2013年02月25日

マケドニア2日目(コソボ) プリシュティナ散策

2012年10月2日(火) コソボ・プリシュティナ散策 (バルカン旅行4日目)

チャーターしたタクシーでプリシュティナ市内に戻ってきました。


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コソボ独立の喜びが見て取れる壁の文字。

運転手のおじさんにはビル・クリントン・ストリートまで」と伝えていました。
なぜなら、そこがメイン・ストリートだと勝手に思い込んでいたからです。


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そしておじさんに降ろされたのがここ。おじさんには約束通り10ユーロ払いました。

この縦の道が「ビル・クリントン通り」で、前方にあるのがクリントン元大統領の像だとか。
見ると、クリントン元大統領の垂れ幕もあります。


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目の前まで来てみました。ちなみに、NATOが旧ユーゴを空爆した時の大統領がクリントン氏です。
アメリカの支援なしにコソボの独立は有り得ませんでした。


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別の角度から、クリントン像とアメリカ国旗。


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そのクリントン像のすぐ近くに「ヒラリー」という服屋さんを発見。

これは絶対ヒラリー・クリントンに違いない!と思っていましたが、先日テレビでコソボ独立5周年
のニュースを見た時、この「ヒラリー」の店主がインタビューされていて、思った通り、店主は
「ヒラリー・クリントン」から名前を貰ったと言っていました。


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通りがかった駐車場、というか、空き地?です。
どうもキチンと並べて駐車するという概念に欠けているような気がします。


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とりあえず、ビル・クリントン通りをまっすぐ歩いてはいるのですが、自分達がどこにいるのか
サッパリ分かりません。この通りがまさかこんなに長い通りだったとは・・・。(汗)

まずもって、地図の中でクリントン像が見つけられなくて苦労しました。

ただ、私はマザー・テレサのアルバニア語(Nënë Tereza)だけうっすら覚えていたので、
前方に見えている高い搭がマザー・テレサ教会ではないかと予想しました。

しかし、ビル・クリントン通りは結構な坂道です。えんえんと上りなのでツライ。


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どうやら私の予想は当たっていたようです。工事中のマザー・テレサ教会
教会といっても英語では「カテドラル」なので、マザー・テレサ大聖堂の方が正しいのかも。

マザー・テレサを記念して作られた教会らしいのですが、工事が途中で中断しているのか、
何年経っても一向に完成しないようです。やる気がないのか財政の問題なのか。

この教会が見えたら、ビル・クリントン通りを教会の方に向かって左折すれば、
ジョージ・ブッシュ通りを経由して、メインのマザー・テレサ通りに辿り着けたはず。

なのですが、ここの交差点はものすごく大きくて、先がよく見えません。


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オーストリアで見たこの銀行。多分ハンガリーや他の東欧の国でも見たと思います。

この場所で地図を広げて再度チェックしていると、若い男の子が英語で声をかけてくれました。

見所がさっぱり分からないので、「シティ・センターはどこですか?」と尋ねてみると、
彼はエラく困ってしまい、「プリシュティナには何もないんだよ。」というような返答でした。

彼曰く、コソボで観光と言えばやっぱりプリズレンが一番だそうな。

今から思い返すと、どう見てもプリシュティナの中心はマザー・テレサ通りのあっちの方だと
思うのですが、男の子は観光客ではないので、あまりその辺がピンと来なかったのでしょう。

しかし、地図を見ていただけで声をかけてくれるなんて、とても親切です。
男の子も、その友達も、みんな笑顔でとてもいい顔をしていました。

実際、プリシュティナの街は若い人が多く、大した見所がなくても活気がありました。
新しい国なので、明るい未来を目指して突き進んでいる感じでした。

それは、紛争で破壊されて作り直されたエリアを歩いていたせいかもしれませんが。

さて、ここからは適当に歩くことにし、あまり大きくない道を右折しました。

でも、特に何もない・・・。


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駐車場らしき場所に赤いアルバニアの国旗と気になるマークが。


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この「UÇK」のマークはコソボ解放軍(英語名KLA)です。

こんな街中にコソボ解放軍のマークがあるとは思っていなかったのでかなり驚きました。

ちなみに、コソボ解放軍は、セルビアの悪評判に隠れてしまってはいますが、
セルビア人の大量誘拐・虐殺、麻薬密売、臓器売買、などなど、色々とやっている集団だ
というのが私の認識です。


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先ほどの道を引き返し、ビル・クリントン通りをさらに進んでみました。
しかし、坂道ゆえに、歩道もこのように階段が出現。気温も高かったので歩くのがキツイ・・・。


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そして坂道はさらにキツくなっていきました。
実はこの時、一応マザー・テレサ通りを目指そうとしていたものの、行き過ぎているという・・・。


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今まで歩いてきた道を振り返ってみました。ひええええー、坂道だぁーーー。


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と、道を挟んで遠く向こうの方に、近未来的な姿をしたコソボ国立図書館が見えました。
その奥の方には共産時代に建てられたというグランド・ホテルもチラリと。


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分かりにくいのでアップにしてみました。五つ星のくせに建物が恐ろしくボロいグランド・ホテル

この辺でまた銀行のATMを見つけたので再びユーロを下ろし、
しばし銀行の中の待合椅子で休憩。

銀行の中はエアコンが効いていたので、ちょっと数分だけ涼ませてもらいました。

その後もATMをハシゴしてユーロを引き出しました。コソボに何をしに来たんだか。(笑)


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だんだん空が曇ってきました。時間も夕方になり、車の量がさらに凄まじくなってきました。

あまりゆっくりしているとバスターミナルでお土産を買う時間もなくなるし、ここで戻ることに。
流しのタクシーをつかまえて乗りましたが、今度のはまともなメーター制でした。


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バスターミナル近くのジャンクションみたいな所で死ぬほど渋滞していたのですが、
タクシーのお兄さんが「すぐそこだから、ここで降りてくれ。」と、えらく手前で降ろされました。

タクシー代は2ユーロ。後で知ったのですが、車両がバスターミナルの中に入るのは有料らしく、
それもあって手前で降ろされたのかも知れません。

ここで、せっかくなのでバスターミナルを背景に記念撮影。
ここからは、この丘を下りて、まっすぐバスターミナルまで突っ切っていきました。


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途中で見かけた兵士らしき人。見た感じ平和に見えても、まだまだ治安維持は必要なようです。

結局、プリシュティナはビル・クリントン通りを歩いただけで終わってしまいました。(^^;


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2013年02月24日

マケドニア2日目(コソボ) 番外編:プリシュティナの地図

旅行前、私のプリシュティナに関する事前準備は不足していました。

まともなガイドブックもないので、見所がどこの何なのか全然分からない。

ロンリー・プラネットにはコソボの記載があるようですが、
ここ上海で買い求めようとは思いませんでした。(高そうだし。)

プリシュティナに行った方々の口コミをネットでザッと見たところ、
ビル・クリントン通りクリントン元大統領の像があることが分かりました。

あと、マザー・テレサの像や奇抜な「NEW BORN」の文字のモニュメントなどなど。

しかし、私達は地図を持っていたにも関わらず、クリントン元大統領の像以外は
ほとんど何も見つけることができずに時間切れとなりました。

という訳で、これは他の旅行者の方々も苦労されるのでは?と思い、
現地で買った地図を元に、日本語入りの地図を作ってみました。


map_jap.jpg

上の地図を右クリック開くと別ウィンドウで大きな画像が出ます。
(普通にクリックすると小さいのが出ます。さらにクリックで元サイズの画像)

後で分かったことですが、旅行者がよく行くメイン通りは、
マザー・テレサ通り(Bulevaldi Nënë Tereza) です。

今になってこの地図をよく見ると、マザー・テレサ通りだけ強調されているのに、
アルバニア語に振り回されたせいか、全くそのことに気がつかなかったのが、
私達の敗因だったなぁ、と思います。

プリシュティナの旧市街は「オールド・バザール」のモスクがたくさんある辺り
のようです。あと、アンデスメロンみたいなマークはモスクです。

この地図が、これからプリシュティナに行く方々のお役に立てたら幸いです。
posted by サラミ at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする

2013年02月23日

マケドニア2日目(コソボ) グラチャニツァ修道院

2012年10月2日(火) 世界遺産 グラチャニツァ修道院 (バルカン旅行4日目)

中に入ると、すぐに修道院付属の聖堂が見えました。物静かで、とても穏やかな空間です。


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ここは修道院なので、この聖堂の後ろに見える回廊のようなものが僧坊ではないかと思います。
14~15世紀には修道士がたくさんいたそうですが、今はどうでしょうね。

ここが建てられたのは1310年
建てた人は、セルビア王国の王ステファン・ウロシュ2世ミルティンという人です。

ここはパレオロゴス朝ルネサンス様式の建築物だそうで、貴重です。
聖堂は3層になっていて、上に2層の十字型を乗せているので、かなり高さがあります。

パレオロゴス朝とは、東ローマ帝国(=ビザンツ帝国)最後の王朝。(1261~1453年)

ビザンチンのルネッサンス」って何じゃ?という感じなのですが、
どうも、オスマン・トルコに押されてボロボロになっていた末期の東ローマ帝国は、
帝国の栄光を古代ギリシャ文化に求めて、それをプライドの拠り所にしていったようなのです。

ウチらは素晴らしい古代ギリシャ文化の継承者なのよ、と。
世紀末ウィーンとか、国が倒れそうになると芸術が花開くのは同じ理由からでしょうか。

この修道院を建てたセルビア王のウロシュ2世は、東ローマ帝国と縁戚関係を結んだため
セルビア王国自体がかなりビザンチン化したらしく、よってこんなレベルの高いビザンチン様式
の修道院が出来たようです。


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入口にサラミ夫が小さく写っていますが、それと比較すると、
この聖堂がいかに高さがあるかが分かります。とにかく天井が高い。

壁面はレンガと赤い石を交互に積んでいて、とても美しい作りでした。
外観は目立った襲撃の痕などはありませんでした。


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中は撮影禁止ということだったので、外から必死で中を撮っていました。
(そういう問題ではない、というツッコミが来そうですが。)

思っていた以上にフレスコ画が鮮やかに残っていたのには感動しました。

手前はおそらくナルテクスと呼ばれる所で、窓が大きいので明るかったです。
その向こうの薄暗い部屋が身廊です。真正面にイコノスタシスが見えます。

ここでいきなり、フレスコ画が傷つけられているのに気づきました。

これは、どうしても証拠に写真に収めたい。しかし写真撮影は禁止。
左後ろには、黒い布をまとった管理人らしきお姉さんが座って本を読んでいる・・・。

ええい。一枚だけ。注意されたらやめよう。


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中に入って右側の壁画です。顔の部分が削り取られています。
これを見て、なんだかズシーンと心が重くなりました。

ところが、サラミ夫は入口の撮影禁止の看板に気づいていなかったようで、さらには、
お姉さんが座っていることにも全く気付いておらず、ずーっとビデオを回し続けていたのです。

お姉さん、さっきの私のシャッター音だって聞こえたはず。
どうも、見逃してくれているらしい・・・。

ということで、私達以外には観光客も参拝者もいないということで、
お言葉に甘えて(何も言ってもらってないけど)、私も何枚か撮らせて頂くことに。

とはいえ、暗いので写真ブレブレ。(涙)


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イコノスタシス。赤いカーテンの向こうは後陣で、祭壇があるはずです。
壁はすべて壁画でビッシリ。


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イコノスタシスに向かって右の壁のフレスコ画。

フレスコ画ももちろんパレオロゴス朝ルネサンス様式です。確かに、顔がものすごく立体的
東方正教会の昔のイコンなんてベターっと平面的なのに、かなり新しい表現です。

実際、パレオロゴス朝ルネサンスというのはイタリアにも影響を与えたのだそうで、
14世紀というと、イタリア・ルネサンスの先駆けともなった画家のジョットの時代とかぶります。

イタリアのルネサンスの前に別のルネサンスがあったとは。美術に疎いので知りませんでした。


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ブレブレですが、イコノスタシスの上の方を撮ってみました。フレスコ画は聖母子とかよくある題材。
イコノスタシスの上は開いているので、奥の後陣もフレスコ画でギッシリなのが分かります。


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イコノスタシスの左側のイコン。


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イコノスタシスの王門とカーテン。


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イコノスタシスの木彫りの部分には、赤と青で太陽と月のモチーフが。
裸電球が下がっているのがご愛嬌。


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セルビア人の魂の拠り所なのだな、と思いました。


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夫がビデオカメラのズームで撮った中央ドーム(真ん中の天井)のハリストス(キリスト)。
見上げた時に「おお!」となって背筋がシャンと伸びる感じです。

約10分間、多少傷んではいるものの見事なフレスコ画を堪能しました。

写真を撮らせてくれたお姉さん、ありがとう。(たまたま運が良かったな。)
でも、参拝者がいたら、厳かすぎてカメラは出せなかったと思います。

私は、この修道院をぜひとも紹介したかったので、あえて写真をブログに載せることにしました。


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外にはお土産屋さんもありました。

タクシーの待機は15分の約束でしたが、サラミ夫は運転手のおじさんに気を遣っていたのか、
お土産屋さんには寄らず、あと5分を残してまっすぐ外に出ました。

外に出たら、ちょうどおじさんのタクシーが向こうから走ってきて私達の前で停まりました。
おじさんは待っている間グルグル走って時間を潰していたようです。

どうも、同じ所にずっと停まっていたくなかったみたい。
私達が乗り込むと、すぐに走り出しました。

・・・やっぱり、運転手のおじさんは来たくなかったのかも。


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ブレてしまいましたが、帰りの車窓から見たセルビア国旗です。

運転手のおじさんはやっぱりピリピリしてたんだなー、と後になって思ったのでした。

それでは、プリシュティナの街へ。

posted by サラミ at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする

2013年02月22日

マケドニア2日目(コソボ) グラチャニツァ修道院への道

2012年10月2日(火) コソボ・グラチャニツァ修道院への道 (バルカン旅行4日目)

私達がコソボに来た理由、それは、もちろん「隣まで来たからついでに」
というのもありますが、世界遺産「コソボの中世建造物群」を見るためでした。

ウィキペディアによると、

コソボの中世建造物群」は、コソボにあるユネスコの世界遺産のひとつ。
セルビア正教会の4つの教会堂や修道院が登録されている。
それらは、パレオロゴス朝ルネサンス様式の美しい建造物であるとともに、
中世の優れたフレスコ画が保存されていることなどが評価された。

コソボの政情不安定さにより、危機遺産リストにも加えられている。

なのだそうな。

コソボにある世界遺産ですが、セルビアが申請したセルビア正教会なので、
イスラムのコソボにおいては良い扱いを受けていません。

セルビア共和国大使館は堂々と大使館のサイト内で紹介しています。
 
http://www.serbianembassy.jp/japan/world_sub05.html

そのうちの1つは、プリシュティナから車で20分のところにあります。

某ガイドブックには場所の名前が間違って掲載されているため、
その車で20分の近所にたどり着けない人がいます。

みなさーん!プリシュティナ近郊の世界遺産は、
グラチャニツァ修道院(Gračanica Monastery)ですよーっ!

というわけで、まずは、その目的地であるグラチャニツァ修道院に行くことに。
バスでも行けるそうですが、時間がないので私達はタクシーで行きました。

コソボはご存じの通り、アルバニア人と少数のセルビア人が今も対立する地域ですが、
グラチャニツァ修道院はその飛び地となっているセルビア人地区にあり、
少し前までは、タクシーと交渉しても行くのを嫌がって断られることもあったそうな。

さて、今の情勢はどうなんでしょうか。

バスターミナルで客待ちをしているタクシーは避け、
少し歩いてターミナルの出口あたりまで行き、道端にいたタクシーと交渉。

サラミ夫が運転手のおじさんと約束した内容は、

グラチャニツァ修道院まで行って15分待機、
帰りはプリシュティナのビル・クリントン通りで降ろしてもらって10ユーロ

というものでした。運転手のおじさんは、嫌な顔もせずすんなりOKしてくれました。

最初は15ユーロとか言ってたような気がするのですが、
夫の10ユーロの声であっさり下がりました。ま、客も少ないでしょうから。


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というわけで、このベンツで参ります。これもまた古いな~。


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昭和な雰囲気を醸し出すウッディな内装です。許可証も貼ってないし、そもそもメーターがない。
勝手に「TAXI」って車の上に乗せているだけなんでしょうね。

それにしても、プリシュティナって車社会なのか、えらく渋滞していました。

タクシーは、先ほど私達がバスで通ってきた場所を戻っていき、
途中で脇道にそれていった感じでした。

一瞬だったので写真に撮れなかったのですが、向こう前方に青い看板が出ていて、
運転手のおじさんが「あそこからグラチャニツァだよ」と教えてくれました。

ここで初めて、グラチャニツァが町の名前だと知ったのでした。
(正確にはグラチャニツァ村らしい。)

さらに、一瞬だったのでハッキリ覚えていないのですが、同じような青い看板で、
「ここからはFILMエリアになる」と警告していたものも見ました。

つまり、治安維持のため監視カメラで撮られているのでしょう。
プリシュティナの街中とは雰囲気が変わりました。

しかし、セルビア語のキリル文字も見ないし、車はみんなコソボナンバーです。
以前はキリル文字の看板や垂れ幕もあったようなのに、今は全然。


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これは、何も知らずに通ったらセルビア人地区だとは分からないな・・・。

と思っていたら、いきなりセルビア国旗がはためいていました。あ、やっぱり。(^^;

おじさんは、突然車を停めました。

「ここだよ。」
「え?どこどこ?」
「ここだよ、この右側。」


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へっ?14世紀の教会がこんな街のど真ん中に?もっとガラーンとした所を想像していました。


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塀の上には今もまだ鉄条網が張り巡らされていました。


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左の小さい門のところから入るようです。

以前はこの門の左側でKFOR(コソボ治安維持部隊)の兵士が警備に当たっていたようですが、
私達が行った時には警備小屋もなく、それらしき人もいませんでした。


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近くにはセルビア語の看板が。出た、キリル文字
BANKAって書いてるから銀行ですね。

さて、門をくぐると・・・


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いきなりこの看板です。武器は禁止。

それでは、中に入ります。

posted by サラミ at 14:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする

2013年02月21日

マケドニア2日目(コソボ) バスターミナルでランチ

2012年10月2日(火) コソボ・プリシュティナのバスターミナルでランチ (バルカン旅行4日目)

やっと外に出ました。


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これから外の売店でプリシュティナの地図を探します。


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輸入品なのかコソボ製なのか、予想以上に商品が豊富でした。
このラスクなんか、むっちゃ美味しそう!

いやいや、目的は地図です。

一軒一軒お店の人に地図があるかどうか聞いて回り、端にあったお店で
やっと見つけました。3ユーロでした。


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こちらはシュウェップスのビターレモン。美味しいという話だったので1本購入。0.7ユーロ
甘めの炭酸レモンジュースですが、レモンの皮の苦味が大人の味~!すっかりファンに。

余談ですが、日本では「ブリティッシュレモントニック」ってのが販売されてますね。

ビターレモン
と何が違うのだろうと思っていたのですが、どうも人工甘味料が入っている
ようですね。(飲んだことがないので違いが分からない。)

私は人工甘味料やステビアなどの味が嫌いなので、ビターレモンの方には
そういう類の物は入っていなかったんじゃないかと思うのですが、どうかなあ・・・。

日本に里帰りした際には、ぜひブリティッシュレモントニックも飲んでみたいと思います。

さて、色々していたら時間が午後2時を過ぎていました。

前日にブルガリアの通貨を使い切るために大量にサンドウィッチを買っていたので、
向こうの方でベンチを見つけ、そこでサクッと食べてランチを済ませることにしました。


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ものすごく良いお天気。というよりギラギラの太陽。真っ黒に日焼けしそうです。
この噴水は憩いの場という感じで、ベンチも人でいっぱい。日陰が特に人気でした。

ついでに公衆トイレにいったら有料で、1人0.3ユーロでした。


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日陰のベンチはいつまでも空かなかったので、こんな炎天下の中でサンドウィッチを食べるハメに。
早く食べてしまわないと、この暑さで一気に傷んでしまいそうです。

しかし、よっぽど外国人(東洋人)が珍しいんでしょうね。
コソボのみなさんから真っ直ぐの視線を感じます。そこまでガン見するかい?という位。

私達はジロジロ見られるのは初めてではないので慣れてるし、
悪意のある視線ではなかったので、嫌な気にはなりませんでした。

さあ、コソボではあと3時間弱しかないので急がねばなりません。
posted by サラミ at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 12マケドニア・コソボ | 更新情報をチェックする

2013年02月20日

マケドニア2日目(コソボ) プリシュティナのバスターミナル

2012年10月2日(火) コソボ・プリシュティナのバスターミナル (バルカン旅行4日目)

ちょうどこの旅行記がコソボに来たところで、テレビでは偶然にも
コソボ独立5周年のニュースをやっていました。

 *NHKニュース:コソボ 独立5年も多くの課題

要は、多数を占めるアルバニア系住民が反発してセルビアから独立したコソボだったけど、
独立して5年たった今も、アルバニア系とセルビア系の対立の溝は埋まっていない。

というお話でした。さらに別のニュースでは今も失業率が45%だとか。

暗い話ばかりのニュースでしたが、私のコソボの印象は明るかったので
やはり日帰りの一見さんでは分からないものだなあ、と思ったのでした。

さてさて、バスはコソボの首都プリシュティナのバスターミナルに到着しました。


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なんか、若者だらけ。分かりやすいバスターミナルです。


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さっそく売店を発見。コソボのビール「PEJA」。
現地で飲んでいる時間がなかったので、帰りに缶ビールを購入。このサイズで1ユーロでした。


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お店もあります。山積みされたパンとお肉が迫力です。それにしてもお兄さん猫背ですな~。


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ゆがんだ写真ですが。お店の足元にはメニューが載っていました。バルカン地域の料理が満載。
プレスカヴィッツァ(写真左下)にブルガリアでも食べたキョフテ(下中央)、右下のは・・・。(笑)

しかし、このフライドポテトのMマーク、中央に赤いもみじのマークが付いているのです。
パクってないという主張か。そして表記はポムフリット(Pomfrit)。それってフランス語なのでは?


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その隣のお店には、ボコボコの車をお店の目の前に乗り付けて買いに来た人が。
お店とバス乗り場の間に乗用車で突っ込むってどういう作りをしているのだ、ここは。

撮影の時、私はこの青い車ばかり見ていて、ビデオ撮影をしている夫に気づいていませんでした。
しかも、ビデオ撮影の相手の人をパソコン画面で大きくして見てみると・・・


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お店のお兄さんは嫌がるどころか親指を上げてポーズを取っている!今気づいた!
いい人だあ~!しかしコソボもブルガリア・マケドニアに負けず劣らず坊主頭の多いこと。

しかし、単に1つ?と聞いていただけなのかも。いやいや、親指上げて「1」ってヘンだし。


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しかーし、普通にお仕事されている時はこんな顔ですよ。夫は怖くなかったんでしょうか。
ついこないだまで、コソボ解放軍の兵士だったんじゃないかと疑ってしまうくらいの強面です。

バルカン半島の男の人はみんな見た目がコワイよ~。(いい人だけど。)


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この通り、立派なATMを発見。何もかも新しいのでボロボロ感がなくてスッキリ。
ここでさっそくユーロを引き出しました。そう、コソボの通貨はユーロなのです。

サラミ夫の「ユーロは今安いし、多めに下ろしてもまたどこかで使えるから。」という一言で
400ユーロを2回、合計800ユーロを引き出しました。

ちなみに、ATMからクレジットカードで引き出せる上限が400ユーロだったので、
わざわざATMをハシゴして800ユーロを下ろしたという・・・。(^^;

実は、街中でも懲りずにATMを探し、最終的には合計2千ユーロも下ろしたのですが、
ユーロが値上がりしてしまった今となっては、

もっと下ろしておけば良かった!と後悔しきり。

この時、1ユーロ=102円ちょっとでした・・・。


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バスターミナルの中に入りました。こちらは日用品を売るお店。


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待合場所。スリムな若者が多いです。

さて、先に帰りのバスのチケットを買うことにします。


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こちらはターミナル内にあったバス時刻表です。(サムネイル画像)

時刻表の詳細を見たい方は右クリックでリンクを開くと元サイズの画像が出ます。
(普通にクリックすると小さいのが出ます。さらにクリックで元サイズの画像)


12.JPG

先ほどの時刻表の左上がプリシュティナ発スコピエ行きです。
私達は17時発の最終便で帰ることにしました。


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夫が窓口で無事チケットを購入。
マケドニアの通貨も使えたそうで、2人分で1000デナール出して、お釣りが4ユーロ


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チケットも買えたところで次は地図を探します。こちらのお土産屋さんにはありませんでした。

観光案内のはずのおじさん2人も新聞を読むばかりで全くやる気なし。
「地図はありますか?」の問いに対して、外の左の売店にあるみたいなぶっきらぼうな返事のみ。

あ、そうですか・・・。


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お土産屋さんに吊ってあったコソボTシャツ。帰りにあれを買いたいな~。

ではバスターミナルの外へ。
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2013年02月19日

マケドニア2日目 スコピエからプリシュティナへ

2012年10月2日(火) スコピエからプリシュティナへ (バルカン旅行4日目)

バスは定刻通りにスコピエを出発しました。


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所々、ちょいと前のモダニズムみたいな建築物にお目にかかるスコピエの街。

やがて、旧市街を回ってバスは北上して行きました。(コソボはマケドニアの北です。)


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11時に出発したバスは、12時前にはマケドニア国境へ到着。出国にはさほど時間はかからず。
この時、乗客のパスポートを取りにバスに乗り込んできた警官の両腰にはピストルが2つ!緊張。

12:10にバスは再び動き出しました。


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すんなりとにコソボに入国しました!この星6つのマークはコソボの国旗です。
コソボに入るとキリル文字が消え、アルバニア語のみ。


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コソボに入るといきなり自然豊かで、とてもこないだまで紛争をやっていた国には見えません。


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さすがはイスラム教徒のアルバニア人の国。新しそうなモスクが見えました。

 *コソボは大多数がアルバニア人(←イスラム教)です。あとは争ったセルビア人など。


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行き先表示板が見えました。コソボ北西部のペーチまで90キロ、北部のミトロヴィッツァまで
46キロ、そして首都のプリシュティナまであと10キロ。

・・・こう見ると、やっぱり小さな国ですね。


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首都に近づくにつれ、ガソリンスタンドなど自動車関係の建物が増えていきました。
こちらは堂々と「ジャパン・パーツ」と書かれていました。どうやら自動車部品の会社のようです。

ジャパンと銘打っておきながら、KIAモーターズ(韓国)が入っているのが納得できないのですが。


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キレイな病院の横を通りました。見た感じ、一番大きくて最新型の病院のような気がしました。
私は外国暮らしなので、ついつい生活目線で見てしまうのか、病院はとても気になります。


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日曜大工みたいなお店を見つけました。テントの写真などが見えるので多分そうでしょう。


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建設中の集合住宅。とにかく国が新しいので建設ラッシュという感じでした。


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こちらも出来立てホヤホヤな感じのコソボ石油
とりあえず、自動車業界とガソリン業界だけは盛り上がっているような雰囲気です。


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自由の女神がそびえ立つホテル・ビクトリー。アメリカ大好き的な感情が読み取れますね。

なんでこんなことになっているかと言うと、コソボ独立に際しては、当時のアメリカ大統領の
ビル・クリントンがコソボを大々的に支援したのです。そういうわけでコソボは大の親米国家です。

当時「不適切な関係」が問題になっていたので、コソボにアメリカ国民の意識を向けようと
したんじゃないか、なんて穿った見方もあるようですが、ホンマかいな。(^^;

しかし、こんなに親米的なイスラム教国って本当に珍しいんじゃないでしょうか。


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誇らしげにはためくコソボの国旗。ユーロの旗とデザインが似ています。


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またまた行き先表示板を発見。なんで英語表記が削られているのかが謎です。
セルビアと仲が悪いので、セルビア語を消しているなら分かるのですが。

・・・というか、セルビア語のアルファベット表記なんだろうか?


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興味深く車窓を眺めているうちに、前方にプリシュティナ・バスターミナルが見えてきました。

バスは13:30に到着。
マケドニアとコソボの間には時差がないので、所要時間はピッタリ2時間半です

さて、コソボはどんな国なのでしょうか。わくわく・・・。
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2013年02月18日

マケドニア2日目 コソボ行き長距離バス

2012年10月2日(火) コソボ行き長距離バス (バルカン旅行4日目)

マザー・テレサ記念館が思いのほか良かったので、
予定していた時間をオーバーしてしまいました。

スコピエ散策はここで切り上げ、カメンモスト(石橋)を半分渡ったところで
引き返して、そのままスコピエのバスターミナルに直行しました。

これから日帰りでコソボの首都プリシュティナ観光へ!

といっても、「プリシュティナはホントに何もない」という評判だったので、
泊まらずに日帰りで行くことを選びました。


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途中で通り過ぎたホリデイ・イン・スコピエ。ここら辺りで一番まともなホテルです。
大したことないのに値段が高いのが玉にキズ。(スコピエのホテル全体の話でもありますが。)

ツアーでスコピエに宿泊する時はまずここでしょう。


2.JPG

てくてく歩いてここを右折したらスコピエ・バスターミナル。この高架は鉄道です。


3.JPG

このドーム型のものがスコピエ鉄道駅。あの丹下健三氏の設計ですが、もうサビサビです。
バスターミナルは鉄道駅の横にあります。


4.JPG

昨日の夜に到着したバスターミナルに今日もやってきましたが、何とまあ薄暗いこと。


5.JPG

電光掲示板も相変わらず消えてるし。


6.JPG

次のプリシュティナ行きのバスの出発時間は11時ちょうど
サラミ夫がこのバスのチケットを購入しました。片道で1人320デナール

ちなみに、コソボのプリズレン行きも考えてみたのですが、
一番のプリズレンの見所の世界遺産のセルビア教会は破壊されてしまい、
有刺鉄線グルグル巻きで今は厳重に警備されて見学できないとか。

というネットの口コミを見たので、やっぱり行き先はプリシュティナにしました。
プリシュティナ近郊の世界遺産のセルビア教会は見学できるので。


7.JPG

サラミ夫がバスターミナルの売店でミネラルウォーターを購入。20デナール。
この通り、商品はギッシリ。

バスターミナルのトイレを借りたら有料で、1人10デナールでした。


8.JPG

ビックリしたのは、バスターミナルの中にカジノがあったことです。
他の場所でも同じ名前のカジノを見たので、どうもこれはカジノのチェーン店のようです。


9.JPG

暗かったのでブレブレなのですが、別の場所から撮ったカジノの写真です。
ルーレットもあるので確かにゲームセンターというよりカジノです。

みんなバスの待ち時間にカジノで賭けるのでしょうか?この立地がよく分からん・・・。


10.JPG

そろそろ時間なので、バス乗り場へ移動。こじんまりとしています。


11.JPG

11時発のプリシュティナ行きは大型バスでした。

マケドニア語はキリル文字ですが、コソボはアルバニア語でラテン文字(ABC)を使います。
アルバニア語でスコピエは「Shkup」と表記され、プリシュティナは「Prishtinë」です。

キリル文字より分かりやすいです。(^^)


13.JPG

バスの中はこんな感じ。それほどボロボロというわけでもなく、乗り心地も大丈夫でした。


12.JPG

先ほど購入した20デナールのミネラル・ウォーター。
半袖でOKなくらい暑かったので、冷えたお水はありがたいです。

ついにバスはコソボに向けて出発です。
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