、名前のBogorodicaというのはマケドニアで聖母マリアのこと
のようだからです。(英語との対訳でそう気づきました。)

教会名は、

Sv. Bogorodica Perivleptos (マケドニア語のラテン文字表記)
Church Mother of God Perivleptos (英語名1)
Church of The Holy Mother of God Perivleptos (英語名2)

とまあ、色々出てきますが、たまに(カッコ)で(St.Kliment)と付記されているのを
見るくらいで、聖クリメント教会とは書かれていません。ややこしい。

某ガイドブックには、

「もとは聖母マリアに捧げられた教会であったが、
聖クリメントの遺骸がここに移されたため、名前も聖クリメント教会に改名された」

と書いてありますが、2002年にその遺骸は聖パンテレイモン教会に移されています。
だから、今はまた改名されて「聖マリア教会」に戻ったのでしょう。

とはいえ、オスマン帝国時代から最近までずーっと「聖クリメント教会」と呼ばれてきたのだから、
呼び名として定着しているのは「聖クリメント教会」の方なのでしょうね。

でもまあ、ややこしいですね。4travel.jpの聖クリメント教会の口コミなんて、
3つ全部微妙に間違ってるし。(笑)

さて、ガイドブックで一番先に見所として挙げられるこの教会ですが、
現地で買ったマケドニア教会の本によると、ここはオフリドで3番目だとか。

1.聖ソフィア教会
2.聖パンテレイモン教会
3.聖クリメント教会(ここ)


というのが、重要なオフリドの教会の順番だそうです。

しかし、ここのフレスコ画はとても良い状態で見事に保存されています。
描いた画家はマケドニア美術界において有名な人のようで、
その辺が大きく取り上げられる理由なのではないでしょうか。


8.JPG

隣に立っていた搭。これも古そうです。


9.JPG

聖クリメント教会の敷地からはサミュエル要塞がよく見えます。
サラミ夫がビデオカメラで撮った写真が、横長のせいかまるで絵葉書のようでビックリ。

さて、この教会は入場料が1人50デナール
チケットには「聖クリメント教会」と書いています。どっちやねん。(笑)

ここの受付の女性がうるさい。

女性はここの教会の研究者だそうで、自分の出版した本の紹介とか、
中のことで質問があったら何でも聞いて、とか親切に言ってくれたのですが、
熱がある身にはガツガツ来られるのがツライのです。(^^;

でも、彼女のこの教会に対する情熱は充分伝わりました。


10.JPG

中のフレスコは確かに立派でした。サラミ夫はいつの間にここの写真を撮ったのか。
私はこの頃元気を無くしてボーッとしていました。(笑)

2日前に見たコソボのグラチャニツァ修道院のフレスコ画と同様で、
ここのフレスコ画はビザンチンなのにルネサンスの息吹が感じられるのだとか。
年代はイタリアのジョットより少し前です。
 

  → マケドニア2日目(コソボ) グラチャニツァ修道院

しかし、私はここのフレスコ画についてほとんど印象がありません。
なぜなら、ここで端っこの椅子に座って休んでいる間に熱が上がってきたから。(^^;

受付の女性が、団体さんを連れて目の前で英語ガイドツアーを始めたのですが、
熱でボーッとしていて、解説は全然頭に残っていません。

あれを覚えていれば、もっとここのフレスコ画を堪能できたかも知れないのに、
体調のせいとはいえ、残念です。

聖クリメント教会の後は、目の前にあったイコン博物館も根性で見学しました。
こちらはチケットが1人100デナールです。

私達は今回ブルガリアのソフィアでもイコン博物館に行きましたが、
あれに比べると少数精鋭という感じで、置いているイコンはどれも素晴らしかったです。

写真は撮れなかったし体調のせいであまり覚えていないのですが・・・。

こうして根性で何とか朝から教会巡りをしていたわけですが、
私はいよいよ休憩が必要になってきたので、一旦ホテルに戻ることにしました。


11.jpg

休み休み歩きつつ、途中の景色は写真に撮りました。ピンクのビートルがカワイイ!


12.jpg

来た道を戻ります。それにしても、古い車が本当にカワイイ。
(乗れと言われたら話は別ですが。)

ホテルの前まで戻ってきました。


13.jpg

向こうからドスドスと歩いてやって来る「大島」。(←私が勝手に命名)


14.jpg

そしてホテルの前に腰を下ろしました。大島、目つき悪すぎ。(笑)

この後、私は部屋で休み、サラミ夫は1人でオフリド散策に行きました。

旅行先で食あたり以外で具合が悪くなるのは本当に久しぶり。
やっぱりムリはいけません。(^^;

posted by サラミ at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする

2013年04月01日

マケドニア4日目 聖ニコラ教会

2012年10月4日(木) 聖ニコラ教会@オフリド (バルカン旅行6日目)

2つの小さな教会を見学した後、地図に従って丘の上の方へ移動しました。

私は体調が悪いので、ゆっくり坂を上がりました。


1.JPG

行く先行く先で見つけるバルカンの猫。この子猫は近づいても私のことを完全無視。
何をそんなにジーッと見つめているのでしょうか。


2.JPG

オフリドの旧市街はが結構大変でした。


3.JPG

通りがかった道に教会の看板を発見。

その時は分からなかったので後で調べたところ、ここは St. Nicholas the Wonderworker Church
Св. Никола Чудотворец)だそうな。日本語だと聖ニコラ教会です。

様子をうかがっていると、とても小柄なおばあちゃんが笑顔で手招きしてくれました。


4.JPG

納屋だと言われたら信じてしまうくらいの小さな教会です。


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ここも相当古い教会のようで、残念ながらフレスコ画はかなり剥げ落ちてしまっています。
おばあちゃんは、CDか何かで教会音楽をかけてムードを出していましたが、ちょっと残念。

写真もどうぞどうぞ、というわけで、おばあちゃんは親切です。お土産も少しだけありました。


6.JPG

奥に行くと、イコノスタシスは最近できたらしい新しいものがありました。天井も新しいです。

手元のマケドニア教会の本には、13世紀の教会だとあります。
それほど古い教会は、この位ボロボロになっているのが普通なのかも知れません。

正直、教会そのものはそれほど見るべきものもなく、お土産も特に欲しいものもなく。
というわけで、早々においとますることに。


7.JPG

入口の外には聖ニコラのイコンが。


8.JPG

この辺はとてもいい雰囲気が漂っています。

お礼を言って教会を出ようとした時、おばあちゃんが「どうぞ~」とキャンディーをくれました。
それに感動してしまったサラミ夫婦。

たかが飴1つのことかも知れませんが、おばあちゃんがとても親切でかわいくて、
思わずお布施を置いてきました。

おばあちゃんの戦略に乗せられているのでは?と思う人もいるかも知れませんが、
マケドニア人は総じて優しくて親切です。特にこのおばあちゃんは。


9.JPG

思い出に、おばあちゃんとサラミ夫が一緒に記念写真。おばあちゃんは本当に小柄でした。
SWEETと表現するのがピッタリな可愛らしいおばあちゃんでした。


10.JPG

聖ニコラ教会からは、オフリド湖がキレイに見えました。いいお天気です。

教会は大したことなかったけど、優しいおばあちゃんの思い出が出来ました。
posted by サラミ at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする
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